大日本帝国駐箚クワ・トイネ公国特命全権公使として赴任した、ライムライト=オランゲ以下公使館職員は疲れ切っていた。日本滞在は一月になんなんとする時期であり、元麻布のオーストリア=ハンガリー帝国大使館職員からの日本滞在中に注意すべき事項や、地球世界では常識であった外交ルールの確認など多くの学ぶべき事項が存在し、日本との関係ではそういうルールなどを知っておくことが重要であると認識したからである。
例えば、外交特権。外国公館は不可侵であり、日本側の官憲はクワ・トイネ公国公使館に自分の同意なく立ち入ることを許されていない。これは驚きであった。かつてパーパルディア皇国のクワ・トイネ公国大使館に勤務経験のあるオランゲは、クワ・トイネ公国大使館に犯罪捜査のためずかずかと立ち入るパーパルディア皇国の衛兵を何度も目撃している。パーパルディア皇国とクワ・トイネ公国は不平等条約を結んでおり、大使館の不可侵など存在しなかった。しかも逆の対応は許されなかった。それがどうであろう、地球世界では、どの国であってもこのようなやり方がルールとして確立されていた。
また、通信の不可侵についても同様だった。パーパルディア皇国では、港湾や大使館前の衛兵駐屯所でクワ・トイネ公国から持ち込まれる荷物や大使館から持ち出す荷物は全て検閲を受けた。パーパルディア皇国に害をなす可能性を潰すためという名目であり、これも逆の対応は許されなかった。日本では、通信の不可侵どころか、大阪と京城に設置した総領事館と高雄に設置した領事館との間の通信を可能とする無線の設置が許された。更に満洲国の新京に設置されたクワ・トイネ公国公使館との通信も可能となっている。オーストリア大使館職員の話では、これを盗聴することは外交上問題となるとの説明を受けた。
その他数々の外交特権、外交官特権というものの存在を知り、日本国満洲国との外交は、今までの外交の感覚を持っていてはだめだという認識の下日々勉強を重ねた。また、オランゲ以下職員は日本語の習得も始めた。日本の文字を読めるようになれば、図書館にある大量の書籍を通じて日本の文明をクワ・トイネに還元することができると踏んだためである。会話が可能であるため、文字の習得も日常会話程度の文字ならば比較的早いスピードで読めるようになっていく。
こうした日々の勉強だけがオランゲたちの疲労の原因ではない。日々の勉強は公使館業務の一環として扱われている。問題は、業務終了後なのだ。
公使館業務の1日の終了時刻は午後5時である。その後、公使館職員のアブラナル=ハックサイはいつもの場所に顔を出していた。
東京外国語学校。先月までは日本の最大手の英会話教室であったこの学習塾は、異世界転移と同時にカリキュラムの大幅な変更に着手し、新たに第三文明圏共通言語の筆記習得を目的とした教室の開講を行った。受講者が半減した英語、仏語、独語の教室を縮小させ、余った講師には、共通言語の教材作成やアルバイトとして雇った公使館職員のサポートを行っている。なぜ彼らがアルバイトをしているのか。それは日満側と彼らの側での事情がある。
日満側としては、いち早い第三文明圏共通言語の筆記習得が重要とされた。これまで締結した条約などは日満側が筆記した内容を口述し、相手側がそれを筆記するという形をとっており、2言語で作成した文章の共通性の確保が不十分であった。口述筆記した部分をビデオに収めて、それを以て文章の正確性の担保とする極めて異質な方法での条約調印も早期の条約締結という必要性に駆られてのことであり、日満側はこの異常事態を脱却するために早期の文字の習得を必要としていた。このため、教室の生徒は官僚や大企業の職員が中心となっている。
言語学習のノウハウを持っている語学教室が運営に名乗りを上げたのも、受講者の減った多言語の損失補填やビジネスチャンスをものにするという意味だけではない。少しでも早期の語学習得を図るために、語学教室のノウハウを日満側の官僚が必要としたのだ。
こういった日満側の必要性とは別にクワ・トイネや他の国交樹立国家の公使館職員の側には、それと違う切実な問題があった。それは、物価の問題である。
クワ・トイネの通貨は金貨銀貨銅貨に分かれる。金貨がヨーネ、銀貨がコーメ、銅貨をベーイと呼んでいる。1000ベーイを1コーメとし、100コーメで1ヨーネとする交換比率であった。1ヨーネ金貨などは農民階級は見たことも触ったこともない。1コーメ銀貨であっても1年に1回程度徴税後の余剰作物を公都やマイハークなどの大きな街に売り渡す際に見るか見ないかといったところであった。農村の生活ではあまり通貨は使われない。物々交換が基本であるからだ。
公都やマイハークなどの大きな街で下宿をするとすると四畳半の部屋の家賃は100ベーイといったところだ。大工などの職人の日当が10~15ベーイ、1月に20日前後就労日があり、1月の稼ぎが200ベーイから300ベーイになる。支出の項目としては、1日の食事だが、小麦を焼いたパン(中世の固いパンを御想像あれ)が2~3ベーイする。スープとシチューのセットで5ベーイは見積もられる。酒でも飲もうものなら、1杯が2ベーイはとられる。つまりは生活はカツカツなのだ。
中央官庁勤務の役人であれば、月給制となるが彼らの最低ラインの月給が1コーメあたりとなる。ただし、階級に応じて身なりを整えたりしなければならず、彼らの生活もまたカツカツなのだ。中世世界と現代社会では物価が基本的に異なる。例えば、衣服だが糸をつむぐところから人力であり、日数もかかる。そのため、最低品質のシャツなどでも30ベーイあたりからはかかる。このようなクワ・トイネの国民の大多数が着ているような最低品質のシャツだが、日満に持っていってもまず売れない。値段がつかない代物だ。一方で大量生産された日満製のシャツをクワ・トイネに持っていったとする。大量生産品なので、輸送費用などを度外視すれば価格を抑えることも可能だろうが、品質だけで見た場合は、間違いなく1枚が1コーメはする代物で、中央官庁の上級役人、たとえばリンスイ外務卿などが購入するような製品である。
日満製品はクワ・トイネで売れる。しかし、クワ・トイネの製品は日本では売れない。この結果、クワ・トイネは日本円や満洲元を必要とするが、日満はクワ・トイネの通貨をそれほど必要としない。需要と供給のメカニズムからいえば、為替レートは設定不能とも言わしめる物にしかならない。
日満政府は、日本経済団体連合会(日経連)、満洲経済団体連合会(満経連)、日本商工会議所(日商)、満洲産業会議(満産)、日満経済同友会に諮問を行い、為替レートについての意見を聴取した。その結果の答申として、1コーメ=50銭のレートを提示してきた。満洲側は地球世界の基軸通貨の一つであった円に合わせるとして日本側に対応を丸投げした。
10ベーイが5厘、クワ・トイネの大工の日当が日本では駄菓子一つ買えない額であった。流石にこれはまずいと日満政府は財界に再度の諮問を行う。日満両政府はクワ・トイネとクイラの開発を行っており、いずれ経済規模も拡充される。そのいずれを見越して答申を見直してほしいと。
再答申の結果、1コーメ=100銭のレートとなった。これ以上の円安は我々も許容できないと今度は5団体の連名での答申となり、やむなく政府は折り合いをつけた。
問題はそれだけでは終わらなかった。日本政府は輸入小麦の国内売渡価格を転移前、調達時の為替の変動もあるが、1トン当たり50円前後で国内の食品メーカーに卸していた。当初クワ・トイネ公国は余剰生産物である上に、輸送も日本が行う上、国内のインフラも建設してくれるからと捨て値同然の取引金額を提示されたが、この話が国内に漏れた(あるいは意図的に洩らされた)結果、国内の農業団体が大反発し、更には日本に小麦を輸出していた満洲の農業団体も国務院に討ち入らんばかりの騒動が発生した結果、国内の卸売価格は以前と同様の50円での取引価格となった。
しかし、策定された為替レートでは、1コーメ=100銭であり、50円という金額は、クワ・トイネの通貨では、5ヨーネ、金貨5枚の価値となる。余剰生産物である小麦は元値は0であるが、輸送や保管などの費用はかかるため、クワ・トイネ公国では10コーメ、銀貨10枚程度の経費を計上していた。それが金貨5枚に化ける。クワ・トイネ公国では小麦の価格が高騰することで、経済全体の物価が高騰する可能性を危惧する声が上がっていた。急激なインフレを招きかねないと危惧した日本政府はクワ・トイネからの調達価格はクワ・トイネ側の希望価格で調達し、あくまでも50円は卸価格とすることを再度説明した。
国内の食品メーカーからは、政府のぼったくり価格と揶揄される結果を生んだが、一応の着陸は図られた結果となった。
話は大幅にずれたが、日満と第三文明圏外の国家とでは物価に違いがありすぎた。中世世界の国家と現代国家ではそれもむべなるかな。いくら中央政府に奉職しているこの時代からすると高給取りの集団であったとしても、日満の物価では一月を過ごすのは大変に厳しい。彼らは、公使館以外に宿舎を持つこともできず、日満の製品を購入することも彼らの給与では難しかった。しかも、日満側が公使派遣の説明をした際に、大使よりも公使の方が俸給が低いといったことも拍車をかけた。派遣元の国家も公使の俸給を通常の大使に対する俸給よりも低い額を俸給とした。そして、公使館職員のそれも同様となった。
この結果、オランゲ公使を始めとした公使館職員は貧窮にあえぐ形となる。そこに日満政府の政府の手が差し伸べられて、アルバイトをするということになったのである。アルバイトの給与は日本円や満洲元で渡されることとなり、3月30日の今日給料日を迎えることとなった。
外交使節の窮状に対して日満外交当局は、クワ・トイネ公国やクイラ王国に報告し、公使や公使館員の赴任地域手当を設定することで対応できないか検討を依頼した。