かるであ短編集   作:山田太郎2号機

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“溶岩水泳部”。……不思議ですね。わたくし達、何故そんな名称がついているのでしょう?

心当たり?いえ、全くありません。ですがもしマスターの為であるなら、もちろん溶岩なんて、ただの水ですわね。

……皆さんも、そうお思いでしょう?





-清姫マイルームボイス[会話5より引用]-




それいけ溶岩水泳部!  前

 

 

「……知らない天井だ」

 

 立香が眼を覚ました時、其処は見慣れた白い天井ではなかった。

 

 キラキラと瞬く星のような輝きが何処までも広がる幻想的な天井。

 それはどれ程手を伸ばしたとしても届かないほどに広々としていて、元の無機質な天井よりも万倍美しく、まるで夜空のような――

 

「てか此処野外じゃん」

 

 というか、本当に夜空であった。

 また何時もの微小特異点(イベント)かと寝ぼけた目を擦り、立香は起き上がる。何処とも知れぬ屋外に放り出されるなど本来なら混乱デバフ待ったなしだが、これまで幾つものトンチキ特異点を攻略してきた彼にとって、この状況は然程驚くものでもなかった。

 目が覚めたら牢獄じゃないだけマシである。

 

「……駄目元だけど、通信を試してみよう」

 

 ――特異点に着いたら、まずは通信で報告を。

 レイシフトの前に必ずドクターから言われていたそれは最早条件反射に近い。とはいえ度重なるレイシフトにより身体で何となく通信の可否が悟れるようになっている立香は、此処では多分連絡はおろか、機材の起動さえ出来ないだろうと何となく理解していた。

 それでも一応は試みるが、案の定機械は沈黙したまま。

 

「成る程」

 

 辺りを見渡す。すると先程まで柔らかな草原だった筈が、いつの間にやら背の高い草生い茂る廃寺にいるではないか。

 無論立香は一歩たりとも歩いていない。其処から導き出される答えは即ち、

 

「夢、かな」

 

 数ある特異点の導入パターンの一つ、『夢堕ち』である。

 自分の意識のみが特異点へと持ち出され、書いて字の如く『夢』の中で特異点を解消するまでは原則帰ることが出来ない。更にこのパターンだとカルデア側で英霊を召喚することも出来ないのも特徴だ。なので基本は現地で彷徨っている野良の英霊(サーヴァント)と契約しながら進んでいくことになる。

 言い方は悪いが、どちらかというと『ハズレ』の攻略パターンだ。

 

「そういうことなら、早速探索してみよう」

 

 しかし立香は動じない。瞬きの間に風景が変化するそれは正に異様の一言、身を護る為の英霊一人いないこの状況であろうと、立香は少々不快そうに眉をひそめるだけ。

 なれば、これが歴戦のマスターの風格か――

 

「眠いし。さっさと寝たい」

 

 否、唯自分の欲に忠実なだけだった。感心を返せ。

 

 

 

 探索して数分。

 立香は一つの大きな屋敷の前に居た。

 

 決して真新しいという風でもなく、幾らか古びてはいるものの、荒れ放題の周囲とは不釣り合いなまでに立派な門構え。映○村の武家屋敷、といえば解りやすいだろうか。

 既に門は開いており、中も同様に風格ある屋敷が鎮座しているのが見える。縁側の先、籐の組子細工があしらわれた障子からは光が薄らと漏れ、その先には確かな人の気配。

 

「……」

 

 しかし彼は其処から頑として動かなかった。

 今更怖気づいたか? 否、基本的に人の善性を信じる立香は、むしろ初対面のものには自分から歩み寄るタイプの人間だ。何より彼の視線は門の上に掛けられた看板から一度も外されていない。

 

『♡おいでませ マスターと清姫の愛の巣へ♡』

 

 そんな頭のわるい文字が達筆で書かれたその看板から目を逸らしてはならないと、本能が全力で立香に警告していた。

 否、本当は今すぐ見たもの全てを忘れ、逃げ出してしまいたい。実際看板から目を逸らしたが最後、彼は本当にそうするだろう。

 

 しかし脳裏によぎるのは安珍なる男の末路。或る少女との約定を違えたが為に龍に追われ、最後は()()()()()()()()()焼かれた恐ろしき逸話。

 

 そして先程見た廃寺。それ以外に道中建物らしいものは無く、逃げ隠れるなら恐らく其処になるのは容易に予想できる。

 

 ――ますたぁ? 私から逃げようとしましたね?

 ――い、いやぁ? ソンナコトナイヨ?

 

 ――私に、嘘を、つきましたね。

 

「……」

 

 刹那とも、永遠とも思える思考の果て。

 立香はもう、その門をくぐる以外の選択肢はないと悟った。

 

 

 

 

 

 ・・・

 

 

 

 

 

「ま す た ぁ ♡」

 

 カルデアでの壮絶な追いかけっこ(比喩無し)の末いつの間にか生えた気配遮断(貞)をフルに活かし、息を殺し、音を立てず恐る恐る障子を開けた立香。

 しかし開けた五センチ先には目にハートを浮かべた清姫の顔。軽いホラーである。

 

「目が覚めたと思ったら妙な部屋に閉じ込められていて、夢かと思い頬をつねれども叩けども醒める気配もなく、助けを待とうにもマスター分を摂取できずにそろそろ理性も切れかけて途方に暮れていた時にマスターの気配が嗚呼、嗚呼!! 何て良き夢なのでしょう。こうしてマスターがわたしの下に訪ねて下さるなんて。マスターから私を求めてくれたのですから、これはもう三日を待たずして夫婦の契りを交わしても問題ありませんよね? ええ、ええ。そうに決まっています。だからマスターそろそろわたくし我慢できそうにありませんので。

 

 ――早速ますたぁを頂いても、宜しいでしょうか?」

 

「ひっ」

 

 長い長い呪文詠唱。それを一切の息継ぎ無くまくし立て、甘く上気した顔で舌なめずりする清姫。

 どれも常軌を逸した狂気だが、立香が恐怖したのは其処ではない。

 

「? ますたぁ? 如何しましたか、私の後ろに何か……え?」

 

 遅れて清姫も気付く。

 立香の視線の先、其処は彼が先程開けたものと同じ障子。しかしそれに加え、何者かのシルエットが其処にくっきりと映っていた。

 立香にとって(ストーキングさえ除けば)清姫は仲間。信頼こそすれ恐怖は無い(ストry)。だから彼女の言葉や今まさに己を貪らんとする彼女の目よりも、立香は誰ともしれぬ謎の影の方が怖かった。

 それにホラ、きよひーに襲われるとかもう慣れっこだし、彼。

 

「……人の逢瀬を覗くなど不届き千万。何者か、()く名乗り出なさい」

 

 清姫が鋭く声を上げるが、無駄。それどころか影は突然の叱咤にも微動だにせず、逃げ出す素振りすらない。

 まるで此方の声が聞こえていないかのように。

 

「……もしかして」

 

 と、此処で立香はある可能性に至る。

 

「ねえ清姫。さっき俺が部屋を開けるまで閉じ込められてたって言ってたよね」

 

「ええ、まあ。……その、はしたないのですが少々荒っぽく開けようとしても、傷一つ付けられず」

 

「そっか、それじゃもう一つ質問。――俺が来た時、物音とか聞こえた?」

 

「いいえ何も。私がマスターの存在に気付いたのは偏に愛故のこと、それが何か……ああ、成る程」

 

 遅れて清姫も理解する。即ち、この部屋は外部からの音や衝撃を遮断しているのではないか、と。

 彼女の言を受け、立香は予測を確信へと変える。その際音も何も無い状態で、愛一つで自分に気付きおおせたと宣った清姫の狂気については全力で目を逸らした。

 

「であればあの影の者は、わたくし共の蜜月を邪魔したいわけではなく――」

 

「うん、もし戸の先が清姫と同じ状況なら、多分こっちと同じで俺達の影を見て初めてこっちの存在に気付いたんだ」

 

 無論立香の推測が間違っている可能性も否定できない。が、薄い障子一つ隔てた先でこれだけのやり取りをして、今なお影が動かないのは流石に不自然が過ぎる。

 

「成る程。しかし不思議ですね、では何故マスターはこの戸を開けられたのでしょう?」

 

「……そういえば」

 

 そもそもこの場所は一体何処かなど、その他疑問も尽きないが、ひとまず立香は置いておくことにした。

 『今は語るべき時では無い』と。自分の知る探偵なら、きっとこう言うだろうから。

 

「……とりあえず、開けてみよう」

 

 ともあれ足踏みしてても変わらないと、立香は立ち上がり扉へと近づく。向こうもそれに気付いたのか、きょろきょろと顔をしきりに動かし落ち着かなくなる。

 やがて意を決したのか、正面を向いたまま動かなくなる影。それに何処となく違和感を持ちつつ、立香は扉をゆっくりと開けて――

 

 

 

「――――」

「……何やってんの静謐ちゃん」

 

 扉前三センチで瞳を閉じ、思い切りキス待ちしている浅黒い肌の少女と再会を果たした。

 

 

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