パーパルディア皇国皇都エストシラント パラディス城 大饗宴の間 中央暦1640年1月17日(日)
― 大日本帝国外務省欧州局英国課長補佐 朝田泰司
第三文明圏における盟主であるパーパルディア皇国。やはり、この国は大きい。これまでにクワ・トイネ、アルタラス、ロウリアといった国々を訪問してきたが、これらとは都市の規模が違う。この世界でいうところの列強に伍しているだけはある。この晩餐会にも30近くの様々な国々から大使がやってきている。
「陳特使、朝田特使。こちらは、第一文明圏の東部に位置するミルキー王国の駐パーパルディア皇国大使のクレイグ大使です。クレイグ大使、こちらは、パーパルディア皇国の北東部に位置する満洲帝國の特使陳芳郎閣下とその奥様です。また、こちらは、パーパルディア皇国から東に位置する島国大日本帝國の特使朝田泰司閣下とその奥様です。」
「陳閣下、朝田閣下、そして両御夫人。はじめまして、パーパルディア皇国駐箚ミルキー王国大使のレックス・ロドニー・クレイグです。こちらは、我が妻ミレイユです。」
「はじめまして、クレイグ閣下。皇帝陛下の命を受けて、パーパルディア皇国に派遣されております陳芳郎と申します。こちらは妻の淑麗です。」
「ミルキー王国の名は我が国でも聞き及んでおります。大日本帝國特派大使の朝田泰司と申します。妻の美恵子ともどもお見知りおきをお願いします。」
ムー国のムーゲ大使の仲介でパーパルディア皇国に駐在する各国大使と歓談を行っているが、それにしても面会を希望する大使が多いな。幸い、文明圏外各国の大使達は、もともと相応に交流があるからか今回は遠慮してくれているから少なくはなりそうだが、まだまだ大分時間がかかりそうだ。
「我が国にも貴国等の輸送船がやってきたそうですな。なんでも、我が国の鉱山からとれる鉱物資源の購入を希望だとか。」
「ええ、我が国と満洲国は、ムー国と同じ科学技術国家でございます。鉱物資源の輸入先は多ければ多いほどよいと考えております。」
「我がムーも、今後は貴国との貿易を活発にしたいと考えております。幸いにして、大型輸送船を大量に建造するめどが立ちましたので、第一文明圏との大規模交易に乗り出す準備が整いつつあります。」
「羨ましいことですな。我が国は日本の朝鮮半島と陸続きのものですから、船舶貿易よりも鉄道輸送が主流です。大海原を進む貿易船団と言うのは、あまり我が国では栄えておりません。」
「これからは、満洲国も海外貿易を強化していくことになりましょう。大東洋の発展のためには、対外輸出を強化してもらわねば。」
「我がムーとの貿易も忘れずに。」
「日満両国が魔導文明ではないということがこれほど口惜しいとは思いませんでしたな。これは我が国にも科学文明の船舶を導入すべきやも知れませんな。」
いい感じだ。ムーから紹介された各国とは良い感じの会話が進んでいる。
ただ、懸念すべきは真っ先に紹介されたエモールだな。敵対的ではないが。好意的な印象を感じなかった。ムーゲ大使からは竜人族と言うのは、元々初対面の人族にはああいう感じであり、人族には警戒的です。交流を重ねれば、段々ととげは取れていきますので、根気強く接触していきましょうと言われたが、骨が折れそうだな。
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― 満洲帝國参議 陳芳郎
やれやれ70を超えて、今一度お役目を戴くとは思わなんだわい。しかし、立って話すというのはこの年ではつらいの。ミルキー王国の大使との歓談が終わった後、少し休憩を取らせてもらうこととなった。ふむ。晩餐会の会場でそわそわしている者がおるな。まだまだ客は多そうじゃが、ちょっと休ませてもらうとするか。
ふう~。妻たちは・・・、元気よのう。女は女通しでまだ、紹介されてもいないのにおしゃべりに夢中じゃな。ムーゲ大使は、飲み物を頼みに行ってくれたか、ふむ・・・。
「朝田君。君、レミール殿下をどうみた?」
朝田特使のほうにぐっと身を寄せてきいてみた。
「そうですね。昼間お会いした時もそうですが、とても年齢相当の人物には見えませんでしたね。随分としっかりしていらっしゃいましたし、なんというか、鋭い眼をしていましたね。」
そうなのだ。あのおなご、少女にも関わらず、分不相応に冷徹な目をしておった。確か、皇族の扱いとなっておったようじゃが、この世界の皇族王族と言うのは、少年少女にもかかわらず、ああいう目をしておるのかのう。
「交渉相手としては、申し分なさそうじゃの。」
「ええ、彼女の話が本当ならば、国交樹立の条件交渉は彼女自ら行うということらしいですからね。」
エストシラント港に到着後、港湾事務局とやらに通された。一応の入国手続きを取るということらしい。じゃが、通された部屋で待っていたのは、彼女じゃった。パーパルディア皇国外務監察官という肩書を持つレミリア・ブラウンシュバイク・フォン・レミール侯爵夫人。大学生くらいの年齢の彼女が出迎えた。近侍しておったのは、第一外務局長を名乗るエルト・フォン・マリンドラッヘ伯爵令嬢。こちらも年若き淑女。この国は女性が国を動かしているのかとも思うたほどじゃ。
レミール侯爵夫人が名乗ると、すかさず朝田君は片膝を着く跪礼をとった。ほう、朝田君の歳でこれほど美しい跪礼ができるとはな。わしのように駐英大使や駐仏大使といった君主国に任命されたことのある者ならばともかく、彼は大使に任命される年齢ではないが、さては練習しとったか。感心感心。この年よりに跪礼は難儀じゃが、已むをえまいと思っていたが、これは、非公式の面談故に跪礼は無用とレミール侯爵夫人が跪礼を差し止め、椅子に座るようにと促した。
殿下は国交樹立に向けての事前協議、というよりもその前の段階の話をしにきたとおっしゃった。互いの国交樹立に際した条件を事前に交換しておきたいということじゃった。双方の条件の隔たりを埋める為の事前準備をしてから実際の交渉に臨みたいということであった。
「仕事の段取りが上手いという面もあるの。」
「ええ、相手が何を出してくるのか。条件の隔たりを埋めるとも言っておりましたし、これは期待できそうですね。」
レミール殿下は、本来ならば正式な会談でお互いが名乗るまでは、外交交渉はできないので、ここに私が来たことは他言無用に願いたいとの話をして、去っていった。む、ムーゲ大使が戻ってきたな。この話はここまでか。
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パーパルディア皇国駐箚ムー王国大使 ジェフリー・マグナム・ムーゲ
やりづらい相手だ。事前の情報から、日本と満洲では日本の方が格上の国とされている。国力を示す数値はいくつも存在するが、経済力と軍事力は外せない。日満両国が発行している雑誌などを参考にすれば、このどちらも日本の方が上だ。日満両国ともに国家間の平等を掲げているが、国力の差と言うのは無視できない。
国家間の外交では、この国力の上下によっていろいろな差別化が図られる。このようなパーティーで紹介される順番にもそれが現れる。上の格の者から紹介することが暗黙のルールとなっている。
だが、日本の朝田特使は、満洲の陳特使の方が年長であるという理由で上の順番を譲ってしまった。私なぞはまだ若造です。元の世界で列強諸国の特命全権大使を務めたことのある外交界の長老を差し置いて紹介いただくわけにはまいりませぬと、順番を修正してしまった。歳の上下で順番が前後することは分かるが、これは非公式とはいえ、初めての席だ。国の格というものをどう考えているのだろうか。いや、待て。そうなるとこの二人の特使の年齢差を彼らは調整してこなかったのだろうか。わからぬ。
「そういえば、ルディアス皇帝もレミール侯爵夫人もこの晩餐会のホストなのに、挨拶のみで引っ込んでしまいましたな。我々の世界では、こういった非公式の場の接触が極めて重要なのじゃが、こちらの世界ではそうではないのですかのう。」
陳特使がとぼけたような声で疑問の声を挙げた。確かに、おかしなことだ。パーパルディアには、我がムーが日満両国を重要視していることを再三にわたって説明してきた。そのゲストを放り出して、ホストが引っ込むとはおかしい。いや、待て。そもそも、両国間には国交がなかったな。駐在大使が入れ替わる際は、旧大使が新大使を紹介して信任状を渡す。そこから新大使は外交を開始することができるというのが、外交上のルールだ。となると、国交がないので話すことができないということか。
「うーむ、我々の世界でも公式な式典や交渉よりも非公式な会合で地ならしをするということはよくあります。ひょっとしたら、貴国等とパーパルディア皇国間には正式な国交がないので、接触を最小限にとどめているのではないですかね。」
「ほう、それは我々の世界における外交官特権の話に似ているような気がしますな。なあ、朝田特使。」
「ええ、陳特使。こういう場での雑談が交渉するうえでは重要ですので、多少は残念ではありますが、外交上のルールというのであれば、已むを得ませんね。」
「むしろ、注意深くありますのう。なるほど、ルールを守っているということですか。これは、交渉にも期待が持てますな。」
陳特使と朝田特使は、パーパルディア皇国側の行動を気に入ったようだが、そんなはずはないだろう。初めての直接の接触だ。直接に対話しなければ、分からないことも多々あるはずだ。それは、パーパルディア皇国側も日満両国側も同じはずだ。公式式典後に非公式な会談を設けるつもりだろうか。やはり、この両国の外交からは目が離せない。どういう外交を行うのか、しっかりと見定めなくてはならないな。