満洲帝國熱河省山海関県級市 第三師団歩兵第二十三連隊連隊本部 2676(興信28・2016)年1月14日(木)午後5時
― 満洲帝國陸軍中将第三師団長黄信貴
「ひと月に及ぶ従軍武官の任務ご苦労様でしたな。」
パーパルディア皇国から派遣されてきた武官が本日帰国する。皆、充実した表情をしている。
武官団は、山海関市から奉天市に高速鉄道で向かった。奉天駅に到着後は軍用車両に乗って、奉天空軍基地に向かった。そこからは、空軍の輸送機にて日本国樺太の陸軍航空隊基地に飛んだ。樺太で我が軍の兵站部隊を収容して、トーパ王国アールバラ市に設けた仮設飛行場に向かった。仮設飛行場にはトーパ派遣部隊の兵站司令部が併設して置かれ、武官団はそこで車両に乗り、一路トルメスへと向かった。トルメスでは、日本軍と協同して、魔王軍との間に膠着状態を作り出し、その背後に別動隊を送り込んで包囲殲滅戦を展開する予定であったが、日本軍の先遣隊は単独で魔王軍を打ち破ってしまった。統帥本部は、本国指導部から現地部隊への作戦指導の様子を含めて武官団に視察してもらう予定であったようだが、その前に魔王軍はグラメウス大陸に逃げ帰った。敵軍のあっけない溶け方に統帥本部は首をひねったと聞いている。そこから、武官団は分かれて視察を継続した。
武官団団長ギルベルト・ゲープハルト・イェルン・フォン・グレッシェル男爵はパーパルディア皇国軍統帥本部作戦課に所属する参謀部員だ。彼は、我が満洲帝國陸軍の統帥本部第一司を視察した。第一司は作戦用兵を預かる部署でグレッシェル男爵の所属する作戦課と同じ職掌であることから選ばれた。
パーパルディア皇国軍統帥本部情報課に所属するクルト・ゴットリープ・ツー・ドライヤー騎士爵、エストシラント騎士団員である、ハンス・エルンスト・シュミット騎士とアルトゥル・ケヴィン・ヘルメル騎士の3名は、トルメスから逃走した魔王軍を追って、威力偵察を行うこととなった。
兵站課のヘルベルト・マティーアス・フォン・クノール男爵は、アールバラ市に設置された兵站司令部を視察した。当初の予定では、我が軍と日本軍との間に聯合軍を形成して、二個兵站輜重兵隊を組織する予定であった。しかし、当初の予定から派遣規模が少なくなったので、聯合軍は組織されずに聯合軍の兵站司令部は組織されずに、満洲国軍の兵站司令部も兵站輜重兵隊本部に縮小した。アールバラの兵站輜重兵本部からトルメスへとピストン輸送する車両を管理する業務を視察し、また輜重兵隊の動きについていき、物の流れを経験させた。
軍政局の軍事課のザームエル・クレーメンス・ツー・バクダッシュ・グレルマン男爵と兵器課のアロイジウス・ライムント・ハイネマンの2名は、トルメスから新京へと移動し、国務院軍政部で研修を行った。彼らの中では、パーパルディア皇国軍の軍制改革の案がまとまったようだ。皇帝直轄軍と騎士団、監察軍といったように分裂した組織を一つにまとめた皇国軍への再編計画を帰国後に上申するらしい。
「今回、我々を従軍武官として受け容れていただきましてありがとうございました。私どもは本国に戻ってから今回の経験を生かしていきたいと思っております。そして、満洲国の方々には我々に惜しみなく知識を授けていただきまして感謝の念に堪えません。」
団長のグレッシェル男爵が代表して挨拶を行った。
「では、国籍放棄宣誓書への署名と、国民登録証の返却をお願いしたい。」
副官が案内し、書類にサインしてもらっていく。パーパルディア皇国とはまだ国交を結んでいない。そこで、国軍上層部は、国務院と相談のうえで彼らを満洲国人として遇したうえで、トーパに派遣した。表向きは満洲国軍軍人としてトーパで様々な任務にあたったことになっている。
従軍武官としての任務が終了すれば、満洲国籍を放棄してもらう。第三文明圏公用語で書かれた国籍放棄宣誓書を読みながら、彼らは名残惜しそうな表情をした。
「わずか一月とはいえ、精強なる満洲国軍人として精勤できたこと、今日この地位を放棄すること、いろいろと考えてしまいますな。」
グレッシェル男爵がサインをしながら、感情を吐露する。全員のサインが終わった。あとは、我々からのサプライズプレゼントの授与だな。
「では、皆様に我々から贈り物が御座います。といっても、実用的なものばかりですが。」
我々が用意したのは、電卓、ボールペン、ノート、コピー用紙、ステープラなどの文具類だ。コピー用紙やノートは箱入りで準備した。
「こ、これは!このように高価なものを。」
ふっ。このくらいの物は高価なものではない。だがまあ、量はあるな。
「これらは、私をはじめとした第三師団司令部の幕僚からの贈り物です。皆で少しずつお金を出し合って購入いたしました。どうぞお納めください。」
司令部の皆とパーパルディア皇国の武官たちが別れの言葉を交わす。「お元気で。」「ありがとうございました。」「今度は皆さまが我が国を訪れてください。」「お気をつけてお帰り下さい。」「また来ます。」「そちらを訪れる機会があった時はお尋ねします。」
私はグレッシェル男爵と握手をして最後の挨拶とした。彼らはこれから貿易の荷物に紛れて出国する。このような秘密裏に往来することがこれで最後となればよいな。