大日本帝國召喚   作:もなもろ

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とうとう50話を記録しました。筆者はこういうグッとくる人情話が好きです。ただ、こういう結末に至るまでの経緯が弱いなあと感じました。


クワ・トイネ公国西部都市ギム 中央暦1639年3月25日

 ギムの街にも戦争の足音は近づきつつあった。

 3月12日突如ロウリア王国東部の街マインゲンは入国審査を厳格にした。荷馬車は積み荷を全て降ろして中を調べられた。袋詰めされた穀物を桶の中に移動させて袋を裏返して異物が入っていないかを調べられた。クイラ製ガラス細工を移動中に割れないように詰め物までして厳重に梱包した箱は全て開封され、詰め物から何から何まで取り出されて皿の一枚一枚、細工の一つ一つを分けて調べられた。ここまでされて猶、入国許可が下りるのにさらに数日を要し、その間の滞在費用の補償などもなく、事実上の締め出し処置のようにも思われた。

 このような突然の方針転換の噂は当然ギムの街にも広がり、ロウリアがクワ・トイネからの入国締め出しを始めたと解釈され、市民の間に不安感が蔓延していた。街全体から活気がなくなりつつあり、行商人はロウリア方面での商売を諦めるかどうか悩んでおり、数人はクワ・トイネとクイラの間の販路構築を考え、クイラ方面に移動先を変更していった。

 斯様な状況下に於て大日本帝國陸軍参謀本部第二部所属退役陸軍少佐塩沢敏文は諜報活動を継続していた。ロウリア入国が困難になったことからチームを分割しての行動は困難となり、マインゲンには別のチームが残地諜者として情報収集任務を継続している。そのチームより諜報対象のマインゲン出入国審査所長のアウゲスト=ハンメルがギムの街に向かうとの無線が入ったのが昨日であり、予定にない行動に対して塩沢はチームを招集し、気合を入れなおした。ハンメルの先触れが外交官が宿舎としている宿に到着して、およそ1時間後にはハンメルが到着する見込みとなっていた。

 

「班長。この予定にない行動、あきらかにロウリアは方針を変えたと言わざるを得ませんね。」

 

 班員の小野が声を掛ける。幾分緊張した声色である。

 

「ああ、予定では次の会合は来月の1日だった。15日の会合でのハンメルの声色はこれまでのそれと比べて硬かった気がした。入国審査の厳格化はロウリア中央の指示であろうとの分析を参謀本部は行った。おそらくそれが関係しているとみているが、ひょっとしたらまだ何かあるのかもしれない。先日送付された日満両国首脳からの勧告が影響して今回の急な訪問になったのだろうとは思うが、予断は禁物だろう。」

 

 なるほどと、小野が答え、思案の表情を浮かべる。ふと、尾行していた井野からの報告の無線が入った。

 

「班長。マル対はギムの街直前で馬車を止め、小休止に入りました。なにやか浮かない顔をして路肩に座り込んでおります。どうぞ。」

 

「こちら宇野。食事をする様子などないか。体調不良なのか。状況知らされたし。送れ。」

 

「こちら井野。マル対に食事の気配ありません。御者は座ったままです。用便をする気配もありません。どうぞ。」

 

「わかった。警戒継続せよ。終わり。」

 

 さて、塩沢は思案する。ギムの街直前で移動を停止した。体調不良等の突発的事情でないとすれば、これはためらいを意味するのだろうか。外交官と会うのをためらっている、ゆえに移動を停止した。となると、ハンメルにとって今回の訪問は意に沿わない形ということになる。我々にとってもあまりよくない状況であることは確かだろう。10分もしただろうか、宇野からハンメルが移動を再開したとの報告が入った。遅れた分を取り戻すためだろうか、幾分馬車の足が速い。井野の尾行はあくまでも徒歩だ。中世の馬車は速度が遅い。車輪構造のサスペンションが無いために、高速の移動には原則として向かないからであり、それがために井野の足でも対処しえたが、これは少し厳しいか。

 

「小野。すまんが、外で見張りを頼む。行商人の服装に着替えて物売りの格好をするんだ。到着したら、無線かこのブザーを鳴らしてくれ。」

 

 小野が了解して、外に向かっていく。部屋には警護の日野と矢野を残す。防諜準備を矢野を中心にして継続させ、塩沢自身は諜報員の勘から参謀本部第二部への緊急電の準備を始めた。

 

・・・・・

 小野からハンメル到着の連絡が入り、傍受機器の電源を入れ、ハンメルと外交官の会話の盗聴を開始した。ややあって、傍受機器から声が聞こえだす。

 

『突然の御来訪とは驚きました。しかし、こうして会談の機会が増えるのは我々にとってもうれしいことです。まずは移動の疲れをいやしてください。今回はハーブティーというリラックス効果のある飲み物を用意しております。』

 

『いつものことながら、もてなし感謝いたす。ああ、これはよい。疲れというか憂鬱さというかいろいろと体の中の悪いものが抜け出ていくかのようだ・・・』

 

『気に入っていただきましてありがとうございます。先日はロウリアのお菓子を頂戴しましてありがとうございました。とても紅茶に合うクッキーでした。こうして文化的な交流を続けていくことが我々にとっては重要なことであると思っています。こちらのお茶もまた、お持ち帰り用をご用意しておりいますので、お帰りの際に持っていってください。このお茶に合うお菓子をまたご紹介いただければ幸いです。』

 

『ああ・・・・ありがたい・・・。しかし、最早ご厚意に甘えるわけにはいかなくなったのだ・・・・。せっかくのご厚意を無にしてしまう寛恕を賜りたい。』

 

『!?』

 

 会談を行っている部屋の緊張がこちらの部屋にも伝わってきたかのようだ。傍受している皆の表情が一斉に険しくなる。間違いなく凶報の類だ。

 

『・・・中央政府より命令が届いた。日本との国交樹立交渉は打ち切り。外交上の礼儀もあるため打ち切りの通告は行ってもよいが、それ以後の接触は固く禁ずる。とのことだ。大場殿、いろいろと骨を折っていただきながらすまない。現時点での国交樹立交渉は全くの白紙となってしまった・・・』

 

『そうですか・・・。いや誠にもって残念です。ハンメルさんともこうして少しずつですが意思の疎通が図れるようになってきたというのに・・・まことに無念です。』

 

 塩沢は、参謀本部第二部に対して緊急電を発した。「ロウリア、対日交渉を打ち切り。更なる開戦の公算深まる。」と。

 

『すまない大場殿。そういう訳で何の見返りも渡すことのできなくなった以上、貴君の厚意に甘えるわけにはいかん。ただこうした会合が開けなくなること誠に残念だと私も思っている。』

 

 やはりここに来ることに逡巡を感じていたのだと、塩沢は理解した。ハンメル個人は日本との交渉を推進する立場にあったのだろうと判断した。

 

『いえ、本国の方針が出た以上はハンメルさんの責任ではありません。文書一通で済む話をわざわざ足を運んでいただいてお話しいただきました。私どもとハンメルさんとの間に少なからずの信頼は築けたようで私どもとしてはうれしく思っております。』

 

『頭を挙げてくれ、私は・・・』

 

 傍受機器から声が聞こえなくなった。こちらの部屋も物音を立てず、静寂が続いている。2,3分もたったころだろうか、傍受機器から再び声が流れ出す。

 

『すまない大場殿。私ももはや長居はできない身の上となった。これにて失礼したい。』

 

『わかりました。せっかく用意したお茶です。このままでは腐らせてしまうやもしれませんので、どうぞお持ち帰りください。』

 

『あ、いやしかし。』

 

『短い期間ではありましたが、我々は友好関係を結べたと思っております。友人からの贈り物とでも思ってください。それにだいぶお疲れのようです。このお茶はリラックスの効果が有りますので、疲れを取ることが可能でしょう。友人の健康を気遣うだけです。国と国との交渉にその点はあまり関係ないでしょう。』

 

『大場殿・・・。貴君という人は・・・。わかった。友人からの贈り物だ。ならば頂戴しよう。』

 

『はい。またお会いできる日が来ることを私は祈っております。』

 

『ああ、私も友人との再会は望むところだ・・・・。ときに大場殿、交渉が頓挫したわけだが、貴君は今後どうするのだ。』

 

『そうですね。本国に報告して、あるいは貴国の情勢が変わるのを待つためにもこの街に逗留するような形になるでしょうね。ギムの街はそれなりに大きな街ですし、ロウリアとの国境に近い街でもあります。本国はこの地に領事館を建てて、貴国との交渉の拠点にしたいと思っているようですね。』

 

『そ、そうか・・・・。大場殿、一度本国に戻って、外交部局に直接報告すべきではないか。書面を送るだけでは、伝わらぬこともあるだろう。』

 

 塩沢は、ハンメルの探るような口調から何か重要な話が行われるという雰囲気を察知した。傍受している要員の肩をたたき、ヘッドホンをコツコツと指でたたく。注意して聞けという合図だ。

 

『ま、まあそのあたりは本国が判断することでしょうから、まずは報告書を出す形から』

 

『いや、実際に見て聞いた者の口から直に話す情報というのは大事ではないか。ロウリアという国の木っ端だか役人と直に接した貴君の証言を直接本国の上層部に話す。それによって、ロウリアとの外交をどうするのか、対策を立て直す必要があるのではないか。報告書一枚を出してそれで終了といういうのでは、私の失敗を繰り返すだけではないだろうか。私が本国の中央政府に対して直に話す機会を得られていたら、今回のような交渉打ち切りのようなことは起こらなかった、そう考えることもできるのではないか。貴君は一度ギムを離れて本国に帰国すべきではないか!』

 

『・・・・・ハンメルさん。参考までにお聞かせ願いたい。私はいつごろまでにこの地を離れたらよろしいでしょうか。』

 

『そ、それは・・・・・・』

 

 塩沢以下、諜報チームの面々が息をのむ。誰のそれだろうか、ゴクリと唾をのむ音が聞こえた。

 

『・・・・』

 

 再び傍受機器から声が聞こえなくなった。長い静寂が流れる。

 

『・・・・来月だ。来月の初旬終わりか中旬の始めごろには、本国に帰るようにしたほうがよい。』

 

「!!」

 

 部屋の空気が一気に緊張の度合いを増した。塩沢は、参謀本部第二部に対して再びの緊急電を送る。「ロウリア王国の開戦時期、4月10日ごろの公算大。ロウリア王国の開戦時期、4月10日ごろの公算大。」

 

『・・・では、やはりこのハーブティやそれとコーヒー豆を持ち帰ってはもらわなくてはなりませんね。持ち帰る荷物がとても増えてしまいます。』

 

『!!フッ、フハハハ。なるほど、荷物運びの人足を雇うにも金がかかるからな。よろしい、こちらで処分しよう。』

 

『ええ、宜しくお願いします。・・・再会できる日を楽しみにしております。』

 

『ああ、大場殿も気をつけてな。』

 

 再会の日までさらばと固い握手を懇ろに交わす。別れていく二人の男たちは再会できる日が来るのだろうか。それは現時点では誰も知る由がない。

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