「投影、開始《トレース・オン》!」
――時間がない。僕にはもう、時間がないんだ。
僕は翌晩におこなわれる《魔術師の義》の事で気持ちを焦らせていた。
魔術師《マスター》、それは聖杯戦争と呼ばれる大戦争に、文字通り選ばれた幾人もの
精鋭の事である。そしてこの僕もそのうちの1人で、代々受け継がれる雪の魔術、魔雪《ス
ノウ》の力を継承した身なのだが、僕は昔から身体が弱く、そのせいで今日、この時、こ
の晩まで何かと時間を要してしまっていたのだ。
――あと少し、あと少しで……!
「投影、開始!」
もう1度そう唱えたとき、そこにたまたま僕の妹の氷雨が足を運んできた。そしてそれが
全ての経緯《いきさつ》となった。
2度目の詠唱をおこなった時、僕から放たれた魔力が妹の身体を包み込んだ。そして、
「……訊ねましょう。貴方が私の、マスターですか?」
「……」
――マジかよ。
――ひょっとしたらこれって、まさか……、
――デミ・サーバント。だったりして?
デミ・サーバント。それは古の英霊が生身の人間に憑依した時に生じる、極めて珍しいケースである。それも、
「サーバント、冬至、あなた様のお声及び召喚に応じ、参上致しましました」
「……冬、至……」
氷雨、いや、今は冬至か。彼女はその綺麗な面持ちでじっとこちらを見つめ続け、そしてこう続けた。
「やっと、会えましたね?」
意味深なその言葉は、しかし僕には理解する事が出来なかった。
やっと会えた。それは今この瞬間の事を指しているのか、または別の何かを指しているのか、それは不明のままだった。
しかしそれでも、この晩、この時を以て、僕も正式に魔術師の1人なれたという訳である。
――いや、ところで、
「なぁ氷雨、いや、冬至だっけ? キミのクラスは何なの?」
「キャスターです、主に名前の通り雪の魔術を得意としています」
「そうなんだ」
そんな具合いで会話が弾み、僕と冬至は一晩を明かした。
そして翌日、その晩、
「それでは7人の魔術師の皆さん、今ここに、皆様の誓いを捧げてください」
司会進行、及びこの街の大教会を担う神父様より指示が下された。そして僕達は指示された通りにそれぞれ誓いの詠唱を口にした。
素に銀と鉄。
礎に石と契約の大公。
降り立つ風には壁を。
四方の門は閉じ、王冠より出で、王国による三叉路は循環せよ。
閉じよ《満たせ》、閉じよ、閉じよ、閉じよ、閉じよ。
繰り返す都度に5度。
ただ満たされる刻《とき》を破却する。
告げる。
汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。
誓いをここに。
我は常世総べての善と成る者。
我は常世総べての悪を敷く者。
「抑止の輪廻より来たれ、天秤の守り手よ!」
僕達のその詠唱に応えるように、目の前に7人の人物が現れた。彼らはそれぞれ少年や少女、男性や淑女など、様々な容姿をもっており、無論、そこには冬至、もとい、僕と共にこの教会に足を運んだ妹の氷雨もいる。
「それにしても驚きですね。まさかデミ・サーバントまでお目見えとは」
そう口にしたのは、いわゆる優男といえそうな、高身長で細身の、一見すれば何かと雰囲気が穏やかそうな男性だった。その人は冬至の元まで歩み寄り、「ですが、残念ですが」と言ってゆっくりと瞼を開いた。
「聖杯を手にするのはこの僕ですよ? 可愛いお嬢さん」
その男は早速本性を露わにした。目がその証拠だった。前言撤回、やはりこの男は危険視したほうがいい。そう思った時、その男の発言に反発するように、1人の女の子の声が聴こえた。
「駄目だよマスター。この子は仮にもまだ子供なんだから、まぁ、それを言うなら私もだけど……ごめんね? 恐かったでしょ? 少なくとも、今夜はまだ顔合わせみたいなものだから、気にしなくてもいいよ? 明日からお互いに頑張ろう? えっと、冬至ちゃん、で、いいよね?」
「……はい」
こうして、僕達の聖杯戦争、その前夜はゆっくりと幕を下ろした……。