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映像が始まるといきなり朗らかな女性の顔がバストアップで映りこんだ。
「はーい。それじゃあ今日もノーム小隊の映像記録を撮っていくわよ~。撮影者はもちろん私。みんなのお姉さんライズよ~」
カメラを回したのか、今よりも少しだけ幼い顔立ちのライズから無機質な廊下へと画面は切り替わった。画面は揺れと共に数歩分前進し、方向を変えると、扉にかける手が映り、扉が開かれる。
映された少し手狭な室内には机と椅子があり、そこには三人の少女が存在していた。
「いるのは~ナジーちゃんとミイチルちゃんとコタツね。他の二人は遅れてくるのかしら」「なんだよライズ。今日もまた撮ってんのか?よく飽きねーもんだ」
撮影者に声をかけたのは露出の多いパンクファッションの少女だ。攻撃的な見た目であるが、少なくとも声をかけた対象には敵意がないようで気さくな笑みを見せている。
「どこかには私たちが残ってた記憶を作っておきたいじゃない。もしかしたらこの記憶も消されちゃうかもしれないけど、かつてどこかにはあったってことにしておきたいのよ。ナジーちゃんは撮られるの嫌かしら?」
「嫌……てわけじゃ……」
答えの途中でナジーは艶めかしいカメラワークで撮られていることに気付いたようで顔を赤らめて吠えた。
「やっぱ嫌だ!ミイチルとれよ。ホラ」
「やだよ。今SNSでやり取りしている最中なんだから。邪魔しないで欲しいんだけど」
不機嫌そうに顔を向けたのはミイチルという少女だ。ナジーとは正反対に着込んだ内向的な印象を与える蒼髪の彼女は体を机に倒し、誰かの脚を肘置きにしていた。
「コラコラ、ミイチルちゃん。コタツを肘置きに使わないの。っていうかコタツも机で寝るの止めなさいって」
誰かとは、コタツであった。身の丈に合わないぶかぶかの服を着込んだ白灰色の髪を持つあどけない少女は机の上で大の字になって眠っていた。画面外から伸びる手が彼女を揺らすと寝息が漏れる。
「う~ん……もう眠れないよう~zzz」
「ダメね~これじゃあちょとやそっとじゃ起きないわ。ナジーちゃん、ミイチルちゃん。コタツを椅子に座らせてあげて」
「ええ、なんで俺らがやんなきゃいけないのさ。ライズがやってあげたらいいじゃん」
「私が……い、いや~お姉さんちょっとコタツちゃんは持ち運べる力はないかな~」
「いけるだろ!ミイチル~。ライズがコタツのこと重いって言ってるぜ~」
「かわいそ~」
「い、いや……そういうわけじゃなくってね。ホラ……ああもう何て言ったら──」
撮影者が年下の二人に攻め立てられる中、助け船のように勢いよく扉が開け放たれる音が響く。続くのは注意の声。
「コラ!ナジーちゃん、ミイチルちゃん。ライズちゃんを虐めちゃダメでしょ!!」
部屋の中に入ってきたのは、白藍の長髪を携えた彼女は眉をキツく結び画面に向かって来る。制服をぴっしりと着込んだいかにも真面目そうな彼女の名は、
「アークちゃん!」
過去のアークと画面との間に無言でナジーが立ちふさがった。
「別に虐めてねーよ。毎度毎度アタシのやることなすことに文句つけやがって。自分が絶対正しい委員長様気どりか、ええ?」
「虐めてなくても私はナジーちゃんたちに文句を言う資格がある。二人とも当番なのにお部屋のお掃除サボったでしょ。私とノームちゃんが代わりにやっておいたんだからね!」「え!?ノームちゃんも!?……か、関係ねーし!後でやるつもりだったし!勝手にやんなよ!なあミイチル?」
「後にして」
あくまでも我関せずという態度を貫き携帯端末に噛り付いているミイチルであったがアークは追及の手を緩めない。
「ミイチルちゃんも!エスエヌエスは禁止って言われてるのにバレたらどうするの!早く辞めなさい!」
「辞めない。この、離せ!……ナジー!!」
「よっしゃ二人がかりじゃー!!」
「あ、ちょっと卑怯だよ!もー!!」
喧嘩を始めた三人を遠目に映しつつ画面外からライズは忠告の言葉を投げておく。
「ほどほどにしときなよ~」
しばらくの間放っておかれると喧嘩は状況を変え始めた。当初人数の差で互角に展開していたのが、動きの悪いミイチルが脱落したことを契機に一方的な流れに変わり、ついにナジーはアークのコブラツイストに捕まった。
「いだだだだだだだ!?」
「反省、しな、さい!」
ある程度大人しくなったタイミングを見計らったのか、画面は彼女らの元へと接近し、ライズの声が飛んだ。
「はいはい。そのあたりにしときましょうね~。アークちゃん離してあげて。ナジーちゃんもミイチルちゃんも反省してるでしょ」
「してねーよ」
「ホラ」
「いだだだだだだ」
ライズはため息を漏らすと指を拘束されているナジーの首筋に添えると軽くなでた。それだけで、
「ひゃっ!?……ゾワゾワした~」
「反省……したわよね?ミイチルちゃんも」
「「したした!」」
「はい、離したげてー」
「はーい」
「ぐえ」
アークは不承不承といった様子でナジーを床に放流した。するとミイチルの上にナジーが重なることになり下の部分担当は鈍い声を上げた。こうしていつもの騒動が片付くと、皆の待ち人は現れた。
「みんな~お待たせ~」
「「ノームちゃん!」」
部屋に入ってきた白髪白肌の陶磁器のような少女にまずアークが駆け寄り次いでナジーが起き上がって続いた。
「なあなあノームちゃん。今日の任務はなんなんだ?」
「あ、ちょっとズルイ。そういうのは副隊長の私が聞くものなんだよ」
「えーと、二人とも?今からみんなに発表するからね?」
「「むー」」
「隊長を困らせない!コタツも起きたし始めていいわよ。ノーム」
ライズの一声により皆は静まり、この部屋に集まったノーム小隊の主であるノームへと注目することになる。注目の先でノームは「こほん」と、軽く咳ばらいを済ませ話始めた。
「えーとね、今回の任務は……今回の任務もかな。敵性ありえん。の拠点襲撃だよ。相手は【邪菓子教団タラタラス】怪しい武器を使うから気を付けて」
発表と同時に皆が持つ情報端末が震え一斉に確認する。
「へえ、戦闘利用できる特殊な菓子を用いた独特な戦法が特徴なるほどねえ」
「この地区のリーダーは数日前に力を持った写本を手に入れ、強大な異形を使役する可能性がある。ズルじゃね?うちらにもそういう武器を降ろしてくれよな~」
「文句言わない。上の人は上の人達で大変なんだから。それにあるもので何とかするのがプロってものでしょ」
「あら~背伸びしちゃって。アークちゃん可愛いわ~」
「カメラ~回ってるーよ~?」
「ちょっ!?止めて止めて」
10分程の間ブリーフィングを続けると小隊の中央にてノームは統括する。
「相手は違うけど気をつけることはいつも通り。みんな生きて無事に帰ってくる。できれば相手も殺さない。オッケー?」
「「オー!!」」
高らかな応えと共に、この記録は一度終わりを迎えた。