大日本帝國召喚   作:もなもろ

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意味深な日付が最後に書かれておりますねえ・・・。この日は外交の責任者が本国にいないということになりますねえ。


ロウリア王国首都ジン・ハーク ハーク城 中央暦1639年12月24日(木)

ロウリア王国首都ジン・ハーク ハーク城 中央暦1639年12月24日(木)

 ― ロウリア王国宰相 フランチェスコ・マオス

 

 今年もいよいよあと7日となった。今年はわが生涯の中で一番忙しかった一年であっただろう。念頭から春にかけてのクワ・トイネ、クイラ両国への侵攻最終準備、両国への侵攻と緒戦の陸戦での大敗北、4000隻の大艦隊をそろえたはずの海戦による大敗北、日満両国軍によるロウリア本土カルーネス侵攻とジン・ハーク空襲、休戦協定の受諾とアルタラスでの講和会議、講和反対派との交渉と内乱の鎮圧、講和条約調印、新王即位に向けての根回し、パーパルディア皇国によるアルタラス侵攻、予想とは異なるアルタラス王国の占領統治、トーパ王国への魔王侵攻とそしてその撃退。

 目まぐるしく動く国際情勢に我がロウリアはついていけなかった。敗戦国だったということも理由としてはある。

 戦争が始まったとき、諸外国はロウリアの勝利を確信していた。あの時点では、日満両国と各国は国交を樹立して直ぐで日満両国の真の姿を知っている者は少なかった。日満両国はクワ・トイネ公国とクイラ王国と真っ先に国交を樹立したが、その後はクワ・トイネ公国に駐在する各国大使を通じて日満両国は国交を樹立した。クワ・トイネ公国における交渉を通じて、各国大使は本国に対して日満両国と国交を結ぶことの莫大な理を説明したが、本国は本気にはとらなかったようだ。それでも、新たに登場した国々と連絡を取ること自体に特段反対することはないので、国交を結んだに過ぎなかった。それがために、我がロウリアが戦端を開いた時には、我が国に駐箚する各国大使は我が国の勝利を確信し、利権のおこぼれに預かろうと言う者達もいたほどだ。その時点では我が国と距離を取る各国大使はいなかった。外務局にはよく各国大使や大使館員が情報を得る為や利権を得るためのご機嫌伺いに来ていた。我が国と国交がある国では、我が国の派遣大使が社交界に呼ばれたり、大使主催のパーティーには派遣国の人間がよく来ていたと聞いている。

 ところが戦争の経過は全く逆を辿り、我が国の敗報がクワ・トイネやクイラからだけではなく第三国からも伝えられだすと、人の往来が減った。我が国の外務局には各国の大使はおろか大使館員も足を運ばなくなった。我が国と国交のある国々でも我が国の大使が社交界に呼ばれることも少なくなり、大使主催のパーティーには貴族本人ではなく代理人が出席するにとどまるなど接触を避けられつつあったのだ。

 カルーネス占領の頃になるとその動きは一層顕著になった。第三文明圏外国家群において我が国は上位の国力を有していた。その我が国をいとも簡単に粉砕したのだ。他の国家がそれをどう思うか。日満両国が始めに国交を樹立した国々はクワ・トイネとクイラであった。彼らはクワ・トイネやクイラに食料や鉱物資源を求めて、両国はそれを快く受け入れて貿易関係を構築しつつあった。両国にとっては重要な外交相手であったのだろう。その両国に戦争を仕掛けた我々を日満両国はどう思っているのか。とばっちりを食らいたくないと言わんばかりに各国大使は一時ジン・ハーク郊外に避難した。文明圏外各国でも我が国の大使館に訪れる者は皆無となった。5月の半ばから7月末までの2カ月間は各国のロウリア大使館を訪れる者はロウリア人と郵便夫くらいのものであったと記録されている。

 8月に入り、アルタラスでの講和会議が終局に差し掛かったと噂されるようになり、徐々にではあるが人の出入りが再開した。それでも社交界への招待は未だなく、我が国は情報を得るということが難しかった。我が国が国際社会の流れに乗り遅れたのはこのような経緯がある。

 だが、そうでなかったとしても、あのパーパルディアによるアルタラス併合を予見できたとはいえぬだろう。ミリシアルはアルタラスから手を引いた。これが各国にとっても驚きであったことは、各国へ派遣した大使が集めてきた情報からもうかがえる。我等の予想は覆されたのだ。第三文明圏周辺地域は大きな変革の渦の中にある。

 そう、今年はいろいろな意味で忙しかった・・・。そして、それは我が王にとってもだった・・・。

 

「ようやく肩の荷が下りた思いだ。日本や満洲の公使の方々もそろそろ到着するころだな。マオス。公使館の確保は問題ないな。」

「はっ。彼らと事前に折衝しましたように、仮公館の設置は完了しております。」

 

 日満両国の公使館はジン・ハークとカルーネスを結ぶ街道に設置された。ハーク城からは少し離れた場所にある。この周辺には国際賠償委員会などの建物を隣接し、また日満両国軍の駐屯地を併設した。この周辺にはクワ・トイネとクイラの公使館も同時に設置されることになっており、日満両国の主導で仮公館が作られつつある。

 日満両国の公使就任予定者は早くも今月末にはジン・ハークにやってくる。正式な信任状は新王に出すため、彼らは正式な公使として外交任務を開始するわけではないが、事前の打ち合わせなど様々な形で動くことになる。

 

「うむ。予は来月にも城を出る。監視の目も必要であろうから隠居の地はグレイスの地と言うわけにもいかぬ。離宮の選定はどうだ?」

「それが、やはり、仮の宮殿に御移りいただくしかありませぬ。」

「やはりそうか。已むを得ぬな。」

 

 ハーク・ロウリア陛下は来月譲位される。ハーク・ロウリア・カルダリウム・フォン・テールマエとの名乗りは、ハーク・ロウリア・カルダリウム・テールマエ・フォン・グレイスと変える事となった。カルダリウム陛下は譲位されるが、王族としての体面を保持することが認められており、王族としての称号はグレイス大公の地位のみ保持されることとなった。ロウリア国王の権威の源泉たるテールマエ伯爵家の家長たる地位とジン・ハーク城伯の称号はロウリア摂政ダールドルフ大公に譲られることとなる。

 

「とはいえ、仮宮は、日本の手によってつくられているというではないか。ならば、快適さと言う点では、我が国のどの離宮よりも勝るのではないだろうか。」

「はい、その点では臣は陛下が羨ましく思います。」

 

 ダールドルフ大公も日本と満洲を訪問した際に滞在したホテルの住み心地には感嘆なされていた。此度の離宮の造営は、日本皇室からの手配りという。これには、陛下に対する監視ということもあるのではあろう。だが、それ以上に他国の王族から離宮を賜るというのは重要だ。

 日本の最友好国であるクワ・トイネとクイラの王族ですら、住まいを賜るという恩恵には浴していない。住まいを与えるということは日本がロウリアの上位者としての立場にあるということであり、またロウリアは日本を上位者として認識していることを公に示すこととなる。かつて敵対関係にあった我々ではあるが、日本は我々を受け容れているということを列国に示しているのだ。国際社会から孤立していた我が国にとってはよいことだ。

 

「ダールドルフ大公の戴冠式は来月であったな。」

「はい、日本や満洲からも外相が出席されますし、なにより日本皇族からも御名代が差遣されると伺っております。満洲からも参議が見えられますし、クワ・トイネからも外務卿が、クイラからは王弟殿下と外相が参加されます。」

「ありがたいことだ。新王即位のよい門出となるであろう。」

「戴冠式は・・・18日であったかな。」

「左様でございます。」

 

 来年1月18日、ジン・ハークの聖ロメニエル大聖堂で新王の戴冠式が行われる。その時に日本の皇族から祝いの言葉を戴くことになっている。ロウリアの新しい門出によいはなむけとなるであろう。

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