大日本帝國召喚   作:もなもろ

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満洲帝國新京特別市国務院国務総理大臣執務室 2675(興信27・2015)年1月30日午後4時

五相会議

 

 満洲帝國の行政府である国務院には、民政部、外交部、財政部、軍政部、文教部、司法部、実業部、交通部、厚生部、農務部、建設部及び労働部の12の部が置かれている。この部を統括するのが首相たる国務総理大臣であり、部にはそれぞれ大臣が置かれている。満洲帝國憲法には、この国務院の各大臣を総称したものを国務院閣僚と表記し、国務総理大臣と国務院閣僚の合議体を国務院内閣と定義している。国務院内閣の会議を閣議と呼び、講学上憲法的勅令と呼ばれている「国務院官制」は、閣議は国務院の意思を決定する機関と位置付けているが、多数の意思をまとめるためにはいつの時代も音頭を取る者の存在が必要である。

 何時のころからかは定かではないが、満州帝國の行政部の意思決定には、事前の意思決定機関の決定を必要とするようになった。国務総理大臣を筆頭とし、民生部大臣、外交部大臣、財政部大臣、軍政部大臣の四閣僚と幹事役たる国務院官房長官を加えた6名で行われる会議を五相会議と呼び、国務総理大臣は、この四閣僚には常に腹心の部下を充ててきた。

 

「東京の軍事参議院会議の決定がそろそろでているはずだが・・・」

 

 62歳になり、頭の白髪も目立ち始めた遠山重治民生部大臣は五相会議最年少の47歳森山直次外交部大臣を眺めながら問いかける。

 

「東京の首相官邸には、大使館職員が呼ばれてあります。決定があり次第、大使館職員から駐日大使に連絡が入り、大使から私に直接連絡が入る手はずになっています。」

「しかし、東京の決定も迅速に過ぎる。いや、迅速という言葉では表せないな。鬼神の速さといったところだ。」

 

 今年の夏には60歳になる劉浩仙財政部大臣は感嘆の声を上げる。ウンウンと首を縦に振る彼に向けて、59歳のロシア系2世のローベルト・コチェルキン軍政部大臣が話を膨らませる。

 

「事前に関東軍司令部に話を通しておいて正解でした。関東軍の独断とはなってしまったようですが、昨日の夜に東京の参謀本部から作戦計画策定の相談を持ち掛けられた時には、すでに計画立案は完了しているので、上奏裁可を請うと返答したと聞いた時には、正直助かったと思いました。前線将兵の疲労は日に日に増しております。劉さん、軍費の調達をお願いしたい。こちらは関東軍の助力を願う立場です。すべての費用を持つべきとはいいませんが、いくばくかの割合は持つ必要があると思われます。」

「無論、財政部としては出兵に要する費用については、東京と協議する必要があると認識している。我が国と日本国は同盟国であり、相互共助の関係にあるといっても、貸しを作るのは拙い。今の日本国の大蔵大臣の李俊太郎は、4年前の東日本大震災の際の我が方の援助をきっちり清算して返済してきた。貸し借りを作らないという意志の強さを感じる。安易に援助を願うというわけにはいかん。首相、財政部としては、総戦費の3割を以て清算したいと考えておりますが、如何に?」

 

 満洲帝國の行政の最高責任者である、李陽詢国務総理大臣は首相職としては珍しく政党の幹事長職を経験していない。衆議院議員に初当選したのは、吉林市選出の衆議院議員であった、父海徳の地盤を引き継ぐ形となって出馬した45歳と遅い時期であった。当選後は、所属党である協和会の文教政策調査委員と総務職を歴任し、55歳の時に文教部副大臣に就任。58歳の時にオーデル・ナイセ内閣の文教部大臣に就任。オーデル・ナイセ内閣は、複数の閣僚が関与したとされるオリガルヒ疑獄によって次期総選挙に惨敗したのちは総務会長に就任。総選挙敗戦の責任を押し付けあう党内を調整し、その朗らかな人となりを生かして党紀回復に努めてきた。時節到来と時の協和会総裁が総選挙に奮闘するが、総選挙の応援演説中に倒れ、救急搬送された病院で胃癌の診断が下り、後継総理候補から脱落。跡を継いだ幹事長は、己こそがと意気込み選挙戦にまい進するが、これまためまいを起こし、救急搬送された病院で膵癌の診断が下る。後継総理候補を一気に失い、途方に暮れる党執行部は急遽総務会長を務めていた李陽詢に後継総裁就任を依頼。オリガルヒ疑獄で多数の有力政治家を失っていた協和会の総裁候補は彼しか存在しなかった。

 父海徳は、書もよくし、初唐の三大家の一人である欧陽詢の書を好んだ。海徳は彼にあやかり詢と名付けようとしたが、一文字の名前よりも二文字の名が多数派だったのもあり、陽詢と名付けられた。調整型の政治家李陽詢73歳は、手元にある彼自身の達筆が記されたメモを見ながら、財相に答える。

 

「新世界転移に伴う経済危機はまだ始まったばかりです。日本円もこれから混乱するでしょうが、圓もまた同じく混乱するでしょう。こんな状況で圓を渡しても相手は喜ばんでしょう。ここは、糧食・武器弾薬を供給するということでいかがでしょうか、軍相。幸いにして満日両国軍は共通の装備を数多く保有しています。関東軍が出動し、前線の圧迫を緩和してくれるのであれば、共闘体制を取ることができます。その中で武器弾薬の供給が豊富であることは軍にとっては喜ばしいことでは?」

「首相。通貨での取引よりも現物での対応をされるというのですか。それでは物々交換ではありませぬか。それにどの物資がどの程度動いたのか、帳簿のやり取りが発生します。混乱の真っただ中にあるこのご時世、財政を預かる者としては、国家予算に悪影響を与えかねぬと上申しますぞ。」

「現状は、厳しい。それは、財相の認識の通りです。我が国の対外資産が一気に吹き飛び、これに伴う経済危機はこれから本格的に始まるでしょう。輸出入で潤っていた企業にとっては大打撃、いや一撃死の状態でしょう。しかし、だからこそ唯一つながっている日本との関係を今以上に強化しなければなりません。」

「その理屈は分かります。だからこそ、戦費の一部を支払って日本側の負担を減らしたいと申しておるのです。」

「日本は大陸における国境線のほとんどを我が国と接しております。まあ、一部大陸と領土を接しているようですが、微々たるものです。つまり、この世界の大陸の国家とはほぼ陸続きではないということができます。言い換えれば、日本は島国です。これがどういうことかわかりますか?」

 

 五相会議の面々はそれぞれに顔を見合わせあう。

 

「いざとなれば、引きこもって大陸に関与しなくなることだって可能ということです。現状、我が国の大慶、遼河の油田を必要としているでしょうが、もし、この世界にほかに油田が見つかった時、そちらから輸入する目途が立った場合は、我が国からの輸入量は減らしていくことも可能でしょう。そうなった場合、我が国は独力で国境線の向こう側と対峙する必要性に迫られるということです。なかなか骨の折れることですな。」

「つまり、首相は、日本を大陸に引き込むことをお考えということですか。」

「いささか誤解があるようですね、民相。満日両国は同盟国ですよ。お互いに助け合っていかなくてはならないと私は考えております。だからこそ、日本側が欲するものを提供する必要があるのですよ。私の考えでは、資源の供給に不安のある日本側が関東軍出動の条件を付けてくるとしたら、金銭ではなく物資です。」

「私は、首相閣下のご意見に賛同します。軍政部としては、日本から大量の物資を運んでくるよりもこちらで用意した方が、部隊の展開が早いのではないかと思われます。それは、今回の事態にあっては、メリットが大きいといえるでしょう。」

「ふーむ。いわれることは分かるが、通貨の安定を害しないかがなあ・・・。」

 

「総理、総理のおっしゃる通り、東京の軍事参議院決議は関東軍出動に際して、食料燃料弾薬の供給につき融通を願いたいとの付帯決議を行ったそうです。条件という硬いものではないそうですが、速やかな展開のためにご協力願いたいとのことです。」

「財相。駐日大使に了承の訓令を出すということでよろしいですか。」

「反対はできませんな。日本側からの要請でもあることですしね。」

「助かります。では、森山さん、訓電をお願いしますね。さて、もう一声いくべきかだなあ。」

「もう一声というのは。」

「なに、執政閣下にお願いして、皇帝陛下の勅語を賜ることができればと思いましてな。」

「勅語?どういう内容です。」

「満洲帝國皇帝にして大日本帝国天皇たる御方から、満日両国臣民は、一致協力してこの異世界転移危機を乗り切るように切に願う、とね。国民の精神慰撫は民生部の管轄でもありましょうが、勅語をいただくことは効果が大だと思いますが。」

「五相会議の場にいなければ、恐懼して拝することができましたな。」

「やれやれ、どうやら誤解があるようですな。閣僚から誤解されるとは困ったことです。」

 

 満洲帝國国務総理大臣李陽詢73歳。満洲書道協会名誉理事の職も併せ持ち、毎年の展覧会に優秀作に入選している興信の能書家としても知られている。好々爺として、語られる彼は、強力な指導力を発揮するリーダーシップ型の政治家としてではなく、調整型の政治家として人口に膾炙している。

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