――2016年、某月某日。
地球は突如炎に包まれ、人類は滅亡した。
理由については……割愛するとして。
とにかく。故あって地球が火の海になると事前に予見していた者達は、事態を何とかすべく、ある施設を南極に建てた。
名を“人理保障機関カルデア”。
世界各地から厳選された職員が集い、世界を救わんと奔走する人類に残された最後の防波堤にして、唯一の切り札。でもそんな高尚な大義に対し、公にその存在、行動の一切が公表されない秘密機関でもある。
中では倫理的にアウトな生物実験やら古今東西幅広い魔術呪術やらどう見ても数世紀先の技術にしか見えない近未来的テクノロジーやら、割と何でもありな光景が広がっているので、それも致し方ないのだが。
とにかく、カルデアには
一部頭のネジが外れた彼ら彼女らだが、それでも皆で力を合わせ、人類滅亡という未曾有の危機に立ち向かう――
――筈、だったのだ。
人理の修復。
本来幾十、幾百という世界の代表者が担うべきそんな大役は。
最終的に、何も知らない一人の少年/少女に託されることになる。
……まあ、別にこんなカルデアの設定とか本作にはほとんど関係しないんですけどね。
――――――あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!
悲痛で、血を吐くような叫びが無機質な廊下に響く。
慟哭の発生源、その一室には二つの人影。一方――黒髪の少年は床に力なく
くしゃくしゃになってしまった何かを握りしめ、少年は床に拳を叩きつける。俯き、前髪に隠れたその向こうから雫がぽたりと床に落ちた。
「――先輩。もう、やめましょう」
その様子を、隣の少女はただ見守ることしか出来ない。
彼女とて出来ることなら彼の力になりたかった。しかし幾度もの冒険を越え、その身に宿る神秘の名を理解した今も尚、この部屋でうずくまる彼の傷を癒すことは叶わず。
せめて出来るのはこうして彼の傍に寄り添い、支えてあげることくらい。
「……まただ。俺が無力なばっかりに。また俺は、彼女を……ッ!」
「いいえ、いいえ! マスターは充分、最善を尽くしました。それは私が――貴方の後輩であり、使い魔であるマシュ・キリエライトが保証します!」
少女――マシュ・キリエライトはそう言って、少年の手を優しく取る。
幾度挫けようと、その在り方を否定されようと、最後は必ず立ち上がる。圧倒的な敵を前にしても、勝機など絶無の危機にあっても、彼は前を向き人理の希望となった。
そんな少年の強さを知っているからこそ、マシュは彼の全てを信じ、また想い続けられるのだ。
やがて、少年の身体に徐々に力が宿っていく。
後輩である彼女の信頼に応えるべく、小さな勇者は立ち上がる。
「……ありがとう、マシュ。元気出たよ」
「……先輩」
「でもごめん。――俺はやっぱり、諦めきれない」
「ッ!」
どんな状況でも諦めない。それが彼の信条だ。
だからきっとこうなることも、マシュは頭のどこかで理解していた。
「今まで何十、何百回も負けてきた。だからきっと今回も、俺は間違っていると解ってる。諦めも肝心だって、色んな英霊から教えられたしね」
――でも、何度やり直したって。
俺はきっと、彼女のためにこの道を選び続ける……ッ!!
……嗚呼、もう駄目だ。そう言われてしまっては駄目だ。
マシュにはもう止められない。優しい彼女では、彼を真っ向からはねのけることなんて出来はしない。
彼に命を救われ、その輝きに心奪われてしまった彼女には、彼の決意はきっと眩しすぎるから。
「大丈夫、もう俺は一人じゃない。今の俺にはマシュが居るんだから」
「……せん、ぱい」
「だから今度は、一緒に」
だからそう、つまり。
――ここから先は、大人の出番だ。
『……アー、アー。マシュ、マスター? 聞こえるかい?』
「ダヴィンチちゃん! 聞こえるよ。さっきはいきなり通信を切断してごめん。でも大丈夫、次こそは――」
『うん。やる気に満ちているみたいで大変結構。でもね
――もう
「え」
・・・
「HA☆NA☆SE!! まだ邪ンヌはお迎え出来てないんだ! 俺には彼女を召喚する義務があるんだアァァァァァ!」
「ちょ、おまっ――暴れるなってのに!!」
「ムニエル君、
「
「■■■■■■■■(狂化EX)――ッ!!」
「……あーそっか。彼、静謐ちゃんの猛毒ケーキもペロリとイケちゃう身体だったね。仕方ないムニエル君、誰か
「ええっ!? いや、そんなことして平気……だな。アイツなら」
人理保障機関カルデア、その一室。
どこぞの世界線で“マイルーム”と呼ばれ親しまれるその部屋は、世界の命運を双肩に担う少年/少女の私室として使われている。
そして現在。
人類最後の
「ああアアァァ!! 今俺の前に邪ンヌが!! そっぽ向いてちょっと頬を赤くした邪ンヌが手を振っているんだ!! 今引いたら出る、絶対出るってコレ!!」
「何馬鹿なこと言ってるんだい。あれだけ爆死したんだからいい加減諦めたまえよ」
先程のシリアス全開の勇姿は何処へやら、完全に正気を失った少年――立香の姿に、黄金比の美を有した天才――“万能の人”レオナルド・ダ・ヴィンチは溜息をついた。
「しっかし毎度毎度。君って召喚の時だけは絶望的に運がないよね。……いや、君の人望からして座の英霊達に嫌われてるって訳じゃないんだろうけどさ」
ここまで幾度も死線をくぐり抜ける中、立香は幸運に助けられたことも少なくない。むしろその足跡を振り返れば、運命に愛されているとさえ言えるだろう。もし座に迎え入れられたなら、間違いなくA+以上の補正を受けられるほどに。
しかし召喚の時に限り、彼の運はE-レベルまで下がる。
引けども引けども出てくるのは
大量のカムランの丘と虚数魔術(カレスコ?ねぇよんなもん)、イベント礼装を装備した英霊達がシュミレーターから出撃する姿は、このカルデアの日常となっている。
そしてこれは彼だけに限ったことではない。此処ではない何処か、あらゆる平行世界、時空に存在する『藤丸立香』という個体は、一部の例外を除き皆、同様の事例が起こるのである。いやあ何でだろうなぁ。
「先輩……」
「ッ、マシュ!!」
圧に呑まれ、先程までダヴィンチの横で縮こまるように控えていたマシュ。しかし我慢できずに声を掛けてしまい、遂に立香の目に止まってしまう。
四面楚歌のこの状況、せめて自分に何かと甘い彼女だけでも味方に付けようと秒で画策する立香。これが人類悪か。
一度の瞬きで血走った目が平素の黒目に戻り、蒸気さえ上げていた息も落ち着く。鬼気迫る表情もいつの間にか穏やかさを湛えた仏の如き微笑へと変わっていた。
その間1秒。変わり身が早いとかの次元を越えている。
「――ふう。マシュ、大丈夫だ。さっきまでちょっと混乱してたけど今はホラ、落ち着いt」
「えいっ(石を投げる)」
「ゥガァッ!!」
瞬間、ミノムシみたいな身体で器用に跳躍し、口で空中の石を受け止める。猫を被るのも早いが、狂化はもっと早かった。
「えい、えい」
「わふっ、わふっ!!」
続けて投げられる虹色の石を次々と口で受け止める。身体全てを使って跳躍し、しかもそれを簀巻き状態で、横に転がされた状態でやるものだから、その光景は人というより陸揚げされた魚が如く。
端的に言って、人外である。
『……うん、私も生前に少し解剖学とか囓った事もあるけどさ。あの時の立香君は間違いなく人のできる挙動をしていなかったと思うんだよね』
後にダヴィンチはそう語った。さしもの天才でもアレは若干引いたらしい。
「……先輩」
「……」
そして流れる痛いほどの沈黙。
若干温度の下がった視線を向けるマシュに、立香は人知れず冷たい汗を流す。
「いや、あのですね」
「先輩」
「はい」
「最低です」
ゴバァッ!!と、突如立香は血を吐いて倒れた。
立香も立香でマシュをかけがえのない存在だと認識しているため、割とガチ目の罵倒を食らったのがショックだったようだ。やはり心は硝子か。
起き上がることもなくそのままぴくぴくと痙攣するだけの立香を見てうろたえるマシュ。それを優しく宥めながら、これ以上は(マシュの教育上)宜しくないと判断したダヴィンチは彼女と共に部屋を後にする。
「――立香君」
しかし万能の人は寛大だ。
扉が閉まる前、カルデア内で指示を聞く為に常時小型ヘッドセットを付けている彼だけに聞こえるよう、身につけた咽頭マイクで二言三言残してやるのを忘れない。
「さっき石はもう無いって言ったけど。……君が口に入れてるソレ、それが最後の石だ。どうやらマシュが頑張って余ったリソースを少しずつ溜めて、私の見よう見まねで作り上げていたようでね」
「……」
「“私にも先輩のお手伝いが出来ました”って、幸せそうだった。……本当に、良い子だよ。マシュは」
「……」
「だからまあ。――ソレの使いどころは考えなよ。マスター君?」
かちゃんと、小さな音を立てて扉が閉まる。カルデアの部屋は完全防音、こうなればもう中の様子は窺い知れない。
だからこれから先彼がどんな行動を起こすのかは、出てきてからでないと解らない。
(……さて。次に部屋から出て来た時は、いつもの格好いい君であることを祈るよ)
途中エミヤ(殺)を連れたムニエルと遭遇し、もう落ち着いたからと事の経緯を説明しながら、ダヴィンチは僅かに微笑んだ。
――サーヴァント、アヴェンジャー。召喚に応じ参上しました。
――どうしました。その顔は。さ、契約書です。
なお、その後自分を召喚した石がどういうものだったかを知った邪ンヌにより、しっかりとデュへられるぐだであった。