前述した内閣官房にはいくつかの下部組織が存在する。そのうちの一つである内閣副書記官長補室は、政策の企画・立案及び総合調整を担当する組織として設置されている。
内閣副書記官長補は高等官二等の官職であり、これは内閣副書記官長を除く(内閣副書記官長は高等官一等)他の内閣官房の幹部と同じ官等である。すなわち、各省における局長クラスの官職である。しかし、高等官官等俸給令において内閣官房の高等官二等の官職は、各省局長の俸給よりも一段階上の俸給が設置されていることから、各省局長よりもワンランク上の官職と看做されている。
内閣副書記官長補は、危機管理担当・内政担当・外政担当の3名の副書記官長補がいるが、危機管理担当の1名は、軍事参議院書記官長の部下として軍事参議院事務局に副書記官長室を構えている。従って、内閣副書記官長補室(いわゆる「補室」)には、外政担当と内政担当の2名の副書記官長補がトップの地位にある。
この2名の室長の下で政策の企画・立案及び総合調整を担当するに際して、室長の下に3名の内閣審議官(高等官三等)を責任者を置いている。純粋な内政・内政寄りの案件、純粋な外政・外政寄りの案件、内閣が推進する重要政策と内政と外政の中間の案件という具合で案件が仕訳けられ、その下にチームが作られる。このチームはそれぞれの政策課題ごとに、重要性や短期中長期的な期間を要するかなどを勘案して、事務局、推進室、担当室、検討室などといった分室に分けられ、内閣書記官や内閣理事官と言った高等官四等以下の者がその長に就く。
新世界にに転移してからいくつかの分室が設置された。食料や鉱物資源を安定確保するためにクワ・トイネやクイラとの貿易を推進する為に通商産業省との間で政策調整をする「生活必需品調達推進室」。クワ・トイネとクイラのに設置された租界における領事裁判権の早期撤廃に向けて、現地の法制度改良を目指して司法省や現地租界委員会との間で連絡調整する「鍬杭租界領事裁判権早期撤廃検討室」。新世界各国の外国人労働者の受け入れと現地への科学文明の浸透を図るための新世界外国人留学受け入れ推進を目指して、文部省や労働省などと意見交換する「外国人労働者問題対応室」と「新世界人留学推進会議事務局」。そして、新世界との外交に関して外務省との間に連絡調整をする新世界外交担当官(外政担当内閣審議官兼任)と新世界担当第一室(クワ・トイネ及びクイラ)、新世界担当第二室(ムーなどの遠方の諸国)、新世界担当第三室(クワ・トイネ及びクイラ以外の近隣諸国)などがある。
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大日本帝國東京都 内閣官房庁舎 内閣副書記官長補室・新世界担当第三室 2676(平成28・2016)年1月18日(月) 午前10時25分
「天祐来たれり。」
内閣副書記官長補室・新世界担当第三室長補佐の悪野忠吉が国会中継のテレビを見ながらほくそ笑み、心の中でつぶやいた。自分は今山上内閣の内閣官房の一員だから、これが好機だからといって、口に出すわけにはいかない。この問題が大きくなれば、山上内閣は軍を混乱させたとして責任を問われることとなるだろう。そうなれば、解散総選挙ということもありうる。選挙での買収で連座した父の議席が回復し、民政党が第一党になれば、自分も室長補佐から室長やその上へと昇進することも可能だろう。そういう観点から、とにかく、父と政界を引退したが民政党の実力者として今も名を連ねる祖父に相談しなければと思い、彼は自分の席を立つこととした。
今は室の責任者である曽野室長がいない。この総理答弁が出てすぐに上席である内閣審議官に集合命令をかけられたからである。それでも、この問題は急がねばならぬと思い、悪野は電話をしようと部屋を出ようとした。
「少し、出てくる。」
そういって悪野は部屋を出ようとしたが、部下の女性事務官から呼び止められた。
「あっ、悪野補佐。さきほど、電電公社から書類が届いており、デスクにおかせていただいたのですが、お読みになりましたか。室長に廻していただきたいのですが。」
悪野はイラついた。この大事な時になんだというのか。電電公社の如きは三流官庁である逓信省の公社ではないか。そのようなものがなぜうちの来るのか。どうせ大したことはあるまい。おそらく通信障害に関する報告書なのだろう。悪野は、どうでもよいことだと思い、いつものように女性事務官を叱り飛ばした。
「それがどうした。俺は急ぐのだ。そのようなどうでもよい書類などなぜ君達で処理しない。いつも言っているだろう、俺のシャチハタは机の引き出しに入れてあると。」
急ぐと言いつつ、いつものようにネチネチと口撃をする悪野であったが、そこに火に油を指す行動に出た者がいた。
「失礼します。」
内閣官房に雇用されている見習清掃手のミランダは、掃除用具を持って部屋の中に入ってきた。そして、ゆっくりと悪野の机に近づき、清掃を始めようとした。悪野は、室長がいるときは室長の机から、室長が不在の時は室長補佐である自分の机から掃除をするのが、日本のマナーだとネチネチとミランダに「指導」した。それ以来、ミランダはそのように対応しており、今度も悪野の机から清掃しようとした。
悪野の机の上にいくつかの書類があった。新世界人は日本人と会話はできても日本の文字を読むことはできない。ミランダは日本語の文字を習得中であったが、自分の任務と関わり合いのある、文字は優先して覚えていた。果たして、悪野の机上にある書類に『フェン王国』や『通信障害』などといった文字があるのを確認した彼女は、兼ねてから指示されていた作戦の決行に出た。
「あっ!!」
ミランダは悪野の机を掃除するふりをしながら、悪野の机の上にある書類を床にばらまいた。
「何をやっている、掃除婦!!これらの書類は帝國の重要政策を形作る大事な」
悪野の標的が女性事務官からミランダに変った。ミランダはすみません、すみませんと謝りだす。悪野の罵声が部屋内に響き渡るが、男性事務官が口を挟んだ。
「室長補佐。何か御用があったところだと思います。あとの処理は私どもが進めておきますので、御用をお済ませください。」
「む・・・。全く、本当に新世界人は使えんな!!」
悪野は悪態をつきながら、部屋を出ていった。悪野に叱られていた女性事務官と部屋の事務官ががミランダの側に駆け寄り、女性事務官は感謝を述べた。
「さっきは、ありがとう。ミランダさん、わざとやってくれたのでしょう。ごめんなさいね。書類を拾うの手伝うわ。」
「いえ、本当に、手元が狂っただけですから、御心配なく。あ、大丈夫です。皆さんは仕事に戻ってください。これも私の仕事です。」
「そう。じゃ、昼休みに付き合ってよ。お詫びに美味しいお店紹介するから。」
「まあ、ありがとうございます。」
そういって、事務官たちは仕事に戻っていった。その姿を確認したミランダは腰を落として書類を拾いだした。いくつかの書類を机の上に置いた後、問題の書類を拾う振りをして、悪野の机の下深くに滑り込ませた。その書類には、『フェン王国における通信障害につき異常事態が発生した疑義があるため早期調査を必要とする上申書/逓信省通信局通信基盤課長決裁・帝國電信電話公社理事(危機管理担当)』と表題に記されていた。