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コロコロころりん緑の生首はハネルハネル。ハネテハネテ、道路に出ると横合いから法定速度を無視した車にハネ飛ばされた。生首たちはバラバラりん。あっちこっちに散り散りと。
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小さな公園で、少年たちの興奮する声が響く。少年たちは一つの白黒の球に群がり、奪い合い、蹴りあっている。つまり、サッカーをしていた。
フルメンバーには程遠い人数でありつつも彼らは必死にボールを追い、食らいつく。奪い合いにも熱が入り時折手荒い行動にも結び付くがさしたる揉め事にはならない。それはそんな駆け引きの最中であった。四人が同時にボールを追い、一人がそれを悠々と奪い得意げにリフティングを披露して挑発していると。
「お。おいお前それ……」
「なんだ?そんな注意逸らしには乗らないぜ?」
「いやそうじゃなくて……お前それボールじゃないぞ……!」
「はぁ?ってギエエエエエエエエエエエ!?」
少年がリフティングしていたのは緑色の生首だった。慌てたのか少年は生首を他の少年にパスする。するとその少年も厄介払いをするように他にパスをし更にその少年もパスをする。生首が絶叫と恨み言とともに少年たちを行き来する。
そんな様を遠くから見ていた女がいた。
青い帽子に青い制服。一目で警察官だとわかる衣装の彼女は生首を蹴りまわす少年たちを嘲るように笑う。とひとりごちる。
「ふん、全く最近の子供と来たら不道徳が過ぎていけないね。ここは一つ僕が。未来ある少年たちに道徳というものを説いてあげようじゃないかね」
そういうと女は意地の悪い顔で少年たちのもとに向かおうとするが、その一歩を阻むものがあった。無線通信だ。呼び出しの声が聞こえた瞬間女は身を翻し。
「はい!こちらレヴンでございます!は?二番街のほうで暴行?応援にいけと……僕がかい?いえ!滅相もない。このレヴン、粉骨砕身、滅私奉公の覚悟で職務にあたらせていただきます!」
女は恐ろしくへりくだった対応を無線に投げると深いため息をつき、すました顔で少年たちを眺めると。
「説いてやろうと思ったが、何分僕も忙しい身だ、寛大な処置に感謝の念を送りたまえよ?」
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公園近くの歩道の中途に設置されたベンチたち。普段は疎らに人々が座っているのだが、今は誰も利用している様子はない。その理由は明白だ。ベンチたちに張り紙が張られそこには黒々とした字で塗りたて注意と書かれていた。
そんな普段よりも艶々して、いかなる技術によるものかそれとも配色のせいか、どこか二次元的な印象を受けるようになったベンチの一つの前に座り込む少女がいた。少女の周りには塗料用のバケツがいくつも並びその手には塗装用のブラシが握られておりこの仕事が誰の手によるものかを如実に表していた。
少女は頭につけた三角巾を腕でこすると深い一息をつき、ブラシをバケツに置く。
「一丁あがりっと。これで仕事上がりデイ!……ぬぉ!?」
大きな伸びをした彼女の真横、塗料用バケツの一つに何が質量のあるものが飛び込み辺りに赤の色をまき散らす。それは塗り終えられたばかりのベンチにも当然かかり。
「のわー!やりなおしじゃねぇかい!?」
甚平姿の少女はペンキ塗りの手を止めると先ほど何かが飛び込んできた塗料用バケツに手を突っ込みナニカを引き上げるそれは。
「なんデイこリャぁ!?真っ赤な……生首ィ?」
緑から赤へより猟奇性の増した生首であった。
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江戸っ子言葉が木霊するその裏で、ペンキ塗りたて注意と張り紙のされたベンチに座り「プハー」という景気のいいため息を吐く者がいた。
その者は手に持った缶ビールを口まで持っていき数回嚥下すると異変に気付き、缶を逆さに振るった。逆さにされた缶からは数滴のアルコールが落ちる、それだけだ。アルコールの回った女は仕方なく横に置いたビニールから新たな缶ビールを取り出すとプルタブを開け、一気に飲み干すと再びアルコール度数の高い長い息を吐き。隣の同席者に管を巻き始める。
「うッく、日が高い内から飲みゅおしゃけハ~おいひぃれしゅね~、おじしゃんもそう思……おもーおもーい!ブハハハハハ」
「鬼畜外道メ。諸行無常盛者必衰ノ理トシレ」
「どうせ落ちぶれるなら呑んで呑んでのみほせ~い!」
厄介な酔っ払いがバンバンと頭を叩く隣人は、その身体が叩かれている部分しか存在しなかった。つまり、生首だった。生首は絡まれている現状を嘆くように怨み言を唱え続けるが、絡んでいる当人はそれを聞いているのか聞いていないのかとにかく支離滅裂な言動で受け流している。そのようなやりとりが数度繰り返された後、酔っ払いは生首にもたれかかり。
「にょみ杉ーター!へへへへ」
「オノレヲ反省セヨ」
「オゲェエエエエエエエエエエ」
口を開き嘔吐した。
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「さ、て。次の事件はなんだろねー?」
そういった白のハッチング帽に白のインバネスコートを纏った少女は春風の靡く歩道を行く。すると前方で何やら怒声が飛び交うことに気づき視線をそちらに移す。
「おいテメェ。ばーろめい!そこはアタイが塗立てたばっかのベンチだってそこに書いてんだろぉ!?おかげで塗りなおしじゃねいかい!聞いてんのか?てか起きてやるんディ!?」
「……」
近づいてみれば何やら怒った様子でまくし立てる少女がおり、その先には塗りたてのベンチに倒れ伏したスーツ姿の女性と彼女にもたれかかられ、吐しゃ物もついでにかかった緑の生首があった。
少女は現場に近づき両手指でフレームを作りそれらの光景を内に収めるとを覗き込む。
「倒れ伏した人と不自然に放置された生首から香る塩酸臭。むむむむ、これは……事件の香りだね!」
「ゲロの香りディ!!」
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改造車の衝突をその身に受けた緑の生首は宙を舞った。高く高く舞い上がり小さなビルの屋上ほどの高さまで到達するとそこで高度を落とし始める。
己の短い生首生も最早ここまで、辞世の怨み言でも唱えよう、と緑の騎士がそう覚悟したその時だった。生首の視界に高速で機動する影が視えた。
影は建物の屋上の間を跳び駆けると、疾風の如き速度で生首のもとに近づき、そして。
「キャッチ」
緑の生首は影に抱きかかえられ、高高度からの落下を免れる。視覚素子を動かすと己を抱きとめた者の顔を一部映すことができた。
拾い主は頭巾と覆面で顔を覆っており、その隙間からは金色の髪と碧眼が露出していた。アメリカン忍者といった風体の少女はしげしげと生首を覗き込み。
「ワオ。これがジャパニーズ打ち首!面妖にゴザル」
少女は目を輝かせ首級を掲げた。まるで人形を買ってもらったばかりのような少女の反応に生首は怨み言一つなくまるでこここそが己の居場所であるかのような電気信号を得る。代わりというように眼下からこえが届く。
「おおーい!生首殿~?生首殿やーい」
「何が不満だったというのだ~?帰ってくるのだー!」
首を狩った下手人どもの声だった。ノリノリでこちらの首を跳ね飛ばした上に運び方が雑だった連中である。正直戻りたくはない。戻りたくはないが、
「遠くまで飛んだやつを探してる時間はねーな。拾えた分だけ持って帰んぞ」
「うう~せっかく集めたのに……のだ」
緑の騎士の使命は、首を狩ったものに会場まで運ばれポイントに換算されることだ。少なくとも今はそうプラグラムされている。
戻らねば不届き者どもはきっと困るだろう。それでは使命を果たせない。その気配を察したのか忍者装束の少女は生首を降ろしたずねる。
「主人の元に帰るでゴザル?」
「頼ム」
その機械音声を受け取ると少女は緑の騎士を抱え、直下に誰もいないとこを確認し、ビルから飛び降りる。音の生じぬ見事な着地を成功させ、そのまま己を付近にいたクラシックオタクファッションの下手人に受け渡す。
「この首、オヌシのモノでゴザルか?」
「やや!これはいかにもやらんかたちの首にござる。わざわざ届けていただけるとはやらんか感激にござる!おーいメア殿ー一つ見つかったでござるよ~」
「ホントなのだ~!」
「デハこれにて」
受け渡しが終わると突如として少女の周りに煙が生じ、それに乗じて彼女の姿は見えなくなった。
「に、忍者……やらんか初めてみたでござるよ……いるところにはいるものでござるな~、と、これが忍者殿からいただいたものでござるよ」
「ニンジャ!?みたかったのだ~!!忍者からの贈り物、もう絶対離さないのだ~」
「いやポイント交換の時にゃ離せよ」
女子小学生の下手人によって宝物のように抱きかかえられると、緑の騎士は僅かながら充足を感じつつまた本来の生首の業務に戻るのであった。
「それにしてもあの御仁、やらんかとキャラ被ってなかったでござるか?」
「オノレヲ省ミヨ」