クイラ王国バッスラー特別行政区には、日満両国の企業が多数進出している。クイラ王国が持つ最大の地下資源は石油である。かつては第三文明圏外国家の中でも最貧国に位置し、食べるものにも困っていたこの国は、日満両国の転移後には一躍、有力国家に変貌し、今や第三文明圏周辺では、パーパルディアと同様にムー国に在外公館を置くまでにもなった。
クイラ王国の生命線である石油は、かつてはムー国の指導を受けた現地人が露天に湧き出していた石油を汲み上げて木樽に詰め込んで出荷していた。日満両国の接触後には、この石油の増産体制がとられたことは言うまでもない。日本国内には油田と言う油田がないため、石油採掘に関しては満洲国の企業が主体となった。満洲国の重化学工業を牽引する満洲重工業開発株式会社が筆頭株主となる満洲石油は、採掘資材をクイラ国内に運搬し、クイラ王国内で採掘を行うこととなった。このために、設立されたのが、クイラ国営石油である。
クイラ国営石油は、クイラ国王による勅許会社として設立され、その後のクイラ王国内の会社法整備によって、株式会社として運営されることとなった。出資者は、大きく分けてクイラ王国、満洲国、そして日本国の三者となっている。クイラ王国は、クイラ王室と国内の貴族、そして、クイラ大蔵省が出資者となる。基本的に油井地及び原油精製工場の土地の現物出資と言う形で出資している。満洲国は満洲石油による資材提供及び石油取扱い企業と満洲国国務院財政部、政府系金融機関の現金出資となる。日本国は出光興産や大日本石油などの石油精製工場の資材提供や皇室や日本国大蔵省、政府系金融機関、石油関連企業からの現金出資をしている。
クイラ国営石油の株式保有比率は、クイラ王国が30パーセント、満洲国と日本国がそれぞれ35パーセントの株式を保有するという構成になっている。鉄道事業などとも同様に日満両国が大きく株式保有比率を持つことで、事業の安定性を確保したことがうかがえる形となっている。
クイラ国営石油はクイラ王国の政府系特殊法人としての性格を意識してか取締役会ではなく、理事会を置く。この点は南満州鉄道株式会社と同様であるが、総裁職を置かず、理事長と理事2名を置いている。理事長はクイラ人が就任し、理事は日満両国からそれぞれが就任する。
クイラ国営石油は、その本社をクイラの首都バルラートではなく、バッスラーに置く。そのバッスラーの新市街と呼ばれている王室の御料地だった地域に社屋を設けている。いわゆるコンテナハウスによる仮社屋で現在は業務を行っているが、隣接地に地上五階地下一階の新社屋も建設中である。
「購入の打診ですか?増産の依頼ではなく?」
クイラ国営石油の満洲人理事である張拓(満洲石油専務取締役からの出向)は、同じく日本人理事である稲村明司(大日本石油専務取締役からの出向)が話した内容に対し言葉を発した。
「ええ。御国の油田で増産されるということはあるのですかね?」
「それが、我が国の主要油田で政府より増産の指示が出ているという話は今のところないのですがね。」
稲村理事は、大日本石油を通して日本の兵部省からクイラ国営石油に対して軽油とガソリンの購入についての照会があったことを理事会で話した。
「軽油もガソリンも日本の石油卸売企業がクイラ国営石油から買っているはずです。軍が直接購入するということなのですか?」
「今回の外征に使用するということです。北海道や樺太の卸売業者からも買い付けを行うようですが、それだけでは足らぬということでしょうか。」
「それについては、こういう話も入っています。」
クイラ国営石油の理事長タスワド・ギム・ハールン子爵は、元商工省の鉱山局長であった。鉱山局はクイラ王国の鉱山や油井を扱う組織としてクイラに内閣制度が発足するよりも前につくられており、各貴族領に点在する鉱山や油田から産出された資源を管理し、ムー国との貿易においての国家的な取り決めを掌る部署であった。クイラ国営石油の発足とともにこちらの理事長職に任命されたために政府とのつながりは深い。
「トーパに於ける戦いを支援するためにトーパ国内沿岸地域に石油の貯蔵施設をつくることになったそうです。この貯蔵施設は日本軍と満洲軍の管轄となる軍事基地ということになるらしく、これがため、表立って軍が動くということになるようなのです。そして、この軍事基地を建設するのに、我がクイラ王国軍も手を貸すことになっているようです。トーパへの輸送は日本や満洲の石油卸売企業が受け持つそうですが、この持ち出す石油は、我がクイラ王国からも購入の支援があるそうです。」
「ほう、購入支援ですか。」
「ええ。トーパでは現在世界の扉が破られ、魔王軍が侵入しているということで、これを撃退するための直接の戦力は送れませんが、クイラ軍としては、日本軍や満洲軍の消費する資源を現物出資することで、間接的にトーパを支援するという話になっておるようです。」
「なるほど、それにしては、増産の指示ではないというのはあれですな?石油をそもそも持っていない地域に新たに石油備蓄基地をつくるということであれば、これは大規模なものになり、必要な量も多いでしょう。民需を圧迫しかねませんが。」
張理事は先ほどの稲村理事の話について再度首を傾げた。
「私が聞いていた話では日満両軍がトーパへの軍事支援を行うということを言っていたと聞いたことがあります。我が国は石油の販売については国内消費量と日本への輸出量を基にして生産量を絞ってきましたから、トーパへ新たに送るというのであれば、生産を増やす必要があると思いますが、そういう話は出ていないようです。」
「それについては、満洲国は今回軍を出さないという話を聞いたことがあります。我が国のベルディエルート蔵相が聞いた話ですが、我が国と日満鍬の四か国蔵相電話会談で日本の蔵相が満洲の蔵相になぜ満洲国は軍を出さないとお怒りであったということを話していたということらしいです。だから、満洲軍の石油備蓄基地はトーパ国内には作らないので、その分必要な量も減るということでしょうから我がクイラも増産まではせずに済んだということではないでしょうか。」
「ふむ。我が軍は出兵しないということなのですか。ならば我が国の軍事基地を建設するということは必要はないですね。」
張理事が頷きながら納得するのをみて、ハールン子爵は、日満両国の理事に聞いてみた。
「バッスラーのように日満両国が共同で管理するという形はとらなかったのですかね。」
「難しいでしょうな。ここバッスラーは、日満杭の三国が條約を結んで、明確にそれぞれの権限を定めたうえで動いています。一方のトーパは魔王を討伐するために軍がトーパ国内で動きやすくするため、それも、日満豆三国で充分に条件を詰めたようではないのでしょう。日豆、満豆間それぞれで交渉しているのではないかと思われます。」
「なるほど、だから我が国は軍事派遣を見送ることができたということですか。三カ国で共同して出兵を話し合っているというのであれば、我が国だけは派兵せずともよいというようなことはできんでしょうからなあ。」
理事たちの話は、石油の卸値をどうするかと言う話に移った。クイラ国営石油は、クイラ王国の国営企業であるため、クイラ政府の指示は尊重する必要がある。しかし、一方で営利企業としての側面もあるがため、一般の卸値と比べて大きく値引くわけにもいかない。トーパへの支援ということで卸値を落とすことをクイラ政府から指示されている以上、そこには従わねばならぬが、購入するのは日本政府であってトーパではない。調整は難航しそうだ。