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換歴の街に度々存在するチェーン店喫茶『ババーバックス』。コーヒーをカップに注ぐ柔和な老婆がアイコンのこの店は世界一のバリスタたる。モカベ老人の監修によって品質が徹底管理されている。そもそも国どころか都市ごとに法律、法則の違う換歴の日本においてチェーン店という画一的なものを展開できている。ということ自体がモカベ老人とババーバックスの力の大きさを示しているだろう。
木々に囲まれた隠れ家的な雰囲気を出しているこの喫茶の中でアークたちは席につき。一時の休息をとっていた。
「ふぃー、結構回ったな~」
「どこもおもしろかったのだ!かいじゅうやしきは最高なのだ!」
「ふふ、あそこは私もお気に入りなので高評価でよかったです。オウマ様はどれがよかったでしょうか」
「おだやかなところ……。『サクサクの餅画』」
「あったかの……そんなところ。怪獣屋敷はいうにおよばず、洗濯機そのものの家、変形合体家、スリッピング家、人体家。どれもやばかったと思うがのう……」
「でもハラハラドキドキしたのだ」
「一瞬先でどうなってるか全然わかんなかったからな!つっても……面白かったってのは否定しねぇよ。よくもまあこんなヘンテコリンな家ばっか取り扱ってたもんだ」
「おかげでもうかってはいませんけどね…………へへ」
「オウマのところは個人経営じゃろう。赤字になっとらんなら問題なかろ。いや、なぜなってないのかは疑問じゃが」
「なぜ、こういった家を?『ブルゴーニュ湧きし洞穴』」
不動産屋として利益を出すのであればオウマのスタイルは当然不合理の極みといっていいだろう。無駄な努力、といってもいいだろう。であればそれを通すに至る根源があるに違いない。ミラドが気になったのはそこだ。その答えが、自分のその先に役立つ可能性があるかと考えたのだ。
「えっと……」
皆の集まった視線に少し椅子を引いたオウマは眉を下げつつも口を開いた。
「皆さんがお家に求めるものはなんですか?」
「ゴロゴロできる場所」
「クーラーがきいててだまっててもご飯がでてくるところなのだ」
「家族がおるところかのう」
「住めればなんでも『銀の飾り皿』」
なるほど、とオウマは手元のブラックコーヒーを啜りテーブルに置くと。
「私が住居に求めるものは面白み。です」
「ああ~」
せやろなぁ。という思いのこもった声が漏れ聞こえる。
「人間にとって最強の敵は飽きです。変わらない日常、閉塞感の前に人は容易く道を過ちます。では、自らの生存環境が絶えず変化していれば?探せば探すだけあらたな発見という進歩を得られるのであれば?私はね、人の生活には楽しみがあって欲しいと思っています。仕事から疲れて帰って何もする気がない。そんなときでもただ過ごしているだけで新たな情動を生み出すことのできる空間。それが家だと私は思っているんですよね」
熱く語ったオウマにミラドは頭を下げ。
「ありがとう。君の理由にはやつがれの心に響くものがあった。『無人の音楽室に吹く風』」
「何かの参考になったのなら幸いですねえ」
「さーすがに仕掛けだらけの家はめんどくせ~って思うけど。そういう考え方はありじゃねえか。同じような考えで求めてくるやつもいるだろ」
「べっそうにはいい感じなのだ。ママやマミーにも教えてやるのだ……いや、おじょうに教えて買うようにゆうどうする方が安上がりなのだな?」
「小学生同士で汚い争い方しとるでないわ。じゃが、わらわもお主のこだわりは嫌いではないぞオウマ」
「皆さん……!」
ここまでしっかりと肯定されるとは思っていなかったのかオウマは目を見開き、若干瞳を潤ませながら立ち上がった。
「同好の志というわけでもないのに理解を示していただけるとは……!このオウマ、歓喜の極みですよぉ……!よ、よぉし。それなら皆さまにはとっておきのお家を紹介してみせますとも!」
「とっておきなのだ?おもしろいのだ?」
「ええ、もちろん!」
「えれぇ自信だな……ちと不安だが」
「でも、興味がある。『街はずれでみかけし民族展』」
「それじゃあ次の家は決まりじゃあのう。オウマのとっておきとやら。しかとみせてもらおうぞ」
そうしてケーキと飲み物をつつきながら一行は次の行き先を決めたのであった。
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たどり着いたのは町はずれの民家。二階建ての一軒家であり、ブロック塀に囲まれた庭、コンクリート仕立ての外壁、大きな庭先の窓、屋根にも特殊な仕掛けはなかった。とはいえ、ここに来た誰もが理解している。見た目の普通さは内部の正常さを一切保証しないと。
一様にゴクリ、と固唾を飲みこみ、オウマの次の動作に注目している。
「はい。ここが私のとっておきの物件です。もう、皆さんそんなに緊張されないで。皆さんならば大丈夫です。なんせ私の意図を汲んでくださった方々ですからね。きっと楽しまれると思います」
「楽しまれると思っているから不安なんだがな」
「で、今回の家はどんなもんなんじゃ?」
「絡繰りハウスです。それ以上は入ってからのお楽しみ、ですよ」
「にんじゃやしきと同じ感じなのだ!?おもしろそうなのだ~」
「宇宙ただよう綿毛星」
「それでは4名様ご招待~。いやー、ここ他人に紹介するの初めてなんですよ~」
「なんでこの後におよんで不安になる情報追加するの???」
とはいえ扉は開けられオウマは上機嫌、メアやミラドも乗り気だ。
「どの道ここまで来たらいかずにはおられんじゃろ。どうせお主逃げて帰っても後で体験しておけばよかった~とかいいだす口じゃろうし」
「よくわかってるこって。じゃいくか」
「メアが一番のりなのだ~」
「あ、待って……」
そうして五人は本日最後の家に進んでいった。
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扉を開け、玄関から中に入る。そして現れるのはしょっぱなからの異常だ。
視界が切り替わった。扉の内外に連続性はなく。次の瞬間アークの視界に映ったのは脈絡のない光景だ。
その場所に地面はない。どれほど深いのかも伺いしれぬほどに暗く音のない闇が下には広がっていた。代わりに足場となるものがある。アークたちのいる水色の薄い四方形の板がそうだ。10人ほどなら乗れそうなこの板はどうやっているのか見当も付かないが宙に固定されたように浮いている。そして浮いているのはそれだけではない。
視界の先には、まるで土台をスタート地点とするかのように同様に浮いた物体によって一本道が作られていた。道を構成しているものは正方形のブロック、炎を纏ったバー、、巨大なローラー、摩天楼のように聳え立つ塔などなどだ。この場にBGMがあればテッテッテッテテッテッテッテといったようなものが流れだしそうな空間である。
「なんじゃここわ~~!!!!」
「ここわ~!」「ここわ~!」「ここわ~……」と広い空間に木霊していくアークの叫び声に応える声があった。
『よくぞ聞いてくださいました!ここは私が作成したスーパーな絡繰りハウス。YASUKE!皆さんにはこのステージをクリアしてもらおうと思います』
「思いますではないわ!どこからどこ目線で喋っとるんじゃオウマ!!」
この空間にいるのはアーク、メア、ラムルディ、ミラドのみ。オウマの姿はどこを見渡せどもない。にも拘わらず空間に響く彼女の声は勝手を連ねていく。
『制作者目線ですよぉ。このSHヤドカリの最高傑作。今まで誰にも体験していただくこと叶いませんでしたが此度は別。存分に味わってもらいますよぉ~!!』
「驚愕の事実『砂場にいたのは河童』」
「まさか知り合いがSHじゃったとはのう…………」
「わなにはめられたのだ~?」
『罠?いえいえトンデモな~い。これはおもてなしですよ。この私の嗜好に肯定をしめしていただいた皆さんに対するね……』
どこか陶酔した様子の声色は続き。
『皆さんにはスタート地点たる玄関から進んでもらって、階段を上り私のいる二階部屋までたどり着いてもらいます。道中様々な仕掛けがありますので気を付けてくださいねぇ~』
「アタシらは内見に来てんだぞ!?アスレチックしに来たわけじゃ……!!」
「今さらすぎる『回し損ねた回転皿』」
『それではさっそくスタートぉ!』
「さっそくすぎるのだ~!?」
開始の合図と共に状況はさっそく動き始めた。画面だ。シンプルに画面といってもいいかもしれない。アークたちのいるスタート地点の背後のソレがゆっくりと動き始めた。
「おいまさか……」
「これってゲームであるやつなのだ?」
「スクロールアクションなのか~!?」
「知らない言葉『蝶番のささやき』」
「見たまんまの意味だよぉ!とにかく進むぞ!取り残されたらどうなるのかさっぱりわからん」
「何かしらが一個減るのは確実じゃな!」
「先頭はメアなのだ!」
オウマのアホは出会い頭に袋叩きにしようと全員が心の中で誓った後になし崩し的に始まった第一回チキチキ内見アトラクションはメアを先頭とした一列縦隊のパーティで進行することになった。
狭い。シンプルに通路が狭いのだ。平均的な体型の人一人が立つので精一杯の横幅しかなくそれが真っすぐに続き踏み外せば真っ逆さまに落下。もうこの時点で力士体格の人間や車椅子の人間などを顧客リストからさよならバイバイしているのだが施工主は居住者のライフスタイルの変化などを思考にいれいているのだろうか。いれてないんだろうな。
ともあれ小学生のちまっこい分余裕のある横幅とSHたちの身体能力にかかれば真っすぐな直進、直角の方向転換などはなんの問題にもなりはしなかった。彼女らは頭上に設置されたボックスから記念硬貨や怪しい野菜などを回収しながら悠々と先に進んだ。
しかし問題はすぐに提出された。
「炎のバーか」
道幅は少し広くなったものの、その道にかかるように上下左右から火炎放射が断続的に発せられる筒のようなものがいくつも回転している。
「これは難所『桃の西行』」
「じゃあアークを盾にしてすすむのだ」
「え?」
「それがええのう」
「お前ら人の心って知ってる?」
「SHじゃからのう」
「小学生だから仕方ないのだ」
「小学生は……人ではないの……?」
「ほら、ミラドが詩的表現忘れちゃってるじゃん!」
回答もすぐに出た。
火耐性のある便利なアークは三人がかりで担ぎ上げられ、時に盾にされつつ、時に噴出孔に押し付けられつつ。無事にメイン盾としての役割を果たした。
「お前らなんか言うことは?」
「ごめんなさい……『渡り切った赤信号』」
「ほめてつかわすのだ」
「帰ったらタダ券くれてやるからのう」
「よし、ミラド以外失格!ぶっとばーす!タダ券はもらう」
抜けた先は広い足場だったので追いかけまわしが始まり。無事に全員落下しかけたので落ち着いた。
「つかよう。二階?二階の概念あるかここ?にたどり着きゃいいわけだろ。律儀にこんな危なっかしい道通んなくていいじゃね?」
「どういうことじゃ」
「お前がアタシら抱えて飛んでけばいんじゃね?って話」
「ヤジャー!!」
提案にはハイテンションの拒絶が来た。必死である。ともあれその理由を探らねばならない。
「重いのは嫌?『生え変わる氷歯』」
「いやミラドは軽いじゃろ。ちゃんと飯くうておるんか!?」
「住所不定無職なんだから食ってねえだろ」
「食ってねえから住所不定無職だという説があるのだ」
「そのような説があればとっくのとうにアークは定職者じゃろうが」
説の否定によりアークは無言でラムルディを抱え上げ。ラムルディはわめいた。
「ヤジャー!ヤジャー!こういうのアレじゃろ!?だいたい決められたルート以外通ったらデスゲームの見せしめよろしくシュバッとバチバチ処罰が来るんじゃろ!?わらわ知っとる!ランカから借りた漫画で読んだ!」
「だーいじょうぶだって。……多分。いってこぉ~い」
「ぬぉぉぉぉぉぉぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
無慈悲にサメのSHの膂力で空中にぶん投げられたラムルディは汚い悲鳴を上げつつ姿勢制御の為に擬態を解いて翼を広げようとした。その時である。
パチリ、パチパチ。爆ぜるような音が聞こえたと思うと。
「ばっちり嫌な予感じゃ~?ギャァァァァァァァァァ!?」
蝙蝠。感電。
無から派手な雷撃を食らったラムルディは黒焦げの状態でパタリと床に落ちた。
「…………(黒焦げで白目を剥いている)」
「…………(目を逸らして口笛を吹いている)」
「…………(おもちゃの棒で感電死体をつついている)」
「…………(いっぱいいっぱいで涙目になっている)」
気まずい沈黙が流れた後、館内放送が流れる。
『あー!ダメですよダメダメ!ちゃんと決まったルートを通ってきてくれないと!隅から隅までみてくれないと内見の意味ないじゃないですか!禁止禁止』
「遊び方や攻略法をガチガチに指定してくるクソ運営め……!!」
そこまで言うと放送は消えて。
「………………その、ごめんなぁ?」
「アークの口からごめんが出たのでへいていなのだ!」
「被害者起きてないのに!?『捺印なき計画殺人』」
「ギルティじゃあ……ケフッ」
ともあれスクロールもそこそこ迫ってきているのでアークがラムルディを担いで進行を再開することになった。
「飛んでズルするのは無理になったし足手まといが増えたのだ。どうするのだ?」
「んー、ショートカット戦術はダメでもな、さっきの炎バーでの人心無き鬼畜生戦術覚えてるか」
「知らんなぁなのだ」
「おいコラ首謀者。ともあれだな。ありゃあきらかに正当な突破方法じゃねえ。あれは炎を避けて進むのが正解なはずだからな。全被弾でいいわけねえ。でも、突破は認められた。なんでかわかるか?」
「ルートさえ守れば突破の仕方は問題じゃない『ライオンの背面』」
「そういうこと。アタシらSHのSH能力を上手い事使ってズルしてクリアするのも手ってわけだ。なにせ……………」
前方を見る。そこには。
弾丸も生易しい速度で上空から飛来し、真下にあったものをすり潰す。巨大なプレス機。 通路を塞ぐ猛獣。。
これに乗れというのか。というほどバランスの悪いローラーと架け橋。
そして、どこまで続くのかというほど高く聳える塔。
難易度設計が狂っているとしか言いようがないものたちを越えていかねばならない。ならば手段なぞ選んでいられないだろう。
「楽にできるなら遠慮なくSH能力を使う……。さて……」
空気を押しつぶす音が聞こえる。次に来るのは地面から浮いているにも関わらずやってくる大地震のような振動。
「プレス地帯か……」
一本道の上方に鈍色の荒くカットされた大岩がいくつも浮かんでおり。一定間隔でそれらが道に落下して道を揺らしては上昇し、再び落下するということを繰り返している。全ての岩は同時に落ちているというわけではなく、入り口から数えて奇数・偶数の岩で挙動の処理が別れており、奇数が落ちている間は偶数が上昇しており、奇数が上昇している間は偶数の岩が落下していると見て取れた。さて、この仕組みに対して彼女らは。
「アークが岩を支えたらメアたちいつでも通りたい放題なのだ」
「阿呆。ふっつーに潰されるわ。いや、ワンちゃんあるかもしれんけども。やりたくはねーわよ」
「時間差ですり抜けていく方が安全だと思う『雨露受けのカエル』」
「そもそもソレやっとる間誰がわらわを背負うんじゃぁ……」
背中の後ろで恨みがましくいうラムルディを揺らしつつ意向を決める。
「じゃ、時間差で一個一個慎重に超えていくぞ。一応岩弾けそうな手段がある奴ぁ用意しとけ」
「スクロールも迫って来とるし能力の細かい把握は進みながらじゃのう」
「ほいじゃゴーゴーなのだ~!メアは待ってくれねーのだ!」
「あ、コラ!」
一つ目の岩が上に上がり始めたタイミングで進みだす。するとすぐに2つ目の岩に進行を阻まれるので少し待ちつつ、上がり始めるのを待って進む。次は3つ目の岩が邪魔だ。また待って上がったと同時に進む。これを繰り返す。そしてすぐにわかることがある。
「おっせ~…………これ、追いつかれるんじゃねぇか?」
一つ進んでは待ちぼうけ、一つ進んでは待ちぼうけ。これが続けばどうなるか。そう、時間がかかるのだ。渡る信号渡る信号全てで赤信号に引っかかるようなものといえばよりわかりやすいだろうか。それで待ち合わせに遅れる程度ならまあよいが(一般的にはよくないとされている)、今は謎のスクロール現象が追ってきている状態だ。巻き込まれた場合どうなるかはわからない。スタート地点に戻されるだけならともかくテテッテテッテテと暗転するのはごめんこうむる。
「もう一気にだだーっといかないとあぶないんじゃないのだ?もう待っとられんのだ」
「そーな。ハンマーナックルでぶっ壊しながら進めるか、シンアークの加速でギリギリ狙って一気に駆け抜けるか。前者は備品ぶっ壊すことに罰則が来るかどうかが難で後者は普通にタイミングがシビアだ。やるなら後者だがあんまやりたかねぇな」
恐らくこの空間自体がSH能力の一部であることを考えると壊した後の罰則はおろか通常の物理攻撃によって完全破壊が可能かどうかすら怪しい。背中に背負っているラムルディはともかく背後のミラドに手がなければ一か八かに賭けることになってくるが。
アークが視線を向けるとミラドは意を決したように前に出て、前を塞ぐ岩に対して声をかけた。
【積りし上司の不正】
声が響いた次の瞬間だ。眼前の大岩が突如として姿を消し。代わりに明らかに何か問題がありそうな書類の山へと変貌したのだ。
「んな!?SH能力か!?」
「驚いてないで先に進むのだ!」
あっけにとられるアークの手を取りメアが先導する。すぐさまミラドも続き次の落ちてくる寸前の岩に対して。
【猿の手から離れしもの】
言葉を投げかければ。それが一つの渋柿となり、ラムルディの頭にゴスリ。とぶつかった後に地面に転がった。
「ふごっ!?大体わかってきたぞ……ミラドの能力はあれじゃな。物か人かの区別は知らんがとにかく言葉を投げかけたモノを言葉を直訳したモノに変換するといったものじゃろ」
細かい部分は異なるが。おおよそあっていたのでミラドは高速でうなづいた。正答を得たラムルディは機嫌を直し耳を澄ませる。
耳を澄ませば聞こえてくるのは。
【挟まれた仏】
【後述された栞】
【あぶられし殻】
聞こえてくるのは……。なんなんでしょうね。通じ合っているのならいいんじゃないでしょうか。ともあれ次々と岩を無害とはいいがたいものの比較的マシな物体に変換したミラドたちは一気に駆け出し、無事にプレス地帯を抜け出した。
アークたちが振り返れば。
ズンッ!!
正にいくつもの巨大な岩が再び落下し、地面を揺らしたところだった。
「いつの間にか元に戻ってるのだ~!?」
「なるほどのう自己認識が重要じゃから意識からなごう離しすぎると元々の性質に戻る……というわけか」
「イカれた力だが便利使いするにゃ色々問題がありそうだな」
ともあれ現状運営側からは特に罰則が入っていない。今後もこの形態での解決法はありということだろう。
では抜けた先、次なる関門とは何だろうか。
吾輩は猫である。というようなツラで四足歩行のスラっとした気ままそうな生命体は打ち付けられた杭に鎖でつながれ一本道の前で陣取っていた。なぜ猫とストレートに言わないのか。それはその身体が4メートルほどの巨体であり到底猫と言えないこととと。その猫の額に。
「犬」
とでかでかと記されていたからだ。
「結局どっちなのだ~?」
「どっちでも…………いいです!!」
珍しく敬語になったアークをよそに犬か猫かわからん生命体を大きく口を開きあくびをした。
「ヤギー」
「メェ~?ではなくか?」
「なんだよもぉ~!ここで第三の刺客を放ってくるんじゃねぇよぉ!」
『次なるステージは番イルカの妨害を越えて先に進むです!さぁさぁ抜け出てくださいませ!』
「紛らわしい名前を付けてんじゃね~~!!!」
『でも事実学名がイルカですし……。ちなみにりょうせい類です』
「じゃあ水場を用意してやれよ!可哀そうだろうが!!」
大声に反応したのか番イルカは初めてアークたちの方を向き。
「水より酒の方が欲しいな。アルコールで喉を焼いて初めて俺達は生を実感できるんだ」
『あ、そいつ話しかけたら人語でアルコールやタバコなどの嗜好品を要求したりしてきて鬱陶しいですよ。気をつけてくださいね~。あとお風呂も嫌がるの勘弁してくれませんかね~』
「ヤギ語と人語で両声類な。ハイハイわかりました……。バイリンガルなんですね。他にもっと習得すべきものがあっただろうが!適応しろよ!現実逃避ではなく水辺に!」
『ちなみにイルカは学名でこの子の名前はネコです』
「一周回る前に。できればスタートラインに立った時に欲しかったなその答えわー!!」
「猫にわざわざネコって名前つけるかのう」
「謎は深まるばかりなのだ……」
「バケツプリン掘り進めるごとし」
謎の生命体の正体は未だに分からない。具体的な身体能力も、妨害、脅威性も何もかもだ。そしてさっきまでの寸劇でせっかく稼いだスクロールアドバンテージはもう結構使い果たしてしまっていた。これもオウマの巧妙な策略なのだろうか。
「さて、どうするかのう。どう考えても俊敏そうで……攻略の鍵は鎖じゃろうが……。SHより強いということもあるまい。力で通せんこともないが……」
「てっとりばやくていいのだ」
「……壁に呑まれたらあの子どうなる?『雪にまみれし兎』」
「どうって……どうなんだろうな」
実際倒して放置したねこがスクロールに呑まれた後どうなるかはわからない。わかっていることといえば既にプレス地帯は大半が呑まれ、どうみても後戻りすればろくでもないことになりそうという予感があるだけだ。
おそらく飼っているペットであろうということからなにかしらの安全装置があると思いたくはあるが相手は内見の勢い余って手製のデストラップダンジョンに叩き込んでくる浮かれたイカレ女である。そこらへんの倫理観があるかどうかは怪しかった。
「まずボコったとして。伸びたアイツを引っ張って残りの奴をクリアできるかは……できるかどうかは置いといてクッソメンドクサイことになるのは間違いねーな」
「デカイからのう」
まず簡単に移動させる手段を考えなければならない。
小学生。論外。
ラムルディ。手札が多すぎて把握不能。時間がないので即座に案がでないのであれば何もないと判断するのがいい。
ミラド。SH能力で持ち運びしやすいものに変えてもらえれば何とかなる?
コレがいい。
「っしミラド!」
既に相手は動いていた。
【暗中拾いし賽目】
即座に変化はあった。形容しがたい猫のような何かは言葉を発する前に姿を転じ、やはり形容しがたい、猫とはいえない何かに転じた。どこを掴めばいいのだろうか。というか、何なんなのだろうか。
「ミラド~!?お前もうちょっとわかりやすいのなかったか!?これどうやって運ぶのよ?」
「む、無理……【翼もがれしモンキッキ】」
「ミラドがこうじゃと感じたモノ以外にはどうあってもならんのじゃあ。といってもコレ、どうするぞ?持ち運べるのか?わらわ嫌じゃぞ?」
「アタシだって嫌に決まってんだろ!?生産者責任でミラド持てよ!」
「子の心親知らず……」
「じゃメアがも~らい。なのだ!」
「「「小学生いった~!?!?!?」」」
恐れ知らずのメンタル。これが若さか。
「それ、触って大丈夫なのか?」
「なんかブニブニしてるけどカサカサもしててトゲトゲもしててぬるかったり冷たかったりするのだ」
「ダークなマターの領域につっこんどらんか……ソレ!?」
「迫りくる壁……!!」
内輪揉めをしている間も当然スクロールは動いているのだ。もはやプレスゾーンは完璧に呑みこまれ脅威は間近に迫っていた。
こうなるとアークは判断が早い。障害物がなくなったとみるや残りの面々を一抱えにし。
「しっかり捕まってろよ」
シン・アーク。炎の高速噴射による超速ダッシュ。道幅が広くなっていることもあり、一気に距離を稼ぐ。
次に見えるのはレールのついた不安定な足場のローラー。レールがかかっている範囲には足場がなくローラーを転がして対岸にたどり着けというのだろうが。
「こんだけ助走がきいてりゃ……」
加速、加速、更に加速。タイルを踏みしめて。
「ひとっとびだぁ!」
大跳躍。宣言通りに渡り切った。
振り返ればスクロール限界点は遥か先。
「後は……」
眼前に聳えるは白磁の塔。
「これを登り切ればクリアかのう?ウプ……お主、もうちょい安全な運転はできんかったんか。童もダークマター落としとらんか?」
「ムガ?」
ダークマターは小学生にかじられていた。
「ウワー!ペッしなさい!ペッ!!」
「えー、色んな味に変わって面白いのだ~」
「ばっちいじゃろ!いや、ばっちいのか?それすらもわからん……」
「驚嘆の好奇心……『新造された都』」
『お嬢さん……私は味見されるより撫でられるほうが「うわ、しゃべった。きもちわるっなのだ」
「投げたー!!」
慌ててアークがキャッチして事なきを得た。
なきを得ると4人は塔の内部に入り中を確認した。余計な装飾はなく飢えを見上げればただひたすら天井に届くまで人一人が通れる程度の広さの吹き抜けが続いている。階段もはしごもない。
「ふざけやがって。これはアレか?どっかに隠しボタンがあるってタイプのやつか?」
「それともジャンプ一発でてっぺんまでいけってことなのだ?」
「いや……おそらくなのじゃがコレは……」
ラムルディはテレビで見たことがあるらしい。身振り手振りを加えて解説していく。
「こう、ジャンプして吹き抜けの狭くなっとるところにいくじゃろ?」
「「うん」」
「ほんで」
ラムルディは小ジャンプした後に体を大の字に広げて。
「こうやって両の手足で壁に自分を固定しての、ちょっとずつ身体を動かして昇って……いけというんではないだろうか……」
「え、嫌……『嫌です……すごく』」
「じゃよな!」
「ふっざけんなそんなしんどいことやってられっか。てかやっとったらせっかく稼いだアドバンテージもパーだぞ。見ろアレ。あそこまで続いてんのにそんなチンタラやってたら何時間かかる?」
「わーかっとるじゃから他の手段が必要なんじゃ。ミラドの能力では移動には意味ないし。こんな狭い空間でサッキみたいなジェット噴射など御免被るしのう。わらわとミラドで一人ずつ抱えていく……のもやりづらいのう」
「メア思いついたのだ」
「ほお」
小学生の提案はこうだ。
「メア、ラムルディと最初に会った時最後に飲んだミックスジュースで……」
「あ~、酔っぱらって翼バッサバッサ羽ばたかせてたな……そっかラムルディ!」
「なるほどのう。任せておくがよいぞ。二人前な!」
【orange】【peach】
ラムルディの両手にオレンジと桃が握られ。腰にはミキサーが装備された。
ミキサーにかけられ完成したミックスジュースをアークとメアが飲めば。
バサリ。
大きな鷹の翼が背中から生えた。
「メア飛んでいるのだ!」
「今度は酔ってね~な」
「飲酒運転は厳禁じゃからのう」
「私は……飲みたいのですが」
「ダークマターそろそろ黙らせようか『黎明落とす金槌』」
4羽の鳥と蝙蝠は翼をはためかして意気揚々と塔を昇っていく。流石に内部にトラップはなく調子に乗りすぎてメアが羽の制御を誤って落ちかけた以外はさしたるトラブルもなく無事に頂上までたどり着くことができた。
頂上ではわずかな着地地点とその先にどこに繋がっているのか、古い赤焦げた色の扉が存在していた。
「よ~やくついたのう。ここまで長かった……」
「この先にオウマがいるのだ~!」
「おそらく『アジサイとナメクジ』」
「よーしさっそく文句いってやろうぜ──」
そういうとアークは扉に手をかけ、勢いよく押し開いた。
「おいオウマ!テメーなんつ~家を……家……を」
扉と同じく勢いよく放たれていたアークの声は徐々に尻すぼみになっていった。アークに続こうとした皆も唖然とした表情で扉の先を眺めていた。
「な……なんで」
そこには広がっていた。
「なんでもう1ステージ広がってんだよ~!!!」
今までの道のりと同じかそれ以上の数のアトラクションの数々が。