パーパルディア皇国皇都エストシラント パラディス城第一外務局迎賓館 中央暦1640年1月18日(月)正午
― 満洲帝國参議府参議 陳芳郎
魔導通信機なるテレビのような画面に光が灯る。初めはぼんやりとした画面じゃったが、段々と映像が鮮明になる。この様はまるで、若いころのテレビを思い出すようじゃった。だが、映し出された映像が鮮明になるとそのような懐かしさの感情はふっとんだ。
画面には手を縛られた人間が何人も座っていた。画面の解消度が荒いのもあり、誰かは分からなったが、日本の使節団から、あれは白沢監督ではないかという小声が聞こえた。目を凝らしてよく見る。ふむ、わし自身余り映画を見ないので、よくわからないが、そういえば、見たことがあるような気がする。そう思っていると、あれは汪監督ではという声が聞こえた。なるほど、よくみればそういう気もする。とすると、これはフェンからの映像ということか。
「おい、後ろの連中に、この事実を至急本国の外交部に送るように手配せよ。」
国務院外交部よりわしの秘書官として着任させられている鄭次郎に対して小声で指示を出した。
使節団が派遣される際に我々は日本海軍の海防艦でパーパルディア入りを果たした。これは、パーパルディア側が我々を脅威を感じぬように、そして彼らを刺激せぬようにという理由を基礎として、入港艦船数を減らして対応する方針が満日両国の外交当局に於て決定されたためである。パーパルディア国内には、使節団と満日両国本国との間で通信を提供できる設備がない。このため、使節団を送り届けた日本海軍の海防艦が我等の通信を仲介することとなっておる。日本海軍の一等海防艦「次高」は、外洋航行能力が高く、外洋での海難救助活動を実施する為ヘリの運用が可能となっている。大型艦であるために、満日両国の外交使節を乗せるためのスペースの確保も容易だ。その上、通信能力も高いため、今回の派遣には格好の艦であった。しかし、こういう使われ方をされるとは思っていなかったであろうが。
目の前の輩共も厄介じゃか、となりの若者も厄介じゃな。事前の台本の通りならば、とっくに立礼に移行しとるはずじゃのに、未だに跪礼の状態から動けずにいる。日本の使節団の顔を横目で見ると噴飯やるせない表情が見て取れる。
「フェンに駐留する我が軍からの報告によれば、彼らには我が軍の施設に対するスパイ容疑が掛けられているとのことである。」
再び、部下たちの間で動揺する声が挙がった。うろたえるな。映画監督や映画会社の社員がどうしてスパイ行為など働くものか。これはブラフじゃ。
「パーパルディア皇国は、貴国等との間に国交を樹立し、和親の関係を結ぼうということに対しては異論はない。だからこそ、このような形で歓迎の式典を開いている。しかし、平和的な国交の樹立を前にしてこの事態の発生は誠に慙愧に堪えぬと、殿下は仰せである。それでも、皇国は、貴国等との間に平和的な関係を構築したいと考えている。これから配布する書面は、国交樹立にあたって、我が国から希望する国交樹立に際しての希望条項である。」
パーパルディア側の職員が書類を持って我々の方にやってくる。いかんなこれは。已むを得ん、声をかけるしかないか。
「朝田君。御立ちなさい。」
跪礼したまま相手側からの文書を受け取るなど、しかもそれが国交樹立に向けた外交交渉に関するの文書を受け取るなどあってよかろうはずもない。
「しかし、陳閣下。いまだ先方から許しのお言葉がありませんが。」
ええい、愚かな。このような状況下で相手国からの書状を膝まづいたまま受け取るとは、屈辱以外の何物でもあるまい。お主は、天皇陛下の信認状を頂いてここにいるのだぞ。そのお主の後ろで立っている使節団員の表情を見よ。
ほれ見た事か。もう遅い、相手方がやってきてしまった。目に力を込めて、相手方を睨みながら、書類を受け取る。全くふざけたことをしてくれる。朝田君は膝まづいたまま書状を受け取った。不愉快なことじゃ。
『
皇国及び日本帝国並びに満洲帝国間協定の基礎概略
第一項 三国間の基礎的関係
一、現在の国境線の維持
二、相互の国内問題に対する不干渉
三、通商関係における公正な取引
四、紛争の平和的解決の為の三国間協定
五、国家相互の親善関係の構築と増進
六、国民間の交流を促進するための相互理解の増進
第二項 皇国政府及日本帝国満洲帝国政府の採るべき措置
一、皇国及び日本帝国並びに満洲帝国三国間の不可侵条約の締結に向けた交渉
二、皇国及び日本帝国並びに満洲帝国三国間の勢力圏の確定に向けた交渉
三、魔導技術及び科学技術の相互交流及び研究促進の為の協定締結に向けた交渉の開始
四、最恵国待遇を基礎とする通商条約締結のための交渉の開始
五、皇国及び日本帝国並びに満洲帝国間の国民間の交流を開始するための法令の整備
第三項 皇国政府よりの希望条項
第一款 日本帝国政府に対する希望条項
一、日本帝国皇太子と皇国皇族との婚姻(但し皇太子妃としての権限は希望せざるも、身位は正室扱いとすること)
二、日本帝国皇子と皇国皇族との婚姻
三、皇国皇族と日本帝国皇女との婚姻
四、皇国貴族及び日本帝国華族間の婚姻の許可
第二款 満洲帝国政府に対する希望条項
一、国境線の確認に関して日本帝国以外の第三国の監督の下での確認
二、皇国内を通過する鉄道路線の敷設に向けた交渉の開始
第三款 日本国満洲国に共通する希望条項
第一目 臣民間に関する条項
一、皇国及び日本国満洲国臣民間の入境に関する法令の整備
二、皇国及び日本国満洲国臣民間の商行為に関する法令の整備
三、皇国及び日本国臣民間の婚姻に関する法令の整備
第二目 経済活動に関する条項
一、エストシラント港拡充に向けた交渉の開始
二、マイゼンブルク飛行場の国際空港化に向けたムー国を交えた交渉の開始
三、エストシラント及びデュロの開港に向けた通商協定締結の交渉の開始
四、エストシラント及びデュロの工業地域への日本満洲資本の参入の許可及び実施の方法についての交渉の開始
』
心が冷えるというのはこういう感覚なのであろうか。この連中が何を考えているのかがわからない。特に、このレミールというお方だが、昨日お会いしたときは聡明な女性に思えたが、あれは、わしらを油断させるための擬態であったのだろうか。とてもそうは見えなかったが、いやこれは繰り言にしかならぬな。
「以上の皇国からの要望事項に関しては、あくまでも交渉に関する基礎的な概略を述べたに過ぎない。また、今後の外交交渉に際して我々を何ら拘束するものではないことを併せて通知するものである、と殿下は仰せである。」
馬鹿なことを。人質を取っておいて、その口で国交の取り決めに際する要求書を出し、これはあくまでも希望でしかないとぬかす。不愉快な連中じゃなあ。
「なお、現時点で判明しているスパイ容疑の拘束者であるが、満洲人が3人、日本人が203人ということで調書を取る準備が進んでいる。」
またしても後ろの方がざわついた。これはどうしたことだ。満日合作の映画と聞いていたが、この人数構成の偏りはなんだ。む、日本使節団の面々からの視線が・・・まさかこ奴ら、離間の計を使うつもりか。ふざけたことを、この代償は高くつくぞ。