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路肩に停められていた路線バスの扉が開き。中からサメの尾を持つ少女が蹴り出される。
「キャン!」
そしてしばしの間のあとバスの扉は閉まり。通常の運行に戻って行った。排出されたアークを残して。
歩道に前のめりで倒れ込んでいたアークは、身を起こすと遠ざかっていくバスに対して手を振り上げた。
「いてーなおい!アタシが何したってんだ!ちょっと、かなり壊しただけだろ!ふざんけんなよー!!コラー!」
抗議するがエンジン音は無情に去っていく。
「マジかよ……。アイツら助けてやったのに蹴りだすか普通……?」
うなだれるアークの背後から幼い声がかけられる。
「ねーちゃんはアークっていうのだ?」
「あん?誰だオメー?」
アークの背後にいた者が猛々しく名乗りを上げる。
「メアはメアなのだ!小学五年生!メアは名乗った。さあ、名乗るのだアーク」
ビシっとアークを指さしたのは彼女の胸のあたりほどの背丈の小さな娘だった。
琥珀色のセミロングにカチューシャを乗せた蒼眼。短い袖の上着にミニスカートを揃え左手には何やら高そうな電子腕時計を身に着けている。
「いや名乗るも何もオメーがいってるし。アークだよ。誰なんだよ……。いや、思い出した。さっきナイフ突きつけられてたガキか。それがわざわざ降りてきて何の用だよ。その高そうな腕時計くれんのか?」
「ガキじゃなくてメアなのだー。小学生にたかるなんてアークははじを知ったほうがいいのだ」
「このメア野郎……!!」
アークは引き攣り顔で拳を硬く握り込むがメアと名乗った少女は意に介さず興奮した面持ちで話し出す。
「それよりもさっきはスゴかったのだ!ぎゅーんとしてバーンとなっておっさんがふっ飛んでいったのだ!アークはチョウ人なのだ!?そのシッポは何なのだ!?本物なのだ?サワらせて欲しいのだ!」
のだのだと己の周囲を回りながら矢継ぎ早に質問を飛ばしてくるメアに対し、アークはウンザリとしながら思案を巡らせる。
(……こんだけアタシに興味を持ってるってこたぁこの辺の奴じゃねえってことか。それともアイツら絡みか)
「なあ。オメーいつからココ住んでんだ?」
「その歯でテッカイかみクダけるのだ?-?メアは先週この街に引っこしてきたのだ!アラシを呼ぶてんこーせーという奴なのだ。それよりもなんでそんなに肌を出しているのだ?ロシュツキョウなのだ?さっきのチェーンソーどこからだしたのだ?というかアレはそもそもなんな──」
一部の質問に血管を切れさせつつもアークはメアを言葉通りの異常小学生と判断付けた。アイツらの関係者であればあまりにも杜撰な接触の仕方だからだ。そして思い出す。最初は興味真摯で近づいてきた近所の子供たちが三日後には飽きて冷たい目をするようになったことを。久々に興味を持たれたことにアークはちょっと気分を良くしていた。しかしそれもここまでだ。
「ご飯は何を食べるのだ?おやつは与えてもいいのだ?うんちはでるのか?今日はカイベンだったのか?スリーサイズはどうなってるのだ?おふろ入ってるのだ?結局サメなのだ?てかkyaineやってる?」
「うぜーーーー!ヌーヌル先生にでも訊いていやがれ!あばよクソガキーー!」
マシンガンのように斉射される不躾な質問の数々に耐え兼ねアークはついに全速力でその場を離れる。その速度は残像が発生するほどであり直ぐにその姿は見えなくなった。
後に残されたメアは所在なさげに手を伸ばしたまましばらくいるとやがて腕時計に数言呟く。そしてニタリと笑みを浮かべた。そして道路に向って元気よく手を挙げる。
「ヘイタクシー!なのだ!」