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街中のなんてことのない二階建ての一軒家。傍からはそう見えるその一室でアークはテーブルに上半身をねそべらせてまくし立てていた。
「つーことがあってよー!ったくありえん。に絡まれるわブーイング喰らうわ妙な小学生には纏わりつかれるわで大変だったんだぜー……。もっと労わってくれよーそんで小遣いくれよー」
「面倒があったことは認めるがそれとこれとは全くの別問題だな。今日のところはこれで我慢しておけ」
先程までアークの話を聞いていたと思われる蓬髪に眼鏡を掛けた白衣姿の女性は机の彼女に一杯のコーヒーをサーブしてやる。
受け取ったアークは露骨に嫌そうな顔で文句を垂れた。
「げー……。コーヒーかよ。なんかもっと他にあんだろサーン。酒とかビールとか……アルコールとかさー」
「お前に酒はまだ早いし。私は飲まないのでこの家に調味用以外の酒はない。消毒用ならあるが。呑むか?」
アークは無言でコーヒーに一口口をつけると顔をしかめ。
「けっ、遊びのねーやつ。そんなんじゃ、じゅーなんなはっそーにも限界があるんじゃねーのか?」
憎まれ口を叩きつつもその口ぶりに悪感情のようなものは含まれていない。それがわかっているのか生来の気質ゆえか、サンと呼ばれた女性は表情を変えず言葉を返してやる。
「余計なお世話だ。それはそれとして、だアーク」
「あん?」
サンはアークの背後を指さし指摘してやる。
「さっきの話に出て来た妙な小学生とはこの娘のことか?」
そこには先ほどアークに纏わりついていたメアと名乗る小学生の姿があった。
「ゲゲーっ!!妙な小学生だー!?」
メアは立腹というように両手を腰に添え上半身を前に倒す。
「妙な小学生ではなくメアなのだー!置いてくなんてヒドイのだ!」
「お、お前なんでここに……「あ、これつまらないものですが手土産ですのだー」「ああ、これはどうもご丁寧に」
「聞けよ!なんでここがわかったんだよ!」
手土産を受け渡しする二人を怒鳴りつけたアークに対して、心底呆れた表情のメアはつまらなさげに口を開く。
「体ぺたぺたした時に着けたジーピーエスで見つけたのだ」
「酷いのはお前だー!?つけたのかアタシに発信機!?いや、待て。場所がわかってもだ。玄関のカギは閉めてたはずだ。多分、今日は閉めた。はず。なのになんでお前は入って来てんだよ!?」
「ピッキングしたのだ。カンタンだったのだ!」
「あらやだ犯罪!!」
「ショーネンホーがあるからハンザイじゃないのだ」
「犯罪だよ!!この小学生悪質すぎるだろ……」
メアはさっと視線を外し口をとがらせた。
「人間は生まれながらにして大罪をカカえているんだから一つ二つの罪を重ねても問題ないのだ」
「無敵かこいつ!?つかサン!アンタがもっと家のセキュリティ高めときゃこんなやつ入れなくて済んだんじゃねえか?」
流れ弾のように文句をぶつけられたサンは口元に手をやる。
「そうするとお前が家に入ってこれないだろう。お前が覚えられるのか?十六桁の番号を始めとした手順を」
「数が多いんだよ!極端すぎるだろうが……!もっとこう……間がさあ!?」
「どの道お前は弾き出されるように思えるが……。そういうのであれば検討しておこう。ところでだ、君は先ほどアークに発信機を付けたといっていたが、何故アークとさして変わらぬ時間でここまでたどり着けたんだ?小学生の身体能力ではアークについていくのは難しいだろう。まさか君は……」
サンがその先に続く言葉を口に出す前にメアは勢いよくその問いに答えた。
「メアは金持ちだからタクシーでつけて来たのだ!袖の下渡して法定速度もぶっちなのだ。金の力は偉大なのだ!」
ばっと最大価値の貨幣を扇状に展開しアークに見せつけるメア。アークはふらふらと貨幣に手を伸ばすも間に立っていたサンに途中でその手をはたき落とされる。
「くっ……。これ見よがしにテメーの富裕を誇示するとは……嫌味なガキだぜ……。それでここに来やがったのは。やっぱり」
「ふ、その通りなのだ。アーク!お前のことを教えて貰いに来たのだ!もう逃げ場はないのだ。もみもみさせるのだ~」
メアは両手を前に突き出し指を怪しく屈伸させる。アークとサンは顔を見合わせ会議する。
「おいおいどーする?軽くボコって泣かして帰らせるか?」
「いや。彼女は恐らく私の同類だ。誤魔化しても追い払っても興味が尽きることも諦めることもないだろう。ここはある程度教えてやった方が双方害はない。そもそもお前が普段から擬態で生活していればこんなことは起きないんだ。反省しろ」
方針を決めるとサンは妖しい動きを続けるメアの眼前で腰を下ろし目線を揃えてやる。
「わかった。アークについて君に教えよう。だが、決してこれを他人に話してはいけない。約束できるな」
「あいわかったのだ!ママとマミーにもダマってるのだ!!だから教えて欲しいのだ」
目を輝かせ両手を上げるメアに了承が取れたと判断しサンは付近のホワイトボードを動かしアークをその近くに立たせて説明を開始する。
「では解説を始めよう。君が察しているようにアークは人間ではない。人間と動物の特徴を兼ね備えた存在。SH。スーパーヒューマンというまだ世には知られていない新種の生命体だ。アークの場合はサメの特徴を大雑把に継承しているな」
「ふおおおおぉぉぉ!サメ人間!半魚人なのだ!」
「おい」
「スゲーのだ!だからアークはあんなに強いのだな」
「へへ……まあな」
得意げに人中をこするアークであったがメアの興味は既に他に向いており。
「アークの他にもSHっているのか。というか大雑把に継承ってなんなのだ?アークの性格のせいなのか?」
「お前……」
「ああ、哺乳類に鳥類、甲殻類に両生類、そして魚類その他など、アークの他にも様々な動物の特徴を大まかに受け継いだSHが数多く存在している。そしていい所に気が付いたな。特定の動物種……サメと一言でいってもシュモクザメ・ジンベイザメと様々な種が存在する。その中でも更にナミシュモクザメ、アカシュモクザメと細かく分類することができるな。だがアークはそのどのサメとも完全には特徴が一致しない。あくまでサメのような特徴を持っているというだけだ。そしてこれは他のSHも変わらない。特定の動物に近い特徴を持ったものがSHと呼ばれる」
「SHは雑な括りなのだなー。それじゃーSHって何を食べるのだー?教えて欲しいのだ先生ー!」
しっかりとノートにメモを取り一所懸命に話を聞くメアに対しサンは感心したように。
「うむ。アークよりよほど教えがいがあるな。いいだろう。SHの食物は人間とさほど──」
「けっ、勝手にやってやがれアタシは寝るかんな」
何時間と続きそうな講義にウンザリとしたアークは部屋から出ていこうとするも、ふとドアノブを回す手が止まる。
「SHってどうやって生まれるのだ?やっぱりママからなのだ?」
「──」
一瞬、室内は静まり返るが直後サンは口を開く。
「……SHがどのように生まれるかはわかっていない……が自然発生説が有力視されている。ある日突然この星に生まれているのだ。今は換歴の世だからな。そういうこともあるだろう」
「ふーんそうなのかー。ウチの庭で生まれて欲しいのだ。妹として育ててチューセーをチカわせるのだ」
その様に一息をつきアークは再びドアノブを回し部屋の外へと出ていった。
喧噪を閉ざす音が聞こえる。
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日も沈み空が茜に染まった頃、先ほどとは打って変って静寂に包まれた部屋に、扉を開けてアークが顔を出す。彼女はタブレット端末を操作しつつコーヒーを飲み一息をついているサンを見かけると声を掛ける。
「なんだあのガキ大人しく帰ったのか。泊ってくなんていいださねーかヒヤヒヤしてたぜ」
「ああ……門限を破るとマミーとやらに怒られるそうでな。時間厳守だそうだ。……それよりもだ。アーク、お前に伝えておくことがある」
端末を弄る手を止め、カップを机に置きアークに向き直ったサンにアークは身構え。
「なんだよ改まって。もしかしてまた」
「ああ、また。だ。しばらく前から新しいSHらしきものの目撃情報がこの街で確認されている。絞り込むと恐らく山近くの古城……風の建物を拠点にしている可能性が高い。気を付けることだ」
サンは手に持っていたタブレットの画面をアークの方に向かせてやる。そこには話に上がった古城や目撃情報やその近隣で起こった事件について記されていた。
「妙な名前の吸血鬼……ねぇ。チスイコウモリあたりか?。これあのガキにゃいってねーよな?」
「無論だ」
「だよな。ま、情報ありがとさん。面倒だししばらくあっちの方は避けとくわ。で、今日の晩飯なに?」
「焼き鯖だ。未だ動かんかお前は」
アークは体を捻り一伸びすると首を鳴らし。
「今は他にやりてーことが一杯あっからなー。わざわざ金にもならねーことやりたくねーの。まーいつかやってやっから安心しろよ」
「はあ……それで。明日は何をするつもりだ?」
「んー……ウルセエのから解放されたし。パチンコだな!」