♦
イベントの開催告知が為されてから丁度一週間後。ネクストアーサー王だ~れだ大会の開催日。
未だ太陽が頂に昇らぬ頃。市内外から集まった百万を超える人々が方舟市の大公園に集まっていた。老いも若いも男も女もそれ以外も、日本人も外国人も人間もそうでない人も、様々な者がこの日の為に集まって来ていた。全ては聖剣のため。参加者たちはみな今か今かと浮き足だっていた。
そんな彼らの眼前に置かれた朝礼台に昇る者がいた。
「やあやあ皆さま方。遠方からよくぞ我が方舟市まで訪れてくださった。目当てのものがなんであれ嬉しく思うよ。私は歓迎しよう。今日は存分に方舟市を楽しんでいってくれたまえ!」
方舟市市長アトイは朝礼台の上で慇懃無礼な挨拶を一つ投げかけると色眼鏡を上げ言葉を続ける。
「さあ朝っぱらからわざわざ公園に集まった君たちのお目当て……それは……」
そして指で自分を差し。言った。
「絶世の美人市長。このワ・タ・シだね!」
先程までのざわめきが嘘のように静まり返り。直後に罵声が迸る。
「ふざけんな~!」
「ひっこめ~!!」
「やめてください!市長に!イタ。私に物を投げないでください!傷物になってしまう~!あっ、勢いが強くなった」
憤慨した参加者たちからの投擲が止み始めたころを見計らい市長は咳払いを一つ。して続きを言った。
「うん。いい具合に緊張がほぐれたんじゃあないかな?尊い犠牲(私)に感謝だね。それでは冗談のこの辺りにして諸君らが本当に求めているものをお見せしよう」
市長の軽やかな指弾の音に合わせて参加者たちの前に彼らが望むものが姿を現す。コケ一つない力に満ち溢れた大岩。それをやすやすと貫き居立している刀身。柄の各所に見たこともないような輝きを放つ宝石があしらわれた正に聖剣と呼ぶべきものがそこにあった。
聖剣が現れた瞬間。動く者たちがいた。それは数十で済むような数ではなく。みな一様に聖剣に向って駆けだしていた。中には武装を手にしたものたちもいる。そのような動きに地域の自警団たちは警戒の態勢を取る。一気に緊迫した空気が張り詰めるそんな中方舟市市長アトイは。
「愚者(バカ)がかかった」
笑っていた。
「リト君」
彼女がその名を読んだ次の瞬間。一陣の風が吹き。聖剣を手にしようとした不届きものたちが一斉に宙を舞った。
「おい、終わったぞ」
倒れ伏した者たちと聖剣の間にはいつの間にか一人の黒のスーツ姿の女性がいた。長髪をたてがみのように流した彼女は心底面倒くさそうにアトイに視線をやる。
「あー、うん。リト君?一応この人たちうちの市民だったり観光客だったりもするからもうちょっと手加減してほしかったな~なんて」
「知るか」
「だよねー。いいや利用しちゃお」
リトと呼ばれた女性の言を受け。アトイは手にしていた扇子を開き扇ぐ。
「なお正規の手段。つまり優勝以外の方法でこの聖剣を手に入れようと企てた人々は今見せたようにいた~い目にあってもらうからズルはしない方が身のためだよ~。ちなみに今回のイベントはテレビ中継されているし後でイベントの内容を映像販売したりもするから。そういう意味でも名誉ある行動が推奨されるね」
眼前の惨状に息を飲む参加者たちを他所に市長は言葉を続ける。
「ではネクストアーサー王だ~れだ大会について説明しよう。公式サイトやチラシを見て知っている人も多いだろうけどこのイベントはアーサー王伝説をモチーフにした全六ステージの勝ち抜きイベント。各ステージで優秀な成績を収めてアーサーポイントを獲得。最終的に最も多くのアーサーポイントを獲得したものが優勝し晴れて聖剣の所有者となるわけだね。ちなみに各ステージ毎に脱落もあるがそういった人たちに向けての観光イベントなども用意しているから安心してくれたまえ」
扇子を閉じ頬を軽く一叩きすると。身を翻し。
「それじゃあ私の出番は終わったしここからは実況解説役のヒカリ君に任せようかな」
そういうと市長は朝礼台から降り代わりにマイクを携えた黄色髪の小柄な女性が元気よく上がってきた。
「ネクストアーサー王だ~れだ大会にお呼ばれしました実況のヒカリです~。これよりファーストステージの説明を行います。記念すべきファーストステージは……」
ヒカリの溜めの声と共にその上空に打楽器の軽快な音に合わせて画像がランダムに切り替わる映像が映し出される。それは次第に速度を上げ最高点に達した時。
「第一回戦はカムランの戦いです!」
「いきなりクライマックス!?」
「はい!ネクストアーサー王だ~れだ大会ではアーサー王伝説をクライマックスから逆順に遡っていき最後の聖剣授与の際に剣を抜くシーンに到達するという構成になっています」
♦
<気取った女性の声>
解説しよう。カムランの戦いとはアーサー王伝説で描かれる最後の戦いだ。留守中に息子モルドレッドが起こした反乱を鎮めるために戦いに挑んだアーサー王たちだったが結果多数の臣下を失い、自身も致命傷を負うこととなったんだ。ちなみにアーサー王とモルドレッドは本格的な開戦の前に和議を行うとしたんだけど毒蛇に驚いた兵士がうっかり剣を抜いちゃってなし崩し的に開戦しちゃったというなんも運の悪い話もあったりする。人生ままならないねえ。
♦
騒めきの中、更なる動揺が参加者たちの間で広がった。彼らの装着していた腕輪から突如として風船が膨らみそれが蛇の形を象ったからである。
「それがファーストステージで守るべきものです。皆様には先程腕輪と共にお渡しした風船剣で、他の参加者たちの蛇風船を割ってもらいます。割られた方は脱落。割れば割るほどポイントが加算されていきます。つまり、風船割りサバイバルですね」
ヒカリは参加者や聴衆たちの反応を確かめつつ。説明を続ける。
「今より十分後にファーストステージを開催いたします。それまでにそれぞれ思い思いの位置についてください。範囲はこの大公園内の敷地内です。割られないように立ち回るも自由、今後のことを見据えて積極的に風船を割りにいくのも自由。戦争に正々堂々も卑怯もありません。思うまま存分に闘ってください!」
宣言と共に参加者たちが一斉に公園内を駆けまわる。人気の少ない場所に陣取ろうとするもの。視界の良好な高所を選ぶものと様々だ。その中に、アークとメアもいた。
「逃げ惑うなんてのはぁ性に合わねえ。人の多いとこに突っ込んでポイント大量ゲットだ!」
「借金取りからはいつも逃げ回ってるのだ~」
「うるせえ!」
声を荒げながら併走する彼女たちに声を掛けるものたちがいた。一つは鎧を着た騎士のような集団。その先頭を走る金髪の女。
「アーク。あなたのようなものに聖剣は渡さないわよ。アレは騎士たる私たちにこそ相応しい……」
「誰なのだ……!」
そしてその反対側からはハンサムな顔立ちの優男が現れる。
「そうやって低い次元で争っていればいいさ。どうあれ聖剣は我らアーサー王協会の手に還ると決まっているのだから」
「んだとぉ。いいぜその鼻っ柱と風船叩き割ってやらぁ!」
「そう焦らないで欲しいわね。あなたとはこんな初戦ではなくもっと相応しい舞台。最終戦で雌雄を決しようと思っているのそれまであなたが勝ち残れたらの話だけどね」
「そういうわけだね。それじゃあせいぜい頑張ってくれたまえ」
「あ、おい」
そういうと二つの集団はアークたちとは違う方向に流れていった。取り残されたアークたちは顔を見合わせ。
「チ、なんだか知らねえが一筋縄じゃいかなくなりそうだな……」
「その割にはちょっと楽しそうなのだ!」
「まあな!面白くなってきやがった。全員ぶったおす。そのぐれぇでいくぞ」
意気込むアークたちの耳にアナウンスの声が届く
『それでは皆様開戦の時間となりました。制限時間二十分。存分に剣を振るいください。始め!』
終末の戦いが始まる。
大会名にピンと来た人はきっと同世代