クワ・トイネ公国公都クワ・トイネ クワ・トイネ国立歌劇場 中央暦1640年1月17日(日)
クワ・トイネ公国の国内で最も発展しているのは、日満両国が租借している西マイハークを除けば、ハガマ伯爵領の領都マイハークである。日満両国が租借している西マイハークに隣接する地域であり、西マイハークに対する日満両国の資本投下の恩恵を余波を受けて、マイハークもまた開発が進んでいる。
西マイハークは日満両国の租借地域であることから、大型の機械などが多数港湾施設に設置されているが、マイハークにもそれらが設置され出した。ハガマ伯爵の御用商人が中心となって運営する、クワ・トイネ産の農作物や水産資源などを加工した缶詰工場の経営が軌道に乗り出しており、製品の輸出の為に岸壁にコンテナクレーンが新設された。また、マイハークには公都クワ・トイネとを結ぶ鉄道駅も作られており、クワ・トイネの中で最も発展している街と言っていいだろう。
それ以外の地域も発展しつつある。農業国家クワ・トイネの中でも指折りの収穫を誇る大穀倉地帯にあるスーイデンや外務卿でもあるリンスイ伯爵の領都トースイには、酒蔵やワインの醸造所が立ち並び始めた。ロウリア戦争の休戦協定の会議地に選ばれたクワ・トイネ大蔵卿のオクレンカ伯爵の領都スピアウオータは、クイラとも近いという立地から港湾施設が建築され始めた。
勿論、公都クワ・トイネも発展している。公都の発展も日満両国を起点としたものである。このため、日満両国が公使館を置いた公都の郊外から発展が始まった。日満両国の公使館は電力供給の観点から公都郊外の南部にある小高い丘の上に建設された。背後には風力発電用の風車や太陽光発電用のパネルが立ち並んでおり、更には丘から流れ出る沢を利用した水力発電により、両公使館とその官舎を通常運営する程度の電力は確保されていた。
開発が始まってくると、当然この電力だけでは足りなくなる。マイハークから軽便鉄道が延伸し、クワ・トイネ中央駅を構えるころになり、本格的な鉄道建設が準備され始めた頃、ロウリアとの戦争が勃発する。クワ・トイネ国内における電源開発は焦眉の課題となった。日満両国の租界がある西マイハークの領域が西の方にさらに拡張され、その地域に石炭火力発電所が建設されることが決定した。更に、スーイデンの南に位置するコンボウ子爵の領都ヒノキスギにおいてダム建設を伴う水力発電所の建設も始まった。これらは完成に多年を要することから、クワ・トイネ郊外の河川に小規模な水力発電施設を何基も設置することでその完成の間の電力を確保しようとした。
こうして、水力発電による電極供給がうなぎ上りとなっていき、クワ・トイネ南部のいわゆる「新市街」が発展する中、大きな建築工事が完成した。クワ・トイネ国立歌劇場である。クイラ王国が王弟の強力な後押しで競馬事業を展開し、その人気はクワ・トイネにも及んでいた。クイラとの国境に近い、スピアウォータやヒノキスギからクイラ王都の競馬場に観光する者も増え始めて、大きなビジネスチャンスを得ていた。
こうしたなかで、クワ・トイネにおいても何かできないかと考えていたクワ・トイネ政府であったが、日本からの思わぬ訪問者を受ける。日本のオペラ界を牽引する帝國歌劇團である。歌劇団の団員の中にいわゆるファンタジー作品の愛好家がおり、エルフというのは歌が上手いのだと団で力説した結果、その意見が団長の耳に入り、調査の為訪鍬することになった。そして、その結果として、クワ・トイネ人のエルフたちでオペラを上演してはどうかということになったのである。
クイラは違った形でビジネスチャンスを得たと考えたクワ・トイネ政府は、この動きを支援し、エルフ族を中心としたクワ・トイネ歌劇団を設立した。クワ・トイネ歌劇団は日本を訪問し、帝國歌劇団の指導の下オペラを学んだ。それと並行してクワ・トイネ国立歌劇場の建設が行われた。建築に際しては、クワ・トイネ人の魔導師も協力し、重力操作の魔法を利用して、重機の代わりをなした。そして、今年の1月に入り竣工し、こけら落としの公演が行われることになった。
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「カナタ首相。」
「これは、リンスイ卿。いよいよクワ・トイネに新しい芸術が生まれますね。」
クワ・トイネ政府が後援した結果、クワ・トイネ歌劇団はこけら落とし公演に政府関係者や各国大公使を招いて初めての公演を行うこととなった。
こけら落とし公演で行われるオペラは、新作のオペラで題名は『ギム』。言わずと知れた、クワ・トイネ公国最大の危機であった対ロウリア戦争を描いた劇で、二幕構成となっている。第一幕は、ギムの危機に際して英雄的に戦うモイジ将軍と友軍との活躍を描いた戦争劇であり、見どころはモイジ将軍と敵将マヒート・ライスシャワーとの一騎打ちの場面となっている。第二幕は、これまたモイジ将軍と敵の総大将ジューンフィルア伯爵とのスーシュウェイでの会見を舞台にして、傷ついたライスシャワー将軍の愛馬を癒して彼に返還する感動的なシーンが見どころとなっている。事前に脚本を入手したクワ・トイネの文教長官は、脚本を担当した帝國歌劇団に対して、交戦経過と違うのではと疑問を呈したが、これは芸術だから事実と異なってもいいのだと返答して、クワ・トイネの文教長官を唖然とさせたという。
「間の悪いときにこけら落としの公演となりましたが、リンスイ卿、明日の式典へはどのようにして赴くおつもりですか?」
「明日の朝、一番の飛行機でカルーネスの日本軍駐屯地に向かうことになっております。何、ここクワ・トイネからカルーネスまでは飛行機で1時間半程度の距離ですからな。」
リンスイ外務卿は、クワ・トイネ皇国の代表としてロウリア新王の戴冠式に出席することになっている。尋常の予定であれば、公都にいるはずがない。公都クワ・トイネとロウリア王都のジン・ハークは馬車で1週間はゆうにかかる距離なのである。
「すごいものですな、日本と満洲という国は・・・。かつて私は、彼らの国が明らかに3大文明圏を超えており、我が国も生活水準において、3大文明圏を超えるやもしれぬと思っていましたが、わずか一年足らずでこのような結果を出すとは思いませんでした。」
カナタが感慨深げに話すことに対してリンスイも相槌を打つ。
「まさにですな。この縁、もっともっと大事にしなくてはですな。」
「ええ、卿のおっしゃるとおりです。ところで、リンスイ卿。ついさっき、パーパルディア皇国のカイオス卿が日満両国外相と極秘裏に会談をしたと報告がありましたが、その後続報は入りましたかな。」
やはり、そのことを聞いてきたかとリンスイは思った。現時点ではリンスイの下に続報は入ってきてはいない。日本側から急に話が舞い込んでからその後何の音沙汰もないのをリンスイは訝しんではいた。
「田中公使からの至急の面会依頼が届き、それに対して会談をしてから、大夫時間がたちます。おそらくはもう会談は終わっているのでしょうが、その後何も連絡がないというのは、いささかおかしいです。これまで、日本の外交担当者は時折、我々に対してこの世界の外交について意見を求めてきましたが、後々、意見を基に外交した結果に対してさらに意見や評価などを求めてきました。カイオス卿との会談については、我々は立ち合いなどは申し入れませんでしたが、その後どうだったかを知らせるぐらいは彼らはやってきました。詳細な報告などは後日になるでしょうが、第一報すらないというのはいささか。」
「おかしい、とリンスイ卿はおっしゃる。」
「ええ、彼らは未だこの世界の情報に通じてはいませんし、それを自覚している。にもかかわらず、秘密にしている。どうも解せません。」
カナタは口元に手を当てて思案顔になる。これまで、我々と共同歩調をとってきた彼らの行動にわずかなズレが見えたとリンスイは思っている。果たしてその真意は那辺にあるのか。
「明日、德川外相や森山外相とはお会いになるのでしょう。会って直接話をするというのではないのですか?」
「もちろん、私は明日、日満両外相と会います。そして、彼らと行動を共にして、ジン・ハーク入りをすることになっています。しかし、既にカルーネス入りをしているクイラのメッサル外相に電話してみましたが、彼も詳しい話は聞いていないというのですよ。」
「ふむ・・・。」
再度カナタは思案顔になる。リンスイも腕を組んで思案顔をした。
「ひょっとすると、その会談は決裂したということはありませんか。カイオス卿はパーパルディア人の中では第三文明圏外国家に対して融和的であると聞いていますが、皇国の上層部はそうではない。国交開設に関して、日満両国にとっては受け入れがたい強圧的な条件を着きつけざるを得なかったというのはいかがでしょうか。」
「それは、無きにしもありませんが、そもそもこの会談は事前のアポイントメントもなく、急にセッティングされたものは確かでしょう。カイオス卿の顔を日満両国が知らなかったというのですから。事前に準備があったとは考えられません。カイオス卿は、日満両国の外相がカルーネスの地にいる、この時を狙って接触したのでしょう。そういう意味では、事前に相手国の行動を下調べしているということになります。そこまでしておきながら、そこまで日満両国を探っていながら、高圧的な条件を突きつけるというのはちぐはぐな印象を与えます。」
「なるほど・・・。確かにそうですね。」
カナタは、難しい顔をするが、結論は出ない。
「田中公使もこの公演に来られますが、探ってみますか。」
「・・・いや、せっかくの観劇です。仕事の話はしない方がいいでしょう。」
カナタがそういうと来館者への案内放送が流れる。
「ああ、劇が始まりますね。リンスイ卿、この話は後日にして、我々も歌劇を楽しみましょう。」
「ええ、なんせ、これを観るために私はカルーネス入りを遅らせたのですからね。」
カナタ達は、国立歌劇場の貴賓席に向けて歩き出した。彼らの顔からは先ほどまでの難しい表情は消えていた。