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アルタラス王国王都ル・ブリアス ロウリア王国大使館
― アルタラス王国駐箚ロウリア王国大使 ローデリヒ・ベルシュ
「にわかには信じがたい・・・」
アルタラス外務卿であるシモン・ド・ユグモンテが持ってきた文書に書いてある内容は信じがたい。
アルタラス王国は日本と満洲と国交を結んでいる。このため、駐在している外交官から外務局に外交活動によって得られた情報に対する報告が行われる。大体月に2~3回程度の頻度らしく、緊急の用件があるときはまた別に行われる。この報告、長距離魔法通信を使用して、口頭で行われるために、魔石を消費する。
魔石を使用するために他の国では大した報告事項がないときは魔石の消費量を抑えるために、報告自体が行われないこともあるらしい。我が国でもそれは同じで特に何もないときには口頭報告は行わずに、公用便を書類で送る形式で報告を行っている。ただ、アルタラスは世界有数のシルウトラス鉱山を抱えているため、魔石の使用を抑えるという考え方は薄く、月に数回口頭報告を行っているらしい。
そんなアルタラスの外務局が日満の大使から送られてきた情報だが、日満政府は、12日の戦闘で我が討伐軍先遣隊を壊滅に追い込んだという。にわかには信じがたい。
「昨日の昼過ぎに日満の大使、いや違った公使から送られてきた魔信ですが、口述筆記した職員も驚いておりました。日満両国政府の発表は確かにありえないというべきです。おまけに先遣隊の司令官を捕虜にしたなどという情報などもまた大ぼらともいえる内容です。そんなものその司令官が姿を見せれば一発でバレる嘘です。ですが、だからこそ、おかしな話です。そんなウソを大々的に広めようとしても、すぐに事実は覆されてしまうでしょう。」
「・・・ユグモンテ外務卿閣下は、この情報について何か。」
「とりあえず、駐日満の公使に再度連絡して、情報収集を継続するようにと命令いたしました。また、この情報について何か知らないことは無いかということで、私が大使閣下の下に伺いました。閣下、これからも日満公使からの情報はこうしてお届けいたします。そちらも何かありましたら、お知らせいただきたいのですが。」
「・・・といってもな、3万もの軍勢が一日で敗れ去ったなど考えにくいとしか言えん。それに、12日の戦闘について、本国から俺の方に何か連絡がきたということもない。我が国は貴国と違って魔石を余るほど持ってはいないからな。報告の為だけに魔石を使用して長距離通信をするわけにもいかんだろう。」
「そうですか・・・。魔石を多少融通しますので、本国に連絡を取っていただくことは可能ですか?」
「わかった。ただ、こういった情報は大使から緊急通信を行うべき案件だと思う。長い報告になりそうなんでな、魔石を融通してもらえるのならば、助かる。」
「了解しました。あとで、職員を向かわせますので、受け取りをお願いいたします。」
ユグモンテ卿が去った後俺は緊急通信の準備に入った。大使館の通信員を通信室から退去させる。そして、本国の外務局に緊急の極秘通信であることを最初に断る。そうすることで、本国側も通信所の封鎖を行ったうえで、上級の職員が通信を受け取ることができる。
さっきはああいったが、戦勝の報告なら大使の俺にあっていい内容だ。日満との直前外交は、ここアルタラスとシオスで行われた。当然、その後の外交活動もこの二か国で行われてしかるべきだろう。戦争の経過は今後の外交活動を左右する話だ。窓口を集約してシオスで限定して行うというのならば、そういう話が先にあるべきだ。そうでないならば、俺に話がないのは筋が通らない。
だが、緊急の魔法通信で行う話かというとそれもまた違う気がする。公用便の書簡でも間に合う話かもしれない。そのあたりの判断がつかない。
とりあえず、本国に報告だ。そこから先は本国の連中が考えることだな。
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ロウリア王国首都ジン・ハーク ハーク城内宮殿
― ロウリア王国宰相 フランチェスコ・マオス
開戦から二日たったが、未だに前線或いはマインゲンから満足のいく報告が届いておらぬ。国王陛下は不満を通り越してお怒りであられた。今は近づきたくはなかったが、お召とあらばやむをえぬ。
「なぜ、今まで余に何も報告がないのだ。ギム陥落の報はなぜまだ届かぬのだ。攻撃開始から既に二日を過ぎているのだぞ。」
国王陛下がわしに詰問しているがわしもなにも報告がないのだ。答えようがない。
「臣のところにはいまだ報告が上がってきておりません。ゆえに陛下にお話しすることができませんでした。なぜかは分かりかねますが、私の方から前線やマインゲンに魔信を飛ばしてはおるのですが、返事もございませぬ。ビーズルには魔信が届きましたので、そこの役人を伝令としてマインゲンに向かわせております。今しばらくお待ちいただけますと、その者からなにか報告があるかとおもいます。」
返答がないどころか魔信にも応答がないので、昨日やむをえず人を出した。通信も届かぬとは面妖なことだ。
「むむむ。パタジンよ。お主もそうなのか。」
「はっ。奇怪なことではございますが、前線に魔信を飛ばしましたが、応答がありません。また、マインゲンに対しても魔信を飛ばしましたが、雑音が激しく、交信に難儀しております。誠に奇怪なことではございますが、伝令の早馬を飛ばしておりますので、交信ができるビーズルとマインゲンとの往復に数日かかります。今少しお時間を頂ければと思います。」
「この大事な時に魔信が使えぬとは不愉快極まりない。前線の部隊は何をしておるのだ。戦勝の報告をわざわざ遅らせる必要などあるまいに。もったいぶる必要が何処にあるというのだ。もうよい。皆下がれ。興醒めだ。」
そうして、我等は御前を退出したが、気がかりだ。パタジンを宰相府に呼んで今後の協議をせざるばなるまい。
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― ロウリア王国防衛騎士団長 アレロック・パタジン
マオス宰相から宰相府執務室に寄ってほしいと頼まれた。話の内容は分かっている。頷いてついていくとお互い人払いをした。応接椅子に向かい合って座り、話を切り出された。
「用件の内容は承知している通りだと思う。単刀直入に聞くが、ギム攻略の先遣隊は敗れた、そうみて間違いはあるまいな。」
「間違いあるまい。攻撃開始の直前に意気揚々と魔信を流してきたにもかかわらず、それからはまともに返答をよこさない。魔法通信機は複数台あるはずだ。その全てが故障とは考えにくい。よほど答えたくない何かが起こったとみるのが自然だろう。厄介なことになった。国王陛下は我が軍の勝利を微塵も疑っていない。今のところは魔法通信機械の故障とでもお考えの様子だ。だが、いつかは我が軍の敗報が届くはずだ。その時までに善後策を考えておく必要がある。」
「わしも同じだ。それも手ひどくやられたのだと思う。魔信を受信することができないのだ。おそらく機械の置いてある本陣をやられたのだと思う。」
「先遣隊は3万と聞いている。しかも本陣は小高い丘の頂上に置くと聞いている。土地の高低差がある場合、高い位置にある方が軍事的には有利な地形といわれている。簡単に本陣がやられたとは考えにくいが。」
「クワ・トイネはエルフのいる国と聞いている。何か強力な魔法を持っているのではないか?」
むむむ。それを言われると厳しい。エルフの固有魔法については私もよく知らない。クワ・トイネを農民の集まりと見くびったのは間違いだったか。
執務室の廊下側のドアではなく会議室に隣接したドアをノックする音が3回聞こえた。マオス宰相の顔を見ると、わずかに頷き、マオス宰相が入れと声を出した。部屋に入ってきたのは、フランチェスコ・マオス宰相の子息のヨースコネクト・マオス外務卿だった。私を一瞥して、彼はマオス宰相に話しかけた。
「宰相閣下。アルタラスのベルシュ大使、シオスのカミル大使、マオ王国のアンデルス大使より外務局に宛てて機密通信が入りました。」
「アルタラスとシオス、そしてマオからか。いずれの国家も日満両国と国交があったな。つまり、日満駐箚の大使からそれぞれの本国に宛てた情報を我が国の大使がつかんだ情報ということだな。して、どういう内容だったのだ。」
外務卿がこちらをご覧くださいと宰相に文書3通を渡した。宰相の片眉がピクリと動き、目の動きだけで先を読んでいく。3通に目を通して、目をつむり息を吐いた。そして、目を開いて、先の文書を私に渡した。
三つの文書其々に多少の違いがあるが、内容としては、東方征伐軍先遣隊である東部諸侯軍の壊滅という情報であった。恐れていたことが起きた。手ひどい損害を受けたのであろうことまでは予想していたが、先遣隊全部隊の壊滅とは思わなかった。
文書の差異を確認していくと、マオの情報はより詳しい情報が書いてあった。他の文書が東方遠征軍先遣隊の司令官が捕虜になったことを伝えているのに対して、マオの文書はその司令官がジューンフィルアであることまで書いてあった。
アンデルス大使は満洲国で発効された「新聞」と呼ばれる日刊の情報文書を手に入れたので、公用便で大至急本国に送ると書いてあった。ただし、翻訳の時間はないので、日本語と第三文明圏共通言語の辞書を同封するとも書いてある。
マオ王国の外務局に頼み込んで、マオ王国外務局の外交行李に文書を忍ばせ、マオ王国の駐満公使館からシオス王国のマオ大使館に届ける。そこからシオスのロウリア大使館に文書がわたり、ロウリア本国に来るのだという。マオ王国から直接我が国に送るよりもはるかに速いのだという。
ああそうか。位置関係としては、マオ王国は満洲国と国境線を接しているといっていたな。それで、アンデルス大使は満洲国のものを手に入れることができたのか。しかし、日刊の情報文書を簡単に手に入れることができるとは満洲国の情報統制はザルなのか。
しかし、それよりもおどろくべきことが、敵に与えた損害だ。戦死39名とはなんの冗談だ。我が先遣隊3万近い将兵の数に対して戦死行方不明が1万5千以上で、捕虜が13823人。一方的・圧倒的という単純な言葉だけでは足らない。もっと恐ろしい何かだ。我々は何と対峙しているのだ。
「それで、外交部としては、この文書どう分析しているのだ。」
マオス宰相の言葉で我に返った私は、外務卿の顔を見た。宰相も外務卿も深刻な顔をしている。
「これらの情報の流れは、日満に駐在しているアルタラス・シオス・マオの大使館の職員が、日満の政府発表などから情報を集約し、その集約した情報をそれぞれの大使がアルタラス・シオス・マオの外務局に緊急通信として送り、その情報を我が国の大使が手に入れたものとなります。つまりは、根本は同じ日満両国政府となります。その一点だけに限定して着目すれば、日満両国政府による情報統制という可能性が無いわけではありませんが、気がかりなのが、ジューンフィルア伯爵が東部諸侯軍の司令官として捕虜になったという情報です。パタジン将軍、ジューンフィルア伯爵からその後の連絡はありましたでしょうか?」
「いや、こちらには伯爵からの連絡はない。東方征伐軍司令官のパンドール将軍からも伯爵からの連絡がないことは確認している。魔信がつながらないことを考えると、本陣がやられたことは間違いないと思っていた。撤退したと思っていたが、捕虜となったとすれば、いささかこの記録は不自然だ。捕虜になったということは、撤退が間に合わなかったということになる。それほどまでの激戦であったにもかかわらず、敵に与えた損害が少なすぎる。
だが、このマオ王国大使からの報告によれば、我が軍先遣隊東部諸侯軍の司令官がジューンフィルア伯爵であるということが記載されている。アンデルス大使は、東方征伐軍の司令官がパンドール将軍であることは知っているかもしれないが、その先遣隊の一部隊の司令官がジューンフィルア伯爵であることは知らなかったと思う。東部諸侯軍は、東方征伐軍の内部で編成された部隊であり、特に公表しているものではない。そう考えると、この報告書の内容そのものは正しいと言わざるを得ないと思う。」
私がそう話すと、マオス宰相がため息を吐いた。
「外務局としても、だいたい同じような結論に至っております。ベルシュ、カミル、アンデルスの3人の大使には、赴任国の外務局の友好関係を維持している者を通じて更なる情報を得るように指示しました。戦闘の詳細などがわかれば、パタジン将軍にもお伝えできればと思います。」
「そうしてもらえると助かる。伝令が戻ってくるのには数日かかる。征伐軍から情報が届かない以上は、中立国からの情報をとりあえず頼るしかない。」
「それで、パタジン将軍。今後の軍の動きはどうするつもりじゃ。」
「宰相閣下もご承知の通り、東方征伐軍は10万に及びます。このうち3万が撃破されたと考えますと、残りは7万。首都から出発したパンドール将軍直率の王国軍直轄4万とそれ以外の直轄軍が1万、東部諸侯の2万です。敵に与えた損害を考えますと、倍程度の規模では厳しいものがあるとは思いますが、先遣隊のように諸侯中心ではなく、王国陸軍中心となりますので、全体的な兵の練度としては、上回るものとなります。ただ、敵は魔獣を擁していた先遣隊を倒しています。そういった点を考えますと、厳しい戦いになるとしか言えません。」
マオス宰相が首を振る。ん?どういうことだ?
「そうではない。7万もの大軍をいつまで維持できるのかという事じゃ。本来ならば、先遣隊が速やかにギムを占領して、そこの物資を当てにしていたであろう。そのうえで、本隊にも物資を充当する予定となっていたはずじゃ。現段階で、7万の大軍を維持し続けることはできるのか?」
「それについては、現在マインゲン周辺、マース川以西からも含めて大量の糧秣をマインゲンに送っているところです。先遣隊がやられた土地に偵察も十分ではない状況で送り出すことだ出来ませんので、本隊が進軍するのはまだ先のことかと思います。」
「わかった。パンドール将軍の東方軍本隊が敵を撃破してくれればよいのだが・・・」
マオス宰相の暗い顔は晴れなかった。当然俺の顔も同じなのだろうな。