ニージェイ山中腹 先遣隊戦闘指揮所
― ジューンフィルア伯爵家魔導士長 ワッシューナ
目の前をリントヴルムの集団が山を降りて行っている。禍々しい土魔力による装甲を帯びている。そして、風魔力による速度強化も若干だが、なされている。
停戦交渉と合意文書の調印にジューンフィルア伯爵が自ら赴くこととなった。アデム殿は、自分はあくまで討伐軍全軍の副将であって、指揮官ではない。指揮官の上位者が行くべきであると言い、ジューンフィルア伯爵を指名した。伯爵はあまり乗り気ではなかったが、一度自分の天幕に戻り、着替えをし、準備を整えられてから、近衛兵の数名を連れて山を降りて行かれた。そこへ、アデム殿がやってきて、今から攻撃を掛けるというではないか。
直ぐ様私は、話が違うではありませんかとアデム殿に詰め寄った。今攻撃を開始されては、敵の反撃によってジューンフィルア伯爵が巻き添えを食ってしまう。そんなことは認められないと抗議した。他領の貴族の方々も、それはいくらなんでもと抗議してくれたが、アデム殿は私たちの抗議を一顧だにしなかった。
それどころか、「先遣隊が一度攻撃に失敗したことが王都に知られれば、王はお怒りになる。亜人如きに後れを取った将を王はお許しになられないだろう。ならば、ここでジューンフィルア伯爵は命を懸けて先遣隊を勝利に導くべく献身の行いを見せねばなるまい。リントヴルムと敵との攻撃の巻き添えを食うといっても必ず死ぬと決まったわけではない。生きていれば、そうまでして東征に貢献したのだと王の寛恕を得られる可能性がある。」のだと言い切った。我等は唖然としたが、アデム殿の主張するところは分かった。アデム殿は初戦の敗戦の責任をジューンフィルア伯爵に押し付けるつもりなのだ。憎らしいが、確かに彼は討伐軍全軍の副将であって、指揮官ではない。周りの貴族も口をつぐんでしまった。
目の前を歩いていくリントヴルムの動きが、以前よりも良くなっている。装甲を強化したために、人の歩みよりも遅い動きとなってしまっていたはずだ。アデム殿が誇らしげにジューンフィルア伯爵の貢献ですと言い切った。どういうことかと問えば、ジューンフィルア伯爵家従軍魔導士が風魔法をかけたのだという。
そんな話聞いていない。何より魔導士長の私を通さずに、他領の貴族の従卒を勝手に使役するとは越権行為も甚だしいと声を荒げた。
私はアデムに殴られた。後ろに倒れた私にアデムは、まだわからんのかと詰った。彼は、「伯爵の恥は伯爵家の従卒が雪がねばなるまい。今ここで伯爵家の魔導士が渾身の風魔法をかけてリントヴルムの動きを早くした。これで敵の陣地に突入するスピードが速まったわけで、それは敵陣地陥落の報をより早く王都に届けることができるという事。国王陛下の覚えもめでたくなること間違いなしだ。そしてそれはジューンフィルア伯爵の情状酌量の要因ともなる。」と言い、私の抗議を一蹴した。そして、「別に目覚めぬと決まったわけでもあるまい。王軍の魔導士もまだ目覚めてはいないが、魔力枯渇が直ちに死につながるわけではなかろう。まあいつかは目を覚ますだろう。死ななければな。」と言い放ちその場を去っていった。
愕然としていた私はその場を動けなかったが、またしてもアデムの罵声で我に返った。伯爵が会見場所で捕虜となって敵の陣地に連行されてしまった。亜人如きの捕虜になるとはとアデムはうめき声をあげていたが、伯爵の馬廻部隊長を呼びつけ、「伯爵の身柄を取り戻すためには、伯爵領軍は全て馬廻も近衛も旗本もその全てが死力を尽くして敵陣の攻撃を仕掛けなければならない。敵はその場で伯爵を殺さずに捕虜とした。ならば、これから我々の攻撃が始まる中でいきなり殺したりはするまい。今死力を尽くせば、伯爵の身柄を取り戻すことができる。このままでは、亜人如きの捕虜となった伯爵は死罪だ。伯爵領の家臣もただではすまされん。王都に知られぬ前に死兵となって取り戻せ。」と命令した。
そして私は前線にいる。魔導士として、リントヴルムにかけた魔法の制御をせよとの命令だった。他領の魔導士ともども数人で一体のリントヴルムの魔法の制御を行うことになった。
敵の攻撃は始まった。本日早朝我等のワイバーン隊を大量に屠った新型竜の口が火を吐いた。装甲に何かがぶつかるような音する。なるほど、あの竜は何か石のような硬いものを物凄い速さでぶつけているのだと思った。しかし、装甲を強化したリントヴルムは平然と歩いていた。
攻撃が効かないことを悟ったのか、新型竜は去っていった。我々は敵の攻撃を押し返すことに成功した。魔導士仲間と喜ぶ。これで、あの陣地にリントヴルムを突っ込ませ、歩兵を大量に投入すれば、何とかなるだろう。うまくいけば伯爵を救出できる。
そう思っていた矢先、敵の陣地の端の方の防御の柵が壊され始めた。何をしているのだと思って見ていたが、そこには長い棒のようなものが二本並んでこちらの方を向いていた。
あれが敵の攻撃兵器だと気づいた時にはもう遅かった。両端にいたリントヴルムをめがけて何かが飛んできてそれがリントヴルムに命中した。リントヴルムは断末魔のうめき声をあげながらその巨体を地に伏せ動かなくなった。死んだリントヴルムからは魔素が漏れ出て、魔導士が掛けた土魔法と風魔法と混在して、辺り一帯の空気が濁っているように見えた。
敵の攻撃兵器が消えた。そう判断してから、次の瞬間には、今度は内側つまり新たに端になったリントヴルムの正面の壁が壊された。またしても二本の攻撃兵器がこちらを向いている。いかん。私たちは、魔力操作を行い、リントヴルムの甲羅部分にかかっている装甲の風魔法の効果を前面に移動させ始めた。しかし、敵の動きの方が早かった。
土魔法に操作の効果が入り始めたと同時に敵の攻撃が浴せられた。先ほどは、一瞬でリントヴルムは攻撃を受けて死んだが、今度は、装甲が守っている。
突如として、リントヴルムの足元付近が爆発した。大きな爆発ではなかったもののリントヴルムは驚き、うなり声をあげている。硬い皮膚にも傷が入っているようだ。土魔法で装甲を強化したことによる足周りの保護のために、足元と腹の土魔法の効果を移動させることを最小限にしたことがうまくいったようだ。致命傷には至っていない。
だが、土魔法の移動が未完全の状態で攻撃を受け始めたため、装甲の薄いところと硬いところの違いが生じ、それが全体のゆがみとなって、魔法の効果がはがれおち、とうとう装甲が破砕され、リントヴルムに敵の攻撃が命中した。
またしてもリントヴルムは断末魔の叫び声をあげて死んだ。最初のリントヴルムと比べて大きな個体だったので、叫び声も大きな方だった。もしかしたら、個体が大きいので魔力量も多くて、攻撃に耐えることができたのかもしれない。それを裏付けるように、死体から漏れ出ている魔素も大きいようだった。
とすれば、最後の二体は速やかに魔力移動を行えば、敵の攻撃を完全に防ぎきることができるやもしれぬ。我ら魔導士は一致して、速やかに行動を開始した。最後の二体は一番大きな個体。魔力保有量も一番豊富であろう。魔導士たちの犠牲を無駄にはできぬ。
最後は、魔力移動を先に行うことができてから敵の攻撃を受けることができた。よし!よし!装甲が剥がれ落ちていく様子はない。あとは、我等の魔力も多少は土魔法に変えて流し込む。
ドシン、ドシンと足音を立てて、リントヴルムが前進をし続ける。突如、リントヴルムの足元からまたしても爆裂魔法が発動した。大丈夫だ。今度は足回りの魔法効果を移動させていない。全体のゆがみも生じていない。リントヴルムは正面を見続け、平野を抜けつつある。敵の陣地はもう目前だ。
ドーンドーンドーン、ドーンドーンドーン・・・
山頂の本陣で突撃の太鼓が鳴り響いたのを皮切りに、山中のあちこちから突撃の太鼓が鳴り響いた。各領の部隊も攻撃に加わっての総攻撃の太鼓がこだましている。伯爵、今近衛隊が助けに参ります。どうぞご無事で・・・。
――――――
ニージェイ山山頂 諸侯軍本営
― 東方征伐軍 アデム
リントヴルムはやはり成長すれば成長するほど、魔力量が大きくなるのでしょうね。始めの小さい個体2体は敵の攻撃の一撃でやられましたが、次の個体2体は粘った。そして最後の2体は何の問題もなく進み続けている。とすれば、これより大きな個体のパーパルディア皇国のリントヴルムはやはりもっと強いのでしょうね。いや、瀕死の状態まで魔導士を追い込んだことによる土魔法の装甲の賜物でしょうか。いずれにせよ。これはチャンスですね。
「アデム殿。ではこれより、我等黒色槍魔法騎士団は、想定の通りにあの魔獣のこじ開けた穴を大きくすべくこれより出撃いたします。」
「よろしく頼みますよ。我等の勝利はもう目前です。ですが、念には念を入れましょう。騎士団はあの死んだ魔獣から漂っている魔素、これを身にまとうようにあのもやの中に突っ込まれるとよい。それから、敵陣に突っ込まれると多少の防御力の強化が得られると思います。まあ魔獣のようにしっかりとした装甲ではないでしょうが、ないよりましでしょう。」
ライスシャワー騎士団長が不審な目を私に向けている。やれやれなことだ。
「他の生物が発する魔素を人間が取り入れるのは危険だ。そんなことは常識だろうが。いったい何を考えている。」
「一般人ならともかく、あなた方は魔法騎士団でしょうに。別に体内に取り入れるわけではありません。御覧なさい。リントヴルムの死骸のある周辺には魔素がたまっています。あの外周部に体を入れるだけで多少の魔素が鎧や体の表面にくっつくのでは?あるいはすぐに剥がれ落ちるかもしれませんが、進撃路の途中にあるのです。何もしないよりはましでは?」
騎士団長が心底から嫌そうな顔をしていたが、結局は了承して出撃していった。全く最後の最後まで気を抜いてはいけないというのに。おおっと、ついでです。一般の兵士にもあの魔素をまとわせましょう。多少の中毒者が出るかもしれませんが、まあ許容範囲というべきでしょう。
「通信魔導士。歩兵も重装歩兵も敵陣に飛び込む連中にも同じように魔素をまとわせるように命令を。魔素に飛び込ませればよいだけです。」
「し、しかし、一般の人間には他の生物の魔素は、」
「復唱はどうしました。それともあなたリントヴルムの餌になりたいですか?」
「た、直ちに命令を伝達します。」
ふう、そろいもそろって、祖国への貢献が足りませんねえ。だいたい必ず死ぬと決まったわけでもないでしょうに。
敵の攻撃魔法は、リントヴルムには効いてないようですねえ。結構結構。この調子で、あの陣地を踏みつぶして、あとは騎士団と歩兵の数で何とかなるでしょう。