パーパルディア皇国 皇都エストシラント 統帥本部総長室 中央暦1639年12月9日(水)午前
― パーパルディア皇国統帥本部総長シニョール・ランベルト・フォン・アルデ伯爵
「なるほど。いや、これは確かに重要な問題だ。」
カイオス局長からの報告にわしは舌を巻いた。トーパ王国に対する北方大陸からの魔獣の大量侵攻。そして、魔獣を使役していると解される存在。その魔獣を駆除せんがためにトーパ王国が援軍の派遣を求めてきた。
第三文明圏の盟主たる我が国がトーパ王国からの救援に応えるというのは重要だ。ミクリッツ男爵が提唱した皇国の周辺地域統治は新たなステージに進むべきだという主張に則れば、確かにここで兵を出せば、周辺諸国の歓心をかうことができる。日本国・満洲国といった存在が力をつけてきている現在の我が国周辺の政治状況を考えれば、兵を出さないという選択肢はない。
「我が国の地理的な条件を鑑みますと、現在軍を派遣することは困難、いや不可能であるということはアルデ伯も御承知の通り。ならば、代わりとして観戦武官を派遣すべきと考えました。事後報告となってしまい申し訳ない。」
「いや、援軍派遣の交渉の席でよくこのことに言及してくれた。日本軍満洲軍の戦闘をその目で見られる機会と言うのは重要だ。ロウリア戦は残念ながら伝聞情報が多かったからな。統帥本部の人間に直に経験させることができるというのは今後の軍の行動の大いに参考となる。」
眉唾と思っていたロデニウス大陸に於けるロウリアと日満両国の戦争については、伝聞情報だったこともあり、多くの点で不明確な点がある。だが、日本本土に入国している文明圏外各国人からの情報で、数百メートルの大きさに及ぶ軍艦が存在し、これらがロウリアの大艦隊を打ち滅ぼしたということはもはや事実として皇国上層部が認知しているところだ。軍以外にも数百人を乗せて空を飛ぶ飛行機械や地上数百メートルに及ぶ建築物といった存在については写真と言う存在が数百枚輸入されており、最早疑う余地はない。
だが、これらの情報もパーパルディア人以外から得た情報が多く、何より国家の基幹人員がこれらの情報を肌で触れる機会がないというのは危ういと言わずにはおられなかった。我が軍の中にもまやかしだの幻影魔法に依るものだのといった頭の固いものがいるのは確かだ。ここでしっかりと情報に触れる機会を設けたいところだ。
「だが、気がかりなことがある。日満両国が援軍を出して、我々が援軍を出さない。これは、我が国に対する威信を下げることになりはしないだろうか。」
「その点については、やむを得ぬところがございます。我が国から派遣するとなると必然的に満洲国を通ることになりますが、彼らが武装した軍隊を入境させるとは思えません。こうなると海を使うことになりますが、補給が続きますまい。不可能であることを嘆いても仕方ありません。それよりもできることを考えなくては。」
「まあ、それはそうか。」
我が国の政略を考えると問題ではあるが、どうしようもないということは確かか。
「ですが、少なくともトーパ以外の文明圏外各国では、少し違った雰囲気があるようです。」
「というと?」
「トーパ王国は復活した魔王とそれに率いられた軍勢が侵攻してきたのでこれを撃退するという意味合いで援軍を求めてきました。一方、それ以外の各国では大量発生したオークやゴブリンといった魔獣の駆除という文脈で援軍を求めてきたという意味合いで物事を考えています。」
「ほう・・・。」
「国家戦略局からの至急報です。クワ・トイネでは、日満両国の共同租界地区に設置されたクワ・トイネ資本の食品工場が缶詰の増産を始めたようです。トーパ王国と出動する日満両国軍への支援物資を生産する予定だとか。その動きの中で、魔獣の駆除と言う表現が使われたそうです。」
カイオス局長から手渡された書類に手を取って読み始める。ほう。
「いつもながら、国家戦略局は仕事が早いな。」
「まことに。わが第三外務局も同じようなら苦労はないのですが。」
カイオスが苦笑する。この男も部下の動きには苦労させられている。私にもそれは分かる。我が国の人間には、皇帝陛下に引き上げられた者以外には使えないやつが多すぎる。
「それで、観戦武官の派遣についてですが、どの程度の規模をお考えでしょうか。」
「大々的に送り込むことは無理だろう。我が国の立場として、日満両国に大きな関心を払っていると知られるわけにはいかないし、彼らとて、国交のない我が国の人間を大量に側に置くとは考えにくい。それに前提条件として、日本側と満洲側に悪感情を与えかねぬ連中は送れぬ。あくまでも友好的な接触を果たすことで、今後の交流につなげていくことが重要だ。」
カイオスが重々しく頷いた。
「武官通しの接触です。外交官通しの接触よりも重要だと思います。敵対関係に至ることのないようにご注意をお願いしたい。」
「うむ。」
統帥本部から数名とあとは、再編中の独立魔導兵中隊から数人を送る必要がある。日満両国の軍事力を正しく理解しつつも、それに恐れおののくようなことがあってはならぬ。そんなことを考えているとカイオスが話しかけてきた。
「アルデ伯。伯はかつて帝前会議の場で皇軍は日満両国軍に勝てぬとおっしゃられた。その認識に変更はございませんか。」
わしの心底を図っての発言だろうな。確かに、我が国の軍備では日満両国には勝てぬ。それは間違いない。だが、戦う前から軍門に下り、属国的な地位に着くようなことはできぬ。戦えば必ず負ける。だが、そうだからと言って第三文明圏の盟主たる地位から自ら降りるような真似はできぬ。
「カイオス局長。わしは其方に政略として我が国が現在の地位を保持したまま日満両国と国交を結ぶことに尽力してもらいたいと思っている。」
「困難な話ですぞ。」
「だが日満両国は覇権国家たることを唱えていない。強大な軍事力を持つが、それを誇示して、周辺国を威圧することはない。わしが言うのもなんだが、戦うとは軍事力を行使することだけではないはずだ。カイオス卿、卿は、政略的な戦いをはじめから放棄してはおらぬか。」
「どこに彼らにとっての逆鱗があるのかわからぬ状態です。やみくもに手を出しては」
「そこは分かっておる。だから、今回の観戦武官についても人選は慎重に行う。だが、初めから戦うことを放棄してはおらぬか。」
今回のこととてそうだ。トーパ側のいう世界の危機とやらに乗じて、義勇兵を送る交渉を行ってもよかった。満洲側が国境の通過を拒否すれば、それを第三文明圏周辺国に開示して、道義的に優位に立てた可能性もある。幸いにしてフェン進駐という平和的手法の効果が周辺国には広がりつつある。皇国は変わったと印象付けることができたはずだ。先ごろのアルタラスの失態は確かに痛かったが、それをを覆い隠して、文明圏外国家の為に尽力する我が国と言う印象を流布することができたはずだ。
カイオスがそれに気づかなかったとも思えぬ。つまり、カイオスは始めから満洲国側と争うことを避けたのだろう。繰り返しにはなるが、彼らとの敵対関係は避けねばならぬ。
だが、カイオスの姿勢には、統帥本部の一部の者から弱腰という批判の声が挙がっている。良くない話ではあるし、カイオス以外に日満両国への外交担任ができる者がいるとは思えぬ。少しでも積極的な姿勢を見せてくれれば、わしとしてもかばいやすくなるというものなのだが。