福岡真一は4月14日の入学式に向けて学生服や教科書の購入などの準備を行っていた。4月初めのこの時期は移動や入学準備に使われる。
中学を卒業もしくは修了していく次の進路は、通常は高等学校(現実世界では、大学一年生の共通教育課程に相当する。)があるが、この高等学校には、官立公立私立といくつかあるが、官公立は男子校、私立は男子校若しくは共学である。「女子にも高等学校進学の途を!!満洲国を見よ!!」とのスローガンで、女子が大学に進む道を拡充せよとの運動が昭和20年代に巻き起こった。満洲国では、小学校→中学校→高等学校→大学というラインは法令上男女共通であり、日本における高等女学校のような法令上の区分はない。大学進学への進路拡充という部分を実現するために、高等女学校令が改正され、従来の修業年限4年若しくは5年の課程を尋常科と名称付け、高等科の課程を高等学校のそれと同様にして、日本版「高等学校」は男女別学で「誕生」した。
昭和40年代初頭、満洲国では私立校を中心に男女共学の高等学校が設立され始めた。昭和40年代後期には官立高等学校も男女共学に改められる所が出るなど、満洲国内では「男女共学」の流れが始まっていた。日本でも50年代初頭には私立校のなかから男女共学を採用する高等学校が現れ始めたが、官公立においては、未だに登場していない。
福岡真一が進学する官立福岡高等学校は、福岡県内では最も古い歴史を持つ高等学校であり、卒業生の進路は半分が九州帝國大學。成績上位者の中に東大や京大に進学する者がいて、それ以外が地方の官立大学や上位の私立大学に進む。
真一の母校、福岡県中学修猷館から福岡高等学校に進学するものはやはり多い。成績上位者は東京の第一高等学校などの名門に進む者もいるが、高等教育の拡充によって地元での進学という道が拓いた。中学から師範学校や専門学校という他の学校グループに進学する者もいる。
四修で進学を行う真一の友人にも同様に他県に進学する者や他の学校に進学する者もおり、親しい者だけでお別れ会が行われた。
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福岡市内天神某所 カラオケ店
「歳月は光陰矢の如しというが、あっという間の四年間だったな。」
小次郎がそう嘆じながら俺たちを見渡した。今日のお別れ会は中学時代の仲の良かった連中が他県に引っ越す前に中学時代の最後に思い出をと企画されたものだ。といっても、入学準備やらなんやらで、それぞれ忙しいため、夕方からの集合だ。あまり遅い時間になると、補導を受けるだろうから、夜8時までには解散だ。
東京の第一高等学校へ進学する蹴球部副主将だった野間小次郎、海軍兵学校に進学する剣道部副主将だった室見隆、京城の京城帝國大學予科(大学付属の高校。無試験で設置大学に入学可能)に進学する放送部副部長の原一平、東京の早稲田学院に進学する机上遊戯部副部長の平尾久幸、そして福岡高等学校に進学する水泳部副主将の俺。皆が副主将や副部長の役目、部長の影にあたるところから「シャドーマンズ」「御供衆」と呼ばれたり、人数から「影の五人組」、苗字がすべて福岡の地名だったため「福岡組」などと恥ずかしい名前であだ名されていたこともあったが、それもまた過去のいい思い出だ。それぞれ出身小学も、所属した部活も違うが、どういうわけかウマがあい、こうして福岡最後の夜を過ごす。こういうのを管鮑の交わりというのだろうなあとオレンジジュースの飲みながらしみじみとした表情を浮かべる。
「ああ、俺らは明日福岡を離れる。小次郎と久幸は行き先が東京なので一緒に会うことも可能だろうが、俺らは全く違うからなあ。一番近いのは呉の隆だろうが、海兵は自由がきかんだろう。城大予科の俺はある程度時間はあるが、そうたびたび福岡に戻ってくることもあるまい。こうして会うのは、盆暮れ正月。あるいはそんな日もいずれは来なくなるかもしれん。月日は百代の過客というが、もうこんな日は戻ってこないというのはやはり寂しいものだな。」
「まったくだ。向こうでは向こうで友人が出来、向こうでの生活が中心となる。俺と久幸もはじめのころはちょくちょく会うこともあるだろうが、いずれその頻度は小さくなる。それが人の縁とは知りながら、くそっ!!なんと人生とは無情なのだ!!」
小次郎が飲みかけのジュースのグラスをテーブルに打ち付ける。まるで酔っているかのようだ。ばかばかしいが、お約束だな。
「なんで、オレンジジュースで酔ってんだよ。」
「真一は最後まで突っ込み役だな。あーあ、このやりとりも最後か。」
「そうだな。こうしてばかやってるのも最後だと思うと、やはり胸に来るものがあるな。」
久幸がオレンジジュースのグラスを揺らしながらぼそりというと場がしんみりとした。グラスの中の氷がカタリと鳴る。空気を換えるためだろうかメンバーのなかではわりとお調子者ポジションの一平がしゃべりだした。
「あー湿っぽくなるのなしなし。そんでよ隆。一遍聞いてみたかったんだが、海兵じゃあ携帯禁止ってはほんとか。」
「ん。まあ、ほぼその通りかな。日曜日だけは使用が許されるらしいが、それも日中だけだ。それ以外は金庫にしまわれる。入校後はまず規律を叩き込まれて、自己管理ができるようになるまでは自己所持は禁止らしいな。二号生徒以上となると自己管理が許されるらしいがな。」
「なんだその二号生徒ってのは。」
海兵在籍経験の父がいる俺以外では聞いたことがないだろう単位に久幸が質問を投げかける。
「ああ、第三学年のことだ。海軍兵学校では、一年生を四号生徒と呼び、学年が上がるごとに数字が一つずつ減る。つまり最上級生は一号生徒となるわけだ。わかりやすいように言えば、三年生以上だな。」
「このご時世に携帯禁止とはなかなかきついな。」
小次郎がしかめ面で腕を組んで感想を言った。
「まあ将来的には軍機を扱うことになるからな。情報の漏洩防止などそのあたりの規律を徹底的に教え込まれるためだろう。だが、携帯自体は学校から支給される分があり、学校からの通知や授業の連絡などは携帯を通して行われるため、そういった電子機器類と隔絶された生活を送るということは無い。もっとも、電話は使えるが、アプリはダウンロード制限が掛けられているらしいがな。」
「ということはSNSで交流を図ったりなどは無理ということだな。それでも調べ物はできるということか。なら、それほど情報から隔絶された生活を送るということは無いわけか。」
一平が話を纏めると、小次郎が話し出した。
「なんにせよ。俺らの中では隆がいち早くお国に奉公することになったわけだ。これからいろいろ大変だろうが頑張ってくれ。」
「ああ、これからもいろいろ変化があるだろうが、せいいっぱいやってみるさ。」
隆の表情と言葉は微妙に一致していない。やはり不安があるのだろう。
「やはり不安か。転移という未曽有の事態と今度の最後通牒だ。これから軍を取り巻く状況はいろいろ変わってくると思う。願書を出した時とは、情勢が全く違う。とはいえ、今更入学取消という訳にもいかんだろう。話を聞くだけしかできんが、思いはここで吐き出してしまえよ。」
俺はそう声を掛け、返答を待った。
「いや、これからの生活に対する漠然としたものであって、そういった思いはお前らと変わらんと思う。それに俺が任官するのは結局のところ四年後だ。情勢もまた変わっているし、ロデニウス大陸についても落ち着いてもいるだろう。我が軍はこの世界では隔絶した力を持っているのだ。一度ロデニウスでひと暴れすれば、その力は周辺諸国も知ることになる。手を出そうとすることもあるまい。そうそう面倒毎には巻き込まれんさ。」
隆はそういって周りを見る。なるほど、こちらが大げさに構えていたみたいだな。確かにあと四年もすれば我々をとりまく情勢も安定しているだろう。ロデニウス大陸の開発は進み、物流の制限もなくなっているだろう。
「俺らが大学二年生の時には、隆は海軍少尉か。日本の海を頼むぜ少尉殿。」
「少尉じゃ下っ端過ぎて何もできねーよ。」
一平と隆が笑いあう。
「ロウリア海軍なんぞ鎧袖一触だな。少尉殿。」
「だから俺これから生徒だっての。ロウリア海軍は帆船だっていうし、かすり傷すらつけられねーよ。」
久幸と隆が笑いあう。やはり友人とはいいもんだ。俺たちは時間まで語り合い、そしてそれぞれに分かれていった。