♦
けたたましい電子音と鉄が幾度も弾ける音がホール中で響き渡る。
ここは嵯峨唯一のパチンコ店。ワニノコ。アークとメアはそこにいた。
原作アニメーションを流しつつ演出に合わせて変形を繰り返す台を満足気に眺めるアークと目を輝かせるメア。
「す、スゲーのだ!正面の台と合体したのだ……!アニメもホログラム仕様もあるってマジなのだ!?」
「だろだろ~。最近のパチはすげーんだよ。そこにフィンサガの名シーンを忠実に再現した演出。こんなん名パチにならねーわけがねーのよ。見ろ!三話の絶望シーンだぜ!心にくるよなこの慟哭は」
新台の出来とメアの反応に、アークは五連続で外れ演出を引いているにも関わらずどこか満足気で次々と持ち玉を擦っていく。
「よーし次こそ新規キャラソン演出当ててみせるぜ。期待してろよなメア!」
意気揚々と次の闘いに挑もうとしたその時だ。突如としてホール内に鈍い打撃音が響き渡る。音は直ぐに電子音と鉄弾きの音に掻き消されるがその振動は筐体を伝わって遠くまで届いた。
見ればアークの座る二つ隣の台に、立ち上がり筐体に拳を打ち付けている男がいた。いわゆる台パンと呼ばれる行為である。
しばしの沈黙ののち彼はぶつぶつと口を開き始める。
「糞が……何が新台は当たりが出やすいだ。さっきからサウナでミイラになってる絵ばっかりじゃねえか……。たまに違う絵かと思ったら女の子がやたらオッサン臭く号泣してる絵だし……汚ねぇよ!ヌーミンとシナモンが融合したら巨大化して人食いトナカイと戦うとか……意味わかんねえんだよ!」
「オイ」
「あんー?」
大好きなフィンサガへの侮辱に対し立ち上がり文句を言おうと立ち上がったアークであったがその行為は途中で阻まれる。彼女より先に動いたものがいたのだ。
彼は台パン男とアークの丁度間に座っていた客だった。突如として台パン男の胸倉を掴み上げると怒気を抑えつつ語り始める。
「貴様……俺の前でフィンサガを侮辱するとは……ただで済むと思うなよ。汗みどろの美少女が干からびすぎて骨が浮きあがり眼窩が陥没する姿に魅力を感じないような……TS美少女の元の身体に引っ張られた情緒を理解もしないような。そんな浅い、原作を碌にチェックもしないような打ち手に……フィンサガ台をプレイする資格などない!そもそもヌーミンとシナモンの絡みはフィンサガ独自ではなく原典からある組み合わせだ。このにわかめ!貴様のような奴は……貴様のような奴には……」
「な、なんだってんだよぉ……!」
胸倉を掴まれ狼狽える台パンを他所に語り始めた男は打ち震え、ゆっくりと次の言葉を絞り出す。
「布教してやる……!」
「は?」
答えはなかった。
ただ、その代わりというように台パンの露わになっていた首元に、布教男が肉食獣のように勢いよく喰らいついた。
「ひ、ひぎぃ~~!?やめろぉー!離せ!離せ―!誰か、誰か助けてくれぇ~!」
「お、おい。アンタなにもそこまでやらねぇでも……」
台パン男の憐れな姿に先程まで怒りを露わにしていたアークも、平静を取り戻し制止の声を掛ける。だが、布教の手は止まらず。代わりに被布教者の抵抗する動きが止まった。
やがて布教者はモノ言わぬ体から身を離し。代わりにアークがおずおずと呼び掛ける。
「い、生きてるか~?おうい……おうい……」
首元から血を流し倒れる男はアークの呼びかけに応えたのか今まで生気を感じなかったのが嘘のようにギン!と血走った眼を開き。威勢よく立ち上がり。ぺたぺたと顔に手をやり。やがて愛おし気な目をフィンサガ台に向ける。
数秒そうしていたと思うと、生き返った男は頭を両手で抱えこみ懺悔を始める。
「お、俺が馬鹿だった!フィンサガは闘いを終えて安らかに眠っていた者が再び闘いを強制される悲哀。変質させられたものの絶望を根底に置きつつも、はち切れた展開で一見そう感じさせないように調理された高度なアニメーションだったんだ……!人食いトナカイも……チョコレートの奔流もそのためのカモフラージュだったんだ!それに気づかなかっただなんて……俺は……俺は……」
「いいのさ……お前は気付けたんだから。そしてこれから深めていけばいいんだ」
布教するものとされるものはお互い肩を組みぶつぶつと作品語りを始めていく。その光景にアークとメアはドン引きし下がっていく。
下がって行こうとしたのだが突如として布教されし者がピクリと反応を見せる。彼は組んだ肩をほどくと腕を振るわせ。
「ああ……作品語りもいいが……今は、今はこの作品の素晴らしさを誰かに広めたくて仕方がない……なんだ、この感情は?」
「あ、じゃあアタシらはこれで~」
「したい……」
「は?」
「布教……したい!」
「なんなのだ~!?」
豹変した男に戸惑う二人だったが男は止まらず。
「まずは目の前のお前達だ!布教~~~!!」
アークとメアに飛び掛かった。唐突な布教にアークは咄嗟に動き。
「アークガード!」
「はえ?ぐわあああああああ!?」
反対側の隣の席で打っていた男性を掴み布教男との間の盾にした。
間に立たされた男は布教に押しつぶされ、そして先ほどの布教と同様に晒した肌を接触点として喰らわれていく。盾の生気がみるみるうちに奪われていき、そして尽き果てる。
その光景をアークとメアは少し席から離れたところから、固唾を飲んで見守っていた。
そして事態は繰り返す。盾にされた男が布教を受け入れ。死んだようになった状態から先程よりもむしろ生き生きとした状態になり立ち上がったのだ。
彼もまた語り出す。
「そうか……七話の一見意味のわからない後味の悪い結末は史実の再解釈だったのか……。そして各話のダンスシーンはそれぞれ現地に伝わる踊りをベースにしている……と。ここまで精緻に練り込まれた物語だったとは……フィンサガ。素晴らしい」
元、盾はひとしきりブツブツと語るとこうつぶやく。
「この素晴らしさを誰かに伝えたい……」
そしてグリン、と首だけでそろりそろりとその場を後にしようとしていたアークとメアに向きなおる。
「布教させろぉ~~~!」
「やっぱりぃ~~~!?」
「なのだ~~!?」
メアを抱え全速力で布教の魔の手を振り切りパチンコ店を後にする。そして外を眺め言葉を失う。
「やはり続編を匂わせるあの展開は~」
「いやいやここ近年の流行りの手法ですぞ。それを言うのであれば5話の……」
道端で作品語りをするものたち。
「布教させて~」
「あなたもこの作品の尊みを知るのよ……!」
「どうしちゃったの!?やめて……。イヤー!!……………布教……布教したい!」
集団で人を襲い布教するものたち
つまり、やっかいオタクで溢れ返っていた。
「なん……なんなんだよ……こりゃあ……」
この日を境に嵯峨の街はこう呼ばれるようになる。
"オタクランド・サガ"と。
SHs大戦第二話 「オタクランドサガ」