SHs大戦   作:トリケラプラス

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 詩人は獣の世界を駆ける。背景として置き去りにしていく獣たちが何事かとこちらを眺めている。ミラドは獣が嫌いではなかった。最初から言葉が通じないからだ。通じるはずの人間に通じないよりは始めから諦めの前提の上で接することができて気楽だ。でもエサと間違えて食いついたり蹴ったりするのはやめて欲しい。やっぱり嫌い寄りかもしれん。

 あてどなく街をさまよい。ミラドは一息をつく。

 心が大時化の海のようにざわめいている。何故だ。何故だろう。

 

「V字の朝鳥」

「どうしてももう少し早く起こしてくれなかったんだといっておる気がするのう」

 

 ──違う。あの時自分はなぜそのまま放っておいてくれなかったんだ。といいたかった。辛く、苦しかったが。何かをつかみかけていたから。

 伝わっていたと思っていた。彼女は理解してくれていたと思っていた。しかし、伝わらなかった。そうではなかった。それが無性に悲しい。

 意思を持った時から言葉に馴染まなかった。日本語でも、英語でもドイツ語でもスペイン語でもあらゆる言語を学習してみてたがその言葉がそのまま指す表現では、自分の感覚とはどうしても合わないのだ。止めようと思った時期もある。でも──

 

「あの娘は肯定してくれたもんね。やつがれの言葉を」

 あの部屋であったもう一人の自分の言葉だ。自分はただ、黙って聞いていた。

「いってくれたもんね『君の言葉は面白い。品があるとか上等とかそういう表現は似合わないけれど……でも、ここだけでしか味わうことができない。そう、希少性に満ちている。世界をそんな風に見てもいいという希望がある。私はそれを尊重するよ。理解は……ちょっと難しいけどね』そう、少し困ったような笑顔で」

 あの娘はもういない。とっくにやつがれの世界から去ってしまったけど。もらった言葉は覚えている。あの笑顔を覚えている。希望を抱えていこうと思ったことを覚えている。

「そこからやつがれは世界を好きに解釈することを続けた。放埓に放ち続けた。言葉を世界に教え続けた。でもさ」

 そうだ。

「通じた人なんていなかったよね」

 道を行く人々、親切にしてくれた人、思考を見込んで取り立てにきた欠けた円環の継手でさえも誰もかれも。ミラドの言葉を理解した人は、いや、理解しようとした人はいなかった。

「あの日もらった肯定なんて。あの娘だけで通じるものなんじゃないか?あの娘すら、いいとは本当は思ってなくて、ただ、慰めのためにいってくれただけなんじゃないか?やつがれはそうも思ったこともあるよね」

 ああ、そうだ。言葉を紡ぐために心を切るような凍風が入り込む。その度に言葉を発するのが嫌になる。世界を解釈できなくなる。肯定を信じられなくなる。でも────。

「でも、あの娘は違うよね」

 ラムルディ。突然世界に降って湧いた存在。行き倒れたやつがれを拾い、食べ物を施し誰によりも親切にしたあげく。

「やつがれの言葉を理解した」

 何故?理解できる。何故?こちらに興味を持つ。吸血鬼が好きらしいがそれと関係があるのだろうか。

「わからないよね。だってそんな人は今までいなかった。あの娘だって、好んではくれたけど理解まではしてくれなかった。そんな人が急に現れて。前触れもなく……ああ、あの怪しい商人の勧めは前触れといってもいいかもしれないけれど……」

 けれど。不可解だ。突然すぎる。

「嬉しい。彼女となんでも話したい。言葉を伝えたい。しかしだね。それは信頼できるのかい?今まで何人とであってきた?何十人、何百人数千人、もっとだ。あの娘以外の誰にも通じなかったものが急に通じるようになるか?」

 不安だ。一度通じただけにそれはずっと続くものなのか?一手先では通じなくなるものなんじゃないか?感性で話をする詩人らしからぬ心の動きだ。理解の根拠を求めている。根拠がないものは、脆く、儚い。そこに心を預けるのは、恐ろしいのだ。

「どうしても彼女はやつがれの事を理解できた?本当に理解しているのか?知りたい、安心したい。そこに確かに理屈があって納得したい。詩人としては失格だな。それでも、やつがれは思うわけだ──」

 この理解が証明であり、不変のものであると知りたい。

 さて、そうするにはどうするか。ここで尋ねる前に。

『ン・ダ〇バ・ゼバ』

 聞きなれない言葉によって世界は崩れた。そして、心の準備ができる前に。

「いな……いな」

 理解は過たれた。通じてはいなかった。たどり着いた楽園から追放された気分だった。もう世界は散々回った後だった。ここ以外にはないはずなのに。ここにはこれ以上いられない。

 やつがれは、どうしたらいい?

 

「ミラド!!」

 不意に、楽園からの声が届いた。幻聴かとも思ったけれども次の瞬間抱き寄せられた感覚があり。

 彼女はこういった。

「すまんのうミラド。わらわが間違えた。逆じゃったか。そうじゃったかのう?」

「いな……いな」

 わからない。放った当時受け取られず。今になって正解を引き当てられるのか。そもそも何故ラムルディが自分を見つけられたのか。

「砂漠揺蕩う硬貨」

「忘れとるのか?わらわオオコウモリのSHぞ?飛べるからのう。上空から見渡せば一発じゃ。アークのやつも嗅覚は優れとるしのう」

 彼女の言葉通り。アークやメア、オウマも遅れてやってきた。

「あー、いたいた。たく、手間かけさせやがって」

「急に駆け出すからびっくりしたのだ」

「えっと、私の紹介したご住宅のせいでしたら謝罪いたします…………」

 そうではない。きっかけはそうだが。そうではないのだ。だから。

「水瓜に挟まれしパン生地……」

「うーむ、多分そうではないといっておる気がするぞ」

 首を縦に勢いよく振った。そして、思い返せば自分の内見中に付き合ってもらっているのに急に癇癪を起して抜け出してきたのがとても申し訳なくなってきた。

「朝露落ちゆる頃のくず拾い」

「ん~、手間をかけさせてすまないといっているような気がする」

「なるほど……」

 また首を縦に振った。そうしているとアークが一歩前に出て。

「アホか!」

 ポカーン!とミラドの頭を拳骨で強くしばいた。

「?????」

「なーにやっとるんじゃぁアークぅ!ただでさえ泣きそうになっておったミラドが半泣き越えてもう涙さんがひょっこりでてきてしもうとるではないかぁ!」

 ラムルディに庇われ涙目で抗議の視線を送ると。説教がきた。

「謝る時ぐらい自分の言葉じゃなくて伝わる言葉でちゃんと謝れ!」

「たしかにごめんなさいは欲しいのだ」

 謝罪に類する言葉は心から発したが。それではダメなのだろうか。怒っている様子をみるとダメらしいのでしぶしぶながら。

「ごめ……んなさい」

「よし」

「よしではないぞ。なにゆえ二回も謝らせるのじゃ。というか今回のはどちらかというと意を汲めんかったわらわが悪かろうて」

「そもそもそこだよ」

「どこなのだ?」

「理解してもらえなかったからってショック受けて逃げ出すことだよ。そりゃ……そりゃ誤解も無理解も発生するだろ。だってお前……」

 決定的な言葉が来た。

「そもそも人に伝わるように言葉発してねーっていうか。伝えること放棄してんじゃん」「!!」

「ざっくりいったのだ」

「忌憚のない意見ですね」

「じゃ、じゃがわらわには伝わっている……気がするぞ」

「そりゃお前がたまたま感性が似てて。吸血鬼っぽいってことでミラドにすっげー興味もってるからなんていってるかなんとか理解しようと努力しているからだろ」

 一拍を置いて彼女はいった。

「アタシはそんな努力したくねぇ!だってオメーにそこまで興味ねぇもん!!義理もねぇし!」

 思いっきり頭を殴られたような感覚があった。しばらく何も考えられなさそうだ。

「なんっちゅーことを言うとるんじゃお主はぁ!相手が言うとることを理解しようとするのは当然のことじゃろうが」

「アタシだってなぁ。好きなアニメとか漫画がめちゃくちゃ比喩や暗喩まみれだったら理解しようとネットとか図書館で色々紐解いていくのもやぶさかじゃねえけど、さして興味のない作品だったらはーん、ふーん。っていって本閉じて終わりだろうが!ましてそれを会話でやられてみろ!うんざりするんだよ!!ああ、こいつアタシと会話する気ねーんだなってなるだろうが!アタシャ会話っつー意思の交換がしたいんであって他人の脳内当てゲームを強制されたかぁねーんだよ!!」

「まあ、大分わかりづらくあるので困りはしたな~と」

「ご、ごめんなさい……」

 思わず通常の言葉で謝ってしまった。もっとふさわしい言葉はあると思うのだが。しかし、そうはいってもどうすればいいのだろうか。違うのだ。どうしても言葉が。

「別にな。その独特なワードセンスを一切使うなとはいわねぇよ。見てておもしれーしこれからも堂々と使ってきゃいいさ。でもな、おめぇの言葉には意味を理解するための導線がねーんだよ。ラムルディが理解している以上あるのかもしれねぇが他人に見えない導線は導線じゃねぇ。例えばよう。身振り手振りを加えるとか、文脈上その答えしかありえねぇ応答のタイミングだけで使うとか。言った後に解説を加えてみるとか。逆に解説したあとに自分の言葉に翻訳してみるとかあるだろう。さっきみたスーパー歌舞伎だって、意味がそのまんまじゃ伝わらねぇから、客に興味をもってもらうためにわかりやすくしたり、派手な装置使ったりしてんだ。伝統芸能でさえそうなんだぞ。意思を伝える努力を放棄した奴の意思をくみ取ってやる義理はこっちにはねーんだ。だってよぉ」

 そこまで言うと。アークは気まずそうにメアを見た。代わりに小さな口が答えた。

「伝わることばでいっても。アークとメアはけんかばっかなのだ」

 それは単に暴言やわがままの応酬が原因なこともしょっちゅうあるけど。というか9割それだけども。

「ぜったい伝わるって思った言葉でもちがう意味に受け取りやがることもあるのだなこのアークは」

「オメーもな?」

「ハ?」

「ア?」

「話を進めよ!」

「ともかく。共通認識のある言語同士でも誤解による諍いは発生するのでそうでない言語を使うのであればより一層の気づかいが必要っていいたいわけですね」

「そういうこと!」

 ミラドはショックを受けていた。同時に困惑もしていた。伝わらない意味がわからないと突き放されつつもやるな、捨てろとは言われていない。変えろとは言われている。しかしながら否定はされていない。なんだ。

 混乱の中、ふと、誰かに手を握られる感覚があった。ラムルディであった。

「わらわはな。別にこのままでええと思うとる。外すこともあるがなんとなくお主のいうとることわかるし。その言葉はお主が使いたいと思うとるから使うとるんじゃろうからのぅ。じゃから」

 その続きは、なんだろうか。

「おぬしは、どうしたいんじゃ?このまま……わらわのようななんとなく理解できる……そういう奴は多くはないのじゃろう。そういった者共とだけ。純度の高い会話を成立させていきたいのか。それとも、手を変えつつも。もっと多くの者たちと言葉を交わしていきたいのか。お主の、意思を伝えていきたいのか。どうなんじゃ?」

「…………」

 どうなんだ。言葉は曲げたくないが、曲げたくないがゆえに工夫を凝らしてこなかったというのは事実である。ただ、心に浮かんだ言葉を他人に押し付け続けた。果たして、伝えるための努力というのを真面目に考えたのは何時が最後だ?

 未知の可能性がある。多少なりとも自分のスタンスを曲げることになる痛みを伴う道。だ。しかし、そこにはあるのかもしれない。自分の言葉を理解してくれる人が多く存在してくれる世界が。それともないのかもしれないが。結果は選んで進んでみるまでわかりはしない。であれば。

「伝えたい。広めたい『ポケットの中に忍び込む黒猫』」

 空いた手を握られた手に重ねた。意思を示せば反応が返ってきた。

「そうか。では、そうじゃのう。わらわもお主の言葉が広く届くように何か考えていかねばのう」

「ポケットの中に入るなんかか……」

「黒猫が何かの暗喩ですかね……」

「たぶんみんなが持っているものなのだ……」

 伝わった上でわからない面々が悩んでいる。悩んでは、くれている。

「黒猫は黒電話、ポケットの中に入る電話じゃからスマホじゃのう。スマホぐらい普及させたいし、電話機能のように意思を伝えていきたいと、そういうことじゃないかの」

「!!」

 その通りなので勢いよく頭を振った、ついでに腕も振った。

「露骨にはしゃいでんな~」

「いっけんらくちゃくなのだ~?」

「あの~、それはめでたしでよかったのですが」

 少し気まずそうにオウマが切り出したのは。

「内見、どうします?続けられますか?」

「「あ」」

「そーいや途中じゃったのう。……正直癖が強いのばっかじゃったがどうすかのう。ミラド」

 自分の都合でついてきてもらっていたのに自分の都合で中断してしまったことを恥じつつ答えた。

「続け……たい。必要、だし。楽しいから。『小鳥のビートで鳴り響くキックドラム』」

「ほうか」

「ということは継続ですね。よかった~。私、まだまだとっておきのお家を用意していたので見せられなかったらどうしたものかと」

「まーた自己物件とかはやめろよ。今度は焼くぞ」

「おどしじゃないのだ~。でも、面白いのは確かなのだ、すみたくはないのだ」

「ちゅうわけで、内見続行と行くか。頼むぞオウマ」

「お任せくださいませ~」

 一つの転機と共に転居の準備を進めていくのであった。

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