フェン王国ショーンレミール市 中央暦1640年1月18日(月)午後0時10分
― 東宝臨時撮影所所長柴田兼典
パーパルディア軍部隊により我々が拘束されてから丸一日が経過した。我々を捕らえたヘルゲン小隊長が当初約束した通り、我々は想定していたような悪い状況にはおかれなかった。我々は銃剣で脅されながら、鉄格子で隔離された部屋に連行された。この部屋に私を含めて、5人が容れられたのだが、内部は比較的清潔であった。我々と共に事務所から、寝具が運ばれてきており、夜は眠ることができた。食事についても、事務所の保存食が持ち込まれており、それを食することができた。風呂に入ることはできないが、身体を拭くことはできた。
ただ、これらの待遇は我々撮影所幹部に対してのものであるとのことだった。一般職員やエキストラや見学の一般人は、食事こそなんとか撮影所の保存食を融通することができたが、収容人数は10人から15人単位で収容されており、寝具に至っては撮影所の備品に余分がなく、毛布のようなものが宛がわれた程度であったと聞いた。何よりもひどいのがトイレだった。我々幹部は申告すれば、牢屋の外のトイレに連れていかれて用を足すことができたが、他の人間は、部屋の隅に置かれている簡易トイレでさせられているとのことであった。
ヘルゲン小隊長にせめて寝具とトイレだけでもどうにかならないかと尋ねたが、考慮はしてみるがあまり期待しないでもらいたいとの言われた。映画撮影に参加してもらったり、見学してもらっている大切なお客様なので何とかしてほしい。寝具は数は足りないが、我々の寝具をお客様に宛がってもよいのでと伝えて善処を願ったが、毛布を2枚支給できるようにするのが現状では手いっぱいであると断られてしまった。トイレについても衝立を用意しているので問題はなく、用足し後はパーパルディアの魔導師が、洗浄の魔法を使用してきれいさっぱりなくしてしまうから衛生上の問題はないとして押し切られてしまった。
女性を別に隔離したことについては、このような状況なのでとても不安であるとして抗議を行ったが、収容されているとはいえ、男女が共に同じ空間で一夜を過ごすのはよろしくないと思ったが違ったのかと疑問の顔を浮かべながら言われた。ヘルゲン小隊長は不思議そうな顔をしていたが、我々の問答を眺めていたパーパルディアの兵隊はニヤニヤしながら我々の様子を見ていたことが気にかかった。だが、この場の責任者が、我々に配慮しているのだ。不安はあるもののスパイ容疑という重罪の嫌疑が掛けられているのだから、おとなしくしておくしかない。
国内の報道などでは、文化的に遅れていると言われているパーパルディアの軍隊につかまったとはいえ、我々の収容環境はそれほど悪くないということにひとまず安心した。あとは、嫌疑を一刻も早く晴らして、お客様たちの安全を回復しなければならない。取り調べは明日から始まるということで我々が不安と共に一夜を過ごした。
一夜明け、我々は食事を行い、身体を清めた。寝間着や下着の換えも、連行時に持参を許されていたので、スーツのまま寝るということをしなくてよかったのは助かった。だが、髭剃りなどの刃物類は持参を許されなかった。顎髭が多少気になったが、抑留されていることを思えばまずまずというところだろうか。
我々は、この抑留施設の広間のような場所に連れていかれた。白沢勝英監督、汪清惇助監督を始めとした撮影スタッフ陣や撮影所所長である私を始めとした後方支援の幹部が一堂に集められ、椅子に座るように促された。ここでも、我々は手枷をはめられるような真似はされていない。
「白沢監督、汪監督、よかった。御無事でしたか。」
「ああ、柴田君。わしらは、大丈夫だが、撮影機材がな。連行時に少し抵抗してしまったがために、壊されてしまったよ。」
「柴田さん。撮影スタッフの皆がどうなったかわかるかね。私らには何の情報も伝えられていないんだよ。」
白沢監督と汪助監督は私とは別の部屋で監禁されていたので、今まで情報がわからなかったが我々同じ5人部屋であったようだ。ヘルゲン隊長の言葉を信じればという前置きをしたうえで、全員が無事であるということを伝えると汪助監督は安堵した。
「まずは何はともあれよかった。こういう状況にも関わらず、手錠をかけられていないんだから、まずは信用してもいいんじゃないですか。」
「まずはな。じゃが、これからはどうなることか。いまのところこちらを手に掛けるようなそぶりは見せてはおらんが・・・。」
白沢監督の憔悴したつぶやきで部屋の様子をもう一度確認した。部屋の周囲には武装したパーパルディア兵士が直立していた。槍を手に握っており、こちらを注視し続けているが、殺意のような強い感情は感じることができない。これから何が起こるのか、不安に思っていると席に就くようにと指示があった。前の方に監督や私が位置取り、後ろにスタッフが座ると、ヘルゲン隊長がやってきた。
「これより、パーパルディア本国との間に魔導通信を繋げる。諸君らの現状を本国に報告する。」
魔導通信。確か、電話のようなものであったか、そう思っていたところに、昭和のころに田舎の祖父の家で見たようなテレビが持ち込まれた。なんと、魔導通信機とはテレビの事であったのか。テレビに光が宿り始めた。ぼんやりとした映像だ。テレビから音が漏れ始めた。ざわざわというような音だ。音質はあまりよくはないようだ。徐々に映像がクリアになるが、これはカラーテレビだ。正直驚いている。カラーテレビをつくるだけの技術をパーパルディアは持っているということになる。
国内の報道ではそのようなことは言っていなかった。魔法文明ということは分かっており、クワ・トイネやクイラなどとは比べて発展しているが、ムーのように車や飛行機がない国であると聞いていた。カラーテレビのようなものをつくれるということは少なくとも昭和3,40年代の技術力があるということになるのではないか。テレビから誰かがしゃべっている声が聞こえてきた。
『この者たちは、とある犯罪の嫌疑によって我が軍が拘束している者達のなかの責任者というべき者である。』
『フェンに駐留する我が軍からの報告によれば、彼らには我が軍の施設に対するスパイ容疑が掛けられているとのことである。』
映像がクリアにはなったが、画質が荒い。だが、スーツを着ているように見える。20人くらいの人間が整列しているようだ。いや、10人単位の人間が2組あるのか。先頭に立っている人間と膝まづいているようにみえる人間がいる。その後ろに固まりになっている集団が2組あるようにみえる。彼らはいったい何者なのだろうか。
―――――
―パーパルディア皇国陸軍独立魔導兵中隊第二小隊長カール・エドワルド・ツー・ヘルゲン
これは、一体どうしたことだ。
『パーパルディア皇国は、貴国等との間に国交を樹立し、和親の関係を結ぼうということに対しては異論はない。だからこそ、このような形で歓迎の式典を開いている。しかし、平和的な国交の樹立を前にしてこの事態の発生は誠に慙愧に堪えぬと、殿下は仰せである。それでも、皇国は、貴国等との間に平和的な関係を構築したいと考えている。これから配布する書面は、国交樹立にあたって、我が国から希望する国交樹立に際しての希望条項である。』
馬鹿な。計画では、日満両国の外交官に、彼らの無事を知らせるとともに身柄を拘束しているが安全であるということを少人数の外交官に伝えるはずではなかったか。だいたいこの魔導通信では、相手の顔もわからぬではないか。
『以上の皇国からの要望事項に関しては、あくまでも交渉に関する基礎的な概略を述べたに過ぎない。また、今後の外交交渉に際して我々を何ら拘束するものではないことを併せて通知するものである、と殿下は仰せである。』
これもまた意味が分からぬ。計画では、人質たちは簡易裁判で有罪の判決を下した後に恩赦を与えるはずだったではないか。その筋書きを日満両国の外交官に説明して了承を求め、彼らから本国に説明をさせる。そして、我が国はこの者達を無事に日満其々に無事に返す。日満両国では、軍事施設に対するスパイ行為は重罪であるはずだ。だからこそ、彼らに負い目を持たせることができる。その後の国交樹立に向けた交渉でもそれの一点で主導権を握る予定であったではないか。だがそれも、簡易裁判で有罪の判決を下して恩赦を与えた上で無事に返すという流れがあってこそだ。この場で国交樹立に対する申し出をするなど人質を取っての外交ではないか。一体レミール侯爵夫人は何を考えているのだ。
「ヘルゲン隊長閣下。これは一体どういうことですか。」
柴田所長がかみついてきた。だが、俺にもわからぬ。柴田氏の部下と思われる人物たちも異口同音に不満を露にしたが、まずは静かにさせねばならぬ。
「画面に映っているのは、日満両国の外交官である。彼らに現状を伝えているところである。これは、諸君らを拘束した当初から伝えていたことである。報告先が諸君らの本社か、本国政府かの違いはあるが、諸君らの安否を確かに伝えている。我等は約束を守っているに過ぎない。」
会社にも連絡してないうちに外務省へなんてと柴田所長は頭を抱えているが、これは私も知らぬことだ。くそ、一体どこの誰が、このような真似をしたのだ。
腹立たしい思いにとらわれていたところ、魔導通信機の画面が突如として暗くなった。だが、音声は途切れ途切れではあるが流れている。なんだこの欠陥品は。いきなり映像が途切れるとはどういうことだ。
「ヘルゲン隊長。これは一体?」
柴田所長が困惑した顔を見せてきたが、俺の口からにもわからぬ。そこへ、馬道通信機から音声が流れてきた。
『魔導通信機・・・現状につ・・・・理解・・・・思う・・・魔力を切らせてもら・・・・』
明らかに出力が不安定になっている。要するに、現状について日満両国の外交官が理解したので、魔力の出力が大きい映像機能を切ったと説明をしたわけか。・・・・無理があるのではないか。柴田所長たちも困惑した顔で音声を聞いている。
しかし、事前に聞いていたよりもこの魔導通信機は耐久時間が少ない上に、音声の出力も不安定だな。まともに使用できない通信機器など無用ではなく有害ですらある。そのようなどうでもよいことを考えていた私の耳に内容を疑う、いや、そのような軽いものではなく、身の震える内容の通信が入ってきた。
『朝田特使・・・に対して、レミール殿下が・・・仰せである。皇国は貴国の民に対し・慈悲・・・を与える。更に、取調べ・・・において・・・癒しを与える。・・・・わらわの名において・・・・実行・・・すよう・・・・通知する。』
なんだこれは。本国は何を考えているのだ。レミール侯爵夫人は粗暴なふるまいこそすれども、切れ者と聞いていたのだが、間違いだったというのか。日満両国の国民に対して慈悲を与え、取調べにおいて癒しを与えるなどと、愚かにもほどがあるぞ。これは、どうしたものか。
考え込んでいるところに柴田所長が声をかけてきた。我が軍の兵士たちが喝采を叫んでいたのにも気づかなかった。これはまずい。
「ヘルゲン隊長。我々は、レミール殿下という方が、皇后陛下の内定者と聞いたことがあるのですが、なぜ外交交渉の席にいらっしゃるのですか?それに、兵隊さんたちが声を挙げているのですが、これはどういったことですか?」
「む?そ、それはだな・・・。」
「へへへっ、そいつはヘルゲン小隊長殿の口からは話せませんなぁ。」
む、マーカス軍曹か。いや、それを伝えるのはまずい。
「ま、まて、マーカス軍曹。レミール殿下の御発言は、」
そこまで喋って、不味いことに気が付いた。通信状態が悪いなど、日満両国人を相手に話すことなどできぬ。皇国製の魔導通信機が不良品だったなど正直に言うわけには絶対にいかぬ。だが、このままでは、くそっ!まずいではないか。
私が悩んでいるところを知って、マーカス軍曹が日本人達に殿下の発言の意味を説明しようとしたが、それだけは駄目だ。
「ま、待て、マーカス軍曹。レミール殿下には翻意を願う。だから少し、待て。」
「そうは言っても、小隊長殿。小隊長殿の階級では、軍の階級でも貴族としての階級でも、レミール殿下に御目見えはできぬでしょう。我々パーパルディア皇国軍人としては、レミール殿下の御意思を尊重すべきだと思いますがねえ。」
む、むう。苦しいところを。吹けば飛ぶような平民の分際で、栄えあるパーパルディア貴族の私には向かうとは、無礼な。已むを得ん。
「ポクトアール提督から、ご意見を上げていただく。だから、待て。」
「小隊長殿、また殿下が何かを話そうとしています。」
確か、ロイド軍曹だったか。よし、これで時間を稼げる。
『レミール殿下・・・は重ねてこう仰せである。皇国は、・・・・皇国貴族の中でも最上位に位置するわらわの名により、寛大なる慈悲・・・・を与える・・・拘束中である・・・快・・・・楽に・・・・沈み込む・・・よう・・・・計ら・・・・』
な、なんということだ。これでは!これでは、どうにもならんではないか!
不味い。不味いぞ。計画が全く破綻したではないか。
「ま、待て。貴様のいう通り、レミール殿下の御発言は重い。それは認める。だが、通常軍務に支障が出ては困る。だから、少し待て。」
「へへへ、勿論わかってますよう。小隊長殿は、我々がレミール殿下の御命令を遂行できるように勤務を調整してもらわなくてはなりませんからなあ。しっかし、小隊長殿、よもや、重ねて命じられた殿下の命令を反故にしようとはなさいませんでしょうな。それは、不敬ですぞ。」
「むぅ、分かっておる。分かっておる、だから待て。私はこれから、忙しくなる。だから、貴様らで、捕虜たちを監房に再度閉じ込めて置け。言っておくが、捕虜達に余計なことを言うな。」
「へっへ。分かってまさあ。それでは、小隊長殿、宜しくお願いしますぜ。」
柴田所長が困惑を通り越して、必死の形相で縋り付いてきたが、今は貴様らにかまっている暇はない。すがる腕を払いのけて、私は部屋を後にした。何としても、本国と連絡を再度とらねばならぬ。
皇国監察軍や臣民統治機構では、慈悲を与えるという言葉は、女を犯すことを意味する。女性に恐怖心を植え付けて、男の反抗心を削ぐことが狙いだ。同じく、取調べにおいて癒しを与えるというのは、手ひどい拷問を意味する。拷問を行うが、魔導師の癒しを与えることで虜囚の死を回避する。どちらも相手を殺さないということでは、当初の作戦からは外れてはいない。だが、あまりにも当初の作戦目的から逸脱している。
何とかして御命令の撤回を図らねばならぬ。もしうまくいかねば、この身を隠すしかない。フェンにいては危ない。おそらく本国も同様だ。どこか第三国に逃げねばならぬ。