大日本帝國東京都新宿区市谷 兵部省
― 大蔵省主計局長 高嶋紀夫
トーパ派遣小隊の緒戦の大戦果に日本国民は沸き返っていた。朝刊各紙は一面で伝え、朝のテレビニュースは真っ先にこのニュースを伝えた。皇軍の大戦果を寿ぐべく市民の一団は宮城前広場に押しかけて、万歳三唱を行っていた。その声は霞が関にまで届いており、大蔵省官舎でも聞こえたほどだ。
このようなときに水を差すような話をせねばならぬのは、あまり面白くないとは私も思う。だが、ことは国家全体に関わることだ。私情は脇において望むべきだろう。
「そんな!陸軍の常備兵力を削減する。いや、確かに元々そういう話ではございましたが、新年早々にとは、あまりにも急すぎます。もう少し猶予を!せめて新年度からの。」
陸軍次官の悲痛な叫びは確かに分からんでもない。しかし、これは大臣からの命令なのだ。
「皆様方の苦衷は私も理解しておるつもりです。しかし、これは大蔵大臣からの正式な話であり、金曜日の閣議で決定されるお話となっております。」
今朝早く李大臣は、大蔵省の幹部を大臣室に呼び、朝刊各紙を机の上に広げながらこういった。「諸君、軍縮の時だ」と。
新世界転移に際して、国内の治安維持及び未開の世界への不安から軍の人員を増加して、有事に備えることが必要であると大本営から提言があった。この主張それ自体は最もと我々は考えていたので、必要な予算措置を行った。例えば、陸軍は各歩兵聯隊の定員を臨時に増やした。通常陸軍の平時における歩兵聯隊の定員数は一個連隊当り1000人としている。この定員を臨時に増やして、一個歩兵聯隊当たり1200人まで増加することを許可した。北鮮地方や離島の連隊には特に手厚く増配した。これを管理するために師団司令部にも増員を行ったため、転移前と比べて凡そ2万人近い増配となっただろう。
増加人員は当該歩兵聯隊に配置された。召集は予備役から召集されたが、彼らはもともと1年に1度2週間の教育召集を受けている。勿論それだけでは、兵の練度としては高くはないだろうが、出征するわけでもないので、戦時編制とはならずに地方行政機関や放送局、新聞社、ガス水道等インフラ施設、拠点病院、運送会社、大型ショッピングモールなどの警備任務に従事していた。その代わりとして各歩兵聯隊の現役の将兵を独立混成聯隊の歩兵部隊に配置転換した。一般の歩兵聯隊とは違い、独立混成聯隊の歩兵部隊は戦時編制に準じて内務班編成ではなく、小隊編成を行っている。即応性を高めた部隊ではあるが、軍事予算は度々の軍縮の影響で減り続けており、かつては8個中隊を常時維持していたのが、現在では6個中隊まで減っている。
「海軍の定員充足も減らされますか。この世界では、戦艦の艦砲による広範囲の砲撃が有効だと、大蔵省にも報告を挙げていたと思うのですが。」
海軍次官の恨み言が聞こえてきた。確かに、海軍次官の署名がある海軍関係の政策評価レポートにはそのことが記載されてあった。
かつては、戦艦が海の王者として扱われ、列強諸国は競って大鑑を建造してきた。その名残で我が国も5隻の戦艦を保有している。時代の流れによって、航空攻撃やミサイルによる武装にその地位を譲り、核兵器の保有こそが列強国の証として扱われている。だが、異世界転移後によって戦艦はその地位を取り戻そうとしている。戦艦の主砲はミサイルと比べて安価であると言われている。確かに精密機器の塊といえるミサイルよりは安上がりと言うのは理解できる。だが、戦艦の主砲弾は、今や少数生産となり製造可能な工場といえば、海軍工廠を除けば三菱重工業くらいしかないという状況だ。政友会が内閣を率いている今の政治状況では三菱に恩を売るような形になる政策評価は我々官僚の側が押しても内閣が採用することは難しい。
「現在でも、予備艦指定のまま聯合艦隊に編入させている状況は変わりありません。元々、各戦艦は第一砲塔のみに定員を割り振っていたはずです。戦艦常陸は、マイハーク沖海戦で、臨時召集した将兵だけで二番砲塔も三番砲塔も動かしていたではありませんか。昼の報道番組でその勇姿を私も見ましたよ。定員を転移前に戻したとしても、問題はないでしょう。」
海軍の艦船乗組員は戦艦のそれが示すように減員された状態を定員としている。正規の定員から減らされている状況なので在役艦としてではなく、予備艦として指定されている。即ち、陸軍でいうところの予備役のようなものである。本来的には、聯合艦隊に編入されていたり、各鎮守府で海上警備に就いているような場合は在役艦として書類上登録されるが、海軍の在役艦は予備艦のまま役務についている。かつて国際連盟軍縮委員会で海軍軍縮が合意された際に、艦艇を減らすように政府から申し渡された際に、これを不服とした海軍が予備艦扱いのまま在役を強行したのがその始まりだ。砲塔の人員だけではなく、機関の人員も減らされるために、艦の維持も難しい状況に置かれたが、演習の際には、各艦から将兵を集めて定員を充足するなどして対応してきた。
今戦艦の有用性について海軍次官が政策評価を挙げたが、外務省からも政策評価のレポートが出ており、地域大国であるパーパルディアが我が国に歩み寄りを見せているという話が出ている。彼らに定員減少による戦艦の有用性の価値減少というような話が理解できるとは思えない。帆船しか持たないような国々が戦艦の巨大な艦体と大砲の威力を知れば、それだけで我が国の防衛に資するというもの。張り子のトラでも構わないし、そうであったとしても臨時召集で戦力は回復するのだ。
「しかし、陸海軍の航空隊はその兵力を減らさぬようですが。」
海軍次官の恨み言は続く。隣に座る空軍次官は目をつぶって我関せずと言ったような態度をとっている。陸軍次官の視線も厳しいようだ。
「元々、航空機のパイロットは簡単に減らしたり増やしたりできないことはあなた方も御存じでしょう。技能職なのですから。ですから、もともと異世界転移後にも基地要員を増員を行っていただけですよ。」
「しかし、来年度の航空隊の増員の計画はほとんど下方修正されていませんよ。」
「航空機による高高度偵察の有用性については価値は揺るいでいないと思います。いまだ衛星による監視システムの再構築は終わっていないのですから、その間を空軍の増強で乗り切るというのは当然の話だと思いますが。」
陸軍次官と海軍次官の視線は厳しいまま空軍次官に固定されている。
「空軍はこの間不祥事を起こしたばかりではないですか。それなのに予算を減らされず、我々の予算を減らすというのは一体どういうことですか。」
「これはおかしなことをおっしゃる。我が省は、国家防衛の観点から適切な国防費を計上しているにすぎません。国防をそのような見地から見られるとは、海軍次官はいささか不見識ではございませんか。」
海軍次官の眉間にしわがゆき、私を睨みつけている。だがこれで、陸海空軍が一体して大蔵省の予算に反対するということはないだろう。陸海空がそれぞれ内々で睨みあってくれればよいのだ。