フェン王国西部地域ニシノミヤコ郊外 株式会社東宝臨時撮影所 中央暦1640年1月17日(日)
「うーん、ダメですねえ。やっぱり、繋がりませんよ。」
携帯電話で荷電しかけていた撮影スタッフの一人がそのように言いながら、携帯電話の通話アプリを切った。
「固定もダメですねえ。やっぱり、電線を通してもらうべきだったんじゃないですかねえ。」
固定電話の受話器を本体に戻しながら、もう一人の撮影スタッフもおなじような言葉を口に出した。昨日から通信不通の状態が続いており、フェンの撮影所は本社との連絡が取れなくなっている。
「しー。それをいうな。白沢監督の耳に入りでもすれば、監督の機嫌が悪くなる。」
フェンの大地、中でもゴトク平野の広大さにほれ込んだ、日本映画界の巨匠白沢勝英は、この地で映画製作を行うことを希望した。その際に、現地の原風景を維持すべく、近代的な建築物は一切排除するように、日満両国の官憲に要望を出した。その要望は徹底したものであり、当初、日満両国がフェンの首都アマノキと西部地域のニシノミヤコまでを電線で結ぶ計画があったのを中止させたほどであった。
「もちろん、監督の近くでは言いませんよ。でも、ほら、エキストラの人とか見学のお客さんとかからも電話がつながらないということでちょいちょいクレームが入っているんですよね。」
「まあ、無駄にはなるかもしれないが、電波塔をもう一つ設置してもらうように頼んではいるんだ。アマノキとニシノミヤコの中間地点に設置すれば、もう少しアマノキ側に電波を拾ってもらえるかもしれんからな。」
「・・・。それ、実現の見込みはあるんですか。」
「期待薄だな。電線を引いた方が確実だし、電波塔の高さをもっと高くすれば、遠いところまで電波が届きやすいから、そちらが本命なんだよなあ。」
「やっぱり、この撮影中は無理ですよね・・・。しかし、外が騒がしいですね。」
東宝臨時撮影所には、映画撮影の見学者が多数いた。スタッフは、その話声だと思っていたが、どうも様子が違うことに気が付いたようだ。スタッフ同士でちょっと見てくるかという話が出た頃、事務所のドアが勢いよく空いた。
「すみません。あの、柴田さん。あの、緊急事態です。」
撮影所のスタッフの一人が駆け込んできて、事務所長の名前を叫んだ。
「どうした、脇田君。そんなに血相を変えて。」
「あの、それが。」
「失礼する。」
撮影所スタッフを押しのけて、軍服を着飾った男が軍靴の音を鳴らしながら入室してきた。
「突然の来訪、失礼しますぞ。どなたがこの施設の責任者であられるかな。」
「ええと、私ですが。」
映画撮影の責任者は映画監督ということになるだろうが、いかなる仕事においても事務処理というものは存在する。映画監督を支えるスタッフは数多くいるが、裏方の存在なくして仕事は進まない。この場では、撮影所の所長が責任者であった。
「貴殿がこの施設の責任者ですな。お初にお目にかかる。私は、パーパルディア皇国陸軍独立魔導兵中隊第二小隊長を務めるカール・エドワルド・ツー・ヘルゲンと申す者である。」
ヘルゲンは、撮影所所長柴田兼典に正対して軍帽を脱ぎ、一礼した。帝國の教育制度では軍人、警察官、消防士といった特に危険な業務に従事する人物に対しては特に敬意を以て接するようにという徳育教育がなされている。初等教育、中等教育を通して修身の科目はいわゆる五教科の成績と同様に、あるいはそれ以上に足切りの科目として重視されており、そのころに培われた習慣で、柴田は反射的に彼の姿に恐縮して、頭を下げた。
「ああ、これはどうも撮影所所長の柴田と申します。」
「うむ、役儀によって言葉を改める。」
ヘルゲンは腰に吊るしたサーベルの柄頭を握り、自身の正面に持っていき、鐺を床に叩きつけてドンッと音を出して、周囲を見渡して言葉を発した。
「貴殿を含めた諸君等一同に通告する。諸君らには、我がパーパルディア皇国軍事施設に対する間諜の容疑が掛かっている。よって、取調べを為すがゆえに即刻身柄を拘束させてもらう。」
突然の通告に息をのむ職員たち。一体どうして。一体何が。
「ま、待ってください。いきなり、そのようなことをおっしゃられましても。」
「いきなりかどうかは、別として我々も入念な準備をして、ここに来ている。これより、我が収容施設に来てもらう。しかし、安心いたせ。神妙にしていれば、貴殿らには手枷や縄は打たぬことは約束する。これだけでも、破格の待遇であると貴殿らは知るべきだ。」
「では、その、我々がスパイ行為を為したという証拠はあるのですか?」
「そのことは今、貴殿らが知るべきではない。我々にも捜査上の秘密と言うのが存在する。先にに手を打たれて、証拠を隠滅されるようなことがあっては困るからな。」
ヘルゲンの顔は、次第に険しくなっていく。役儀によって言葉を改めたということは、パーパルディア皇国として正式に通告している。パーパルディア皇国は皇帝専制の国であり、その全ての権力の源泉は皇帝に帰するものである。すなわち、皇帝の命令を通知しているにも関わらず、柴田所長がそれに抗するが如き対応をしているのが気に障っているからである。
「では、私が代表して出頭しますので、他の職員には任意捜査の御寛恕を。」
「くどいっ!!」
再びヘルゲンはサーベルの鐺を床に叩きつけて、ドンッという音を出して柴田を威嚇した。そして、敵意を表した目を向けて威圧した。
「これ以上抵抗するというのであれば、貴殿だけではなく、貴殿の部下にも縄を打たねばならなくなる。貴殿らはパーパルディア人の犯罪者やフェンの土人共ではない。吾輩も礼節を以て接せねばならぬとは心得ているが、捜査に抵抗するのであれば、容赦はせぬ。左様心得られよ。」
柴田はこれ以上の抵抗は危険と判断して、平身低頭して、最後の希望を述べる。
「わ、分かりました。部下たちに手荒な真似はおやめくださいますよう、何卒お願申し上げます。ですが、このような事態になりましたことを本社に連絡する時間を戴きますよう、伏してお願い申し上げます。」
「うむ。我々も手荒な真似はしたくない。貴殿もまた部下たちによく言い含めておきなさい。それから、願い出のあった本社への連絡だが、それは一向にかまわない。だが、その連絡は我々の監視の下でしてもらう。連行する日本人や満洲人の人々は、連行時、すなわちこの場で名簿を作成しながら、護送馬車に収容する手はずになっている。貴殿らを収容するのは、最後とするから時間はあるだろう。」
柴田はヘルゲンの発言の中でありえない発言を聞いた。先ほど威圧を受けたばかりだが、この発言には再び抗せざるをえず、口を開いた。
「ち、ちょっと、お待ちください。我々撮影スタッフだけではなく、見学のお客様まで連行するのですか。それは何卒、何卒ご容赦ください。」
「柴田殿。吾輩は、二度も同じことを言うつもりはない。ランド兵長、クリス兵長。柴田殿に縄を打て。」
柴田所長はランド兵長に一方的に倒されて、後ろ手にされた。クリス兵長は、失礼しますと言いながら、手首に縄を蒔いて拘束した。
「な、なにをするダァー」
柴田の部下が叫び声を挙げながら果敢に飛び出してきた。「待て、王」という柴田の制止の声が挙がるが、その声はヘルゲンのサーベルの一閃によって悲鳴に変った。ヘルゲンのサーベルが王の胸を切り裂き、血飛沫が舞った。男の身体が床に崩れ落ち、その周りを別の職員が囲んだ。
「問題ない。治癒師、この者を癒せ。」
「よろしいのでございますか、この者はヘルゲン閣下に盾突きましたが。」
「一向に問題ない。やはり、力を見せつけるのが一番だったからな。」
ヘルゲンの最後の言葉は小さな声でつぶやいた程度であり、周囲の者には聞こえなかった。
パーパルディア軍に所属する治癒魔導師は手慣れた様子で呪文を詠唱し、ヘルゲンによって斬られた傷を修復していく。斬られた男は寝ころんだままで意識を取り戻した。撮影スタッフたちは異様な光景に言葉を失っていた。
「吾輩は言ったはずだ。手荒な真似をするつもりはないと。これ以降は本当に斬り捨てねばならなくなる。よいか、安心せよ。諸君らは我が軍に抵抗することなく、神妙に行動せよ。その様子が確認されれば、柴田殿の縄は解く。本社とやらへの連絡をさせねばならぬからな。」
こうして、柴田は部下たちに、抵抗するなと言いながら、自身も神妙にした。
―――――
― 大日本帝國福岡県士族 福岡真一
どうして。どうしてこうなったんだ。
フェンで行われている白沢監督の新作映画の撮影を見学しようとやってきた、祖父ちゃんと祖母ちゃんと姉貴と荷物持ちの俺。1月16日から1月19日までの日程で学校を休んでやってきたこのフェンでとんでもない事態に遭遇した。なんと到着して早々に電話や通信が使用不可になるというトラブルに見舞われた。フェンの様子をSNSに上げようと思っていたら、初手から躓いた。だが、こういうことはよくあることらしいので、運が悪かったとしか思うほかない。一日、二日すれば、通信は回復するので、それまでのことだと納得した。
だが、この状況はシャレになっていない。ニシノミヤコ郊外の撮影所を見学していたら、突如大量の馬車がやってきた。10台以上、いや20台は超えるような数だ。撮影所の周りを囲むような形で馬車は停車し、その馬車から多数の兵隊たちが降りてきた。異様な雰囲気を前にして、俺たち家族は身動きもできずに固まってその場に立ちすくむしかなかった。
・・・・・
「次の者、前へ。」
馬車から降りてきた兵隊たちは、パーパルディア皇国の兵隊たちだった。彼らは、俺らの中に軍事施設へのスパイ行為に及んだ者達がいると決めつけて、拘束すると言い出した。流石に見学者たちの多くは騒然としたが、この撮影施設の管理者が後ろ手で縛られているのを見せられて戦慄した。そしてその彼は我々に対して以下の点を伝えてきた。スパイ行為など我々には身に覚えのないことだが、容疑を晴らすためにもここはおとなしく事態の推移を見守ってほしいということ。彼らには通信が回復次第、このことを本社と駐フェン公使館へ連絡することが許されているということ。流石に何日も連絡がつかなければ、本国も不思議に思う。その時に黙って我々を捕らえているということが知られれば、本国も不審に思うので、このことに嘘はないということ。
以上の点を伝えて、彼らの指示に従うようにと言ってきた。見学者の中には、不満を漏らす者もいたが、撮影スタッフからの軽挙妄動は慎むようにとの案内を受けて、静かに時を待った。
「ふむ、4人か。男2人、女2人で家族か。男と女は違う馬車に乗ってもらうことになっているが。」
「兵隊さん。わしらは家族なんじゃ。離れ離れになるのは困るから、固めてくれませんかのう。」
ジロジロとした眼で俺たちを見ている兵隊が、ノートに俺たちの名を記しながら、馬車への収容をしていく。
「しかしねえ、規則なもんでなあ。早く取り調べに移る為に収容は規則通り、急がせないとならねえ。俺達も上からこっぴどく怒られちまうよ。」
「そこをなんとかの。ほれ、この通りじゃ。」
祖父ちゃんが、兵隊に札束を渡そうとしている。裁判官だった祖父ちゃんが、袖の下を渡して、兵隊に便宜を図ってもらおうとしている。なんというか、意外だった。裁判官だったこともあるだろうが、祖父ちゃんはそういうのを嫌っていたはずだ。
「あんた・・・。」
「大丈夫じゃ、イネ。わしらは昨日来たばかりじゃ。容疑とやらにはなんにも関係しとらん。だがな、彩香と真一は何が何でも守り抜かねばな。このままじゃ、隆史や豊美さんに会わす顔がないわ。」
祖父ちゃんの家族を守り抜こうとする意思を感じた。隠居したとはいえ、家の元当主として家族を守ろうとしているのだ。その為には、自身がこれまで抱いてきた信条などは捨てるということだろう。
「ふむ・・・。奥方はなんとかなるだろう。旦那の世話をさせるためと称すれば、ギリギリでもいけるだろう。だが、そこの若い娘は駄目だ。」
「な、婆さんだけじゃあ、ダメだ。孫は、孫は勘弁してくれ。」
祖父ちゃんが兵隊につかみかかろうとした。だが、振り払われて地面に倒れ込んだ。
「あんた!!」
「「祖父ちゃん!!」」
俺たちは祖父ちゃんの側によろうと屈んだが、祖父ちゃんは再び立ち上がり、兵隊に向かっていった。
「やめてくれ。大事な孫娘なんだ。連れていかないでくれ。」
「しつこいぞ。」
祖父ちゃんは、今度は殴られて、バランスを崩したところに、棍棒で腕を叩き折られた。
「がああ!」
祖父ちゃんの腕から鈍い音が聞こえて、今度は倒れ込んだままとなった。俺たちは祖父ちゃんの介抱をしたが、俺たちの上から声が聞こえてきた。
「安心しろ。上からはお前たちは殺すなと厳命を受けているんだ。だが、あまりいうことを聞かないときは、軽い懲罰を加えることだけは許されている。あまり俺たちの手を焼かせるな。」
祖父ちゃんが痛みに耐えながら、呻き声を出している。なんて連中だ。
「おい、マーカス。何をぐずぐずしているんだ。早くしないと上からどやされるぞ。」
「おー、ロイド。すまんすまん。さあ、お前たちも馬車に乗るんだ。おっと、女、女はあっちの馬車だぞ。」
マーカスと呼ばれた兵隊が、姉貴を見たが、その目は下品な目で姉貴を舐め回すように見ていた。ダメだ。こいつはひょっとしたら・・・。そのとき、姉貴がすくっと立ち上がった。
「ゴメン、真一。祖父ちゃんと祖母ちゃんのこと頼むね。」
「姉ちゃん!!」
あれ、脚が震えて動かない。そんな、畜生。
「彩香!!」
「あや~。いかん、わしの側に戻ってこい。」
祖母ちゃんと祖父ちゃんが声をかけるが、姉ちゃんは俺達に背を向けて、マーカスと呼ばれた兵隊に正対した。
「ほら、あんたの言うとおりにしてやるわよ。その代わり、祖父の手当てをしなさい。」
「ああ、分かってるよ。根拠地隊まで行ったら魔導師がいるはずだ。申し送りはしておくさ。お前は安心してあっちの馬車に乗ってろ。」
精一杯の虚勢を張っていたが、姉貴の手は震えていた。畜生。なんで俺の足は動かなかったんだ。
「うう・・・あやか~。戻ってきておくれ~。」
「すまん、彩香。わしが行きたいなど言い出さねば。すまん、隆史。すまん、豊美さん・・・。」
ようやく、脚が動いた。何て惨めなんだ。姉貴を連れていかれたのに何もできなかった。
「ほら、お前たちも馬車に急いで乗れ。あとがつかえてるんだ。」
マーカスと呼ばれた兵隊が俺たちに早く馬車への乗るように促してきた。畜生。祖父ちゃんに肩を貸して俺達も動き出した。姉貴、無事でいてくれ・・・。
―――――
― 警視庁生活安全部特命係 鶴川巡査部長
「畜生。このままじゃ・・・。左京さん、何とかしないと。」
「ええ、僕も鶴川君の意見に同感です。しかし、これだけの数の兵隊がいます。我々が今ここで動いても、助けることはできません。捕まるだけです。」
俺と左京さんは休暇を利用するという体でフェンに再びやってきていた。あの遠藤喜重郎氏の不審死に関する事件を再度捜査しようとしたのだ。ニシノミヤコ近辺で聞き込みをしようとしていた時、撮影所の方から悲鳴に近い声が挙がった。いそいで駆けつけてみれば、多数の兵隊が撮影所を囲んで、日本人達を連行しようとしていた。
「鶴川君。電話はまだ通じませんか?」
「ええ、未だに圏外です。畜生、通信障害さえなければ、応援を呼べるのに。」
今姿を見せては、我々も悪戯につかまってしまうだけだという左京さんの判断で、町の外の小高い山に向けて走り去り、俺たちは草むらに身をかがめて撮影所を観察し始めた。時折、スマホを見つめるがいつも圏外の表示だった。
「魔素の滞留による通信障害とは、厄介ですね。とにかく、このままでは埒があきません。応援を呼ぶためにはアマノキの公使館を目指すしかありませんね。」
「ニシノミヤコの帝國の領事館はダメですか?そちらのほうが近いですが。」
「通信状況が回復すれば、それで対処できます。しかし、この通信障害がいつ終わるのか、全く見当が付きません。それに今の今まで帝國領事館員は姿を見せていません。撮影所と領事館との情報は遮断されているとみて間違いないでしょう。それに今から動いたとしても、パーパルディア皇国の軍隊が動いているのです。領事館員としても、本国に連絡を捕らねば、抗議はできてもやめさせるだけの手は打てないできないでしょう。tまり、本国と連絡を取らねば、この事態は解決できません。」
「なるほど、しかし、そのためには。」
「ええ、森を横切らねばなりません。」
小高い山の東にはうっそうとした森林地帯が広がっている。方向としては、この森を超えていったところにアマノキがあるはずだ。
「おそらくですが、今、彼らに私たちの姿をさらすのは危険です。なぜ、撮影所の人間たちを、それも撮影所の職員だけではなく、観客たちまで含めて連れていくのか、ここからでは皆目見当がつきません。今姿を見せれば、我々も彼らにつかまる可能性が非常に高いです。」
「夜中歩きとおしになりそうですね。俺は大丈夫ですが、左京さんは大丈夫ですか。」
「正直、この年ではキツイ。ですが、なんとか、早期に本国に連絡を取らねばなりません。こうしてはおれません。鶴川君、行きましょう。」
全く、やるしかねえな。