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ギムの街に設置している四箇国聯合軍総司令部の後方部隊のなかで、衛生部、法務部の次に多い部隊は、経理部である。
日満両軍は、戦争開始前の開戦不可避と想定された時点で、歩兵を小規模に分散したうえで前線に移動させてきた。近衛師団に動員令が降る前に、出張の名目での仮払金の申請が相次ぎ、近衛師団経理部は急激な忙しさに見舞われた(大本営陸軍部命令=平成27年大陸命第一号「近衛師団ノ平時編制カラ戦時編成ヘノ移行ノ件」の奉勅伝宣は宣戦布告当日である。)。この事態に対処するため、第一師団経理部などに応援を頼んだり、参謀本部より近衛師団経理部員の拡充命令という「部分動員令」が発せられた。日朗戦争の開戦日は、近衛師団経理部に部分動員令が降った平成27年3月27日であるとする説は、経理将校では有名な説となっている。
日本陸軍の経理部は、主計科と建技科の2科に分かれている。満洲陸軍は軍需部と法令で呼称され、科には分かれていない。ここでは、経理部で統一する。
主計科の業務は、経理(予算決算金銭出納監査)、給与計算、被服、給養、糧秣などを担当する。主計科は士官、下士官に分かれる。
主計下士官たらんとする者は、中学校卒業程度の学力を有し、陸海軍経理学校の生徒試験に合格した者から2年間の修業を経て陸軍主計伍長に任官される。中等学校でも商業学校の場合は修業年限が1年に短縮された。
高等学校や専門学校卒の場合はこの期間が1年半に短縮され、陸軍主計軍曹に任官される。兵部大臣が指定する商業課程の専門学校の場合はこの修業年限が半年間にさらに短縮される。
大学の卒業生について主計将校たらんとするものは陸海軍経理学校の学生試験に合格した者から1年間の修業を経て陸軍主計少尉に任官される。兵部大臣が指定する経済学部又は商学部の場合はこの修業年限が半年間にさらに短縮される。
なお、海軍の場合は主計兵を設けてあるが、陸軍の場合には主計兵はない。海軍の場合は、烹炊専用の主計兵がいるが、陸軍の場合には各兵が当番制で行うからである。
建技科の業務は陸軍所有の用地取得管理、建築物の設計、建設工数管理及び保守管理並びに陸軍需品の納入、品質検査などである。
建技下士官たらんとする者は、兵部大臣の指定する土木建築関連の工業学校において卒業程度の学力を有し、陸海軍経理学校の生徒試験に合格した者から半年間の修業を経て陸軍建技伍長に任官される。兵部大臣の指定する土木建築関連の専門学校であれば、同じく陸軍建技軍曹となる。それ以外の中等教育機関や高等学校であれば、2年に延長される。
建技将校としては、兵部大臣の指定する大学工学部で土木建築系統の履修者であれば、陸海軍経理学校学生試験を合格し、半年の修業年限で陸軍建技中尉に任官される。それ以外の学部であれば、1年半の修業年限を経て陸軍建技少尉に任官となる。
工学系の人間が優遇されているが職務内容を考慮すれば至当といえる。建技と工兵の関係は、建技が設計で工兵が施工の関係である。
今回の四箇国聯合軍総司令部経理部は主計科の人員が中心となっている。経理部長は満洲陸軍軍需少将から補任されている。日本陸軍でいうところの主計畑の人間だ。以下、満洲陸軍も職務内容から主計と建技に分けて人員数を確認すると、主計科士官20名と下士官30名、建技科士官4名と下士官6名の合計60名で構成されている。
日満両軍ともに軍人が戦地に出征すれば、出征手当が俸給給与に加算される。今回の戦役では、一斉に戦地入りしたわけではなく、ばらばらで戦地入りを行っており、加算初日の計算はそれぞれである。また出張手当から出征手当の変更もあるため給与計算は煩雑となっている。
計算そのものは、表計算ソフトで何とでもなるが、日時の取扱いは厳格に行われるため、そのあたりの確認作業は非常に手間がかかる。
また、戦争ともなれば、弾薬その他様々な物資が消費される。前線の各部隊から陣中日誌で弾薬の消費量が報告され、その補給は速やかに行われねばならない。この消費補給量の計算はいささかどんぶり勘定のところはあるが、弾薬の「出納」もまた経理の承認(実際は確認にすぎないが・・・)を必要とする。輜重兵が弾薬庫から弾薬を勝手に持ち出すわけにはいかないのだ。当然建技科の軍人も出納官吏の応援に駆り出される。
陸軍経理部もまた戦場では大忙しなのである。
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捕虜の宣誓を行った後、これまたすぐに人がやってきた。今度は男女のペアだ。女のほうが話しかけてくる。
「捕虜の宣誓は終わったと聞きました。私は、満洲陸軍軍需中尉の陳春麗です。早速ですが、こちらをお渡しします。法務部から回ってきたあなたの捕虜識別番号は23番。その情報を入力してある腕輪型の管理端末を貸与いたします。貴方の身分を証明するものになりますので、なるべく身に着けておいてください。このようにして、利き腕以外にはめてください。」
引っ張ると伸びる紐みたいなものを言われるとおりに左の手首にはめてみた。これは何だと聞いてみた。
「貴方が何処にいるのかわかるようにする機械です。詳しい説明は省きますが、捕虜の管理をしやすくするための道具ですね。
あなたのこれからの生活についてお話しします。先に法務官から捕虜の権利について確認されたように、貴方はこれからよっぽどのことがない限り強制的に働かされることはありません。その間の衣食住はこちらで持ちますが、最低限のものとなります。今後クワ・トイネの商人がいろいろな物品を売りに来ることが考えられますが、その際の購入費用は自分で稼いでもらう必要があります。まあ、いまよりいい生活をしたいなら働けってことですね。あと、今着ている服は治療用の服ですので、後日返却してもらいます。ここまでは?」
この服は軽いし、清潔で気に入っている。労働した金でこれを購入させてもらうことは可能かを聞いてみた。すると驚くべき答えが返ってきた。
「あー、その服の値段ですけどね。たぶんあなたの領主様が着ているようなの服の2枚分くらいの価値がありますよ。払えます?払ってもらえるのならこちらもうれしいんですけどね。臨時収入になりますので、経理としては助かります。」
な、なにを言っているのか、後半のほうは耳に入ってこなかった。この服1着がグレイブゲルト子爵様が持っている服の2着分の値段だと。そんな大層なものを敵の農民兵にほいほい使ってやる連中と俺たちは戦争をしているのか。何と言っていいかわからないが、俺たちはとんでもない連中と戦争をしている。この連中のやさしさが怖い。
「あー。続き話しますね。医師から退院の許可がおりたら、捕虜収容所に移ってもらいます。その時までにその服は返してもらってこちらで用意した服に着替えてもらいます。隠したりしようとはしないでくださいね。それだけで、反逆行為とまではしませんけど、懲罰の対象ですから。」
誰が隠したりするか。こんな怖い服すぐにでも返したい。でも、治療用の服だから、ギプスっていう腕の固定具をつけている限りは、これを着ていた方が楽だとぬかす。なんなんだよ。その優しさは。
「ちょっと聞きたいんだが。」
「はいなんでしょう。」
「俺は怪我をして医者にかかったって聞いた。お医者様に見てもらったことなんて今まで生きている中で一度もない。べらぼうに高い金額が掛かるっていうじゃないか。いくらかかったんだ?」
「んー・・・。聞かない方がいいんじゃないかなあ。」
女は苦虫を噛み潰したような顔をして答える。結構な金額が掛かっていることだけは分かった。
「俺はその費用は払わなくてもいいんだよな。お医者様にかかるような金は持ってない。あとで払えと言っても払えないぞ。」
少々食い気味だった。女が目を丸くしている。
「あー、貴方から払ってもらおうとは思ってないよ。払ってもらうのは、ロウリア王国からかな。まあそこのところは政府の考えることだろうけど、実費分は請求してもらわないとね。」
なんてこったい。俺のせいでグレイブゲルト子爵様はとんでもない金を支払わされるのか。もう俺は、村には戻れないかもしれない・・・