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夕暮れの公園にてアークは遊具の上に寝ころびぼーっと空を眺めていた。
小学校が終業する時間はとうに過ぎておりランドセルを背負った小学生たちの集団下校も終わった後だった。
(……今日はこねえんだなアイツ)
「って、何考えてんだアタシは!?寂しいとか思ってねえんだからな!むしろ五月蠅いのがいなくてせーせーするぜ」
ガバっと遊具の上で勢いよく飛び起き、ひとしきり騒いだ後。アークは押し黙る。しばしの沈黙の後アークは遊具を降り、何食わぬ顔で近くを通りかかった小学生に声をかける。
「おいそこの双子。メアのやつ知らねーか?」
「あ、駄目人間のアークです」
「駄目だよ私。口を聞いたらアークが感染っちゃう」
「ガキ共の間で私はどんなイメージなんだよ……!じゃなくてだな。
「メアさんなら今日はきゅうけつきに会いに行くっていってましたよ。ねー」
「ねー。なんでも最近きゅうけつきが出ると噂の古城……みたいなところに探検に行くんだって……何人か一緒に行くって言った子もいたけど足手まといになるからついてくるなーって結局一人でいっちゃった」
「きゅーけつ、き……?」
双子の話にアークは眩暈のようなものを得つつもこらえ。駆けだす。
「あんの……バカ!!」
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メアは町はずれのレンガ造りの古城……風な建物の敷地前で仁王立ちしていた。
彼女はちらちらと周囲を振り返り誰も見ていないことを確認するとランドセルから本格的な鍵縄を取り出し、振り回すと、三m程の壁に向かって投射。頂点に鍵を引っかけ固定するとそのまま壁を伝って登り切る。
そして壁の上から内部を見下ろし、番犬などの危険がないことを認識すると敷地内へと飛び降り受け身を取って転がった。
「ふん。メアにとってこんなかべ、シレンでもなんでもないのだ」
犯罪である。
そして建物の入り口にやってくると扉に対してピッキングを試み。瞬くまに開錠を成功させ侵入する。広場のやたら偉そうな銅像が咎めるような眼を向けているようにも見えるがお構いなしだ。
二度目であるがやはりこれも犯罪である。
中に入ると室内の電気は一切点いておらず、外部からの明りが差すのみの薄暗い空間が広がっていた。
そんな場所をメアは躊躇なく一歩を進めていく。
(……最近噂になってる古城のきゅうけつき。きっと何かのSHなのだ。てなづけてアークのとこまで連れて行ってやるのだ。きっと喜んで涙を流すのだ)
メアはアークがSHだから友達がいらないといったことをSHと人間では釣り合わないといっているのだと判断した。しかし、その口ぶりから本心では友達に飢えていると感じた。ならば日頃から付き合わせていることもありアークに友達を作ってやろうと考えたのだ。
友達を断られたのは不服であるがそこはよしとしよう。代わりに泣いて感謝させて下僕になってもらおうと思う。きっと面白い。
しかし、想像上の吸血鬼とアークが自分を差し置いて並んでパチンコを打ち競馬に精を出す様を想像するとどうにも胸がむかむかする。ここ数日激しく動きすぎて調子が悪いのかもしれない。手早く済ませてしまわねば。
建物内部は外観からは考えられないほど清掃が行き届いており、埃っぽいということはなかった。
メアは廊下を抜け大広間や小部屋などを確認する。どの部屋にも部屋の空気にあった品のいいアンティーク調の家具が置かれていた。
「ここはフルーツのお城なのだ?」
ふと気になったのはこの建物内部全体からとても濃く甘い、様々なフルーツが混ざり濃縮されたような甘い香りが漂ってくることだ。一体どこからこんな匂いがするのかメアの興味は尽きず、歩みを早めていく。
そして螺旋状の階段を上り二階部分に出るとそこは大広間となっていた。
「きゅうけつきー!きゅうけつきさんいらっしゃらないのだー?」
周囲を見渡しまだ見ぬ吸血鬼に語り掛けるメアに対して返事が返される。それもメアの遥か上からだ。
「わらわを捜してこのような場所までやってくるとは随分、意気軒高な童じゃのう」
古風な発言の声の主は時代だけでなく姿勢まで逆行していた。彼女は天井にて逆さに立ってメアを見下ろしていた。
「この暁の簒奪者。ラムルディの聖域を侵した愚者よ。汝の望みはなんじゃ?」
ラムルディと名乗ったのは真紅のゴシック調ドレスを着たアークと同じ年ごろに見える少女だった。精巧な人形の美貌ごとし美貌と腕から生えている飛膜が彼女が人の理の存在でないことを主張している。
そんな彼女の問いにメアは目を輝かせつつも首を横に傾げ。
「あかつきのりゃくだつしゃ(暁の略奪者)なのだ?」
「誰がエオラプトルじゃ!?暁の簒奪者!吸血鬼じゃ。全く最近の若い者はどいつもこいつも……」
恐竜のような剣幕で吠えたあと嘆かわしいとばかりに空中で頭を抑えるラムルディにメアは億さず訊ねる。
「きゅうけつきさんはSHなのだ?会って欲しいダメ人間がいるのだ。一緒に来て欲しいのだ!」
その問いにラムルディは想定外といったように目を丸くし口元を抑える。やがて薄く笑みを浮かべる。
「ほう……。おぬしSHの存在を知っておったか。いかにも。わらわ、ラムルディは吸血鬼にしてコウモリのSHである。……ふむ。幼き身でありながらSHの存在に辿り着き。あまつさえわらわとの謁見を果たすとは。どこぞのありえん。の手の者……いや、お主にはそのような邪気や洗練された動きは見うけられん」
ラムルディは得心がいったというように口元を抑えていた腕の組みをほどき両腕を広げ。
「なるほどおぬし野良のロールシャッハか。これは重畳。よくぞわらわの元までやってきたおぬしのおかげでわらわの組織での地位も少しは上がるやもしれん」
「な、なんだか不穏な空気なのだ?」
「いや。そう身構えることではない。おぬしSHを捜しているといっていたが……おぬしがそのSHになる気はないか?」
その蠱惑的な誘いにメアは完全に面食らったように硬直し。しばしの間ののち疑問を返す。
「へ?SHってなれるもんなのだ?せんせーはSHは生まれた時からSHっていってたのだ」
「ふむ……そのせんせーとやらが何者かは知らんが。生まれた時からSHなどという者などわらわは知らぬよ。SHとは人が特殊な改造手術を受け埃にまみれた人類史(カートリッジ・ライフ)と繋がることで誕生するものじゃ。それはわらわも変わらぬ」
「……手術するのだ?」
「?……うむ」
要領を得ない問いにラムルディが肯定を返すとメアは更なる質問を送った。
「おちゅーしゃするのだ?」
「しない方がかえって痛そうじゃからのう」
「お邪魔しましたなのだ~~~!おちゅうしゃいや~~なのだ!!」
「なっ!?待つがよい!」
注射が発生すると理解した瞬間トップアスリートのごときスタートダッシュでこの場からの離脱を図るメア。ラムルディはあまりの動きにしばしあっけに取られるも正気を取り戻し天井を蹴り翼をはためかし追跡する。
「想像以上に元気な童じゃな。まずは進路を塞ごうか」
ラムルディは虚空に手を伸ばすとそこから何かを掴み、一気に引き抜く。現れたのは一本の棒に槍としての刃と斧としての刃を取り付けたハルバードと呼ばれる武器。それが二振り。
振りかぶり投射すると正確にメアの進路前に突き刺さりメアは急な方向転換を余儀なくされた。
「のわ~~~!?串刺しなのだーー!?」
「鬼事はしまいじゃ」
ラムルディにとって無理に方向を転換したことにより一気に速度を落としたメアを捉えることは難しいことではなかった一気に降下し獲物に手を伸ばす。メアは身を縮め顔を伏せ。
「やだ~~~!助けて欲しいのだーー!マミー!!」
「マミーじゃなくて悪かったな」
快音が響く。
恐る恐る目を開いたメアが最初に目にしたのは揺れる青と鎖。
「白藍の髪にサメの尾……そうか。おぬしか。我ら欠けた円環の継手(カルヴァリー)より離反し反旗を翻した唯一のSHというのは」
「アークゥ!」
ラムルディの腕をチェーンソー型の長剣で受けとめるアークがいた。
ついに本題のバトルに入りまーす