ニージェイ山山頂
― 東部諸侯軍司令官 アルフレッド・フォン・ジューンフィルア
今日の目覚めは最悪だった。陣中にあって深酒をすることなぞ、本来あってはならないことだ。だが、酒の力でも借りなければ、胸のわだかまりは晴れなかった。いや、酒の力を借りてもわだかまりが解けなかったからこそ、このような朝を迎えたのだろう。
昨夜の作戦会議は最悪であった。我等領主貴族が総攻撃の延期を申し出た。あの陣地を見ればこそ、攻撃は慎重に行わねばならないと感じたからだ。見慣れぬ地形、事前に聞いていた陣地の規模からの大きな逸脱、陣地から感じる強烈な殺気。いずれをとっても尋常ではない。しかし、あの男の感心を得るには至らなかった。
見慣れぬ地形については、敵の想定するところは、あの隘路に兵士を集めて大軍が一気に押し寄せるのを防ぐことにある。攻撃側の兵力を誘導することで、少数の兵力で大軍の侵攻を防ぐためには有効なのだろう。よくぞ亜人の愚かな頭でよくも考え付いたものだとほめてやりたい。だが、我等には重装歩兵があり、彼らが盾を以て相手の攻撃を防ぎ、ゆっくりではあるが前進することができる。一度隘路を抜ければ、後は空堀があるにすぎない。力攻めで敵をうろたえさせ、あとは数を以て対処すればよいだけであるということだ。
陣地の規模については、事前の規模と違うと行くことは、魔導士を大量に動員して、地形を改善したのであろうということだ。つまり、魔導士の魔力は尽きているか、回復が間に合っていない可能性が高い。むしろ攻勢の好機であると。
陣地から感じる殺気については、亜人如きの殺気に臆するとはと呆れられた。
アデムという男、見慣れぬ地形を見てすぐに敵の意図と陣地の攻略法を考え付くあたり、なかなか頭は回るようだが、敵を軽んじている。見慣れないということは、今までに使用されていなかったか、使用されていても廃れた防御地形や防御戦術ということであり、机上の空論にすぎないという。亜人が新たな戦術を考案したのではないかと指摘すれば、亜人の遅れた頭脳で我ら人間の頭脳を凌駕する戦術など考え付くわけがあるまいと鼻で笑う始末だ。
国王陛下から一刻も早い侵攻命令が出ている以上、我等はそれに逆らうことなどできぬ。その点を指摘されれば、我等もこれ以上の抗命まがいの真似は出来ぬ。
鏡で自分の顔を見る。ひどい顔だ。だがやらねばならぬ。あの陣地を攻略し、ギムの街を落とさねば、我らに続くクイラ侵攻ができない・・・。
我等の陣立ては、昨夜のアデム副将の戦術の通り、先鋒に重装歩兵を並べて、敵の弓矢による攻撃を跳ね返し、続く攻城兵が陣地の壁を打ち破り、歩兵部隊が敵の陣地に突撃する。わかりやすい作戦ではある。
後方マインゲンに駐屯する飛竜隊に出撃の命令が下った。我ら諸侯が有するワイバーンと王立飛竜隊、合わせれば150近い数がある大部隊だ。空からの攻撃が成功すれば、敵を大混乱に陥れることができるだろうが、人間の足では二日掛けてやってきたこの地だが、ワイバーンにかかればすぐの話だ。だが、どうも胸騒ぎが消えない。
後ろを見れば、ワイバーン隊が見えてきた。我等の頭上をもう間もなく飛び越していく。これだけの数のワイバーンを見るのは生まれて初めてだ。頼むぞ。まずは初戦だ。これが成功すれば、
「伯爵!!敵の陣地後方にワイバーンが現れました。」
「敵もワイバーンを繰り出したか。だが数は、なんだあれはっ!!」
敵の陣地上空を眺めれば、ワイバーンだけではない。陣地上空中央には見慣れぬ存在が浮かんでいる。全部で5匹。その物体が小さく爆発したかのような炎と煙が生じる。いや、爆発ではない、長い棒のようなものが飛んできた。目にもとまらぬ速さで飛んできた棒はワイバーンに向かい、そして大きく爆発した。瞬く間に3匹のワイバーンが落ちていく。彼らは素早く散開し、敵陣に飛び込んでいくが、棒がまた何本も飛んできてはワイバーンを落としていく。
先行するワイバーンが落とされても、後続するワイバーンは何とか見慣れぬ存在との距離を近づけようと必死で増速している。だが、見慣れぬ存在は、ガガガガと大きな音を立てて、何かを射出した。瞬く間にワイバーンから血が噴出して、落ちていく。いかん。重装歩兵隊の上に落ちている。
何人かの重装歩兵が逃げ切れず、下敷きとなった。敵の陣地からも同じようなガガガガという音が聞こえ、ワイバーンから血が噴き出て、また何匹ものワイバーンが落ちていく。
50以上のワイバーンが瞬く間に落とされた。後続のワイバーン隊は一方的な戦闘に危険を感じたのであろう。このままでは全機が落とされると。一度体勢を立て直すのであろうか、踵を返してマインゲンに戻っていく。追い打ちを掛けるように、棒が飛んで行って、ワイバーンを何機か落としていった。
「な、なにが起こったのだ・・・。」
そうつぶやくのがやっとだった。本陣の全員があっけにとられていた。
――――――
ギム防御陣地本陣見張り台
― 西部方面騎士団団長副官クレマン・ジラール
あっという間の戦闘であった。時間にして5分か10分といったところか。
総司令部の無電に、マインゲンからワイバーンが飛び立ったとの急報が入り、参謀長が直ちに陣地後方に配置されている近衛飛行連隊第一中隊本部に命令を発した。我等のワイバーンと攻撃ヘリコプターに出撃命令が発せられ、同時に近衛砲兵連隊第二高射砲中隊にも、対空戦闘用意の命令が発せられた。
モイジ総司令官は、見張り台から戦況を確認することを参謀長に願い出、参謀長はそれを了解した。私も総司令官につきしたがって、見張り台に上ってきた。
陣地後方からはバタバタプロペラの音を響かせながらと日本軍の攻撃ヘリが空中に飛び立ち、陣地前方に展開していく。我等のワイバーンは彼らから若干後ろに配置され、戦闘の巻き添えを食わないようにと指示をされていた。
ニージェイ高地上空に敵のワイバーンが現れたと視認するや、五機の攻撃ヘリから対空ミサイルが発射された。まだ密集していたせいか、一基のミサイルが複数のワイバーンを撃墜した。
敵も密集していては危険と感じたのであろう。すばやく展開して、攻撃ヘリに向かってくる。だが、攻撃ヘリは機関砲を発射し、次々とワイバーンを落としていく。戦況は一方的だ。
ミサイル攻撃には距離が近すぎる。ようやく我等の飛竜隊も戦闘に参加する。いきなりの大火力に狼狽したであろう敵は動きが悪くなっている。我等も日本軍には負けてはいられぬと攻撃を繰り出す。
地上からも対空砲が発射される。ワイバーン隊は我が陣地に近づくことも許されず、バタバタと落とされていき、その一部は敵の重装歩兵隊の上空から落下し、何名かの兵を巻き添えにしたようだ。
一方的な戦闘に恐れをなしたのか、敵のワイバーン隊は引き返していく。日本軍ヘリは我等を下がらせ、対空ミサイルを再度射出し、5基のミサイルは敵のワイバーンに着弾し、落ちていった。
戦闘がひと段落するやギム陣地から割れんばかりの歓声が起きる。一方的だ。まさに一方的な戦闘だ。日満側からいろいろと話を聞き、この戦いは勝てるという思いを抱いてはいたが、今それが確かな確信に変わった。日満軍は強い。しかもただ強いというだけではない。圧倒的だ。我等は空中戦で一機の味方のワイバーンが落とされてしまったが、日本軍のヘリには傷一つついてすらいない。ん、無線だ・・・。了承して、モイジ総司令官に話しかける。
「団長。参謀長から無線です。総司令部に戻ってほしいとのことです。これからの作戦について検討したいとのことです。」
「了解した。戻ろう。」
モイジ団長に続いて見張り台を降りる。戦はまだ始まったばかりだ。日満軍はもう既に先の作戦を考え始めている。緒戦の勝利に浮かれるべきではない。
――――――
四箇国聯合軍総司令部戦闘詳報(作成中)より一部抜粋
二、令達報告(原文は陣中日誌に記載)
4月12日
0615 晴れ
発 参謀本部第二部マインゲン現地諜者部隊
宛 四箇国聯合軍総司令部
番号 マ第27電・至急機密電
内容 マインゲン飛竜駐屯所より、飛竜出撃準備下達の模様。注意されたし。
0620 晴れ
発 四箇国聯合軍総司令部
宛 近衛砲兵連隊第二高射砲中隊本部、近衛飛行連隊第一中隊本部
番号 四軍司命第8号
内容 近砲連2中本は隷下中隊全員呼集を命令。近飛連1中本は、第二小隊に出撃準備を命令。
0745 晴れ
発 参謀本部第二部マインゲン現地諜者部隊
宛 四箇国聯合軍総司令部
番号 マ第28電・至急機密電
内容 マインゲン飛竜駐屯所より、飛竜出撃。上空に隊毎に集合し、密集隊形にてギム方面に進発。
0750 晴れ
発 四箇国聯合軍総司令部
宛 近衛砲兵連隊第二高射砲中隊本部、近衛飛行連隊第一中隊本部
番号 四軍司命第9号
内容 近砲連2中本に対空戦闘準備を命令。近飛連1中本に、第二小隊員に機体乗組を命令。
四、戦闘推移
4月12日
0745 晴れ
四箇国聯合軍総司令部より敵軍に対して飛竜隊の退去と従わない場合の撃墜を通告。魔信にて山頂に視認するまで連続して通告。
0805 晴れ
近衛飛行連隊第一中隊第二小隊、敵飛竜に対し、対空ミサイル射出。第一撃にて敵飛竜8匹撃墜、第二撃にて5匹撃墜。格闘戦に移行。格闘戦にて15匹撃墜。
0808 晴れ
格闘戦移行後、西部方面騎士団第一飛竜隊乃至第二飛竜隊も参戦。格闘戦にて5匹撃墜。被害1匹。搭乗竜騎兵死亡。
0810 晴れ
近衛砲兵連隊第二高射砲中隊対空戦闘開始。砲撃にて7匹撃墜。
0815 晴れ
敵飛竜隊撤退。近衛飛行連隊第一中隊飛行隊、対空ミサイル第三撃射出。5匹撃墜。
0820 晴れ
近衛砲兵連隊第二高射砲中隊対空戦闘終了。
0830 晴れ
近衛飛行連隊第一中隊飛行隊に帰還命令。
五、戦果判定
4月12日 第一次戦闘
近衛飛行連隊第一中隊
敵ワイバーン 33匹
近衛砲兵連隊第二高射砲中隊
敵ワイバーン 7匹
西部方面騎士団第一飛竜隊
敵ワイバーン 3匹
西部方面騎士団第二飛竜隊
敵ワイバーン 2匹
味方ワイバーン 1匹
味方竜騎兵死亡 1名
撃墜したワイバーンが敵前線に配置せる歩兵部隊上に落下。死傷者数不明なれども、戦果として計上す。
――――――――――――