クイラ王国の王都バルラートには、国王が住む宮殿であるバルラート宮殿の他に離宮があり、その名をゴレスバード宮殿と呼んでいる。この離宮は迎賓館的な意味合いも持ち、他国の要人や王族などが宿泊するための施設も兼ね備えていた。日満の公使も国交樹立の直後は、公使館が整備されるまでは、この宮殿で業務を開始していた。
クワ・トイネと同様に郊外の小高い丘に公使館を建設し、太陽光及び風力発電施設を兼ね備えた発電蓄電施設を併設した。本格的な発電所建設が行われるまでのつなぎである。
日満の公使は、最近まで寝起きしていたゴレスバード宮殿に足を運んでいた。今回の会議を企画したのは日満の外交部であるが、宮殿を会議場所として選んだのはクイラ王国側である。日満の公使は宮殿の車寄にそれぞれ馬車を止め、宮殿の玄関に降り立った。
「お待ちしておりました、宇野公使、平公使。宰相とキヌアンコ大使は既に鏡の間控室にてお待ちです。さあどうぞ。」
クイラ王国外務卿のアイーラ・メッサルが両公使をにこやかに出迎える。
「少し遅れてしまいましたか。何分郊外からの異動の為申し訳ない。」
「いえいえ、我等が早く着きすぎたためです。ほら、貴国から頂いた時計でもまだ時間にはなっていません。」
メッサルが腕時計を見せながら時間にはまだ10分ほどあることを知らせて、会議が行われる鏡の間に移動を開始する。
「クワ・トイネのギム前線でロウリアと戦っている総司令部からの報告がいくつか軍務局に届いております。そちらにはとどいておりますか。」
「いえ、何分今日の会議の準備で忙しかったもので、前線ではどうなっていますか。」
「現時点では大勝利と言ったところですな。ワイバーン隊も地上軍もどちらも難なく退けております。」
「そうですか、それは重畳です。クイラ側の方は?」
「そちらも順調です。貴国等から頂きました狙撃銃がよい働きをしております。敵の100人隊長級、500人隊長級の指揮官を遠方からバッタバッタと倒して、こちらの戦線は指揮官級が既に不足しておるようで、統制が取れていない様子ですな。まあ、今後敵がどういう対策を取ってくるかは分かりませんが、天然の要害を利用した防御戦術では、我軍は後れを取りません。直に膠着状態となりましょう。」
「なるほど。幸先の良いスタートというわけですな。」
「ええ。非常に良いスタートです。この調子で今回の会議もやっていきましょう。」
喋りながらの移動も終わり、鏡の間控室に到着した一行は中に入るとキヌアンコ大使からの挨拶を受ける。
「私も本国の政府から話は聞いてきます。今回クイラでこういう会合をやる意図も。はたしてうまく伝わるのでしょうか、そこが不安です。」
「何分初めてのことだと聞いております。大丈夫です。ともかく、堂々とやりましょう。」
四か国の外相や大公使が談笑する中、メッサル外務卿の部下らしき男が歩み寄りメッサルに話しかける。
「メッサル閣下。鏡の間の準備は完了し、招待した新聞記者はすべてそろっております。」
「ふむ。少し早いですが、まいりましょうか。」
他の三か国が頷くと、メッサルはドアボーイに扉を開けるように命令を発した。
――――――
―ムー国 オタハイト・タイムズ エストシラント支社バルラート分局 政治記者 マルコム・ミラー
オタハイト・タイムズは、ムー国の中でも最も古い新聞社だ。当然だが、世界各国に支社を持ち、その国々の動向を取材しては、本社に記事として挙げる。第三文明圏では、列強パーパルディア皇国とパンドーラ大魔法公国に支社を置いている。更にリーム王国とマール王国には支局を置いている。これらは一応本社直属の組織だが、第三文明圏外の国家には支社の分局という形の組織を置き、一段階下に置いている。もちろんムー国と国交のある国のみとなるため数は少ないが、アルタラス王国とシオス王国、そしてここクイラ王国にエストシラント支社の下部組織としての分局が置かれている。
はっきり言おう。ここは窓際の部署だ。エストシラント支社は支社長を始めとして百人以上の社員がいるが、ここバルラート分局には、分局長の他、総務が3名、政治、経済、文化の3課に3名づつの社員と13名の人間しかいない。そのどれもが曰く付きだ。社内政治に負けた人間、学歴がやや低いといえる人間、ミスをして上司ににらまれた人間、犯罪とまでは言えないが取材手法に問題あるとされた人間などあまり本社や支社には必要とされていない人間ばかりだ。かくいう俺もその部類だ。政府高官の汚職を暴いたと思い、記事を書いたが、その高官が事実無根と言い出して結局名誉棄損の裁判で敗訴した。その結果としての島流しというわけだ。まあ、この国ののんびりとした雰囲気は悪くないと思っているが、最近はどうもきな臭い雰囲気がプンプンしやがる。
そんな今日朝出社してみると、クイラの王国政府の関係者が来ているじゃないか。何事かと思い話を聞いてみると、本日ゴレスバード宮殿で記者会見を開くので、御社の記者も参集されたいとのことだ。
驚いたね。この国は今まで新聞記者とはあまり関わり合いを持たなかった。政府庁舎に取材に行っても、あまり話したがらない雰囲気を表に出して、二言、三言喋って終わりだった。それが記者会見ときたもんだ。これはあれだな。最近噂になっている日本国と満洲国の影響ってやつだな。ここ最近のこの国の変化と言ったらこの二か国との国交樹立くらいなもんだ。
日本国と満洲国は、はじめはゴレスバード宮殿で執務を取っていたようだが、最近郊外に「公使館」を構えた。公使とはなんだと、本国の記者仲間に聞いてみたが、連中も知らなかった。正体不明の連中が現れたとあっては、新聞記者として話を聞きにいかない手はない。
そう考えて、公使館を訪問したが、まだ建築中で内装がまだなのだと。そのため、記者のお相手はできないと断られてしまった。しかし、公使館が完成したときは落成式を行うので、その時は招待するので来てほしいと言われたときはビビった。日本国は新聞記者を邪険にしない国なんだと思った。落成式はいつになるのかと聞いてみたが、予定では、5月の頭には行えるらしいが、資材の調達具合によっては、少し伸びるとのことらしい。
そんなわけで、今朝の王国政府からの記者会見のお誘いに日本と満洲が絡んでいると確信している俺は、どうも面白そうなネタがあるのだと思い、ここゴレスバード宮殿にやってきている。まわりには、見慣れた連中がいる。あれはうちの国の読読新聞の記者だ。それにミリシアルやパーパルディアの新聞社の人間だ。何度かあったことがある。だが、連中はあまり関心がなさそうだな。一方で、見慣れない連中もいる。あれはどこの記者だろうか。結構な人数がいるな。いや、そんなことよりも連中が持っているのはカメラじゃないか。なんか形が違うような気もするがあのレンズはカメラだ。一人一台持っているというのは驚きだ。
そういえば、クイラにも最近ようやく週間の新聞ができたようだ。俺も一部買ってみたが、紙の質がなかなかいい。内容はまだ、学級新聞のレベルのような記事ばっかりだったが・・・。おっ、扉があいた。
全部で5人か。ドワーフ2人とエルフとヒト族2人か。5人が横並びで座り、書類にサインをしていっている。書類を交換して、そうか、全員が、いや左端のドワーフは署名していないな。すると左端のドワーフは司会役ということか。あの書類は契約書かなにかということだな。
署名が終わり、左端のドワーフが席を立った。
「クイラ王国外務卿のアイーラ・メッサルである。本日はまず記者諸君にこちらの紳士方の紹介をしたい。左からクイラ王国宰相、アスアド・フラート・アル=バータジー閣下、次にクワ・トイネ公国特命全権大使のツブダイズ・キヌアンコ閣下、大日本帝國特命全権公使の宇野泰治閣下、最後に満洲帝國特命全権公使の平譲治閣下。」
カメラから光があふれてなにやら音がしている。あの連中は一体何をしているんだ。カメラかカメラなのか?
「宰相閣下以外の3名は、本国から今回の外交に関して特に全権委任状を渡されており、我等はそれをお互いに確認した後、この鏡の間にて、ある文書の調印を行った。その文書の複写がこちらだ。各自一枚準備してある。持って帰るとよい。」
外務卿の部下と思われる男たちが、紙を配っている。この紙もまた質がいいじゃないか、ええと、
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クイラ王国、クワ・トイネ公国、大日本帝國及び満洲帝國の共同宣言
下名は各其の本国政府より正当の委任を受け茲に左の通宣言す
クイラ王国、クワ・トイネ公国、大日本帝國及び満洲帝國政府は現在進行せりしロウリア王国との戦争中は、該国と単独に講和せさる可きことを相互に約す
右四箇国政府は講和条件を議する場合に於て孰れの同盟国も予め他の各同盟国の同意を経すして講和条件を要求せさる可きことを約す
右証拠として下名は本宣言に記名調印す
神武天皇即位紀元二千六百七十五年即ち中央暦一千六百三十九年四月十二日バルラートに於て本書四通を作る
アスアド・フラート・アル=バータジー(印)
ツブダイズ・キヌアンコ(印)
宇野泰治(印)
平譲治(印)
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なんだこれは戦争か。戦争がはじまったというのか。いつだ、いつはじまった。いや、しかしこの宣言。単独不講和宣言だと。かつてこんな宣言が文明外国家であったか?いや文明圏国家でもそんなことはあったか?戦争のときは各国がそれぞれ好きなように戦って、勝った方が負けた方の領土を取り、そしてそれは各国の裁量で動いていたはずだ。同盟国だって戦争の時に協調はしても講和会議ではそれぞれが利益を分捕るために好き勝手にやっていて、それが原因で同盟国同士が戦争に至った事例があったはずだ。
こういうやりとり、文明国でも難しいだろうに文明外国家がそれをやろうというのか・・・。歴史が。歴史が変わろうとしている瞬間に俺は立ち会っているのかもしれない。