Fate/the white memory   作:三点提督

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第2話 初陣

 その晩、午後7時。下校途中。

「冬至!」

 はじめての相手は、あの晩、最初に口を利いたアサシンの少女だった。彼女は半ば微笑みのような表情を向けつつ、2本の短剣を巧みに操りながら僕達を追い詰めていった。それに対して、僕は投影を、冬至は吹雪をはじめとする雪を用いた戦法で応戦した。アサシンの少女は、しかしそんな僕達との戦闘をまるで楽しんでいるかのようだった。

「アサシン、まさかキミが初見の相手になるとはね?」

「そうだね。それにいついては私もビックリだよ」

 口ではそんなふうに言いながらも、しかし、その双眸には以前のような一切の感情は見て取れなかった。

 ヒュンッ!

 短剣が風を切り裂く音がした。その拍子に、冬至はバランスを崩し、あわやその一撃を受けてしまうところだった。しかし間一髪のところでそれを回避しつつ数回バク転し、僕のすぐ目の前まで歩みを刻んだ。

「マスター、私に投影魔術を」

「解った。それじゃあ――」

 ――冬至の背に僕の左手を当て、

「――投影、開始!」

 僕の力が冬至の身体に流れ込み、青白い淡いオーラを揺らめかせていた。

「キミがそのつもりなら、僕も黙ってはいられない。こう言ったら何だけど、僕は本当は女の子に手を上げられるような人間ではないんだ。そう、例え相手が人間でなくともね? でも、今はそうも言っていられないみたいだから、ごめん」

 アサシンは街灯にチカチカと照らされていた。そしてやはり、その口元には笑みが浮かんでいた。この子は一体、先程から何をそんなに面白がっているのだろう? そんなふうに思いつつ、僕達は一斉に彼女の方へ向かって行った。まずは冬至が手刀でアサシンの首筋を狙うモーションに入った。が、それは掠る事もなくかわされてしまった。その俊敏さは、まるで言葉通り暗殺者そのものを思わせるものだった。

 ――確かにこれだけの素早さと身のこなしが出来ればアサシンのクラスに選ばれるだけの事はある。

 今現在のところは決して一方的に圧されている訳ではないが、しかし、実力的には僕達よりやや1枚上手かもしれない。

 ――令呪は使わなくてもいい。いやむしろ使わずに戦わなければならない。でなければ、この先いくらあっても足りなくなってしまう。

「ところでさぁキャスター、あなたの願い事って何なの?」

「願い、ですか? どうしたんですか唐突に」

 アサシンは冬至同様に手を休める事なくそう訊ねてきた。冬至はその質問に対して、「そうですね」と前置きし、「全てはマスターの」と言って一度言葉を区切った。そして、こう明言した。

「兄さんの為に。です」

 だから、決して負ける訳にはいきません。そう言って、すっと両手を空に翳し、こう詠唱した。

 

 美しくも寒々しき我が心よ、その息吹を以て、悪しき者共を凍てつかせよ。

 

「宝具《アーティファクト》、穢れ知らぬ白雪の乙女《ザ・メイデン・オブ・アンダーティースノウ》」

 

 冬至の詠唱と共に夜空からは季節外れのそれが舞い降りてきた。それは少し大きめで、よく見るとその一粒一粒が透明な花弁の形をしていた。そしてそれがアサシンの身体に触れる度、

「くっ、かはっ」

 反応こそ薄いものの、しかしそれでもダメージは確かなようで、アサシンはゆっくりと膝を折り、肩で息をしていた。その姿はまさに少女のそれで、何故だろう? 僕自身がまだ彼女を敵と認識しきれていないからだろうか、どうしてもこれ以上の戦いを拒んでしまう部分があった。

「アサシン、冬至。キミ達に1つ提案があるんだけど、いいかな?」

 とうとう我慢出来なくなった僕は、2人に向けて次のような話を持ちかけた。

「この戦争の間、僕達だけは一時休戦してみるっていうのはどうかな? 勿論強制はしない。でも……」

 僕もいち魔術師だからだろう、その気配は既に感じとっていた。

「いくら相手がサーバントだからって、女の子を1人で戦わせるような奴の事を考えると、余りに余りで泣きたくなるんだよ。そうだよね? ……だから出てこいよ、なぁ!」

 一見すればただ単に暗闇に向かって怒鳴り散らしているだけにしか見えないだろう。しかし、別にそんな事は関係なかった。僕はただ、そいつからこの子達に謝って欲しかったのである。

「おい優男さん。お前、こんな女の子の事利用して何が楽しいんだよ? 戦うんなら普通、一緒にってのが筋のはずだろうが。それなのに、何が楽しくてこんなふうに……」

「錬磨君、だっけ? さっきから聞いてたけど、悪いけど、それは違うよ?」

 僕の言葉を遮り、アサシンはそう言った。

「あくまで私はサーバントであって、そんな私の目的は自分のマスターを勝利へ導き、聖杯を与える事。だから、どちらかと言えばキミ達のほうが珍しいんだよ。だってそうでしょ? 見たところ、何があったかは解らないけど、どうやらキミの令呪は残り1つみたいであとがない。そしてどういう訳だかキミ達は2人で戦っているみたいだけど、それは逆に命を落としかねないパターンなの。だから、まぁ結論から言えば――」

 アサシンは冬至をすり抜け、一瞬の隙をついて僕の目の前まで間合いを詰めていた。

 そして、

「――こうなるよね?」

 ドン。

 何かが僕のおなかに当たったような感触があった為、ふいっと顔をそちらへと向けてみた。すると、そこに見えたのは、

「……痛、い……」

 アサシンのその細い腕が、丁度肘の辺りまで僕のおなかを貫通していた。ポタリポタリと血液が流れ、段々と痛みや気怠さが生じはじめてきた。加えて膝が震えだし、立っている事すらままならなくなってきた。

 ――このままじゃ、負ける。

 ――クソッ!

「少し痛いけど、ごめんね! 投影、開始!」

 そう言って、僕はアサシンを殴り倒し、急いで魔雪の治癒魔術を使用した。

 ――まだ痛いけど、一先ず立ち続ける事は出来るよね?

「冬至、1つだけお願いがある。令呪は使わないし使えないけど、出来れば聞いてほしい」

「何でしょう?」

「僕の我儘を以て願い乞う。冬至、その子にだけは、絶対に怪我を負わせるな。無論、キミも死んじゃいけない。お願いだ!」

「……」

 冬至は背を向け、アサシンは呆れたような表情を浮かべ、無言を貫いていた。もうどうなってもいい。そう思っていた時、

 

「どうしました? 早くとどめを刺しなさい」

 

 どこからか奴の声が聴こえてきた。

 そう、あの優男のものである。

「どこだ? どこにいやがる? 姿を見せやがれ!」

 そう問うと、僕の質問に応じるように、コツ、コツ。という靴の音が辺りから響いてきた。そして僕達の向こう、正面の薄暗闇の中からひとつの細い人影が現れた。

「そう慌てないでくださいよ。僕だって1人の魔術師です。だから隠れたりなんてしません。まぁただ、強いて言うのであれば、出来れば、あなたには敬意を払って、せめてこの僕の手だけは下したくなかったのです。ですが……どうやら、そうもいかなくなったようですねぇ!?」

 ガントッ! そう唱え、奴は冬至にのみ攻撃を仕掛けてきた。

 ――拙い、あれは高確率で相手をスタン状態に落とし込む魔術。当たれば最悪だ!

「させるか!」

 例のごとく投影魔術で身体強化を施し、脚力を駆使して奴の攻撃を僕のほうへと向け、それを僕の全身で受け止めた。

「くっ!」

 ――痛い。

 確かに投影魔術で身体強化を施したのでダメージは幾分かは抑えられているだろう。でも、それでもその痛みは充分すぎるくらいのものだ。

 ――もしもこれをまともに食らおうものなら、

 ――なんて。

 ――僕の投影魔術を舐めんなよ?

「冬至、もしかしたら嫌かもしれない。でも、僕はどうしてもその子にだけは手を上げたくないんだ。だから、すぐじゃなくてもいい。でも、せめて今夜だけは持ち堪えてくれ。」

 現時刻はもう既に夜の10時を廻っていた。基本的に聖杯戦争の戦闘は午前〇時を廻った場合、その時点での内容は後日以降に持ち越しというルールだったはずだ。よって、

「最低でも、あと2時間は耐えてくれ。頼む!」

「……」

「冬至!」

「……では、私のほうからもからも1つ、マスターに質問があります」

「何さ?」

 くるりと振り返り、冬至は僕にこう質問してきた。

「あの時のお約束を、私があなたに述べた一言を、貴方が私に述べて下さったことを。決して忘れないでください」

 それが絶対条件です。そう言って、冬至は大きく深呼吸をした。

 

 彼方の門は開き、1人の少女が現れる。

 運命の申し子、最後の可能性、新たなる希望、絶望の果て。

 告げる。

 汝はこの世全ての罪を背負う者、汝はこの世全ての贖罪を誓う者。

 

「凍える愛を以て顕現なさい、世にも美しき、穢れし純白の聖乙女よ!」

 冬至が口にしたその詠唱は、後に彼女だけでなく、アサシン達に対しては無論、この僕に対しても大きな影響を与える事となった……。

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