ニージェイ山山頂 諸侯軍本営
― 東部諸侯軍司令官 アルフレッド・フォン・ジューンフィルア
我が本営に集う将軍たちの表情は皆沈んでいる。いや、無理もない。我々の攻撃は全く歯が立たなかった。相手には一兵の損害すらも与えていない。本陣で見ていた限りだが、近づくことすら容易ではなかった。これでは、ギム攻略など夢物語でしかない。敵の大規模魔法攻撃は止まることを知らなかった。このままでは、先遣隊三万の死体でこの地が覆われることになろう。良い案など考え付かなかった。
アデムも先ほどからいなくなったままだ。軍監不在ではあるがやむを得ない。この戦力では攻略は不可能だ。一度兵を退くしかない。おそらく皆も納得するだろう。そう思い、話を始めようとしたところでアデムが天幕内に入ってきた。
「軍議の席だというのに誰も何も発さないとはな。まあ無理もない。」
「アデム殿・・・。その、わしは思うのだが、」
「その先を話すことはやめられよ。国王陛下に叛意ありともとらえられかねぬ事態のようだ。」
「どういうことです?」
アデムがため息を吐きながら先を話す。
「マインゲンの飛竜隊駐屯地の馬鹿どもが、本日早朝の飛竜隊の攻撃を既に王都に発信していることがわかった。戦果の確認後どころか、ワイバーンが発進したただそれだけの情報を「敵の陣地を強襲する」といった内容で発信したようだ。ところが、幕を開けてみると惨敗だ。今更なかったことにはできん。王都からは、飛竜隊の駐屯地に問い合わせが来ているようだ。今は戦果確認中とごまかしているが、いつまでもごまかしきれることではない。誠に厄介なことになった。そしてだ。さらに厄介なことに王都のだれぞやが国王陛下の耳に入れたらしい。国王陛下は今やギム陥落の正式な報がいつ耳に入るのかを心待ちにされていることであろう。そのような中でジューンフィルア伯爵。其方が今言いそうになったことは、国王陛下の不興を買うこと間違いなしの内容だ。その先を話してはいかん。」
本陣全員がさらに溜息を吐いた。何ということだ。それでは、先遣隊が攻撃に失敗したことも王都に知られてしまったのだろうか。
「アデム殿。それでは我等の攻撃が失敗したことも?」
「いや、それはまだ王都には伝わっていない。我々は戦場で攻撃の準備を行っているということになっている。だが、パンドール将軍には包み隠さず報告した。その結果だが、やはり先遣隊はギム陣地の攻撃に取り組む必要があることになった。」
「そ、そんな!!アデム殿もご覧になったはずだ。あの陣地我等だけの兵力ではとてもではないか落とせる気配がない。」
「そのとおりだ。あの時は興奮してしまい、ジューンフィルア伯爵を詰ってしまったが、冷静になって思えば、攻撃は不可能だ。あの時は言葉が過ぎた。許されよ。」
「あ、いえ、私も声を荒げてしまい申し訳ありません。」
「うむ。勿論、そのことは申し上げたが、我々は重要なことを忘れていると指摘された。すなわち、食料がないのだ。携行食料は、そう、本来今頃の時分にはギムの街を占拠してそこで現地調達を図るはずだった。幸いにしてと言っては、語弊があるが、死んだ兵士たちの持っていた携行食料を分けて食べることで、何とかマインゲンからの補給まで間に合わせることはできると思う。だが、マインゲンにも食料の余裕はない。既にパンドール閣下はマインゲン入りをしており、閣下の直率の部隊もマインゲン入りを果たしている。まだ、全軍が集結するには2,3日必要なのだが、閣下は現状を理解されている。自ら攻略の指揮にあたるということも口にされたが、ここには、残り7万の人間を入れる余裕などない。つまり、我々だけで、何とかしてあの陣地を攻略し、部隊の展開を速めなければ、兵が飢えるということになる。」
「なんということだ・・・」
本陣の空気はさらに悪化した。もう攻城兵器は全滅した。重装歩兵隊も王軍のそれは1000人の部隊のうち8割が損耗した。我が諸侯軍の歩兵も200人近く死傷している。それだけの犠牲を出しても敵には一兵の犠牲もないのだ。それなのにどうしろと・・・。
「案ずることは無い。パンドール閣下より、王国軍の魔獣の使用の許可が出た。」
「おお。」
魔獣の使用許可がでたとは重畳だ。敵の兵器に対してもそれなりの力を発揮するだろう。
「今、装甲強化の魔法を魔導士にかけてもらっている。敵の陣地からの攻撃と飛竜の上空からの攻撃には耐えうるはずだ。魔獣を陣地に突入させ、その混乱を機に一気に攻めたい。いかがだろうか。」
「やるしかありませんな。このままでは、兵が飢えてしまうという事であれば、進むも地獄。退くも地獄ですが、前に出るより他に生きる道は無さそうです。」
「うむ。では、具体的な陣立てだが・・・」
――――――
防衛陣地中央左翼
― 近衛歩兵第二連隊第一大隊第二中隊第一小隊長 陸軍中尉 笹野小次郎
「小隊長殿。部隊の再編が終わりました。火傷した兵6名は本日中は小隊本部で伝令等の業務に回ってもらい、負傷した兵5名はギムの街の野戦病院に後送しました。代わりに本部から2名、第4分隊、予備兵及び伝令兵から7名を第1,第2,第3の分隊に組み込みました。なお、後送した5名はいずれも魔導士の治療により、傷はふさがっておりますが、流血分の回復の為2,3日は入院をとのことで、衛生隊第三中隊から連絡が入っております。」
目の前で第一分隊長の大島軍曹が俺に報告をした。
「死者が無くて何よりだった。やはりアクシデントというのはおこるものだな。」
戦闘中の興奮状態が引き起こしてしまったアクシデントの報告に頭が痛い。クワ・トイネの兵は現代戦に慣れていないためだろうか、どうも訓練と同様の動きができていなかった。熱を持った銃身に触れて火傷した兵。銃の射線にうかつに踏み入ってしまい、負傷した兵。空薬莢を踏んで足を挫いた者もいれば、重装歩兵の死体をどけようとして、えぐれた鎧の部分で怪我した者もいる。我が小隊68人のうち11名が負傷した。
頭が痛いぜ。まあどこの小隊も同じような状況だったらしいがな。
「大島軍曹。我が小隊の戦果はどんなもんだった?」
「はい。第1、第2分隊で我が小隊正面の隘路を銃撃して、重装歩兵を15人ほど倒しております。隘路を突破した重装歩兵2人はおそらく機関銃隊が倒したので、戦果には含めておりません。第三分隊は第二小隊の第一分隊と共同して発砲したため、戦果としては重装歩兵の死者13名のうちの半数を我等の戦果として計上すべきかと。合計しますと約20名の重装歩兵を倒したこととなります。」
「なるほどね。」
重装歩兵20人の戦果か・・・。まあどこも同じようなもんだろうな。となると、中隊規模での戦果は5~60人弱ってところか。
「第二中隊の集計は、どうなっているか聞いてるか?」
「そうですな。死体の数と戦果で若干数が合わないところがあると聞いておりまして、まだ正式な戦果としては判定されていないようですが、65人と聞いています。」
「うーん。やはり戦果の確認は難しいな。多分ダブって計上しているところがあるよな。」
「ええ、小隊長のおっしゃる通りかと。」
「まあ、之ばかりはしょうがない。それで、うちでとった捕虜はどうなった?目は覚ましたのか?」
「さて、そこまでは。何分衛生隊に身柄は渡しましたのでね。そのあとは、師団司令部の法務官が身柄を取り扱うでしょうし、我々には事後報告があるだけだと思いますよ。」
「そうか。まあそんなもんだよな。」
隘路には未だ敵兵の死体が散乱しているなあ。一度戦場整理のため停戦の使者を送るべきじゃなかろうかと思うが、上はどうするんだろうな・・・。
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近衛歩兵第二連隊第一大隊第二中隊陣中日誌
作成管理官 第二中隊長 陸軍大尉 東敬之
主任作成者 第二中隊本部 陸軍主計軍曹 島田昇
平成27年4月12日 晴れ
一、部隊位置
ギム防衛陣地中央左翼中央部
二、部隊編成及び将校官姓名
第二中隊本部
中隊長 陸軍大尉 東敬之
第一小隊
小隊長 陸軍中尉 笹野小次郎
第二小隊
小隊長 陸軍中尉 岩下吾郎
第三小隊
小隊長 陸軍中尉 山南由紀夫
三、戦闘の景況
4月12日 午前11時
ギム防衛陣地中央左翼中央部において固定銃座による待ち伏せ戦術を採用して、敵兵を銃撃し、以て敵兵力を減殺させる任務(別紙大隊命令)を実行す。
各小隊持ち場の銃撃範囲に対して銃撃を実施。銃撃開始時刻は、工兵隊の設置する地雷の点火を以てす。敵重装歩兵隊の多数を死傷させたるものと認む。攻撃は凡そ15分程度。なお、戦果は以下に記載するが、死体数と若干の誤差あり。上級司令部の戦果判定を乞う。
第一小隊 重装歩兵 20人(銃撃戦によるもの:17、戦闘終結後の捜索において、負傷ありたるが抵抗を諦めざるためやむなく処置したるもの:3)
第二小隊 重装歩兵 22人(銃撃戦によるもの:20、戦闘終結後の捜索において、負傷ありたるが抵抗を諦めざるためやむなく処置したるもの:2)
第三小隊 重装歩兵 23人(銃撃戦によるもの:20、戦闘終結後の捜索において、負傷ありたるが抵抗を諦めざるためやむなく処置したるもの:3)
四、戦闘に関し生じたる事件
第一小隊より負傷せる捕虜3名、第二小隊より同じく2名、第三小隊より同じく3名ありとの報告あり。いずれも死者の下敷きになっておる所を発見せり。おそらく爆風の影となりて生き残ったものと思慮される。ただちに、衛生隊第三中隊に連絡し、後方ギム市街の野戦病院に後送す。
五、中隊の現員
4月12日 午前0時
第二中隊本部 12名
第一小隊 68名
第二小隊 67名
第三小隊 67名
4月12日 午後1時 判明
第二中隊本部 12名
第一小隊 63名(負傷5名、数日後原隊復帰見込)
第二小隊 61名(負傷6名、数日後原隊復帰見込)
第三小隊 62名(負傷5名、数日後原隊復帰見込)
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