皇軍、ミナイサ地区を奪還
トーパ人捕虜200余名を救出し、敵軍に猛攻を加ふ
(写真:ミナイサ地区大講堂に翻る日章旗と先遣隊本部テント)
トーパ王国からの救援依頼により北部軍独立混成第四聯隊を基礎にして緊急編成されたトーパ派遣部隊先遣隊は、19日昼に侵攻魔王軍との最前線であるトーパ王国トルメスへと到着した。 トルメスは中世ヨーロッパや近代以前中華民国のような城壁に囲まれた城塞都市であるが、この都市の一角であるミナイサ地区は魔王軍の攻撃により城壁を損傷し、城内になだれ込んできた敵軍に占拠さるる状況となっていた。トーパ王国騎士団は重厚なる防御戦を展開し、ミナイサ地区で敵軍の攻勢をとどめていたが、この間、ミナイサ地区に取り残されたるトーパ人捕虜は敵軍に所属する魔獣によってその命を落としていた。魔獣は人喰いの習性があり、トーパ人捕虜たちはその犠牲となっていたのである。
トーパ派遣部隊先遣隊は、その名前が示す通り本体に先駆けて出発した部隊であり、歩兵一個小隊と戦車一個分隊程度の兵力しかない。直接戦闘に当る部隊は50名程度の人員であり、これに陣地構築や兵器集積場設営にあたる工兵二個小隊約100名とトーパ王国首都ベルンゲンからトルメス迄の物資搬送や物資集積場管理警護、先遣隊本部支援にあたる輜重兵一個中隊約150名がトルメス入りした人員である。直接戦闘にあたる部隊よりも工兵や輜重兵が多いことからも分かるように、本隊が合流する前に前線を直接視察し、反撃の準備を進めることが先遣隊の任務であった。
トルメス到着後、先遣隊隊長百田中尉はトーパ王国騎士団と接触し、既に記した如くトーパ人が犠牲になっている現状を把握した。これを知った先遣隊の隊員からも百田隊長に対して即時作戦行動開始の上申が続いた。百田隊長は北部軍と相談し、参謀本部の当初の作戦計画を改め、敢然としてトーパ人救出作戦を実施することを決した。20日夕刻、先遣隊本部に歩兵と騎兵の分隊長が集められ、作戦の検討が行われた。
21日、まだ日も上がらぬうちに、トーパ人の案内人を連れた歩兵一個分隊はミナイサ地区の地下水道に潜入した。トーパ人捕虜が収容されている場所は、ミナイサ地区中心部にある領民広場に面した大講堂などの大きな建物であったが、地下水道の出入り口がこの広場の側にあったため、この出入り口から歩兵一分隊が魔王軍を強襲した。
一分隊の強襲に合わせてトーパ騎士団と歩兵二分隊と騎兵一分隊がミナイサ地区に侵攻を開始した。歩兵先頭車二両に乗った歩兵二個分隊が先陣を務め、崩壊した城壁を超えるとすぐに左右に展開し、その穴をトーパ騎士団が広げていった。歩兵戦闘車の機関銃が火を噴き、ゴブリンと呼ばれた魔獣はなすすべなく討ち取られ、我が軍の猛攻は徐々に敵を後退させていった。
トーパ人捕虜救出部隊は大講堂他の建物を強襲し、ゴブリンを制圧し、数多くの捕虜を救出した。21日夕刻までのトーパ騎士団の調書によれば、救出したトーパ人は197人に上った。
我が軍はその後も破竹の勢いで戦闘を継続し、トーパ騎士団により呼称されるレッドオーガとブルーオーガを討伐した。彼らは魔王軍の幹部と称される個体であり、歩兵銃の弾丸を撃ち込んでも全くの損傷を与えることができないという驚異的な生命力を有していたが、歩兵戦闘車の機関砲弾と無反動砲の攻撃で無力化に成功した。
両オーガを討伐した後は、敵軍の士気は見るからに消沈したものとなった。午後3時12分、百田隊長は隷下部隊に掃討戦への移行を命令した。午後4時4分、トーパ騎士団長と百田隊長は大講堂の前で掃討戦の終結とミナイサ地区の奪還を宣言した。皇軍の損害は皆無であり、敵軍に与えたる損害はオーガ2体、オーク50体強、ゴブリンに至っては数百にも上るものであったことが分かっている。本戦闘は、新世界において我が陸軍の武威を世界に輝かせるものであり、奮戦した陸軍将兵に対する感謝の念を国民は新たにすべきである。【トーパ外信】
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【大本営陸軍部21日午後5時発表】
我が陸軍部隊は、本21日午前9時より、トーパ王国トルメス市ミナイサ方面の敵軍部隊を猛攻し、その過半の兵力を壊滅して、これを潰走せしめたり。
本戦闘における、1、我が方の収めたる戦果、次のごとし。撃破、上位個体、レッドオーガ及びブルーオーガ。オーク、我が部隊単独によるもの47体、トーパ騎士団単独とさるるもの7体、トーパ騎士団との共同と認むるもの14体。ゴブリン我が部隊単独と認むるもの200体を下らず。トーパ騎士団単独と認むるもの130体程度、トーパ騎士団と協同と認むるもの150体程度。
2、我が方の損害。我が部隊部隊員に死傷者なし。
注、本戦闘をミナイサ解放戦と呼称す。
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