ギム防御陣地本陣・総司令部
― 西部方面騎士団団長副官クレマン・ジラール
モイジ総司令官が難しい顔をしている。胸の前で腕を組み、眉間にしわを寄せて何かを考えこんでいる様子だ。
「総司令官閣下。何か悩み事でも?」
見かねた様子の参謀長がモイジ閣下に声を掛けた。
「ああ、参謀長・・・。いやなに、敵が戦場整理に応じたことが気になりましてね。」
「?いったい何が気になるというのです?戦死者を把握して、身元不明となっている状態の人間を俘虜と死者に区分出来て、戦力の再編成が可能となる。戦闘においては必要なことだと思いますし。何より戦死者の遺品を回収できます。我々からすれば、目の前に死体があって、それが放置されているというのは、どうも罰当たりな気がしてなりませんし、兵士のストレスにもなっております。以上の点からみても戦場整理を敵が受けたことは、そう訝しむことはないのでは?」
参謀長が怪訝な顔を浮かべながらモイジ総司令官に問いかける。なるほど。満日側と我々とでは戦場整理の考え方が違うのだな。モイジ総司令官が説明を始めた。
「こちらから出した条件や方法ですが、こちらから死体をそのまま馬車に載せていくので、そちらも馬車を出して引き取りに来てほしいということでしたな?」
「ええ、左様ですな。」
「そこからしてまず我々とは方法が違うのです。我々のやり方では、敵兵の死体を片付けるのは敵軍のやる事であって、私たちがやることではないんです。まあ、先ほどまで殺しあってきた間柄ですから、死者を悼むという気持ちにはなれませんし、死体を乱雑に扱われるのもお互いに嫌でしょうからね。何と言っても、敵にとっては知り合いの可能性もあるし、ひょっとしたら隣でしゃべっていた仲間かもしれませんから。まあそういうわけで、我々が死体を運ぶというのは、戦場の常識からしたらありえないことではあります。
また今回のように我々の陣地に近いところに敵兵の死体がある場合は、私たちは敵兵の死体から甲冑や武器、あるいは金目のものをある程度回収してから、死体の整理を行わせます。これは我が方の武装の強化となり、敵方の武装を弱体化させるという目的があります。この際に死体が誰なのかわかるようなものは残しておきます。そうでないと、敵側もこの死体が何処の誰かわからない可能性があるので、戦死の通達が出せませんからな。」
「なるほど。敵軍に地雷原を通過させるわけにはいきませんから、こちらが持っていくことにしましたが、おかしな対応だったわけなのですな。まあ確かに攻め込んできた敵の死体をこちらが持っていくというのは丁寧な対応に過ぎることになります。」
「しかし、顔を見ればだいたい誰なのかわかるのでは?」
廣澤参謀が話に交じってきた。顔を見ればか、つくづく感覚が違うな。
「そう、そこが第二の点です。通常こういった戦場の整理はもっと後に、戦闘の勝敗が定まり決着がつくか、膠着状態となった時などに行われます。そしてそのころには、なかなか言いづらいことですが、死体も腐敗している可能性があり、顔を見ても誰が誰なのかわからないということになります。あまりにひどいときは近くの民衆にやらせます。そのかわり、身元の分かる最低限の品は残して、所持品などは全て民衆が持っていきますがね。」
「なるほど・・・。モイジ総司令官閣下は、そういう理由で敵が早々に戦場整理に応じたことに違和感があるというわけですな。」
「ええ、敵にとっては東方遠征が始まったばかり。それもまだ、初日です。今回は敵を退けましたが、俺が聞いているところによれば、ロウリアの東方遠征は何年も前から準備して始まった作戦らしいです。そんな戦争を始めたばかりでもう一息つく。いや、勿論満日の皆様方がこの場におられなかったら、この陣地も早々に陥落していたことでしょうから、本来ならば彼らは一息ついていたころかもしれませんがね。」
モイジ団長の冗談に満日側の各将軍が苦笑している。まあそうだろうな。このような圧倒的な戦果我々だけでは到底不可能だった。きっと早朝のワイバーン攻撃で大被害を受けて、そのまま敵の歩兵の侵入を許して、俺も死んでいただろう。
苦笑が終了し、今度は李参謀が話を始めた。
「閣下。この世界の戦場整理ですが、兵たちの遺体はどうなるのでしょうか?我々の世界では、できるだけ家族の下に戻してあげようとしておりまして、無理な場合はこの場で火葬をして骨と身の回りの品を返すという形をとるようになっているのですが。」
「遺体を故郷にまで運ぶのですか?」
「ええ、そうです。できるだけ冷却したり、防腐処置を施したりして腐敗の進行を遅らせるような処置を行います。最も、大量の戦死者が出れば、そういう訳にもいかないでしょうが。」
驚きだ。遺体を腐らさずに長距離を運んでまで家族の下に返そうというのか。満日の軍隊はできる限り兵士の戦死を出すことを懼れている。兵士を慈しむ姿を見せることで、軍を精強ならしめているのかもしれないな。
「なくなった兵は基本的に穴を掘って埋めるか、そうでなければ、そうこの辺なら森に安置しますね。おそらく森の動物たちが処理することになるでしょう。」
「なんと!!戦死した同胞を野獣に食わせるというのですか。」
滝沢参謀が驚きと嫌悪感の入り混じった顔で非難めいた声を挙げる。他の将軍も似たような顔をしている。
「仕方のないことなのです。我々には、戦死した人間を後送するような設備も人員もありません。時には穴を掘る要員も集められない可能性があります。また、後送中に死体は腐ってしまい、異臭を放つことにもなりかねません。腐った死体を家族に返したとしても家族がどう思うかは・・・。」
考えればわかるでしょうという顔をモイジ総司令官が浮かべる。満日の将軍たちはバツの悪そうな顔をして、顔を背けている。満日からしたら、我々は相当野蛮なのだろうな。大きめの咳をして、参謀長が話始める。
「いや、失礼した。我々とは少々考え方が違いましたもので。しかし、火葬はされないのですか?火葬をすれば、遺骨として家族に渡すことも可能でしょうに。」
「我々は、そもそも人が死んだときに遺体を焼くという文化はありません。戦死に限らず、人が死んだときは土に埋めて埋葬しております。」
「なるほど。土葬の習慣のみがあるということですな。火葬については、何か禁忌があったりはしますか?」
「さて、死体を焼くのに薪や油を使わなればならないので、そういった費用の点から行う必要性を感じていないだけではないかと思うのですが。」
「なるだけ、大量の遺体が出たときは、火葬をされることをお勧めします。というのも、大量の死体から伝染病が生まれる可能性もありますので、すくなくとも放置はお勧めしません。」
「なるほど。ジラール。あとで詳しい話を聞いておいてくれ。確かに戦争後に疫病がはやったという話は聞いたことがある。上に報告しなければならない話だと思う。」
「かしこまりました。」
「モイジ総司令官。閣下が気になるというのは、今までの話が全てでしょうか。とすれば、敵は我々の予想外の抵抗に対して、態勢の立て直しのためにも戦場整理の申し出を受諾したともとれるのですが。」
「いや、私が違和感を感じているのはもう一つあります。我々の軍隊は、まあ、今の我々は皆様のおかげでだいぶ違っていますが、その大きな違いというのが一つありまして、それが食料の確保なのです。ここでは、皆様方の持ち込んだ携帯食料や缶詰その他いろいろな食料品が毎日のように武器弾薬とともに届けられておりますが、我々の軍隊の食事は基本的には現地調達です。近くの民家から購入したり、敵地なら徴発したりと、武器を運ぶことに苦労をしますから、食料品というのは、基本的に多くは運べないのです。食料品もまた下手したら腐ってしまいますからな。戦場で悠長にパンを焼いたりしたりすることもまた難しい。相手は2万人から
3万の兵がいるということは満日軍の偵察からわかっています。初戦で大体2000名程度の戦果が計上されています。1割程度を失っておりますが、つまりは9割の人員はいることになります。彼らはどうやって食料を調達するつもりなのか。そう考えたときに悠長に戦場整理をするのだろうかと。そんな余裕はあるのかと。」
モイジ総司令官の言葉に満日軍の将軍が目くばせを行った。
「なるほど。確かに総司令官の疑念は分かりました。遠征軍の食料。我々とは考えの前提が違いました。しかし、我々も過去の歴史からそういうことに気付くべきでした。総司令官の幕僚として、思慮が足りなかったことお詫びいたします。」
満日軍の将軍たちが頭を下げた。
「あ、いや私もただ違和感があるというだけで、決定的な話ではないのです。ロウリア軍の諜者から続報はないのですか?」
「それが、本陣の周りには今近づくことができないようです。伝令の兵士も一人だけしか入っておりません。その人物以外の兵は領主の馬廻であっても近づくことを許されておらぬようです。」
「むう。とれる手がないどころか、情報がないというのは痛い。しかし、彼らが停戦協定調印の席で何かを仕掛けてくるということはかろうじて分かったと思います。参謀長、停戦協定の調印の際には、兵士に警戒をあたらせるべきでは。」
李参謀が、参謀長に話しかける。
「李さん。警戒と言っても何をどう警戒するのかわからないのでは、命令の出しようがありませんよ。参謀長、ここは、武装した兵をできれば装甲車に乗せて調印の席に向かわせる。これで何かあった時は即座に撤退できるようにするしかないのでは?」
滝沢参謀が横から話に入った。
「しかしだ、敵に我々の装備を見せるのは拙いのではないか。敵はまだ我々のことを良く知らない。装甲車両といえども、なるべくギリギリまで秘匿しておきたい。」
「そうは言ってもだ。クワ・トイネの兵士だけを危険な目に合わせる可能性があるのに、それを見て見ぬふりをするわけにはいかないだろう。」
「全員騎乗できる兵のみで対応してもらうしかないだろう。馬ならば、何かあっても駆け抜けてこられる。我らがまた姿を現すわけにはいかん。防弾チョッキを着てもらおう。そうすれば、被害は極力迄減らせるはずだ。」
作戦会議は紛糾している。モイジ総司令官はまた胸の前で腕を組んで眉間にしわを寄せている。戦場整理のための停戦はうまくいくのだろうか。我々としては補給が届くので余裕ができることはいいことだと思うが・・・。
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ニージェイ山山頂 諸侯軍本営
― 東部諸侯軍司令官 アルフレッド・フォン・ジューンフィルア
「ヨーゼフ・マヒート・ライスシャワー、ウランフル・フランツ両名出頭いたしました。」
「おお、来たか。」
アデムが上機嫌で応対する。黒色の鎧に身を固めた騎士。はて、どこかで聞いたような名だが。
「アデム殿。そちらの騎士はどなたでしょうか。」
カウフマン男爵がアデムに尋ねた。
「うむ。王国陸軍が誇る、黒色槍魔法騎士団を束ねるヨーゼフ・マヒート・ライスシャワー騎士団長と分隊長でもあるウランフル・フランツ氏だ。諸君らも名前は聞いたことがあるだろう。」
「おお、貴公等があの。御高名はかねがね伺っております。3年前の南方戦役での敵中央陣地強硬突撃の大殊勲は記憶に新しいところです。お目にかかれて光栄でございます。」
カウフマン男爵を始めとして、我々諸侯一同、歓迎の言葉と握手を求めた。まさに歴戦の偉丈夫とは彼らのことを差すのだろう。ゴツイ手が気に入った。
「ご挨拶痛み入る。して、アデム副将。我等を呼び出したということは、陣立てが決まったということだな。あの魔法攻撃に突入するのは勇敢とは言わん。蛮勇というのだ。我々は死にに来たのではない。それだけのお膳立てはととのったのであろうな。」
「もちろんだ。敵はおろかにも戦場整理を申し出てきた。もう勝った気でいるのだ。そこを衝く。停戦が発効したのち、敵は馬車に我が軍兵士の死者を乗せてこちらにやってくるという、その作業が数回繰り返され、敵に油断が生じたときに、魔獣部隊を突進させる。しかも、その魔獣は我が魔導士が瀕死ギリギリのラインまで装甲強化を施している。途中でやられる心配はおそらくない。あったとしても、敵は大混乱だ。そこを衝いてもらう。黒色槍騎士団が強行突破した敵陣に歩兵隊を突っ込ませる。これで勝負ありだ。援軍にやってきた日満の部隊は、今日到着したばかりだ。疲労が抜けてはおらんだろう。大した抵抗はできないはずだ。大暴れしてもらいたい。」
先の作戦会議で決定した作戦だ。あまり好ましい策ではない。だが、我々の兵が飢えると脅されてはやむを得なかった。口の中が苦い。
「・・・策としては悪くないだろう。魔獣部隊が空けた穴をこじ開ける。我等ならば、やれるだろう。だが、停戦合意を破ることになる。気に入らねえな。」
「やむを得んだろう。我々もじっくりと攻めることはできん。それはそちらもご存じのはずだ。」
停戦合意違反ということに全く感銘を受けなかったアデムに騎士団長がイラつきを見せた。分隊長も眉間にしわが寄っている。言葉遣いもやや乱暴ではないか。こんなところで喧嘩でもされては困るのだが。
「俺が気に入らねえのは、そんな下種な策を得意げに語る副将様の頭の中よ。時間がないのは俺もわかっている。苦渋の決断だってところもだ。だがな、貴官の顔と事実が全くと言って一致していねえ。何を考えていやがりなさるんで?」
「はて?この陣地での戦術的な勝利を得て、ギムの街を陥落させることで食料を収奪し、クイラまでの進路を確保するという戦略的な勝利も得られる。ああ、ついでに亜人共をいたぶることができて、私も満足ですね。苦しい作戦であることは認めますが、亜人相手に遠慮することではないでしょう。何か問題があるのですか?」
騎士団長はイラつきを通り越して、憮然とした表情を見せる。分隊長は、こぶしを握り占めている。やめてくれ、本陣で喧嘩沙汰など・・・。
「・・・貴公、ろくな死に方はしないぞ。」
「はあ?作戦開始までまだ時間があります。騎士団ご自慢の黒駒にも十分休息と魔法掛けをお願いしますよ。勿論あなた方も。敵の魔法攻撃はなかなか強力です。簡易の防壁だけは敵陣突破までの間展開できるようにお願いします。」
「ああ・・・。領主様方、我々黒色槍魔法騎士団は、戦後に敵兵も含めて供養を行っている。ジン・ハーク市の聖エスペランカ大聖堂にご喜捨願えませんか。こんな戦いで死んでいくクワ・トイネの兵士が哀れだ。せめて死後の世界での安寧だけでも祈ってやりたい。」
なんという男だ。名誉を知る武人とはやはりかくあるのだろうな。いいだろう。少しなりともの罪滅ぼしだ。話に応じようと思った矢先に、
「物好きですね。亜人共の供養などとは。金をドブに捨てるのと同じではないですか。亜人共が神のもとに召されるはずがないでしょうに、全く無駄なことを。」
「・・・準備があるので、これで失礼する。」
騎士団長と分隊長は踵を返して天幕を出ていった。アデムは魔導士の様子を見に反対方向へ出ていった。本陣はまた重苦しい空気に包まれた。