でも、アンケートの通りですからね。かーー、つらいわ。日本デバフが重なって、かーーーつらいですねえ。
大日本帝國東京都 警保院庁舎 2676(平成28・2016)年1月18日(月) 正午
帝國の治安維持を司る警察。全国の道府県に警察局を置き、首都東京に警視庁を置く。そして、その全国の警察機構の上に警保院という中央機関を置く。そのトップは、国務大臣たる警保院総裁。総裁は国務大臣が兼任する為、政治任用の職であり、通常は帝國議会の議員が就任する。これに対して警保院副総裁は官僚が就任し、内務官僚と警保官僚が大体交互に就任するのが常例となっている。
一般の「省」組織であれば、政治任用の「大臣」と官僚の「次官」に加えて、政治任用たる政務次官と参与官が置かれる。省の政務次官は2人態勢となっている。高等官一等の政務次官と高等官二等のそれがおり、高等官一等の政務次官は筆頭の政務次官として「副大臣」たる扱いを受けている。これに加えて、複数の参与官が置かれている。参与官は、将来の政務次官、大臣候補として研鑽を積むこととなっている。
ところが、警保院では、この政務次官と参与官がそれぞれ1人しか置かれないこととなっている。外局という一段低い位置に置かれていることが原因である。しかし、警保院は、帝国全土で40万人にも及ぶ警察官を統率しており、警保院関係者はその規模に比べて低い地位に納得してはいない。
警保院総裁官房主事の小和田公安もまた、この警察官庁の地位に満足していない人物のひとりであった。小和田は内務省入省後に警察畑を中心に出世してきた人物である。警察組織の権勢の拡大に力を尽くしてきた。
帝國の法制度は諸外国から見て、硬直性が強いと指摘されている。これは大日本帝國が君主主権が強いとされていることと密接な関係を持っている。綸言汗の如し。君主が一旦発した言葉(綸言)は取り消したり訂正することができないという中国歴史上の格言である。帝國憲法上、法律は帝國議会の協賛を受けて天皇が制定するという建前が採られていることから、法律は綸言としての意味合いも持ち、簡単に改正すべきではないとされている。法律が頻繁に改正されると、国民や企業はどの法律に従えばよいのか混乱し、将来の見通しを立てることが難しくなるため、法の安定性は、社会秩序の維持の基本ではある。しかし、大日本帝國の場合はそれが諸外国と比べて、行き過ぎているという批判がある。
その大日本帝國に於て、平成の御代代わりの際には法令の一斉改正が行われた。佐藤政権・中曽根政権下で、朝鮮総督府と台湾総督府は規模縮小と廃止がなされたが、朝鮮総督については称号だけは残っていた。何の権限も、役所も持たないが、韓国併合の際に韓国皇帝の統治権を大日本帝國天皇に譲渡し、朝鮮の統治権を朝鮮総督に委任したという事実が、「朝鮮総督」という称号だけを廃止できずにいた。既に半島全体に国政選挙が幾度も実施され、国務大臣に「朝鮮人」が就任し、「内地化」されていたとしても、朝鮮総督だけは、その称号と共に定年退官間近の内務官僚や予備役間近の陸海軍大将が就任していた。平成の御代替わりの際に、この称号としての朝鮮総督も終わりを迎えた。
この平成元年から同2年にかけての法令の一斉改正の際に、小和田は警察権力の憲兵への浸透を成功させた。元々、憲兵令では、憲兵が行政警察や司法警察に関する事件については警視総監や道府県知事の指示を承けることを定めていた。しかし、人事や教育に関しては兵部大臣や教育総監の区処を受けており、警察がこれに介入することはできなかった。これまで通常の警察力では、対処しきれない事案が発生した際には、警察は憲兵の出動を要請し、憲兵に機動憲兵隊なる強力な鎮圧のための部隊ができた際には積極的に出動を要請してきた。小和田はこれまでの警察と憲兵の協力関係を背景に、警察が憲兵隊に対する指揮監督権を持てるように憲兵司令部との間に協定を締結させた。具体的には機動憲兵隊や憲兵隊の隊員への人事権の行使に警察側の同意を要するように協定を変更させたのである。これにより、警察と憲兵との人事交流が盛んになり、軍事警察に関する憲兵の捜査能力の向上にも一役買ったと言われている。
その小和田が警保院副総裁室を訪れた。警保院副総裁は国務大臣たる総裁の部下であり、他の省庁でいうところの「次官」に相当する。
「副総裁。実は至急お耳に入れたいことが。」
「官邸への警護の件か?何か問題が起きたか?」
「いえ、そちらではありません。」
本日の国会中継での山上首相の発言を受けて、小和田は速やかに副総裁室を訪れた。そして、首相答弁に反発する者がいるだろうから、首相官邸や各大臣官邸に関する警備強化を進言してきた。流石に仕事が早いと感心した副総裁は、警視庁高等部に対して指示を出したばかりだ。何か問題が起きたのかと思ったが、そうではないらしい。
「私が、警視庁に部下を持っているのは御存じかと思います。」
「ああ、そういえば、優秀な部下を持っているそうではないか。幾度となく事件を解決してきたと聞いているよ。」
副総裁がにやにやと笑いながら答えた。実際には、警視庁内部で彼らを巡る軋轢があることは知っているが、所詮はコップの中の嵐のようなものだと副総裁は考えていた。警保院副総裁という雲の上の存在からすれば、どうでもよい存在であった。
「その彼らですがね、今フェン王国内にてとんでもない情報を掴んできました。」
「ほう・・・。ふむ、続けたまえ。」
「彼らが検分した所に依りますと、ニシノミヤコ付近で帝國臣民と満洲国民の多くが、パーパルディア軍によって捕縛され、彼らの基地に連行されたとのことです。」
「なにっ!!」
副総裁が小和田を睨みつけて、鋭い言葉を放った。質の悪い冗談は許さないという目である。
「現時点では、彼らの証言以外で物的証拠と呼べるものは、その様子を移した写真ぐらいですが、いかんせん遠距離から携帯電話で撮影されたものぐらいです。ですが、彼が嘘をいうことはない。彼の人格は私がよく知っています。」
「それは、良くないな。このタイミングでそのようなこと。内閣の対外政策に著しい支障を与える。」
「ええ、しかし、この事件を我々の手で解決できれば・・・。」
「なるほど、機動隊でこの問題を解決できれば、警察の威信は高まるということか。だが、大丈夫か。相手は一応軍隊を名乗っているが。」
「御心配には及ばないでしょう。転移直後ならまだしも、今はこの世界の各国の軍事情勢に就ても情報収集が進んでおります。」
転移直後のロウリア王国との戦争に於て軍隊を出したのは間違いではなかった。それは、敵軍の規模や装備などにも不明な部分があったため、不測の事態に備えるためにも、強力な兵力を用いるべきであったからである。その後、異世界各国への情報収集が進み、警察関係者の間では、兵部省や大本営の公表情報によれば、純粋に装備だけをみれば、警察の武装でも充分に対処できるという分析が得られている。最も、敵軍の規模を考えると、警察部隊では、数の面で苦戦するので、陸軍の派兵は正解であったことも結論付けられてはいた。小和田は、そういった情報を考慮すれば、フェンに駐屯するパーパルディア軍の規模であれば、機動隊による行政警察作用、すなわち、暴徒への鎮圧という手段で充分に対処可能であると結論付けたのだ。
「確認するが、この件を掴んでいるのは、我々だけなのだな。」
「いえ、外務省には伝わっている話かと。」
「それは・・・。面白くないな。」
外務省は、警察による救出作戦よりも、外交による解放を第一に考えると考えられる。
「ですから、我々は機先を制する必要があります。フェン王国において憲兵隊の訓練を行うということで、機動隊に出動を命じましょう。ちょうど、フェンにいる私の部下ですが、フェン王国の警察機構の改編作業に際して、顧問的な役割をさせたことがあります。デモンストレーションの一つということで、ここは機動隊の派遣と実演をフェン側に受け容れさせましょう。」
「なるほど・・・。そうか、訓練だね。うん。しかし、閣議に諮る必要はあるだろう。」
「ええ、その際には、警察では既に準備が整っているので、了承を願う、ということで大臣から説明していただくようにお願いしましょう。」
「うむ。この政治情勢だ。すぐにでも臨時閣議があるだろう。小和田君、急いでくれたまえ。」
「既に取り掛かっております。あとは、副総裁の許可待ちです。」
「ふふふ。早いな。早い。よし、日本警察の威光を天下に知らしめるとしようではないか。」
副総裁の読み通り、臨時閣議が夕方招集されるが、小和田の描いた地図通りには事態は進まなかった。