――――――
ギム防御陣地本陣・総司令部
― 西部方面騎士団団長副官クレマン・ジラール
前線から聞いたことのない音が響きだした。
「総司令官閣下。この音は?」
「この音は、その・・・」
「我が陸軍の突撃喇叭ですな。」
突撃喇叭?つまりは前進を命じる音による号令ということだろうが、そういう命令は出ていないが?満日の将軍たちの顔を見てみると訝しい顔をしていた。
「我々の軍隊の常識では、軍事行動は秘匿されるべきと考えられており、こういう喇叭による突撃の合図は行われておりません。このように音が鳴り響くと、敵からこちらの行動が筒抜けです。ですので、このような形での号令は認められておりません。」
音が聞こえだしたのは前線中央からだった。なるほど。滝沢師団長隷下の近衛歩兵連隊から始まったという訳か。
「なるほど。全軍総突撃の命令は司令部から出てはおりませんし、この音は前線が突撃を行っていることを意味するものではないという事なのですね?」
「おそらく、前線兵士の鼓舞のためでしょうね。ジラールさんもこの音を聞くと、士気が上がるのでは?」
そうだな。この軽快なリズム。思わず前に出そうになってしまうことは確かだ。
「確かに。それに敵の総攻撃の太鼓が聞こえなくなりました。」
「敵にこちらの行動を教えるようなものですので、本来なら歩兵操典に違反することですが、間違いなく我が軍の兵士には効果が有ります。それにもう会敵してしまっていますので、秘匿性という点では問題はないでしょう。」
前線では敵を押し返しつつありということか。やはり、満日両軍の軍事力は物凄いことだ。数の差を質で補い、戦局を有利にすすめている。
「ところで、モイジ団長の様子はどうですか?何度も打ち合っておりますが・・・」
「敵の騎士団長をまとっていた魔素の効果が徐々に薄れていっております。それにどうでしょうか、魔素の効果が薄れるに従い、敵騎士団長の疲労が早まっているようにも思えます。いかに魔法騎士とはいえ人間と獣人の戦いです。結果は火を見るより明らかです。それに馬の様子もおかしい。」
・・・・・
― ロウリア王国陸軍黒色槍魔法騎士団長 ヨーゼフ・マヒート・ライスシャワー
畜生。リントヴルムの死骸から発生した魔素が体からはがれる際に俺自身の魔力も吸っていきやがる。不味いな。
「次で決着をつける。」
俺は内心の不安を押し殺して、モイジ騎士団長を睨みつける。
「これ以上貴公とやりあうのは本意ではない。貴公も貴公の馬も尋常の様子ではない。降伏されよ。馬を潰すべきではない。」
気づかれているか。だが、ここで一矢報いねば、ここで敵の頭を潰さねば、我が軍は敗走する。旗色が悪すぎる。クワ・トイネ軍は強い。油断していたとしか言いようがない。
「いざっ!!」
左側から回り込もうとする動きで右に急速に転換しそして最後にもう一度左に転換する。見え透いたフェイントかもしれない。だが、これしかもう手がない。
「!!」
突如として、愛馬の後ろ脚と馬体が沈み、前足が伸びたために俺は後ろに放り出された。地面にしたたかに打ち付けられ、体が動かない。バカな。あの程度の落馬で。モイジ騎士団長が近づいてくる。
「貴公ほどの武人が落馬して立てぬほど打ち付けられるとは・・・。いったい何があった?」
何があったか。原因ははっきりわかっている。あの男のせいだ。いや、それも違うか。あの男の策は確かに有効であった。クワ・トイネ軍が規格外に強かっただけだ。
「答えられぬか・・・。まあよい、いずれ話を聞かせてもらうとする。とりあえず貴公は捕虜とさせてもらう。貴公の馬についてだが、こちらが処置してよいか?」
動けぬのだ。捕虜となるのはやむを得ないだろう。だが、馬についてというのが気になる。
「俺の馬はどうしたのだ。怪我をしているのか?」
「・・・ああ。左の前足の骨が飛び出ている。通常では、もう助からん。」
なんということだ。右に左にと無理をさせすぎてしまったのか。いや、あの程度の動きでへばるような馬ではなかったが。
「だが、私もそうだが、騎士にとって馬は家族も同然だ。貴公がよければ、うちの魔導士による止血処置を行わせてもらう。だが骨を戻してもずれてくっついてしまうだろう。もう走ることはかなわぬだろうが、貴公の側でともに生きることは可能だろう。時がたてば、捕虜は返される時が来る。そのときにヒト族の身にありながら獣人族の私と勇戦した貴公へ私からの贈り物としたいがどうだろうか?」
そうか。この男も騎士だったな。騎士は騎士を知るか。ありがたい。愛馬を死なせずに済むか。こうして、俺と俺の分隊の騎士ヤンマーニは捕虜となった。フランツは大丈夫だろうか・・・。
あとから聞いた話では、愛馬タカラヅーカは、「左第一指関節開放脱臼及び粉砕骨折」という重傷であった。普通は安楽死の対象となる怪我だ。よく生かしてくれたものだ。
――――――
ギム防衛陣地中央左翼
― 近衛歩兵第二連隊第一大隊第二中隊第一小隊長 陸軍中尉 笹野小次郎
俺の策は当たったと見える。敵は初めて聞くであろう突撃喇叭の音に驚いているし、俺たちは士気が上がった。だが、これはカンフル剤にすぎない。まだ敵を押し返しつつあるというだけにすぎない。何と言っても敵は数が多い。
「小隊長殿。第三大隊から応援が到着しました。」
「助かった。121隊の小隊長の笹野です。援軍ありがとうございます。」
「322隊小隊長の俵星です。今までお疲れさまでした。各位に小休止と補給と武器点検を。あと、終了後には敵味方の戦場整理をお願いいたします。」
「了解です。御武運を。」
「ありがとうございます。フフ。私もあなたを真似て、派手にやらせてもらいますよ。」
腰の軍刀にパンっと手を当てて、踵を返して自分の部隊に帰っていく。派手に、か。日鍬混成ではない、日本陸軍の神髄発揮ということか。
「小隊傾注。総員着剣突撃準備。全員で声出していくぞ!」
何か始まったな。彼らが前線に突入して敵に接触する。それと同時にこちらが引き始め、徐々に立ち位置を入れ替えていき、後退が完了するという形をとったが。お、部隊の先頭に立って腰の軍刀を引き抜いた。
「思い思いに心の底から叫べ。総員吶喊。大日本帝國ばんざーーーーい!」
「うおおおおおーーー!」
「天皇陛下ばんざーーーーい!」
「やったるぞーーーー!!」
「ちくしょーーーめえ!!」
「ぶち殺したらあーーー!」
「とつげきーーーーーー!」
おおう。俵星小隊長は体育会系なんだなあ。まあ軍隊ってのはどこもそうなんだよなあ。大島軍曹が、混ざりたがりそうにしているが・、むっ?敵の動きが止まった?こちらの鬨の声に驚いているのか。
「総員俺に遅れるな!とつげきーーーーぃ!!」
あ、指揮官先頭。イヤイヤあんた指揮する人間が前線にはりついたらいかんだろって、大島軍曹が何か言いたそうにこっちを見ている。
「・・・何か。」
「あ、いえ。どうもこちらの後退が早く済みそうですので、輜重に連絡を取って、補給準備を始めたいと。」
ああ、やっぱり軍曹は大人だね。そうそう早く補給と休息を済ませて部隊を再編しないと。
・・・・・
― 近衛歩兵第二連隊第三大隊第二中隊第二小隊長 陸軍中尉 俵星玄蕃
この戦いで第三大隊は戦術予備に回された。活躍の機会が失われたとも言える。いや予備を設ける必要はわかるのだ。それなくしては、戦場の動きに対応できない。それ点我々はましだ。第三連隊は戦略予備の役割を与えられていた。ひょっとしたら活躍の機会自体がないかもしれないし、あったとしても殿軍だろう。
総司令部は思い切った戦術予備の使い方をした。我等第三大隊全てを前線に急行させた。おそらく第三連隊から一個大隊を戦術予備に振りなおすのだろうが、予備隊の一斉投入とは前線は厳しい戦いになっているのだろう。だがやるしかない。殿軍よりはましだ。
「ちぇすとぉぉぉぉ!!」
斬れる。自分が近衛師団に配備が決まったときに母方の伯父橘康之から拝領した孫六。一族の中から禁闕守護の任を与えられる者が産まれたのは誠に名誉なことであり、この業物はお前が持つにふさわしいと言われて頂戴した。
斬れる。今回の出征は自分は出張の扱いで行くこととなった。経理部に出張費の仮払いに申請に行ったら、誰も相手をしてくれなかった。そこのトレイに書類を入れておいてくれとだけ遠くからいわれた。俺のような人間がたくさんいることが分かった。
斬れる。伯父に挨拶に行ったときに孫六を返そうと思った。戦死した後に万が一遺品が家に戻らなくなったら大変だ。外地へ出張することになりましたので、孫六をお返ししますといったら、大目玉で怒られた。一度甥に渡したものを簡単に受け取れるか。むしろ出張に持っていけと言われた。
斬れる。出張前に家に帰ったら父母が迎えてくれた。夕食は好物の母の作るコロッケだった。外地に出張で行くと伝えると父と母はお土産よろしくとだけ答えてくれた。その日の夜、父と母の寝室ではなく、仏壇のある和室に明かりがついていたのを忘れない。
斬れる。斬れる。斬れる。流石は名刀。大和刀の切れ味よ。軍服は血まみれだ。敵を斬り裂き、斬り裂き、斬り開く。仁王立ちになり大喝一声。
「ここから先は一歩も通さんぞ。」
とうとう陣地の防衛柵のあった辺りまで敵を押し返した。右腕を挙げて血の滴る名刀「関の孫六」を見せつける。俺の背後から小隊員の鬨の声が上がる。
原作ではロウリア軍に弓兵の記載がありませんでした。ワイバーンで対地襲撃して、歩兵を大量に殴り込ませるというあの戦闘描写ならば、必要はなかったでしょうが、拙作では弓兵があった方がロウリア軍にとってはよかったですね。でも残念。原作準拠です。
第36回宝塚記念救済
俵星さんは本当は槍が得物なんですけどね・・・