情報局。内閣情報局とも呼ばれているこの組織は、内閣総理大臣直轄の組織であり、国内外の様々な公開情報の分析を担当するとともに情報を扱う各部門の総合調整の役割がある。
情報局は、週1回火曜日に各国家機関の情報を扱う部署の長が集まっての会議を行う。議長役として、情報局副総裁が統括を行い、メンバーとして主として国内の不穏団体及び個人の監視や諜報防諜を担当する警保院高等局長、軍事関連の公開情報や他国との関係を扱う兵部省軍務局長、外交活動で得られた情報の分析を行う外務省国際情報局長、国内外の軍事関係の防諜諜報あるいは謀略を担当する参謀本部第二部長が招集されることとなっている。招集場所を特定されることを防ぐために、特定の場所に招集とはなっておらず、ランダムに招集場所が選ばれることとなっている。本日は情報局で会議が行われていた。
「若いころの苦労は買ってでもしろとは言うけど、この年になってとんでもない苦労をしょい込むとは思ってもみませんでしたな。」
参謀本部第二部長陸軍少将伊藤忠雅が苦笑気味に嘆息すると、他のメンバーも同様に苦笑した。情報局の定例会議は、議事録を取らない。メモを取ることを許されているのは、議長役の情報局副総裁のみで、その書いたメモも会議終了後、全員が回覧し、記録に残すことが不適当と判断された部分は、その場で焼却処分される。各機関が持っている情報を積極的に開示してもらうために設けられている規定であるが、それゆえか会議そのものはざっくばらんとした雰囲気で進んでいく。
「特高さんは、基本的には国内の監視がメインと為されておられるが、最近の監視団体の動向などはどうなってますか。」
伊藤部長は気軽に弘前健一郎高等局長に尋ねる。 特高警察は、警察組織の中にあっても半独立的な存在で、閉鎖的といわれる。特高警察の元締めたる警保院高等局は、秘密主義の塊と言われているが、これは、通常警保院他の各局は各道府県警察に指令を出すときには、道府県警察本部長に指令を出しそこから各道府県刑事部やら地域部に指示命令が出る構造になっているが、高等局のみは道府県警察本部長を飛び越えて、直接道府県高等部に指示を与えることがあることを差して言われている。これほどまでに他の関与を嫌う特高警察であるが、この場においては、警察組織ではない他の機関であっても、情報を開示する。
「そうですな。今のところは、いたって落ち着いたものですな。物資の不足が社会不安を引き起こし、それに乗じて何らかの騒動を起こすといったものを想定して、監視を強めていましたが、潜入させている密偵からの情報でも特に怪しげな動向はないと。やはり国家事転移したというのは彼らにとっても大きかったようですな。高等局としては、国交も樹立されたことですし、監視を通常体制に戻して、ロデニウス大陸・フィルアデス大陸の方面を監視して、国内の不穏分子が彼らのほうの不穏分子と手をつなぐことのないように、あるいは、そのあたりを探るために人員配置を検討しております。」
「さすがは仕事が早いことです。参謀本部の諜報員の人的損害は目に余るものがあります。正直助かります。」
伊藤部長は、頭を下げる。新世界転移によって、海外に赴任していた諜報員とは、まったく連絡が取れなくなり、参謀本部の対外諜報能力は壊滅的な打撃を受けていた。渡良瀬外務省国際情報局長も参謀本部に助け舟を送る。
「現地派遣となると、人が足りませんね。外交官からもたらされる情報にはなりますが、情報は速やかに参謀本部に渡るように手配します。」
「助かります。潜入工作員にとっては、表の情報も知っておくことは必要です。外交官が仕入れた情報も、一般人が知らないこととなれば、大きく化ける可能性があります。」
「それで、参謀本部はどの程度ロウリアに人を入れているのですか?」
陳情報局副総裁が尋ねる。ここが本日の会議の肝になっている。
「5人1チームで3チームしか潜入させることができておりません。いずれも横のつながりは見えなくしております。1チームは首都ジン・ハークに、1チームは工業都市として知られておりますビーズルに、最後の1チームはジン・ハーク北部にある軍港カルーネス、この3か所に潜入させております。」
「全部で15名とは厳しいですね。まだ、現地協力者も得られていない状況でしょうし、目立つわけにもいきませんから、行動は最小限にとどめる必要がある。やはり、警視庁及び同府県警から潜入捜査官を大至急選抜して、送り込みましょう。」
「ありがとうございます。そして、それぞれから上がってきている報告についてなのですが、やはり、危険ですな。首都では、軍が傭兵の募集を開始しています。王軍とあわせるとやはり万単位の軍勢になることは間違いないだろうかと思われます。それから軍港カルーネスの状況ですが、軍船がものすごい数集められている様子です。諜報員の目算で3000隻以上おり、どうも他の港からやってきている様子です。まだ増える可能性があります。それから、ビーズルですが、兵器の製造後に首都とカルーネスに送っているようですね。どうも弓矢が中心のようですが、刀剣類の生産も行っている様子です。行商人、我々の諜報員も行商人に扮している者が多いのですが、そこから食料を買い付けている様子で、どうもジン・ハークからビーズルを経て、国境付近までの町や宿営地に分散して運んでおくようにとの契約が交わされております。この情報の流れを鑑みると、進撃する軍勢に食わせるため、国境通過後は略奪して食わせるので、国境を越えた先には食料を動かすことはないようですな。以上の情報を結論付けるとすれば、やはりロウリアは軍事侵攻を計画しているとみて間違いないでしょう。参謀本部はそう認識しており、派遣予定の陸軍工兵連合隊に武装をさせるよう、第一部長に頼んでおります。もちろん、クワ・トイネ公国側からは、工兵の派遣を承知してもらっているだけですんで、武装は軽いものとせざるを得ませんが・・・」
伊藤部長は、参謀本部第二部内での議論の結論を披露し、陸軍としての今後の動きについて説明した。
「伊藤部長。海軍の支援はどのようになっていますか。」
渡良瀬外務省国際情報局長が質疑を行う。
「海軍に対しては、空母を出してもらって、艦載機による制空権を確保してもらうように秘密裏にではございますが、依頼をしております。陸軍機をクワ・トイネ国内に配置することができませんので、開戦の際は、海軍の艦載機で対応するより他にないかと。」
「そうですね。クワ・トイネ側から援軍を頼まれたわけでもないのに、軍を駐屯させるわけにはいきませんな。」
渡良瀬局長もその意見を首肯する。軍を動かすということは、戦争一歩手前だ。同盟でも結んでいれば別だろうが、また、日本とクワ・トイネとの関係は始まったばかりで、クワ・トイネ側が日本軍の進駐をどう思うのか。悪感情を持たれては、政府の至上命題たるクワ・トイネとクイラの開発に支障をきたす恐れがあるため、軍の駐屯を早期から提起することは避けたいと参謀本部も考えていた。
「渡良瀬局長のおっしゃる通りです。しかし、手をこまねいていて、被害が出るのも問題です。工兵隊の警護に当たる歩兵には若干の装備を、特に対空火器は必要ですな。」
「対空火器というと?」
「ワイバーン対策です。陸上兵力は我が方が少ないですが、装備の差で本体到着まで持たせることは可能でしょう。ただし、ワイバーンに対しては、歩兵の小銃では無理です。現代装備をもってしてもあれは難しいでしょうから、テコ入れが必要でしょう。」
会議出席者は伊藤部長の意見に首肯した。
「本日の会議では、部外秘になるようなところは、参謀本部の諜報員関連ですかな。情報局総裁及び首相には、どのように説明しておきましょうか?」
「まだ、正式にクワ・トイネとは国交が樹立されておりませんからな、クワ・トイネ経由で潜入したことは部外秘で。あと、具体的な諜報員の人数については伏せておいていただきたいが、そうですな現在陸軍が投入している諜報員は10名程度としておいてください。調査を急げとせっつかれても困りますので、少ない人数としておきたい。」
「了解しました。では、本日の会議はこの辺りで終わりましょう。」
会議終了後、警保院高等局長は警視庁を訪れ、警視庁特別高等部長と面談し、諜報員の選抜を急がせるよう指示を出した。クワ・トイネとは、まだ正式な国交は開かれていないが、公使館設立に向けた現地担当者がまたしても複数名クワ・トイネに向かっていった。