アルタラス王国王都王都ル・ブリアス 聖ベルナルド大聖堂 1640年1月18日(月)
― パーパルディア皇国第三外務局長クラウス・カルステン・フォン・カイオス子爵
昨日の夕方、アルタラス入りを果たした私は、日本公使館が廻した自動車でルバイル国際空港から王都ル・ブリアスのホテル・エルドナスへ向かった。初めて自動車に乗った時には、私は浮かれていた。ひょっとしたら、私はパーパルディア人の中で一番初めに自動車に乗った人物となったのではないかと思ったのだ。けれど、それも一瞬のことで、駐ムーの大使のゲラルト殿下が、日本政府から自動車を贈られたということを思い出して、すぐに頭を切り替えたのだった。
パーパルディア大使館に向かうつもりはなかった。今まで何をしていたと問われるのはまずい。本国での事前の調整もない段階で日満両国と接触したことは秘密にせねばならぬからだ。そこで翌日に直接、戴冠式が行われる聖ベルナルド教会に向かうつもりだった。しかしまさか、あのようなことになっていたとは、露ほどにも思わなかったし、知っていれば、その日の内にアマンダ港から船に乗って本国に戻っていたことだろう。だが、繰り言をいくら吐いても詮無いことだ。
ホテル・エルドナスでは、日本国公使の大垣秀徳氏と満洲国公使館理事官の陳陽志氏と会見することができた。双方ともに、外務大臣からある程度の報告を受けて、予備会談に臨んできた。
日本国からは、開口一番にキツイ言葉があった。カルーネスでの日満2外相との会談で申し入れた国交樹立に関しての希望条項に対する返答があった。日本国の婚姻法上、重婚は認められないので、日本国皇太子への皇国皇族の婚姻は不可能という返答があった。
大垣公使は、第一声で冷徹な声を以てそのことを私に告げたのだ。話には聞いていた。日本人にとって皇室は尊崇されるべきものであって、その扱いを間違うと日本人は烈火のごとく怒り、取り付く島もなくなると。これは、初手から躓いた。そう思った。
日本国は強大だ。その辺りを外1も外2も未だ完全に理解しているとは言えない。日本国の産物を実際に手にして、その脅威を実感されたレミール殿下もまた然り。扱いには、慎重にも慎重を重ねる必要がある。日本国の君主家に皇国皇族の血をいれることで日本国内部に食い込もうとするのは、これまでの皇国の各属領への統治政策の延長線上からは極めて穏健で私としても妥協できるところではあったが、失敗したか。第三文明圏外の蛮族国家とは違うということを私自身軽く考えていたか。
そう思っていたところに、大垣公使は一転して口調を柔らかいものに変えて伝えてきた。日本国はパーパルディア皇国に派遣する外交使節団長に特命全権大使を以てすると。正直に言えば、これはうれしい話ではなかった。
皇国が掴んでいる情報によれば、日本や満洲が元々いた世界では外交使節団の長には、特命全権大使と特命全権公使の2つの階級があった。階級があるということは上位と下位に分かれるということであるが、席次や儀礼的な場合を除き大使と公使の間は対等の関係であるということだ。国家間の平等を掲げているにも掲げているにも関わらず、外交使節団長間に階級が存在しているというのは矛盾しているようにも思える。
だが重要なところはそこではない。日本が特命全権大使を派遣しているのは、ムー王国のみであり、それ以外は、特命全権公使を外交使節団長として派遣しているということである。これは明らかに国家の格を意識しているものといってよい。第三文明圏の文明国マール王国に対しても、第一文明圏の文明国ミルキー王国に対しても、日本国は特命全権公使の派遣を行っている。文明国に所属する国か非文明国に所属する国かで大使と公使を区別しているのではない。
そう考えると、私個人としては歓迎すべき話である。日本は、我がパーパルディアをムーに比肩する国家としてとらえているということでもある。大使を派遣する国とは大使を交換し合い、公使を派遣する国とは公使を交換し合うということになっているので、日本とムーとパーパルディアは同格の国ということになり、日本をよく知る国々はこれまでよりも一層パーパルディアの国力を認識することになる。
しかし、本国ではそうは捉えていないだろう。おそらく日本もこの世界の列強国の存在を踏まえたうえで我が国を大使交換国としたのだと思うが、そうであるならば、本国は大使の交換は当然と考えるはずだ。国交樹立に向けた皇国側の希望事項である皇族間の婚姻を開口一番に拒否したその次に大使の交換ということであれば、皇族間の婚姻を拒否する代わりに大使交換国としてやるという意味合いにもとられかねない。即ち、本来は皇国は大使交換をするに足る国力を有していないのだと見切られているということになる。
このことはとりあえず秘匿すべき話だろう。そう思っていたら満洲国の陳理事官から、我が国では、パーパルディア皇国との間にどのような形で外交使節団の長を交換すべきか、国務院での調整が終わっていないとの話が切り出された。陳理事官の顔は目が据わっていた。大垣公使は目をつむって顔をふっていた。
やはりか、という思いがあった。カルーネスでの日満両国の外相会談の席上、皇族間の婚姻についてを希望条項として申し述べた直後から森山外相の顔がこわばったような印象をうけていたが、こちらが彼らの本当の意思だったとみるべきか。
今日はこの辺でということで、それだけを告げて彼らは去っていった。私は暗澹たる気持ちになった。これは、よろしくない。明日は、儀式のみ出席して、早々に本国に帰還する必要がある。皇帝陛下に奏上して重臣たちと善後策を話し合わねばならない。
私の為に予約を取ってもらったホテル・エルドナスの部屋は、日満製の寝台が置かれている部屋だった。何ともふかふかした寝台にうっとりとしたものであったが、すぐにそのような思いは霧散した。熟睡することができず、寝たのか起きているのかよくわからぬままに朝となった。執事のハルバードに儀式用の衣装を着せてもらい、私は馬車に乗り、戴冠式が行われる王都ル・ブリアスの郊外にある聖ベルナルド大聖堂へと向かった。
聖ベルナルド大聖堂の周辺は混雑していた。多数の馬車が屯してした。それでも、パーパルディア皇国の旗を立てた私の馬車が通ろうとすると、他の馬車が道を避けるようにして通路を開けた。
そうして、順調に進んでいると前の方から馬を走らせてくる者がいた。無礼な。パーパルディア皇国の旗を立てているこの馬車に向かって走ってくるとは。そう思っていると馬が停まり、私の名前を呼ばれた。駐アルタラス大使館に勤務する書記官だ。この者は私が目をかけていた者だったはずだ。門閥貴族が屯する大使館においてその情勢を私に報告させるためにおいていた数少ない味方の一人だ。一体何事だというのだ。
書記官は私の馬車に乗り込むと、深夜に発信されたという魔信を読み上げた。
「レミリア・ブラウンシュバイク・フォン・レミールはカイオス子爵に命じる。カイオス子爵は戴冠式への出席を取りやめて至急本国に帰還せよ。この件は既に皇帝陛下にも奏上済であるため努々後れを取るな。万難を排してでも、早急に帰還せよ。」
一体何事だと問うも、書記官は緊急魔信は皇帝府が使用する秘匿暗号を使用して発せられたものであるということのみしかわからないということであった。なんだ、何事が起こったというのだ。得体のしれない不安が私を襲った。
書記官は、アマンダ港の港湾役人に金を握らせて定期快速船の出港時刻を遅らせたと伝えてきた。しかし、それでも急がねばならない。遅れの事実は残り、それが長引くと、何事かという話が大きくなる。なるべくカイオス子爵の動きを秘匿するためには、至急の動きが必要であるとのことであった。わからぬ。何が起こったのかを記載せぬということは機密事項が出来したことは間違いない。しかし・・・。
書記官は馭者に対して、至急アマンダ港に向かえと命令した。馬車の揺れがひどくなる。思考を続けたかったが、その材料がない。私は更なる不安に押しつぶされそうになりながら、揺れる車内でじっと耐えることとなった。