ロウリア王国首都ジン・ハーク ハーク城 中央暦1639年4月1日午前10時
ロウリア王国首都ジン・ハークは城塞都市である。都市の外縁部を高い城壁で囲い、街全体を守る形となっている。城塞中央部には小高い丘があり、その部分にハーク城と呼ばれる防備を固めた区域がある。城内には国王の居住区域である「王宮」と王国全体を統治する組織である「政府」の二つが設置されている。政府区域内は行政区域と軍区域に分かれており、行政区域の責任者は王国宰相の地位にあるフランチェスコ・マオスであり、軍区域の責任者は王国防衛騎士団将軍のアレロック・パタジン将軍である。4月1日、マオスは、ハーク城内に与えられた宰相公用室ではなく、外務局棟にある外務卿執務室にいた。執務室の椅子に座って、浮かない顔をしていた彼の目の前にいるのは、外交部門の責任者であるヨースコネクト・マオス外務卿―宰相であるフランチェスコの子―である。
― ロウリア王国宰相 フランチェスコ・マオス
昨日届いた日満からの共同勧告とロデニウス平和共同宣言の二つの文書のことを考えると頭が痛くなるのう。共同勧告は、前回よりも強い言葉で書かれておった。わからん。なぜ、日本と満洲は、クワ・トイネとクイラに肩入れをするのだ。日本と満洲はクワ・トイネとクイラの宗主国なのか。いっその事それならばここまで強い口調で肩入れしてくる話はわかるのだが、最近の国際情報では、クワ・トイネやクイラ他大東洋諸国が大日本帝国と満洲帝国という新興国2国と次々に国交を樹立したという話しか聞いていない。
日満ともにシオスやアルタラスの我が国の大使を通して国交の樹立について話をしてきたが、日本はさらにマインゲンを通しての接触を図ってきた。国王陛下の裁定により、亜人と先に国交を樹立した国などとは話を聞く必要もなく、まずは、クワ・トイネとクイラと国交を断交してから再度交渉をするという外交方針となった。しかし、そのような内容を国際的な交渉の場で公の条件として話すわけにもいくまいて。
亜人殲滅は先々帝以来の王家の悲願ではあるが、他国からすれば実は受けは悪い。列強第一位の神聖ミリシアル帝国はエルフの数が多いと聞いている。我が王家の思想は彼らに弓引くものと言わざるを得まい。ロウリアが文明外国の取るに足らない存在なので、彼らの目に入っていないだけで、目をつけられたら我が国としては極めてまずい状況下に置かれることは間違いあるまいて。ヨースコネクトにはそのあたりも説明したうえで、日満との交渉を引き延ばすようには伝えたが、それも以前の勧告の際に明確に打ち切りを命ぜられてしもうた。
今思えば御前会議を召集するのはまずかったの。しくじったわ。これまでこのような形で我が国に掣肘を掛けてくる国などなかったので、うろたえてしまったようじゃの。そして、その態度はさらに硬化しておる。いまだ決定的な表現はないが、日満両国の態度を見る限り、参戦してくることは間違いなかろう。問題は、その時期と日満両国の軍備だ。取るに足らない国であるのであれば、なんの恐れることも無い。老体が無用の心配をしただけの笑い話に終わるだけのことよ。だが、日満の軍備については今のところ何もわかっていない。
ただの新興国と思い放置していたが、我が国に戦争を止めるよう勧告をしてきたというからには、いろいろと調べねばなるまい。そう思って、アルタラスやシオスの駐箚大使に命じて、それぞれの外交部局に話を聞きにいかせた。どういう経緯で国交を結んだのか、何か日満について知っている情報があるのかについて情報収集をさせたが、結果はあまり役に立つ情報を得られなかった。アルタラスやシオスの外務卿の話によると、駐クワ・トイネや駐クイラの大使館に日満の外交担当者が直接国交樹立の談判を申し込みにきたとのこと。クワ・トイネやクイラの外務卿からも特に問題のある国家ではないという推薦状もあるし、特に断るような話でもなかったので、申し出を受けただけにすぎないとの説明であった。
日満についての情報はほとんど得られてはいない。政府内部では楽観論が漂っている。列強パーパルディア皇国から支援を受けて、国軍は増強された。列強の支援を受けた我が軍に畏れるものはない。確かにその意見には一理あることは確かだ。確かなのだが、胸騒ぎがしてならない・・・。
「何か、日満について分かったことは無いか。」
外務卿として一応ではあるが外交責任者となっている息子に聞いてみる。
「いえ、特に新しい情報は入ってきておりません。しいて言うのであれば、アルタラスやシオスの我が大使の下を訪れた日満の大使は見慣れない格好をしていたというぐらいです。しかし、民族衣装というのは各国でそれぞれ違います。日満は新興国であるということですので、我々の知らない装いをしていたとしても不思議なことはありません。上質の生地のように見えたとの報告もありますが、一国の代表として送り出す大使にみすぼらしい衣服を着せることなど外交上侮りを受けるだけですので、それなりの格好はして当然です。見慣れない小物類を持っていたとの報告もありますが、真偽が不明ですのでなんともいえません。」
「その真偽不明な品についての調査は行っているのか。」
「いえ、彼らと直接接触をすることは止められておりますので、調査しようがありません。アルタラスの外務卿に聞いてみたところ、ムー王国から贈られた品ではないか、とのことです。クイラ王国で彼らはムーと接触しているそうですし、ムーで作られている時計と似ているような気がするとの、話はあります。現状では、この程度しかわかりませんが。」
何もわからんという事か・・・。最近はため息ばかり出てきよるの・・・。
「閣下。いえ、あえて父上と呼ばせていただきますが、父上は心配しすぎではないのですか。昨日、パタジン将軍、ミミネル将軍とも相談したように、日満とそれ以外の大東洋国家とは我が国に対する温度差があります。アルタラスの外務卿からも話は得ておりますが、日満は明らかに我が国に対する大東洋諸国による包囲網を形成しようとしてその試みは失敗に終わっているのです。つまりはそれは、日満両国に大東洋諸国を牽引する指導力がないという事、それは日満の軍事力が取るに足らぬということに他ならないということになります。日満両国が大東洋諸国を従えるほどの軍事力をもっているとすれば、アルタラスの外務卿も言っていたそうですがあのような空虚な宣言などではなく、我が国に対する共同勧告になっていたであろうことは間違いないと感じます。そういう事態になっているのであれば、我が国としても勧告に対していろいろと考えるべきでしょうが、そうではないのです。日満両国は意固地になっているだけなのです。新興国がなぜ我々にケンカを売るのですか。あくまでブラフに決まっています。現にこれまでの二度の勧告、いずれも決定的な文言は避けているではありませんか。これ以上の逡巡は陛下の覚えも悪くなります。ご自重を願います。」
息子がわしを諫めてくる。言わんとするところは分かるのだが、どうも踏ん切りがつかない。気が重いことだ。
― ロウリア王国外務卿 ヨースコネクト・マオス
ここまで言っても父の顔色は変わらない。困ったことだ。
昨日の朝早くに、外務局に魔信が届いた。またしてもアルタラスとシオスからの日本国と満洲国の共同勧告であった。今回は前回届いたそれよりも強硬な内容だった。まあそれはわかる。以前の勧告を我々は無視したのだから、その怒りも込められてのことであろう。それよりも驚いたのは、ロデニウス平和共同宣言と題された文書だ。日満の他、クワ・トイネとクイラだけではなく、大東洋に所属する国家のほとんどが名を連ねている。こんな文書は今まで見たことがない。そう思って、至急宰相である父に報告した。父の顔は当初は驚きがあり、次に訝しみに変わり、最後は苦しそうな顔に変わった。先日の御前会議を思い出したのであろうか。軽挙妄動した結果を陛下に責められ、最終的には許されたものの陛下の覚えは悪くなったのではないだろうかと私は恐れている。再び御前会議を召集しようとせずに、王国防衛騎士団のアレロック・パタジン将軍と王国三大将軍一人のイザーク・ミミネル将軍をひそかに外務局棟に呼んで、協議を行った。
パタジン・ミミネル両将軍の言い分は先に父に聞かせた通りだ。外務局からすれば、日本国と満洲国が軍事力に自信があるというのであれば、我が国が戦争準備を進めているという情報を得ている以上はこのような勧告など行わずに、即座に攻め込んでくるはずという認識もあった。それがないということは、軍事力に自信がないという事であり、あえて居丈高にふるまうことで我が国の譲歩を引き出そうとする計略の類と判断した。部下たちなどは、このように居丈高に振る舞う日満両国をイキり国家と呼んで蔑んでいる。我が国にケンカを売った両国はクワ・トイネとクイラを降した暁には必ず落とし前を取らせるとのことだ。
日満に組したとされる国家群についても部下たちはあまり良い印象を得ていない。しかし、彼らが日満に組したとは私は考えていない。軍事力に自信がない国家は得てして平和を尊ぶ姿勢を見せる。自分たちが相手の脅威にならないと主張することで国家の命脈を保っていこうとする考えの発露だ。今回もそういう認識の結果としての共同宣言なのだろう。とすれば、我が国の力を周囲が脅威に思い始めた証拠ともいえる。対処は慎重に考える必要がある。軍事力は今回の戦争で見せつけることができる。属国とまではいかなくても影響力をふるうことは可能だろう。
戦争は始めるときには終わらせ方も同時に考えておかねばならないとよく言われている。父上にも周辺諸国に対する姿勢なども含めて戦後の外交について考えてもらわなけれならないというのに、このありさまでは先が思いやられる。
「父上、何をそんなに不安に思っているのですか。相手は新興国です。情報が少ないのは当然ではありませんか。情報が少ないというだけで、日満両国を恐れているとすれば、あまりにも不見識です。調査はもちろん継続して続けるべきでしょう。ですが、戦争の計画は国王陛下の御裁可が降って既に発動されているのです。今更止めようがありません。それに、先日の両将軍との会議後に国王陛下に奏上した際にも陛下の決定は変わりませんでした。また、我が国は、列強パーパルディア皇国の支援を受けて軍備を増強しました。将軍や提督の中には、パーパルディア皇国とも渡り合えるのではないかという声もあります。もちろん、私もその言葉を鵜呑みにはしていませんが、我が国は文明外国家の中では頭一つ抜け出していることは確かです。過度な心配は、宰相が国軍を信頼していないという批判にもつながりかねません。ご自重願いたい。」
父上の顔を見るが感銘を受けたとはいいがたい表情だ。まだ老け込む歳でもないというのに・・・。