トーパ王国アールバラ市 ムルトネン伯爵邸 中央暦1639年12月14日(月)
― アスラク・アウグスト・ムルトネン伯爵
最近我が領にやってきた日本人たちが訪ねてきた。領内一の都市アールバラの道路工事、港湾工事などを行っている山本土建の山本文二社長、須藤専務、その部下と思われる二人。そして、我がアールバラに駐在する日本領事の富山茂氏、同じく満洲の名誉副領事の張雄之助氏が訪ねてきた。彼らは貴族ではないが、我が賓客だ。謁見室での会見となっているが、立たせたままにはいかぬので椅子を用意させた。私が一段高い位置に座っているが、これについて、彼らが文句を言うことはこれまでなかった。
謁見の理由についてまずは問うてみた。ある程度のことは聞いているが、いくつかの疑問点があるのだ。皆を代表して山本社長が答えた。
「本日は港湾地域の借地契約について伺いました。」
先月の末、山本土建はアールバラ市街地の一角に事務所を設けた。事務所には、日本から運んできたコンテナハウスなる箱型の家を持ってきた。話には聞いていたが、日本国の技術と言うのはすさまじいものだと思ったものだ。今、我が国は魔王の侵攻の危機に瀕している。この時期の借地契約ということはこの侵攻への対抗を念頭に置いているものと考えてよいだろう。
「ふむ、その契約に日本と満洲の領事殿が陪席しているということは、この話には日本と満洲の両国政府も関与しているとみてよいのかな。」
わしの疑問の一つは、山本土建の契約の話に領事が加わるということであった。領事は外交官のように国の外交政策に関わるものではないと聞いているが、それでも国の役人であることは確かだ。
「それについてですが、現状においては一応は無関係であるというのが表向きの話となっております。」
ふむ。表向きか。わしも宮中ではいろいろと駆け引きをしてきた身だ。この世には表に出せぬ話があるというのは分かる。だが、今回のことは日本国と満洲国が我が国に援軍を派遣してくれるという話だと思う。援軍を派遣するというのが表向きにできる話だというのだろうか。よくわからぬな。軍を進発させるということであれば、皆に知れ渡る話であるから秘密にしておく話ではないと思うのだが。
「援軍の派遣につきましては、本国政府の意向次第ということになりますので、私どもでは何とも言えません。しかし、今回の借地契約には軍の意向が働いていることは確かだと私どもは考えております。」
ふむ・・・。軍の意向とな?訝しんでいると山本社長が話しかけてきた。
「表向きは、我が山本土建が今後事業を展開するにあたっての建築資材置き場として利用していくことを考えています。そのため、港湾地区にある程度の広さの土地が欲しいのです。そして、そのお借りした土地の管理者として、こちらの人物を連れてきております。」
「お初にお目にかかります。私は、新山治郎と申します。山本土建の設計課の主任でございます。」
「そして、この新山君ですが、予備役の陸軍建技少尉でもございます。」
確か予備役とは現在軍務についていない軍人を指すのであったかな。
「ふむ・・・。建技少尉というのはどういう職務を指すのかな。」
「はい。我が国の軍制において、陸軍兵科部隊の後方支援にあたる経理部に属する職務に建技科という職種がございます。この内、建技科は、陸軍に属する建築物の管理に当る職種でございます。」
「ふむ。ということは、今後我が領内に日本陸軍の建物が建つ予定があると考えてもよいのだろうか。」
話の裏を読むということであれば、今回わざわざ予備役の軍人をわしに紹介するということはそういうことなのだろう。だが、富山領事は、今回の引き合わせが偶然であるということを強調した。苦笑するより他にない、分かった分かったと宥めておいて、実務的な話に移りたいということ、仮定の話としていろいろと聞きたいことがあると前置きして、質問をつづけた。
「仮にだ、日本や満洲の陸軍部隊が援軍として我が国に来てくれるという話が決まったとしてだ、山本土建の名義で貸した土地はどうなるのだ?日本陸軍や満洲陸軍が使用するということになるのかね?」
「はい。あくまでも、仮定の話ではございますが、陸軍の兵科部隊が上陸した場合には、当然ながらそれを支援する部門が必要となります。武器弾薬、糧食、被服、燃料、その他一般の資材などを後方から前線へと送ります。これらの物資は日本や満洲の国内から輸送することになりますが、そこからこのトーパに物資を上陸するにあたっては、やはり船舶による輸送が重要となります。残念ではありますが、まだまだこのアールバラ港は、我が国の貨物船が停泊して作業できるだけの規模はありません。ですので、小型船で接岸して荷揚げするか、砂浜から上陸用舟艇を使用して上陸し、私どもが借りた土地を物資集積所として利用するということが原則的な話となります。」
ほう。上陸用舟艇と言うのは聞いたことがなかったな。山本社長から日本海軍についての雑誌を渡され、該当するページを読む。なるほど。こういう船もあるのか。
「そして、その陸揚げ物資の基地の管理者として新山少尉が当たるということかね。」
「動員が始まるまではと言う形になるでしょう。動員令が降れば、このアールバラには正式に兵站基地が置かれることとなります。その基地を預かるのは兵站輜重兵隊ということになりますので、各部将校ではなく、輜重兵科の人間が基地隊長を預かります。ただ、そのためには、トーパの上層部に日本及び満洲の陸軍軍人を受け入れてもらう手続きを正式に完了させなければなりません。」
「うむ、わしも聞いているが、調整は難航しているようだな。なんでも日本軍満洲軍の駐屯地内には我が国の衛兵を入れてはならぬということと駐屯地内の借地は返還時に原状回復をするということで揉めていると聞いている。」
この際、前線となるトルメスにおいては戦陣での軍法優先の法理から日本軍や満洲軍の独自性を認めてもよいと思う。我がアールバラにおいては、日満両国軍の優先地域を設けて、そこを期限付きで我が領とは別の法の適用を認めてもよい。だが、原状回復と言うのは気になる。
「一つ聞きたいが、原状回復と言うのは我がアールバラにおいても適用されるのかね。できれば、この機会にと言ってはあれだが、せっかく設けた施設は解体せずに残して置いてもらいたいが。」
「そうですな。港湾の拡張などは、山本土建の仕事として伯爵閣下との間に契約を結んでこれを請け負いますので、埋め戻すような真似はしませんが、陸軍の要請で設置した機材や機械などは撤去するということになりましょうが。」
「うむ。それは困るのう。せっかく我が領の発展に役立つであろうというものなのだが。」
日本軍や満洲軍が援軍を出してくれれば、この国難は乗り越えたも同然なのだ。ならば、戦後を見据えて、わしは動かねばならぬ。東京での派遣陸軍の地位協定の交渉もそろそろ妥協妥結ということになるだろう。外務局とて早期の魔王排除を願っているはず。ここであまりごねることはないだろう。我がアールバラのことは個別交渉で何とかするとしよう。