2676(平成28・2016)年1月18日(月) 午後1時30分
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大日本帝國東京都某所 警視庁高等部第一機動隊第二中隊本部
「非常呼集とはどういうことだ。」
警察支給の携帯電話を握りしめて中隊本部会議室に入室してきた、第一機動隊第二中隊に属する第二小隊長竹ノ内昭三警部補は、既に部屋の中にいた同中隊第三小隊長の磯貝六郎警部補に話しかけた。非常呼集の連絡を受けて急いで走ってきたのであろう竹ノ内警部補の息は上がっていた。
「まだ俺にも分からん。中隊長殿は蛭川警視正殿に呼ばれたっきりだからな。」
もともと中隊本部に待機していた磯貝第三小隊長は会議室の椅子に座ったまま竹ノ内第二小隊長に答えた。機動隊に関わらず警察は輪番制の勤務体制を組んでいるが、非常時が出来した場合は非番や休暇の警官を動員する規則になっている。非常時の判断は、機動隊長が行い、召集命令を隊本部から隊員が所有する警察支給の携帯電話に下達する運びとなっている。
竹ノ内警部補が会議室の椅子に座ると同時に会議室に第二中隊長の山科隆康警部と第一小隊長の伊藤弥助警部補が入室してきた。小隊長二人は椅子から立ち上がり、中隊長に敬礼をした。答礼をした中隊長は、すぐさまに話し出した。
「早速だが、隊長からの命令を伝える。第二中隊は緊急に訓練を実施する運びとなった。しかもだ、訓練弾ではない。暴徒鎮圧用のゴム弾を使用してのものだ。訓練内容としては、立て籠もり犯の制圧と人質救出となる。」
会議室に緊張が走った。
「これは尋常な命令ではありませんな。訓練といいつつ、実戦用の弾を使うなどと。」
「ああ、しかも非常呼集をしてまでとなると、単なる訓練とはとても思えない。中隊長殿、訓練出動と実際の出動とでは隊員たちの緊張度が違います。我々は部下小隊員の安全にも注意しなければなりません。」
機動隊の中隊は3個小隊9個分隊から成る。分隊は、巡査部長を分隊長とし、巡査部長1名、巡査長1名、巡査2名を分隊員とする。これに小隊長補佐として警部補1名と伝令や雑務にあたる小隊長附として巡査部長から巡査までの階級で2名が加わる。すなわち、小隊長は、18名の部下の命を預かる存在となる。彼らにとっては部下たちの命を軽々には扱えない。その思いから、磯貝小隊長と竹ノ内小隊長が口々に声を上げるが、山科中隊長は毅然として答えた。
「お前たちの危惧は分かる。だが、この件は、警視庁よりも上、警保院から降りてきた案件だ。つまりは政治案件。我々がその点に口を出すわけにはいかないのだ。ここはこらえてくれ。蛭川隊長は、状況開始、あえて状況開始というが、その前には内容を開示すると言っている。お前たちは部下たちに実戦を想定した装備の点検を済ませるよう伝えてくれ。何しろ時間がない。準備出来次第すぐに、我々は特別の輸送機で訓練のため飛び立つことになっている。」
警視庁には自前の航空隊がある。ただし、それは輸送機を保有していない。警視庁の機動隊は東京都内で活動するのを前提としているため、航空機で向かうような遠方の地域を想定はしていない。磯貝小隊長が疑問に思い、問い質した。
「警視庁の航空隊ではないのですね。」
磯貝小隊長の言葉に竹ノ内小隊長も山科中隊長を眺めるが、山科中隊長はそれ以上は聞くなと言わんばかりに言葉を続けた。
「そうだ。この訓練は我が中隊と第四中隊が担当する。我々は迅速に西に向かうことになっている。そして、中隊の指揮を蛭川隊長が直々に執る。第一機動隊本部も西に向かうことになっている。」
「本部まで動くとは。これは予想以上にでかい山ですね。」
「そうだ。おまけに、本庁機動隊に所属する婦人警察官の多数が臨時に機動隊本部に編入されることになっている。尋常な命令ではない。」
第二中隊の小隊長達は令達を受けた直後は逡巡した面を見せたが、気持ちを切り替えて駆け出していった。
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大日本帝國福岡県福岡市某所 西部軍機動憲兵第四十大隊本部講堂
「大隊長訓示!かしらー、なかっ!」
大隊副官の声が講堂に響き渡り、西部軍司令官麾下の機動憲兵第四十大隊の隊員が一斉に頭央の敬礼を行った。福岡県福岡市に大隊本部を置く機動憲兵第四十大隊では、今、陸軍礼式令の規定に基づき出陣式が行われている。
陸軍礼式令(昭和15年軍令陸第3号)の第156條には、出征部隊は出征の首途に際して出陣式を行う旨を定めている。出陣式の式次第は、①部隊が式場に整列して軍旗・部隊旗を迎え入れ、②部隊長が出征部隊の閲兵を行い、③部隊長が部隊中央で訓示を行い、④宮城遥拝を行い、⑤軍旗・部隊旗を隊列から部隊中央に動かし、部隊長は軍旗・部隊旗の前に進んで誓詞を陳べ、⑥部隊は軍旗・部隊に対して敬礼し、⑦出征部隊は軍旗・部隊長に対して分列式を行うと定められているが、状況により変更することができるという規定も置かれている。この規定に基づき、機動憲兵第四十大隊の出陣式は上記の①から④までを行い、宮城遥拝の際に誓詞を陳べる形となっている。
隊員たちからの敬礼を受けた機動憲兵第四十大隊長の石井拓郎陸軍憲兵中佐は、答礼を行いながら首を左右に振り、隊員たちの顔を眺め、静かに答礼を解いた。そして、厳粛な声のままに訓示を開始した。
「諸君たちの中には、陸海軍部隊に対する臨時監査の応援の最中に呼び出された者もいることだろう。東奔西走の労をねぎらわぬうちにこのような訓示を行わねばならぬことには私としても慙愧に堪えぬ次第である。しかしながら、我等機動憲兵隊の本務はいついかなる時に出来するのかは分からぬ。それがために今回、警急編成を行ってまでこの突撃強襲及び人質救出のほぼ実戦とでもいうべき特別演習が実施されるに至った。」
警急編成とは、陸軍動員計画令(昭和56年軍令陸甲第32號)第2條第3項に定める、作戦上の必要により部隊を直ちに動かすための緊急所要の態勢を整えることを言う。陸軍の行政区分上「軍隊」に当る機動憲兵隊への指揮権は本来であれば、上級指揮官である憲兵司令官が保有しているが、軍と警察との協定で警保院の「要請」(警視総監や道府県知事(警察局長含む)も憲兵の出動を要請ができるが、これは文字通り要請である。警保院の場合は、軍の統帥権の関係から文言上は「要請」となっているが、事実上指揮権に近い。)により機動憲兵隊を動かすことができることとなっている。この協定により、機動憲兵隊を緊急に動かす「要請」が警保院副総裁より発せられた。
「諸君たちの中には今回の特別演習について、訝しい点があると感じているものも多くいるだろう。だが、私は諸君たちの気持ちに反して敢えてかくのごとく訓示す。捨て置けと。諸君たちの第一に為すべきは、今回特別演習の想定したる対象を完膚なきまでに粉砕し、この対象に捕らわれていると設定されている人質役の救出を迅速に行うことにある。それ以外のことを今考えるな。」
石井大隊長は、そこで一拍おき、首を左右に振りながら隊員一人一人をじっくりと見つめた。
「諸君たちの為すべきは、平素の訓練の成果を遺憾なく発揮し、特別演習が設定した状況を速やかに解決し、そして、以て皇軍の武威を知らしめることにある。諸君は、機動憲兵隊福岡大隊の諸先輩方が築き上げてきた偉業を辱めることなく、全員一丸となって、状況終了に向けて必勝の信念を堅持せよ。」
またしても、石井大隊長は一拍おき、ボルテージの上がった口調を静めて再び口を開いた。
「諸君には、困難な命令を下さるを得ない。だが、諸君の両隣には頼るべき戦友がいる。戦友相助け、相戒め、共に艱難辛苦を乗り越えてほしい。我が大隊はこれより状況を開始する。我等は我等の活動を通して、皇威を宣揚し、聖旨に添い奉らんことを期さねばならぬ。その決意を確かなものとすべく、これより宮城を遥拝する。東向けひがーし!」
石井大隊長の号令により、大隊各員は一糸乱れず皇居のある東の方向に姿勢を変えた。なお、儀式が行われる講堂や閲兵が行われる練兵場には、宮城遥拝の際に体を正対する目安となるマークが描かれている。
「臣等今まさに状況に征かんとするに際し、臣等一同誓って聖旨に添い奉らんことを期す。一同最敬礼!」
大隊長の号令により、大隊各員は一斉に上体を斜め45度の角度に倒した。陸軍の作戦服の布がこすれる音が講堂内に鳴ったかと思えば、再び静寂が訪れた。
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大日本帝國東京都 帝国議会議事堂院内閣議室
「由々しき事態ではありませんか!」
帝國議会議事堂内には、帝國議会会期中に議事堂内で閣議を開くために使用される院内閣議室があり、その部屋の中で朴詩織農相の声がこだました。
「帝國臣民が捕らわれの身となっている。これが確かなことなら、座視しておくべきではありませんよ。なのに、書記官長。総理は何故指示をお出しにならないのですか。」
大出幸司警保院総裁からの情報提供を受けて、朴農相は椅子から立ち上がり、大声を上げた。そしてその甲高い声でなお発言を続けたが、これを殿山真二郎情報局総裁がしかめ面をして窘めた。
「声が大きいぞ、朴大臣。外でブンヤが聞いていたりでもしたらどうするつもりだ。」
殿山総裁の指摘に息をのんだ朴農相は座りなおして、再び発言を続けた。
「失礼しました。それで、書記官長。総理はこの事態にどう対応される予定なのですか。先ほども言いましたが、由々しき事態ですよ。」
「総理は、まだ予算委員会で与野党からの質問を受けているところです。帝國陸海軍への査察案件は予算委員会の理事の判断で中止となりましたが、それ以外の質問はまだ続いておりますので。」
荒池正十郎内閣書記官長が朴農相の質問に答えると、朴農相は「そんな悠長な」と再び声を荒げだしたが、先ほどの出来事を思いだしたのか直ぐに発言を止めた。朴農相がしゃべるのをやめたと判断した殿山総裁が大出警保院総裁に質問した。
「それで、大出さん。この問題をいち早く覚地した警察としては、どう動くおつもりですか。何しろ、外国での出来事だ。ことは外務省の出方次第だが、德川外相は今外遊中だ。」
「そうですね。書記官長、徳川外相は外遊を取りやめて、こちらに戻るのですか。」
伊田信子文部大臣が質問すると、荒池書記官長はかぶりを振ってこたえた。
「徳川外相は、ロウリア王宮で行われる晩餐会に参加されます。このことは既に伝わっており、臨時閣議が開かれる際はZoomで参加されるとのことです。」
書記官長の発言に院内閣議室がざわついた。
「外相は優先準備を間違えてるのではないか。」
泉惣太郎運輸大臣がしかめ面で徳川外相を非難するような声を上げると同意するような声がそちらこちらから上がりだした。
「その判断は早計でしょう。いまここで外相が緊急帰国するということになれば、ロデニウス各国に誤ったメッセージを与えかねない。落ち着きを見せているロウリアが動揺しかねないということです。」
殿山総裁が異論を唱えると、周囲は徳川外相を非難することは止み、大出総裁の発言を促すように彼を見た。
「警察としては、既に動き始めております。人質救出に向けて、警視庁の機動隊二個中隊と機動憲兵隊二個中隊にいつでも作戦開始ができるように出動を命じており、フェン王国から近い長崎県対馬に向かわせております。」
再び院内閣議室がどよめき、大田原信頼兵部大臣が声を上げた。
「バカな。閣議決定を待たずに警察の部隊を国外に展開させるつもりですか。それに機動憲兵隊は、一応陸軍軍隊ですよ。陛下の勅裁も待たずに越境となれば、陸軍刑法上の擅權罪だ。そんなことは許されない。」
「落ち着いてください。」
大出総裁が大田原兵相を宥めながら説明を続けた。
「まだ、対馬から先に機動隊を進ませません。すぐに動けるように準備し、その命令を発したというだけのことです。それに、フェンへの越境はフェン国内での訓練を行うということでフェン側の了承を取り付けることを予定しています。今、警保院高等局から説明要員をフェンに派遣して、了解を取り付けるべく動いています。」
「冗談ではない。警察が国外に展開し、人質救出作戦を展開しようというのに、軍は指を咥えてみていろというのですか。今、軍に対する目が厳しい中で警察が帝國臣民を救出するという大功を遂げるのを軍が座視していては軍に対する目がまた厳しくなる。断固として、警察による救出作戦の実施は認められない。」
大田原兵相が大出総裁の言葉に強く反対する。院内閣議室が三度どよめく。
「まあまあ、御両所。総理不在の今、ここで議論してもしょうがないでしょう。それに、徳川外相の意見も聞かねば。外務省の頭越しにフェンと交渉してというのも宜しくないでしょう。貴族院がへそを曲げますぞ。」
貴族院勅選議員から入閣している田中直茂建設大臣が話に割って入る。貴族院侯爵議員でもある德川外相と同じ貴族院議員の国務大臣からの仲裁に大田原と大出両大臣が黙った。