ギム防衛陣地中央前方には、畝状竪堀という人為的に設置された隘路がある。午前の戦闘では、ここにうまく敵兵を誘導し、兵を縦列させて進軍させることに成功した。小銃の射線を固定させたことによって、高い射撃命中率を得、重装甲を以てなる重装歩兵の多数を倒すことに成功した。この竪堀を超えると地雷原が広がる。この地雷原は点火式であり、先の攻撃では、攻城櫓が地雷原に乗っかったところで点火させ、一斉に引き倒した。辺りには、倒された攻城櫓に押しつぶされた兵士の死体もある。
この地雷原を超えたところに民家の跡があった。民家の跡と言っても、もう柱も朽ちており、ただ家の敷地を囲う塀が残るだけであった。50年前の戦争でマインゲンが割譲される以前は、この辺りにも集落があった。いまや国境がこちら側に移動したため、住む者もいなくなったこのあたりだが、かつてはスーシュウェイ村と呼ばれていた。
両軍はこの民家跡を停戦協定の調印場所として定め、ロウリア軍はジューンフィルア伯爵が、四箇国聯合軍はモイジ総司令官がそれぞれ数人の部下を引き連れてやってきていた。ここに歴史の闇に埋もれた「スーシュウェイの会見」が始まった。
「そちらが遠征軍先遣隊の司令官であられるか。」
「東部諸侯軍司令官を拝命しているロウリア王国の貴族アルフレッド・フォン・ジューンフィルアである。先遣隊の全てではないが、貴族連合軍を束ねる職責はある。貴公は、クワ・トイネ公国西部方面騎士団長のバスチアン・モイジ殿であるな。」
「いかにも。今は連合軍の総司令官職も兼任して御座る。ジューンフィルア閣下。先の話では貴殿は、先遣隊全ての指揮官ではないと思われるが、この交渉の全権を与えられているものと思ってよいのか?」
「ああ、先遣隊の中には王国陸軍の将兵もいる。私は地方領主であるがゆえに王国陸軍については命令権は持たない。だが、本交渉においては、私が全権を与えられたものと思っていただいてよい。私も確認したいが、貴公は連合軍の総司令官ということだが、他国軍の指揮権を貴公が掌握していると思ってよいのか?」
「左様で御座る。こちらに我が国の首相と同盟国の君主の署名が入った総司令官の任命状を準備しておりますが、改めなさるか?」
「拝見仕る。吾輩の全権委任状も準備してある。改められよ。」
書類を持っている添え役が前に進んで、書類を交換する。添え役は書類を確認し、両将のもとへ行き、書類を提出する。
両将は馬を降り、民家跡に急遽運ばれた日本製の木製の椅子に腰掛ける。二人の間にはこれまた木製の机が置かれていた。
「モイジ殿。この大日本帝國と満洲帝國というのが貴国の援軍か?聞かぬ名だが?」
「左様で御座る。窮地にある我が国を助けてくれたかけがえのない同盟国でござる。では、お互いの身分の確認はこれで済みましたな。」
モイジは、総司令部で行われたブリーフィングの通りに相手方に多くの情報を与えずに、停戦の合意だけを行ってすぐに戻るつもりで先を話し出す。
「では、停戦の条件でござるが、これより12時間の停戦でござる。目的は貴軍兵士の死体をそちらが回収すること。ただし、死体は我等がこの場所まで我等の手で馬車で運ばせてもらう。この辺りで死体を一度おろすので、そちらの馬車に載せ代えてもらう。夜間を挟むので、その時間帯は停戦の時間を進めずに、再度また明日の日の出より作業を開始する。
もし、時間内に作業が終了しないと思われるときは、再度6時間の延長とする。
普段ならば貴軍によって、死体は回収するのが戦場の常例であるが、貴軍兵士はいまだ健在のため、我が陣地周囲に近寄ってほしくはない。そのため我等が行う。このために死体の回収時には装備品には一切手を出さないことを約するので、この地にて貴軍の監視の下2割程度の装備品の剥ぎ取りを約してもらいたい。
こちらの条件は以上だが停戦に同意為されるということでよろしいか?」
モイジは副官に命じて書面に記した合意文書2通を相手側に差し出させた。どちらも同じ文面で、既にモイジのサインはしてあるため、あとはジェーンフィルアのサインをすれば停戦発効となる。
「ああ、条件については不都合はない。だが、このように早い時期の戦場整理の申し出には驚いているが、どういうわけであるか?」
モイジは、防衛陣地の方を見ながら、ジェーンフィルアの問いに答えた。
「援軍の方々がおっしゃるのだ。目の前に死体がゴロゴロとしているのはあまり気分のいいものではないとね。それに、勇敢に戦った兵を野ざらしにするのは、死者に対する無礼でもあるともね。なかなかに慈悲深いというか高潔というか、すがすがしいものの考え方だと思われませんか。」
「なるほど。もう一点だが、死体を乗せ換えるというのは手間だ。馬車毎交換、あるいは馬車の荷車を入れ替えるというやり方はなぜ不都合なのだろうか。そちらのほうが時間の短縮にもなるが。」
「あいにくであるが、騎士団の馬車、つまりは荷車のほうなのでござるが最近新調したばかりにござる。流石に、新調したばかりの荷車をお渡しするわけにはいき申さぬ。ご理解あれ。」
「なるほど・・・。承知した。では、条件の通りで合意書にサインを」
ジェーンフィルアがサインをしようと、ペンとインク壺を添え役に持ってこさせようとしたとき、山の頂上から大きな音がした。巨大な生物が地面を揺らすような音だ。
「な、なんだあの足音は!!」
椅子から立ち上がった、モイジは叫ぶ。
「バ、バカな!!」
ジェーンフィルアもまた叫ぶ。それもそのはず、攻撃の開始は何度か実際に死体の往復をして相手を油断させてからのはずであった。自身が停戦交渉中に攻撃が行われようとは思ってもみなかった。
「貴公!!どういうつもりだ。我等を欺いたのか!!」
「あ、いや、そんな」
「もうよい、停戦交渉はご破算だ。貴公等は捕虜とする。皆、彼らに手錠をはめよ。」
何をっ!ロウリア側の護衛も剣を取り出し、伯爵の身を守ろうとするが、それよりも早く西部方面騎士団員の拳銃が火を噴いた。護衛が剣を落とす。腹や大腿などを撃ち抜かれた護衛の兵たちは何が起こったのかすらわからぬうちに、その場にうずくまる。
「心配するな。今すぐ手当をすれば、命は助かるはずだ。そのためにも、ジェーンフィルア殿、お手向かいはご無用に願いますぞ。」
ジェーンフィルアはいきなり敵兵の手元が爆発し、近衛兵が瞬時にやられたことに衝撃を受けていた。あのような小さな爆裂魔法を打ち出す魔道具はみたことがない。いきなり起きた出来事に頭が追い付かず、うなだれて、手錠を打たれる。
西部方面騎士団が持ってきた机と椅子を片付け、馬車に積み込む。空いたスペースに撃った護衛兵を寝かせる。ジェーンフィルアも馬車に座らされて、本陣への移動が開始された。
山の頂上にリントヴルムの集団が現れた。その数6体。人間が歩むより少しばかり速いスピードで、着実に山を降り、クワ・トイネ側の陣地に向かってきている。
「団長!!あれを!!」
「な、なんだあの生物は!!」
ロデニウス大陸にはリントヴルムは生息していない。フィルアデス大陸に生息し、パーパルディア皇国を列強の地位に押し上げる原動力となったそれは、クワ・トイネの人々にとっては全くなじみのない生物だ。
「ともかく、総司令部に大至急戻るぞ。こちらモイジ。参謀長応答願います。」
「ベルゲングリューンです。そちらの動きは視認させておらっております。あの生物は何ですか?」
「私もわかりません。ともかく総司令部の所属全てに確認をさせてみて下さい。」
「了解しました。ともかくお急ぎください。」
モイジ一行は馬を走らせる。この地から防衛陣地までの距離は1kmもない。馬を全速力で走らせても問題はない。みるみるうちに陣地が近づく。
ジェーンフィルアは驚愕していた。馬が全力を出して走っているというのに、馬車の揺れが少ないということに。なるほど、これは自分たちの馬車と交換するわけにはいかないだろう。どういうからくりなのかは不明だが、これは画期的な馬車だ。見ると車輪に何か柔らかいものが巻き付いている。そうか、これが地面からの衝撃を吸収しているのだな。囚われの身となっている彼だが、この馬車の乗り心地に大層驚いていた。
馬車は高速を維持したまま、馬出の曲輪内に入り、西方陣地に到着した。総司令部の面々が出迎える。参謀長が安堵の顔を浮かべて語り掛ける。
「総司令官閣下。よくご無事で。して、こちらの御仁が敵の大将なのですな。」
「そうです。ロウリア王国の貴族アルフレッド・フォン・ジューンフィルアと名乗られました。全権委任状は確認しております。参謀長、あの生物についてなにかわかりましたか?」
参謀長は首を振って応える。
「何分この辺りに生息しておらぬ生き物のようです。ロウリアの西部や南部に生息している生き物という事であれば、クワ・トイネの方々でもご存じないのも無理はありません。今、写真を本国に電送して、詳しく調べてもらっております。とはいえ、遠くから見る限りですが、亀の甲羅のようなものが見えます。とすれば、外皮は硬いのでしょう。その硬さがどの程度のものか。まずは攻撃ヘリの機関砲を中ててみたいと思います。」
参謀長の発言とともに陣地後方より出撃してきた攻撃ヘリが飛び去っていった。近衛飛行連隊第一中隊第二小隊の攻撃ヘリ4機がバタバタと爆音をなびかせながら上空を飛んでいく。
映し出す映像を一同が見る。
「参謀長。まずは、両端から来ている小さな個体をそれぞれ攻撃してみたいと思うのですが。」
「よい御思案かと。全体数をまず減らすことができれば、敵の出鼻をくじくことができ、こちらの取りうる手段も増えてくるでしょう。中隊本部聞いていたな。ヘリ小隊にそのように命令を発してくれ。各分隊ごとに準備出来次第、両脇の生物、「か1」及び「か6」に機関砲の射撃を行ってくれ。」
中隊本部の命令一下、第二小隊の攻撃ヘリはその固定武装である20m機関砲をリントヴルムに撃ち込んだ。本来であれば、リントヴルムには20mm機関砲を跳ね返すだけの甲羅の硬さはない。しかし、魔導士が魔力枯渇を起こして昏睡状態に陥るほどの土魔法をかけたことによって、装甲が強化されていた。果たして魔導士の命と引き換えに得たリントヴルムの装甲は20mm機関砲の破壊力から自身を守り、悠然と歩み続けていた。
「こ、攻撃は無効です!!」
「むう。やむを得ん地上目標に対してだが対空ミサイルによる攻撃を行ってくれ。」
「対空ミサイルを積んだ第一小隊は現在整備中です。」
「第二小隊には積んでいないのか。」
「申し訳ありません。今朝の出撃で使い切りました。」
滝沢師団長がなぜ乗せ換えていないんだと憤慨する。中隊本部の望月陸軍大尉の話によると、停戦となったため、整備を開始したとのことで、第二小隊には第一小隊の整備後に補給する予定であったとのこと。ベルゲングリューン参謀長は気を取り直し、所要時間を尋ねる。
「第一小隊の整備終了は?」
「分隊だけならあと10分ほどで可能です。」
10分。そこから試運転などを含めれば、15分は必要だろう。20mm機関砲が効かなかったことを考えると、あまり時間的な余裕はない。
「司令部。近衛砲兵連隊第二高射砲中隊です。意見具申願います。」
「許す。どうした?」
「高射砲を敵の生物に向けてはいかがでしょうか?攻撃ヘリの機関砲は20mmですが、こちらの機関砲は35mmあります。威力だけならこちらの方が上です。」
「高射砲が水平射撃などできるのか?」
第六師団長の李が尋ねる。
「やったことはありませんが、やるしかありません。ヘリ部隊の出撃よりも早く高射砲部隊は射撃しやすい場所に移動しております。今は敵の頭に照準を合わせております。あとは、総司令部の命令さえいただければ、いつでも撃てます。」
「やってみるしかありませんな。」
「総司令官閣下。御命令を。」
「わかりました。高射砲部隊直ちに発砲を。」
「35mm機関砲射撃はじめっ!!」
中央陣地左右に展開していた35mm高射機関砲が火を噴いた。砲弾はリントヴルムの頭をめがけていき、着弾した。甲羅の装甲と皮膚の装甲の違いもあったのだろうか、砲弾はリントヴルムの体内に飛び込んでいき、体内の組織をズタズタに引き裂いていく。
左右の端を歩いていたリントヴルムは、断末魔のうめき声をあげながら絶命した。