満洲帝國幕僚総監部は同国の陸海空三軍の軍令機関を統御する機関である。そのトップである幕僚総監は、原則として元帥たる陸軍上将が努めることとなっている。次席である幕僚副総監は、原則として元帥たる空軍上将が努めることとなっている。満洲帝國軍は、第二次満洲事変とも称される満華戦争以来、中華民国軍に対処するために陸軍の力が強く、軍のトップの人事においても陸軍軍人が優先して任命されてきた。日本軍の同種のポストである大本営総監が元帥たる陸海軍大将が交互に親補されてきたのと比べると陸軍の力が強いということがお分かりいただけるだろう。
幕僚総監部には下部の組織として陸海空軍毎の軍令組織が存在する。陸海空軍それぞれ統帥本部、海軍本部、空軍本部と別れている。陸軍のみが陸軍本部と言わず、統帥本部などという名称を冠しているのも、陸軍こそが国軍の要、統帥の要であるという自負からである。これまた、参謀本部、軍令部、作戦本部と名称が異なる日本軍とは違う。
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3月15日午後2時、統帥本部第三会議室において陸海軍の軍令機関の部長級を集めての会議が行われた。日満外務防衛関係閣僚会合の下準備たる日満軍事部門会合において満洲国側の意見をまとめるための調整会議である。出席者は、統帥本部第一司長(作戦動員担当)、第二司長(情報防諜担当)、第三司長(運輸通信担当)、海軍本部第二司長(軍備担当)、空軍本部第一司長(作戦担当)となり、司会役として幕僚総監部総務司長が出席した。この会議の結果を受けて、国務院軍政部との協議が開かれて、軍政部の意思が決定される。
「海軍本部は作戦司長は出席されないのかね。」
幕僚総監部総務司長石忠吉陸軍少将は海軍本部第二司長エアハルト・アルトマン海軍少将に尋ねる。今回の会議に作戦担当が出席しないことを訝しんだ。今回は新世界初の軍事作戦となる。幕僚総監部国防戦略司は、この世界においても軍事的プレゼンスを立てることは、地域の安定に資するとの判断を下した。おそらくという枕詞はあるものの、強大な軍事力を見せつけたことで西部国境地域における軍事的な衝突の回数が減少しているとの判断である。すなわちロウリア方面への積極的な介入は自国の安定にもつながる。その介入に海軍はあまり乗り気ではないのか、そういう訝しみが先の発言につながったのだ。
「ええ。今回の軍事作戦、海軍は必要量の輸送艦と護衛の駆逐隊を2隊ほど出します。ロウリア海軍については、海軍本部第三司で調べたところによると数は物凄い量のようですが、帆船が主体の海軍です。補給さえ万全にあれば、駆逐艦だけでも蹂躙が可能です。海上戦闘は日本海軍が主体になるでしょうし、その場合は戦場における作戦行動については日本側に一任してもかまわないでしょう。船頭多くして船山に登るのたとえもあります。ある程度の独自裁量権は求めるにしても多くは必要ありませんから、作戦司は出る必要はないと考えます。」
「なるほど。まあ、クワ・トイネ公国海軍の海軍軍艦のそれとそう変わる話ではないと私も聞いている。軍艦の質を考えれば、大軍は牛刀割鶏の嫌いがないとは言えぬな。」
「海軍はそれでよいとしても、陸はそうは参りません。」
統帥本部第一司長蒋雄山陸軍少将は主張する。
「軍艦ならばたとえ戦場の視界が悪かろうが、相手と一定の距離を保ち、敵を近づけさせぬことが可能でしょうが、陸はそうはいかない。今回は防衛戦争となる。たとえ視界が悪かろうが敵の数が多かろうが、陣地に踏みとどまらなければ、後方を危険にさらす。交代要員も必要です。陸軍はある程度の部隊を送ることが必要であると主張させていただく。」
石司長は陸軍の主張を肯定する。戦地に出征する兵士には手厚い待遇を必要としなければならない。最近は軍に対する志願者も減少傾向にある。労働市場が多様化し、かつてであれば軍学校に志願したであろう青年が他の進学先を選択する。それでも、志願者数が20倍を下回ることはないが、満華戦争直後は陸軍軍官学校は70倍の志願者数を記録した。その後は40倍から50倍で落ち着いていたが、近年は徐々に志願者が低下し、ここ数年の陸軍軍官学校の志願率は25倍、23倍、24倍、22倍、23倍と20倍に近づいてきている。
労働市場の多様化が多彩な就職先を青年に提示したことが低下の主要因として位置づけられているが、ならば猶更待遇を良化しなければならないと軍上層部は認識していた。
「賛成ですな。クワ・トイネ公国の西部都市ギムはなんでも人口が10万人はいるとのことです。彼らを守るためには我々も相応な戦力を送り込む必要があります。我が空軍としては、ワイバーンの脅威に備えるためにも、それなりの戦力を送り込むべきであると考えます。制空権の無い戦場に陸軍兵士を送り出すことなどは愚の骨頂と言えます。この点は日本側も同様の考えであると思いますので、日満でそれぞれ空域を設定して、協力して徹底的なワイバーン掃討にあたります。そうすれば航空支配は約束されたも当然です。」
空軍本部第一司長文陽一郎空軍少将が陸軍の主張を肯定する。
「しかし、ギムの街の人口というのは本当にこれだけの人口があるのかね。中世都市の規模としては極めて多い。はっきり言って異常だ。統計の間違いではないのかね。我々の投入兵力の計算にも影響する。このあたりどうなんでしょうかね。」
統帥本部第三司長白根康則陸軍少将がギムの人口について疑義を申し述べる。ギム市民の避難計画にも影響するところであり、それによって投入兵力も考えなければならない。その点については私からと統帥本部第二司長カルステン・シュタインメッツ陸軍少将が挙手して発言を始めた。
「皆様方には、ロウリア王国が亜人迫害政策をとっておられることはご承知の通りと存じます。ギムの街の人口については、我々も多すぎると思っておりましたが、これは50年前のロウリア王国とクワ・トイネ公国の戦争が関係しています。戦争前からロウリアの先々代の国王は亜人を迫害し、ロウリア王国にいた亜人の多くが国外に逃れていきました。当時流れ着いたのは、まだクワ・トイネ公国領であったマインゲンですが、戦争の結果マインゲン周辺が割譲され、その結果マインゲン周辺にいた亜人はギムまで流れ着きました。以来ロウリア王国から逃げ出した亜人が行き着いた先がギムなのです。またギムの人口というのはギムの中心市街以外の農村部の人口も併せ持ちます。ギムは西部がロウリア王国との国境に接してあり、南部と北部に穀倉地帯が広がっております。こういった理由で非常に多くの数の民衆がギムの街には集まっているのです。ただ、ギムの街の街並みを確認してみたのですが、10万人というのは誇張した表現のようにも感じられます。詳細は不明でありますが、やはり人口動態統計の誤りは感じられるとの報告がありまして、街並みから試算したところによりますと、5万人から6万人というのが、統帥本部第二司の試算です。なお、日本の大本営総監部情報部や参謀本部第二部も同様の試算をしていることを併せて報告いたします。」
「となるとだ、日本側から1個師団をお願いし、我々から1個機甲師団と1個歩兵師団の2個師団の合計3個師団を以てギム派遣軍としたい。現在停戦となった黒竜江軍より戦力を抽出し、第三機甲師団と第九師団を派遣部隊としたい。多国籍軍となるので、海では日本海軍側に、陸ではうちに統率権をもらうようにしたい。戦車を運ぶので海軍には揚陸艦の派遣を検討願いたい。空軍は作戦内容が制空という事であれば、二個制空戦隊を派遣し、それぞれの空域で対処するので共同の司令官は設置せず、もし侵攻作戦を行うのであれば、一個飛行師団を派遣し別途で司令部を設置するという方向で臨みたいが、皆様どうですか。」
蒋第一司長が満洲軍の派遣軍の構成について話をまとめた。
「機甲師団を派遣するのですか。それですと輸送計画が大規模なものとなりますが。一司長はどこまで戦域を広げるおつもりか。」
白根第三司長が第一司長の計画に対して懸念を示す。機甲師団の派遣は兵站が不十分の現時点では補給計画に過度な圧迫を掛ける。ピストン輸送をすることでこれは十分に対処し得る範囲内ではあろうが。過剰戦力ではないだろうか。第一司長はかぶりを振る。
「新世界転移後初の海外派遣です。油断はしたくありません。それに、クワ・トイネ公国の安定のためには、現状の国境線よりも50年前の国境線、つまりは、マース川を国境線に復することが必要と考えております。すくなくともそのあたりまでは、攻勢を行いたいと考えております。」
「それは、外交部が考えることですよ。越権行為では。」
「三司長、あくまで第一司内での検討にすぎません。決定は外交部の方針そして満日2+2の結果如何です。しかし、軍政部でも同様の議論はなされております。外交部でもそれはまたしかりです。戦争に勝ったクワ・トイネ公国の側が領土を要求するのは当然考えられることでしょうから、マインゲン攻略は既定の路線と考えるべきです。また、我々用兵側は政府の方針に従いますし、満日2+2の枠組みから外れることはありません。それに、相手を中世国家と高をくくって当たるよりも牛刀割鶏の誹りを受ける方がまだよい。準備には念には念を入れて当りたいと思っております。」
「失礼しました。すこし言葉がきつすぎたようです。第一司の方針が侵攻作戦も想定されているというのならば、第三司も必要な補給計画を立てることには同意します。」
「ありがとうございます。海軍と空軍の方々はいかがでしょうか。」
「揚陸艦派遣となると当初の予定よりも規模が大きくなりますね。艦隊とまではいかずとも、戦隊編成は必要でしょうから、いったん持ちかえらせてください。」
「空軍としては、二個制空戦隊よりも、一個制空戦隊と二、三個の戦闘ヘリ戦隊派遣を提案します。ワイバーン相手に対空ミサイルは勿体ない気がします。戦闘機よりも小回りが利く戦闘ヘリの機関砲で対処するほうがコスパがいいような気がします。」
「なるほど。陸軍としてもその意見に同意します。では、海軍さんの同意を以て満日軍事部門会合に当りたいと思いますが、石司長よろしいですか。」
「問題ないと思いますよ。幕僚総監にも報告しておきます。アルトマン司長、いつごろ回答は得られそうですか。」
「明後日までには戦隊編成・補給計画を含めて幕僚総監部に報告したいと思います。」
「了解しました。では、本日の会議はこれにて終了と致します。」
満日2+2の予備会合たる満日軍事部門会合は3月20日に実施され、その2日後には満日2+2の会合が東京で行われる。