ロデニウス大陸の安定化に関する日満外交行動指針が3月22日に決定されたのを受けて、日満外交当局は日満が主導する共同勧告に賛同してもらい勧告文書に調印してもらうように交渉に入った。日満外交当局は、各国に駐箚する自国の公使に対して派遣国の外交当局と交渉を行うように訓令を発し、また同じく自国の外交当局も日満国内に存在する各国公使と交渉を始めた。
日満両国が外交関係を築いているのは、クワ・トイネ公国、クイラ王国の他には、アルタラス王国、アワン王国、シオス王国、トーパ王国、マオ王国の合計7か国であり、フェン王国とガハラ神国に満洲国が接触中であったが、外交関係を構築するには至っていない状況であった。こういう経緯で合計9か国の共同勧告を採択し、その圧力を以てロウリア王国の開戦を断念させるべく外務当局は動いていた。
日満のアルタラス駐箚公使は、アルタラス王国王都ル・ブリアスに存在する外務局を訪問し、27日より訪問し勧告採択に向けた外交交渉を行っていた。27日の交渉では、アルタラス王国側からロウリア王国との戦争につながりかねない共同勧告への署名は難しいと反対の立場を取られ、いったん本国に報告することとなった。本国からの情報では、アルタラスの他にシオス王国もロウリア王国に地理的に近いためロウリアから攻められることを懸念して反対された。アワン王国とマオ王国、トーパ王国は勧告に署名すること自体は反対しないが、あまりきつい表現はすべきではないとして現時点での調印を拒否し、各国の情勢を見届けてからと保留の立場を取った。
日満外交当局は、日満外交行動指針に基づく強い内容の勧告を維持すべきかの協議を行い、日満2か国だけの勧告よりも多数の国々が調印したうえでの勧告文書のほうがより効果的であるとの判断の下勧告案の再調整に入った。日本側の外交活動によりロウリア王国のだいたいの開戦時期が判明した現在にあっては、非常にタイトなスケジュールとはなったものの、大至急の調整が行われた。翻訳文の文案が出来上がり、各公使に打電されたのが本日29日であった。日満の暦に従えば、3月29日は日曜日に該当するが、現状はそんなものを考慮している時期ではない。日満公使はアルタラス王国外務局に緊急のアポイントメントをとり、再び庁舎を訪れた。
「日満両国公使は誠に精力的ですな。あれからまだ2日しかたっていないのに、もう再調整がすんだとは。」
アルタラス王国外務卿シモン・ド・ユグモンテは、あまり関心のない表情を浮かべながら、提示された勧告文の翻訳文章を読んでいく。
「ロデニウス大陸の緊迫した情勢については、本国も強い関心を持って状況を注視しております。何とか緊張状態を緩和できないものか、そのためには各国の力も借りながらロウリア王国政府に圧力をかけていくしかないと考えております。何卒貴国も勧告の枠組みに協力していただけますようお願い申し上げます。」
アルタラス王国駐箚満洲帝国特命全権公使ローズモンド・マニャールは、フランス人の祖父を持つ。祖父がル・フィガロの新京支局に在勤中に現地女性と結婚し、満洲国籍を取得した。孫ローズモンドは建国大学法学部を卒業し、女性が官吏になっては結婚を逃すという祖父と父の反対を押し切り国務院外交部に奉職。祖父の故国フランス大使館書記官などを歴任し、国務院外交部欧州局フランス課員として主任に抜擢され、順風満帆の人生を送っていた。祖父父が危惧していた結婚も学生時代から交際していた入職同期の文麗孝とともにそろそろかといったところで異世界転移。英王冠領カナダ公使館勤務であった文との連絡は途絶し、悲嘆に暮れたが転移後の仕事の忙しさが無理やりそれを忘れさせようとしていた。
「貴国からの要請については、国王陛下にも内々にお知らせしておりますが、国王陛下もロウリアを怒らせることになりはしないかと心配しておられました。また政府内部にも、特に大蔵卿からの意見ですが、ロウリアとクワ・トイネとの貿易ですが、前者が規模も金額も圧倒的に多いのです。クワ・トイネからの輸入物は農作物ですが、これは我が国の内部で賄おうと思えば賄えないことはないのです。けれどもロウリアからは、武器であったり日常品であったりと、どちらかと言えば我が国は地形上の位置からしてもロウリアとの関係が強いのです。もちろん、だからと言ってクワ・トイネがどうなろうとどうでもよいとは言いません。ロウリアは戦争によって領土を拡大しています。将来的には我が国にもその矛先が向きかねないとの危惧もあります。しかし、だからと言って無理に事を起こそうなどとは思ってもみません。」
「なるほど。いちいちごもっともです。貴国の立場も理解しました。それがため、満日両国は協議を重ね、勧告文案の修正を行いました。初めの文案からは表現がだいぶマイルドに変わっております。是非とも検討をお願いしたいです。」
「そうですな・・・。私どもとしては、まず、題名の変更を求めたいと思います。」
どのような変更をと大垣秀徳日本公使が尋ねる。ユグモンテ外務卿は、紙面を見ながら切り出す。
「現状の「勧告」の表現を改めて、「ロデニウス大陸の平和維持に関して行う大東洋諸国の共同宣言」これでは如何ですか。勧告という表現は高圧的です。他にも、以前貴国からもらったペーパーを頼りとして、ある程度の文案をこちらも用意いたしました。まだ、私のところまでで止めている外務局の試案ですが、こちらが我々の考えている表現のラインです。」
「拝見します。」
日満両公使は渡された1通の紙片をそろって読みだす。
「
ロデニウス大陸の平和維持に関して行う大東洋諸国の共同宣言
我等、大日本帝国、満洲帝国、クワ・トイネ公国、クイラ王国、アルタラス王国、アワン王国、シオス王国、トーパ王国、マオ王国の外交当局は、ロデニウス大陸における平和を維持し、安定した経済活動の実施のためには、平和的な状態の維持が望ましいことを確認した。我等は、いずれの国家も経済的利益の追求のためには紛争状態が発生することは望ましからざることを念頭に置き、平和的手段である外交当局による交渉を国家間の紛争状態を解決するための基礎として設定することに同意する。
我等は、ロデニウス大陸の不安定化は我等の国家においても経済的不都合を生じさせるものであって、決して好ましい事態ではないことは、この宣言に名前を連ねていない国家であっても同様の認識であることを信じる。
我等は、外交当局の責任に於て本宣言を為すものであって、国家を代表してこの宣言を発するものではないことを確認するが、この共同宣言はそれぞれの政府においても重要性を認識させるべく外交当局者の責任に於て政府に提言を行っていくことを約束する。我らは、この宣言に名前を連ねていない国家であっても、この宣言の精神に共感して行動されることを期待する。
中央歴1639年3月〇日
宣言国外交当局責任者氏名一覧
」
日満公使は愕然とする。この文書にはロウリア王国の名前が出ていないどころか、戦争を抑止するため相手の行動を躊躇させるような内容が一切含まれていない。
「現状の我々にとっては、この内容が限界です。ロウリアを名指しで非難するような文書は出せません。それでも、名宛人が誰なのかは分かるようになってはおります。我々も公使殿が出された条文からすれば玉虫色の内容であることは十分に理解しております。ですが、我が国が介入できるのはこの辺りが限度です。ご理解ください。」
「一度本国に持ち帰らせていただきたい。」
「大垣公使、よろしいのですか。この内容では、外交部の訓令に沿った効果は得られませんが。」
「ええ。本国の意図する内容とは一切変わっています。なればこそ、本省に一度伺いを立てなければ・・・。」
大垣公使は、マニャール公使の耳に顔を近づけて小声で話し出す。相手にわからないように英語でだ。
「事態は逼迫しています。効果は薄いかもしれませんが、0よりはましかもしれません。」
「0よりはまし・・・。わかりました。いったん持ち帰りましょう。」
姿勢を正して、両公使はユグモンテ外務卿に正対して話し出す。
「それでは閣下。忙しいところお時間いただきまして、ありがとうございます。今一度本省に伺いを立てますので、また後日、本省からの訓令あり次第またお時間を頂きたく思います。」
「ええ、私も若く美しい女性と話すことができるのは好ましいことだと思っています。またお二人でおいでください。」
日本外務省と満洲外交部は再び協議に入った。何の抑止効果も見られない共同宣言。返ってロウリア政府を勢いづけるだけではないかという声も挙がった。だが、大東洋の各国が一致して対応したという事実を強調する意味があるかもしれないとオブザーバーとして参加していた駐日クワ・トイネ公使のオランゲの進言を受けて、宣言の発行が採択された。
この頃日本側満洲側ともに帝國議会両議院に諮問案を送った。ロウリア王国が開戦を行った場合に日満両国が軍事介入を行うのを是とするか否か。日本側は各種の資源を鍬杭両国から輸入する計画を立てており、その内容は議員も知っていたので、鍬杭両国は日本の生命線という認識があったため、諮問案はすぐに可決成立して各議院の建議として内閣に送付された。一方の満洲側は、ある程度の自給自活ができる状態であったため、特に衆議院で調整が難航したが、日本側に遅れてではあったが、諮問案は可決され、国務院に送付された。この結果を受けて、日満両政府は最後通牒の調整に入り、その文書は共同宣言と同日にアルタラス王国駐箚ロウリア王国大使に手交することとなるのであった。
―――――
調整案
「
ロデニウス大陸の紛争発生防止を目的として大東洋諸国の政府が共同して行うロウリア王国政府に対しての勧告
我等、大日本帝国、満洲帝国、クワ・トイネ公国、クイラ王国、アルタラス王国、アワン王国、シオス王国、トーパ王国、マオ王国の政府は、貴ロウリア王国政府によるロデニウス大陸の東部国家に対しての侵攻を目的とした軍事作戦の準備が最終段階に移行しつつあることを確認した。我等は、ロデニウス大陸の平和状態が経済上の数々の利益を我等のみならず貴国に於ても享受している事実に鑑み貴政府が戦争に訴えざるよう共同して勧告を為すことで一致した。
我等は、大日本帝国政府及び満洲帝国政府の主導する国際平和の維持を目的とする今回の呼び掛けが自国の利益のみならず、ロウリア王国の利益にも繋がることを理解し、今回の勧告を行うに至ったものであり、我等はロウリア国王陛下の至高なる権力を害する目的を以て今回の勧告を行うに至ったものではないことを特に強調する。しかしながら、貴軍の侵攻に対してはクワ・トイネ公国及びクイラ王国は協力して貴軍に対峙するため準備を整えつつあることは理解されたい。
我等は、貴政府が我等の一致した勧告に対して賢明なる選択を行うことを期待する。
中央歴1639年3月〇日
宣言国政府首脳氏名一覧
」
―――――
初期案
「
ロウリア王国軍の開戦抑止を目的として大東洋諸国の政府が共同して行うロウリア王国政府に対しての勧告
我等、大日本帝国、満洲帝国、クワ・トイネ公国、クイラ王国、アルタラス王国、アワン王国、シオス王国、トーパ王国、マオ王国の政府は、貴ロウリア王国政府によるロデニウス大陸における平和状態の破壊を意味する軍事行動の準備が最終段階に移行しつつあることを確認した。我等は、貴政府による開戦を目的とした軍隊の移動や物資の移送及び国境封鎖について強く抗議するとともに、貴政府が戦争に訴えざるよう共同して勧告を為すことで一致した。
我等は、貴政府の危険なる行動の結果、貴国国民に多大なる損害が生じることに深く憂慮する。貴軍の侵攻に対してはクワ・トイネ公国及びクイラ王国は協力して貴軍の撃破を行うべく準備を整えつつあることを特に強調する。貴軍の侵攻に際して生じた貴軍の損害に対して、我等は一切の責任を負わず、また貴軍に対してクワ・トイネ公国及びクイラ王国の両軍が斟酌することは無い。
我等は、貴政府が我等の一致した勧告に対して賢明なる選択を行うことを期待する。
中央歴1639年3月〇日
大日本帝国内閣総理大臣 山上 誠一
満洲帝国国務総理大臣 李 陽詢
クワ・トイネ公国首相 エミサスカ=カナタ
クイラ王国宰相 アスアド・フラート・アル=バータジー
アルタラス王国宰相 オノレ・シャルー
アワン王国首相 アウフスタイン・ランメルス
シオス王国宰相 バルドメロ・ディヘス
トーパ王国宰相 タルモ・サラソヤ
マオ王国宰相 エメリヤン・リプニツキー
」