駐鍬日本公使信任状 / 公都クワ・トイネ仮日本公使館開館式 中央暦1639年3月1日
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大日本帝國天皇明仁
クワ・トイネ公国エミサスカ=カナタ首相閣下
閣下
大日本帝國政府ハ、大日本帝國ト「クワ・トイネ公国」トノ間ニ幸ニ存在スル友好親睦関係ヲ維持増進セムコトヲ期シ、田中一久ヲ貴首相閣下ノモトニ駐箚スル大日本帝國特命全権公使トシテ選任セリ。
茲ニ大日本帝國憲法ノ規定ニ依リ本書ヲ以テ之ヲ親任ス。
同人ハ、人格高潔、職務ニ忠実ニシテ才幹アリ、能ク其ノ大任ヲ全ウシテ閣下ノ信倚ニ背クコトナカルベシ。同人ガ大日本帝國ノ名ニ於テ閣下ニ以聞スル所アルニ於テハ、全幅ノ憑信ヲ賜ワランコトヲ望ム。
此ノ機会ニ閣下ノ慶福ト貴国ノ隆昌トヲ祈ル。
平成二十七年二月二十三日東京宮城ニ於テ
御名国璽
外務大臣 侯爵 徳川義輝 官印
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〇田中一久公使の挨拶
本日ここに、カナタ首相以下クワ・トイネ公国の高官皆様の臨席を賜り、また列国のたくさんの大使のご参加を頂きまして、公使館の開館式を迎えられたことをうれしく思います。図らずもこの世界の孤児となってしまった我が国を暖かく迎え入れて下さったクワ・トイネ公国政府の方々には大日本帝國政府を代表しまして感謝の念を禁じえません。
現在、公都クワ・トイネの小高いところに土地をお借りしまして、正式な公使館の建設に向けての準備に取り掛かっておる次第ですが、落成を迎えました時は、落成式を挙行したいと思います。その際は、皆々様をまたご招待したく思いますので、ご参加くださいますようお願いいたします。
さて、既に皆様にはご承知のことと存じますが、我が国は突然この世界に出現しました。我が国では「転移現象」と名付けておりますが、この原因は未だに不明であります。同盟国であります満洲帝國とは早期に連絡が取れたのですが、それ以外の国とは全く音信が通じなくなりました。右も左もわからない状況で、なんとか外と接触ができないかという思いで、軍艦を各地に派遣し、軍用の飛行機をあちらこちらに飛ばして、このロデニウス大陸を見つけ、そしてそこに人が住んでいるという情報に接したときはほっとしたものでありました。そして、このクワ・トイネでの会談を経て、そして、対日使節団の派遣を経て、両国が国交を樹立し、私がその初代公使としてこの地を踏み入れることができましたのも、クワ・トイネの方々の暖かい応対があったからにほかなりません。今一度、帝國政府並びに帝國臣民に成り代わり感謝の意を表させていただきます。
既に本日の午前中にクワ・トイネ公国外務局と首相府を訪問いたしまして、リンスイ外務卿閣下には私の信任状の写しを提出し、カナタ首相閣下には私の信任状を提出させていただきました。私は、カナタ首相閣下より正式に大日本帝國から派遣された外交使節の長として認めていただくことができました。本日はこの開館式の最後に先に署名されました二つの条約の批准書の交換式を行わせていただきます。両国外務担当部局が調整した結果、この二条約は明後日、3月3日午前0時を以て発効される運びとなりました。3月3日は、我が国では上巳の節句と呼ばれている健康と厄除を願う記念日のようなものとして扱われております。ご列席各位の健康と厄除を記念いたしまして、私の挨拶の締めとしたいと思います。
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〇カナタ首相の挨拶
我が国の友好国が本日誕生しました。初めに転移国家が出現したという報告を聞いたときは、自分の耳を疑いました。国ごと転移するなどそんな馬鹿な話があるものかと。しかしながら、我が国の領海付近に鉄船が現れ、鉄竜が公都クワ・トイネに降り立ったときには、この話は過去のものとなりました。鉄竜の存在は私もこの目で見ましたが、とてもこの辺りの文明外の国が持つことのできるような物ではありません。そう、先ほど田中公使がおっしゃったように違った文明を持つ国がやってきたのだと思いました。
(中略)
我が国は、日本国と友好な関係を持てたことをうれしく思います。式典参加の列国の方々、日本国は友人を欲しておると聞いております。そして、友人の数は多ければ多いほどうれしいことなのだそうです。どうぞ彼らの友人になってあげてください。我が国は積極的に仲介を果たしていきたいと思っております。
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〇開館式参加国トーパ王国フレデリック=シュタイナー大使の挨拶
大東洋の地に新たな友人が誕生したことをうれしく思い、またクワ・トイネ公国と日本国の国交樹立をお慶び申し上げます。先ごろ日本公使の訪問を受けまして、我が国でも日本国との国交樹立に向けた話し合いをクワ・トイネにおいて進めております。この話し合いは本国にも公用便を通して話を通しておりまして、特に問題がなければ、来月か再来月にも我が国も国交を樹立させていただきます。クワ・トイネの地にて新たな友人が誕生するこの時をうれしく思っております。・・・・
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仮公使館開館式参加国リスト
クワ・トイネ公国
首相以下閣僚(夫人同伴)
外務局職員
クイラ王国
大使及び大使夫人
大使館職員9名
クイラ王国外務卿
トーパ王国
大使及び大使夫人
大使館職員5名
シオス王国
大使及び大使夫人
大使館職員5名
マオ王国
大使及び大使夫人
大使館職員2名
アルタラス王国
大使及び大使夫人
大使館職員2名
満洲帝國
暫定現地代表
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田中一久略歴
氏名 田中 一久(たなか かずひさ)
身分変遷 戸主田中典生長男雄介次男(出生) → 戸主(分家)
族籍 神奈川縣士族 → 神奈川縣平民 →東京都平民
本人続柄 氏名 当人続柄
父 雄介(ゆうすけ) 神奈川縣士族田中典生と田中紀子の長男
母 美紀子(みきこ) 神奈川縣平民鈴木正二郎と鈴木早苗の四女
妻 久美子(くみこ) 京城道平民李豊太郎と李冴子の次女
年齢 年月日 記事
0歳0ヶ月 昭和55年8月27日 神奈川県横浜市において出生
6歳7ヶ月 昭和62年4月1日 横浜市立小学校入学
12歳7ヶ月 平成5年3月31日 横浜市立小学校卒業
12歳7ヶ月 平成5年4月1日 神奈川県立横浜第一中学校入学
16歳7ヶ月 平成9年3月31日 神奈川県立横浜第一中学校第四学年修了
16歳7ヶ月 平成9年4月1日 第一高等学校入学
20歳3ヶ月 平成12年12月1日 徴兵適齢届提出(横浜市青葉区役所)
19歳7ヶ月 平成12年3月31日 第一高等学校卒業
19歳7ヶ月 平成12年4月1日 東京帝國大学法学部入学
19歳8ヶ月 平成12年5月21日 徴兵検査(本郷聯隊区司令部)、甲種認定
19歳8ヶ月 平成12年5月21日 在学者特例中1年短期現役兵志願書提出
20歳3ヶ月 平成12年12月1日 陸軍歩兵第一聯隊入営(兵籍番号歩1第47592)
22歳3ヶ月 平成14年11月30日 予備役編入(陸軍伍長・兵籍番号:本徴第572572)
22歳2ヶ月 平成14年11月1日 高等試験外交科試験に及第
22歳7ヶ月 平成15年3月31日 東京帝國大学法学部卒業
22歳7ヶ月 平成15年4月1日 外務省入省/任 外務属/奏任九等待遇/外交官研修所
23歳1ヶ月 平成15年10月1日 外務省大東亜局満蒙課総務係員
23歳5ヶ月 平成16年2月1日 任 外務事務官/叙 高等官七等/外務省大東亜局満蒙課文書係主任
23歳6ヶ月 平成16年3月1日 叙 従七位(法定陞叙)
24歳0ヶ月 平成16年9月1日 外務大臣官房総務課文書係長
24歳8ヶ月 平成17年5月1日 外務省大東亜局南亜課文書係長
25歳7ヶ月 平成18年4月1日 任 外交官補
25歳7ヶ月 平成18年4月1日 在インド帝國帝國公使館総務部勤務
26歳1ヶ月 平成18年10月1日 叙 高等官六等(定期陞叙)
26歳8ヶ月 平成19年5月1日 叙 正七位(法定陞叙)
26歳9ヶ月 平成19年6月1日 兼任 領事官補/在カルカッタ帝國総領事館勤務
27歳3ヶ月 平成19年12月1日 兼任 副領事
28歳0ヶ月 平成20年9月1日 任 公使館三等書記官
28歳0ヶ月 平成20年9月1日 在インド帝國帝國公使館政務部勤務
29歳0ヶ月 平成21年9月1日 叙 高等官五等(定期陞叙)
29歳0ヶ月 平成21年9月1日 外務省大東亜局満蒙課総務係長
29歳1ヶ月 平成21年10月1日 叙 従六位(法定陞叙)
29歳9ヶ月 平成22年6月11日 外務省北米局長李豊太郎の次女久美子と結婚
29歳9ヶ月 平成22年6月12日 分家届提出(東京都目黒区役所・本籍同前)
30歳10ヶ月 平成23年7月1日 外務大臣官房人事課長補佐
32歳1ヶ月 平成24年10月1日 任 公使館二等書記官
32歳1ヶ月 平成24年10月1日 在英自治領マライ連邦公使館政務部長補佐
32歳10ヶ月 平成25年7月1日 叙 高等官四等(定期陞叙)
32歳11ヶ月 平成25年8月1日 叙 正六位(法定陞叙)
33歳2ヶ月 平成25年11月1日 外務省大東亜局南亜課長補佐
34歳4ヶ月 平成27年1月16日 転移災害
34歳4ヶ月 平成27年1月20日 外務省大東亜局南亜課長心得
34歳5ヶ月 平成27年1月29日 外務省大東亜局南亜課長
34歳5ヶ月 平成27年1月30日 叙 高等官三等
34歳5ヶ月 平成27年2月11日 叙 従五位(法定陞叙)
34歳5ヶ月 平成27年2月22日 任 特命全権公使/叙 高等官二等
34歳5ヶ月 平成27年2月23日 補 クワ・トイネ公国駐箚特命全権公使(親任待遇)
34歳5ヶ月 平成27年2月24日 叙 勲四等瑞宝章
34歳6ヶ月 平成27年3月1日 駐鍬公使として着任
34歳6ヶ月 平成27年3月15日 叙 正五位(法定陞叙)
34歳10ヶ月 平成27年7月12日 転籍届提出(東京都立川市区役所)