総勢10万人にも及ばんとするロウリア王国東方征伐軍その司令官に選ばれたのは、ロウリア王国の三大将軍として名高いベニート・パンドールその人であった。ベニート・パンドール将軍は、ジン・ハークから南西に位置するパンドール侯爵領の領主でもある。パンドール侯爵家はロウリア王国建国の初期より王家に仕えた貴族であり、今回の戦争に於ては王家より王国直轄軍の司令官として任命された。王国直轄軍と王国東部諸侯領軍とを合わせた東方征伐軍10万、この内首都に存在する直轄軍4万は20日に挙行される出陣式終了後東部国境に向けて進撃を開始する。
10日に開かれた御前会議で開戦が決定され、パンドールを総司令官とする発表がなされたとき王国三大将軍のイザーク・ミミネル将軍からは羨ましがられた。三大将軍最後の一人アレクセイ・スマーク将軍はパンドール軍がギムを陥落させたのちにギムから南部に伸びる街道を使ってクイラ王国に攻め込む南方征伐軍の司令官に任命された。パンドールに対しては我々も後から追いつくので早く陥落させるようにと激励の言葉を与えた。
出陣式まで残り2日という本日午後3時、急遽御前会議が開かれることとなり、出撃に向けて準備を行っていたパンドールも召集されることとなった。パンドールは、御前会議や外国大使との謁見などにも使用されるハーク城の王宮内鏡の間に入るや否やロウリア王国軍の最高責任者である防衛騎士団将軍に向かって声を掛ける。
「パタジン。急な御前会議とは一体なんだ。何か問題でも生じたのか。」
呼びかけられた防衛騎士団将軍アレロック・パタジンは、パンドールに向き直り、自身がこの会議を呼び掛けたものではないということを話す。
「将軍、私が御前会議を招集するように頼んだわけではないのです。どうも外務省からの要請のようです。」
「外務省だと。この状況下で外務省がなぜ口を挟むのだ。」
「さて、それは私にもわかりかねます。ですが、会議の開催も間もなくです。すぐに事情は判明するでしょう。」
パンドールは、それもそうかと思い、自分の席に着く。着席後数人の政府幹部が着席したのを見計らったかのように、儀仗官が国王陛下の入来を告げる声を張り上げる。全員が起立し、頭を下げる。ハーク・ロウリア34世は、軽快な足運びで入室し、玉座に座るや室内の全員に向かって座れと声を掛ける。
「マオス。かくも急な呼び出しとはどういう了見だ。今軍は遠征に向けて最後の準備に余念がない状況であることは卿も先刻承知であろう。にもかかわらず、この会議要請。何が起こったというのだ。」
「は。外務卿より報告を受けまして、この事態容易ならざるものと感じましたので、こうして御前会議を急遽召集させていただきました。」
「うむ。容易ならざる事態とは穏やかではないな。何があったのかを話せ。」
「はい。本日の午前中にシオス王国及びアルタラス王国に駐箚する我が国の大使を大日本帝国及び満洲帝国の駐箚大使が尋ねてきたとのことでございます。日満の両大使は連名で我が国に対して、武力発動を止めるように勧告してきたとのことでございます。」
会議場は途端に喧騒に包まれた。パンドールにとっても驚きであった。既に発動された戦争計画を他国に言われただけで御前会議を開いてまで再検討する必要がなぜあるというのかと。ハーク・ロウリア王は報告してきたマオスを睨みつけ怒気を含ませた声を出す。
「マオス。そのようなことでわざわざ余を呼び出したというのか。既に余は戦争の開始を宣言した。他国がどのように言おうと余の決定をなぜ覆さねばならぬのだ。」
「おそれながら陛下。外務省に届けられました口述筆記した内容は今一度吟味の対象とせざるを得ませんでしたので、こうして奏上しております。外務卿両国の大使が届けた文書の口述を読み上げられよ。」
「では、読み上げます。
「大日本帝国及び満洲帝国両政府は共同して貴ロウリア王国政府に対して誠意を以て善意からの勧告を為す。
貴国国内における物資の移動、就中ジン・ハークからマインゲンを横断せる街道の宿営地内部に大量の物資を隠匿したる状況においての移動については、我等両政府は貴政府による戦争準備であると判断せざるを得ず。更に貴国東部の貴族領における兵隊の集合状況を鑑みれば、その時期は近いものと判断せり。斯くの如き状況下に於て、我等両政府の首脳は、貴政府の戦争開始行為を許容すること能わず。クワ・トイネ公国及びクイラ王国は我等両国の友好国であり、我等は友邦の危機を黙過することを得ず。既に両国政府はクワ・トイネ公国及びクイラ王国の防備を万端為らしめるべく行動を開始せり。貴軍の侵攻に対してクワ・トイネ公国及びクイラ王国は協力して非情なる処置を取らざるを得ず。貴軍将兵数万の活殺は偏に貴国政府の掌中にあり。我等両国政府は海に野に貴軍将兵の墓標を建てることを決して望まず。我ら両政府は貴政府の賢明なる選択を心底より願はざるを得ず。
貴政府の危険なる動向に対しては、大日本帝国天皇陛下及び満洲帝国皇帝陛下も深く宸襟を悩まし給ふ。之が為陛下は臣等に対してロウリア王国政府に誠意ある勧告を為すべく御諚あらせらる。陛下は、我等とロウリア王国との関係の緊密ならざるを憂慮し、ロウリア王国国王陛下に対して戦争に訴えざるように親書を発せられたり。シオス王国駐箚の貴国大使を通じて伝送せらるので貴政府は接受し、国王陛下に手交されたし。
神武天皇即位紀元2675年即ち中央暦1639年3月17日
大日本帝国内閣総理大臣 山上 誠一
満洲帝国国務総理大臣 李 陽詢」
以上です。」
会議場は静寂に包まれた。全員がどのように反応してよいかわからずにいる。そして、ハーク・ロウリア34世はマオスに再び問いただす。
「マオス。それで卿は何が気になるというのだ。」
「はい。まず、この勧告によりますと、大日本帝国と満洲帝国は我が国が近い位置に戦争を開始するということを物資の動き、物資を隠匿しているという事、そして地方諸侯の兵士の動きから予測しております。いずれも我が国内に間諜がいることを示唆しています。彼国とは我々は国交を結んでおりません。どこから入り込んだというのでしょうか。この動き侮れぬと判断します。次に、クワ・トイネ公国及びクイラ王国に対する防備を強化したと書いております。どういう形で防備が強化されたのかがわかりません。状況の把握が必要と判断しました。また、我が国の開戦に際して、日満が参戦してくる可能性があります。日満両軍の軍事についてはまだ何もわかっておりません。これも状況の把握が必要と判断しました。更に我が軍の数万を殺傷すると言っております。これがブラフなのかどうなのか。調べる必要があります。最後に向こうの君主が親書を発したとのことです。我々臣下には、どこの国かは分かりませんが、陛下宛の書状をどうこうする権限はございませんので、会議が必要と判断しました。以上がこの会議を召集させていただいた理由です。」
パンドールは思った。マオス宰相の意見はどれも日満の力を過大評価しすぎていると。周囲もそういう様子で、マオスに対して心配のし過ぎではないか、ただの新興国の背伸び発言だという声が飛び交った。ハーク・ロウリア34世は皆を制止する。
「マオス。卿のいう日満両国が未確認の国家であり、情報が足りないというのは、確かにその通りだ。だが、敵の言い分を鵜呑みにするというのは、卿も老いたのではないか。間諜が入り込んでいるというが、日満両国はアルタラス王国とシオス王国と国交を有しているということは確認された事実だ。そこから情報を取ったと考えれば、間諜が入り込んでいるという事実は疑うべき事実だ。少し冷静になれ。皆、何か思うことはないか。」
パンドールは司令官でもあることから積極的に発言した。せっかく就任した司令官だ。遠征が中止されてはたまったものではない。
「マオス殿の懸念は懸念として置いておくとして、我がロウリア東方征伐軍はある国の援助もあり強化されております。一方の日満両国は列強国でもない新興の国家です。ワイバーンの数はクワ・トイネ公国のそれを圧倒しております。勧告に防備を強化したとありますが、今からワイバーンを調達するとして、飛行訓練に十分な時間は取れますまい。そういう観点からいえば、防備を強化し始めたことは確かとしても、大勢に影響が生じるまでとはとても言えないと私は判断します。強化された我が軍は、たとえ列強パーパルディア皇国であっても引けはとらないものと自負しております。マオス殿の懸念に対処するためにも侵攻時には偵察を行いつつギム西部のクワ・トイネ防御陣地の攻略を行いたいと存じます。こういった形でいかがでしょうか。」
パンドールはマオスの顔も立てて、偵察をしっかり行うことで、敵に不意を突かれないように配慮することを宣言した。他の将軍もパンドールを支持した。マオスは会議の状況が開戦維持の方向で終息しそうであることを感じ取り、ハーク・ロウリア34世に向き直り奏上した。
「陛下。この度は臣の不徳の致すところで、斯くも不躾な会議を召集しましたる非礼をお許しください。将軍諸氏にも迷惑をかけた。お許し願いたい。」
「なに、マオス、卿は武人ではない。あくまで文官よ。文官のトップとして国政に於て必要なことを果たしたにすぎん。未確認の状況に対して検討を行うのは必要なことであると余は思う。」
「ご寛恕賜りまして感謝いたします。それで陛下。相手方からの親書ですがどのように対処為されますか。」
ハーク・ロウリア34世は手を顎にあて思案するポーズをとった。
「余はロデニウス大陸を統一した暁には、日満両国が亜人のいる国でなければ交際を以てもよいと思っている。我が国に果敢に挑戦してこようとしている新興国だ。存外に骨のある人間がそろっていると思うし、それに友邦を見捨てずという姿勢も余の好むところである。あくまでも亜人の居る国かどうかが重要であるがな。ゆえに、今は親書については放置しておく。返信を出す必要も認めんしな。」
「なるほど。わかりました。あと、日本との交渉についてでありますが、ギムの街にて日本の外交官が我が国の出入国審査局長と定期的な会合を持っております。国交樹立の願い出を行っているようでして、出入国審査局長から内務省に定期的に報告が上がっており、内務省と外務省が相談の上、ギムの街の様子を知るという任務も併せて実施して、開戦を知られぬよう交渉を引き延ばすよう指示しておりましたが、もはやそういう状況ではなくなりました。いかがしましょうか。」
「捨て置け。卿のいう通り、もはや相手国に知られておるのだ。今更の引き延ばし工作など何の価値もない。その所長とやらに交渉の打ち切りを通告させよ。」
「了解しました。陛下そして皆様本日はどうも面倒をおかけしました。会議を終了いたします。」
パンドールは会議の結果戦争が中止にならずに安堵した。ロデニウス大陸統一という大事業に自身が関わり合い、活躍する場は残された。失敗は許されない。日本と満洲がどれほどの相手であろうと自分たちの有利は動かないと考え、会議場を後にした。