「……マスター。ようやく会えました。このお姿、お顔、肉体、声、匂い、感触、味全て、全てマスターのもの。先程まで私との蜜月を過ごした
「ヘイ静謐ちゃん、ステイ。ごく自然に宝具起動しない。」
再会から五分後、其処には立香の胸に顔を埋め深呼吸を繰り返す忠犬がいた。清姫と同じく長い期間閉じ込められていたためか、何時もに増して箍が外れている。
「……何を、してやがりますか貴女は」
「き、きよひー? ちょ、身体から煙出てない? 熱い、なんかこの部屋熱いよ?」
長いこと孤独を生きてきた静謐を無碍にしたくないが、これ以上はヤバいと判断し立香は優しく彼女を引き離す。その際落ち着かせようと頭を撫でた際ちょっと放送できない嬌声が彼女の口から漏れたが、立香は聞かなかったことにした。
名付けて“忘却補正(貞)”。推定されるランクは堂々のEX、カルデアでは必須のスキルである。
「と、とりあえず! さっきまでは一人で心細かったけど、二人が居てくれたら百人力だ。頼りにしてる」
このまま二人がFATAL BATTLEに突入しようものなら間違いなく大事になると踏み、咄嗟に話を切り返す立香。
味方同士、それも両方攻撃相性有利でノーガード戦なんて本気で笑えない。え、変化スキルがある? バッカお前毒使い相手に防御アップは通じねぇよ(第三?知らない子ですね)。
「私が、マスターの御力に……ふふ、ふふふふふふふふふふふふ」
「……御意。貴方と一緒ならこの命、無様に散らすことになりましても構いません」
「う、うん。ホント心強いや」
やっべコレ声の掛け方ミスったかも、立香は遅まきながら気付いた。もう遅いが。
静謐曰く、彼女も清姫と同じく目が覚めたら此処に居たという。部屋からも出られず、あまりの寂しさから
暗殺の一環、加えてその体質故に生前は活用の機会が絶無だったとはいえ、男を惑わす手練手管に精通した静謐の妄想だ、時間も夜半とはいえ素面で聞けというのも無理な話である。
さて、お互い情報交換も終え、これから先どうしようかと悩んでいると、静謐がおずおずと手を挙げた。
「……あの、先程の話に出ていた、廃寺というものなのですが」
「ん? ああ、ここに来るまであのお寺以外何も無かったから記憶に残ってるんだ。それがどうかしたの、静謐?」
「いえ、気になったというわけでは無いのです。しかしこのお屋敷はマスターの御力を借り、全て調べ尽くしました。結果、残り全ての部屋は空。……これ以上此処に居ても進展は無いかと」
「む。――業腹ですが、確かにそうですね。手掛かりがあるかもしれませんし、次はその寺に参りませんか?」
「……私の、台詞」
「ッ、よーし! そうと決まったら早速行こうか! ホラ早く立って立って!」
開戦までコンマ数秒というところで立香が割って入る。この辺りの危機管理能力は言うまでもない。
この程度捌けなければ、カルデアはとうの昔に魔術王でなく英霊達によって滅んでいる。
「ッチ、次こそは……」
「……殺します」
「やだもうおうちかえりたい」
そんなやり取りもありつつ、三人で並んで歩くこと暫し。
目的の廃寺は、初め立香の前に唐突に姿を現した場所から動かず彼を待っていた。
「……此処、ですか?」
「うん。……どうしたの、清姫?」
「……いえ、何でもありません。私の思い違いでした」
清姫の様子に多少疑問を覚えながらも、立香は寺の敷地へと足を踏み入れ、二人に指示を残した後に辺りを散策する。
長いこと手入れがなされていなかったのだろう。石畳は所々剥げ落ち、そこから低い草丈が覗く有様は正しく荒廃の二文字。長く獣の通り道でもあったのか、ぬかるんだ通りには踏み固められた太い線すら見て取れた。
「っと」
立香が何気なく境内の柵に手を掛けると、然程力を入れずしてそれはバキリと倒れた。根元を見るとどす黒く腐り落ち、風雨と虫害の痕を如実に示している。
――明らかに打ち捨てられて久しい。こんな所に手掛かりがあるはずもない。
そう判断し踵を返そうとしたその時。
「ッ、清姫、静謐!」
立香の第六感とも言うべき感覚が、確かな生物の気配を捉えた。それも尋常な気配では無く、此方に明らかな害意を持つ何か。
これまで歩いてきた中で何とも遭わないこと、そして夢の中だからと高を括り自分を含めた全員を散開させていたのが仇となる。立香も反射的に二人を呼んだが、それよりも自分にその何かが襲いかかってくる方が早い。
轟という風切り音と共に出て来たのは黒い靄を放つ獣。腹を狙ったソレの一撃を正面から貰い、立香は地面へと叩きつけられる。
もし呆気にとられ対応が遅れれば、その一撃で彼は腹を裂かれて死んでいただろう。しかし其処は経験の功、すんでの所で礼装による防護を発動させ致命傷を避ける。
「……ゥ、アァ」
とはいえ無傷ではない。それは今、胸を押さえて蹲る立香が最も良く理解している。
“魔術礼装:アトラス院制服”。その権能の一つである『オシリスの塵』は、一時ではあるが掛けられた対象を英霊の宝具からさえも無傷で守り抜く出鱈目な加護だが、生憎その衝撃までは相殺されない。頭辺りを強く揺らされればショックで意識が飛ぶし、毒や火傷といった攻撃に付随した副次的な産物にも無力だ。
今回も例に漏れず、立香は身体を強かに打ったことで一時的な呼吸不全を起こした。暫くすれば回復するだろうが、それまで涎を滴らせた獣が待つとも思えない。
だから立香は、第二の権能を開放する。
「ッ、カハッ!!」
『イシスの雨』。
エジプトにおける豊穣の女神の名を冠したその権能は、対象者の身体異常、精神弱体の一切を解除する。それで無理矢理身体のショック状態を解除した立香は、ゲホゲホと咳き込みながらも息を吸い込む事に成功した。
獣は獲物が今の一撃で倒れなかったことで警戒したのだろう。瞬時にその場から飛び退くと、今度は緩く弧を描くように様子を窺っている。
思考が無く、本能による危機回避手段しか持たない獣だからこそ生まれた奇跡の間隙。幸運ではあるが、しかし事態は全く好転していない。
「……まずいな」
既に無敵の加護は解けている。そして再発動には相応の時間を要するため同じ手はもう使えない。だからといって逃亡など図って背を向ければ、今度は間違いなく死ぬ。だからこそ立香にはその場から一切動かず、獣を睨め付ける以外出来なかった。
痺れを切らした獣が己に襲いかかるのが先か、清姫達がこの場に駆けつけるのが先か。
生死を分ける二択。果たして選ばれたのは――第三の選択肢。
――来たれ四天王。……
厳かで凜と通った、その口上を聞いた時。立香はああ、そういえば、と今の緊迫した状況を忘れ、気の抜けたことを思った。
しかしそれは決して油断ではない。
彼女が来た以上、この状況の打破が確定したからである。
(清姫、静謐ちゃん。よくよく考えたら、二人は
……ならまあ、あの人もそりゃあ居るか)
――我が記憶の形を取りて。いざいざ参られよ。
瞬間、眼前の獣に突如として巨大な雷が落ちた。たまらず立香も吹き飛ばされるが、間髪入れずに一陣の風が彼の横を通り抜け、刃となって獣へと殺到する。
その光景は、言うなれば天災の具現。
突如として現れた轟炎が、激流が、烈風が、雷怒が。一つ浴びるだけでもその身を消しかねない程の暴威が一匹の獣に降り注ぐ。抵抗など言わずもがな、むしろその全てを耐えきってなお地に足を付け、斃れない獣の実力を賞賛すらしよう。
――
しかし全てを一笑に伏すが如く、横一文字に振るわれた無慈悲な雷撃が獣を襲う。
最早雷を越え白い熱線に近いソレは、二メートルを優に超える獣の体躯全てを飲み込み、肉を、臓腑を、骨を焼き尽くしていく。
そして光帯が徐々に薄くなり、残滓すらも完全に消えた時。
「……ははっ」
獣のいた痕跡はその地面ごと焼き焦され、何処にも残っていなかった。
「マスター!? マスターご無事ですか!? ……って、貴女は」
「あら? まあ、清姫様、静謐のハサン様ではないですか! マスターのみならず貴女がたまで、何故……?」
「……頼光様、貴女の胸の中でマスターが窒息されております。ギブ、ギブと腕をタップしておられます」
「え? ……ああ! ごめんなさいマスター、嬉しさのあまり、母は何ということを! ハサン様もマスターの為ならば、此の身を跳ね飛ばす位しても良いのですよ?」
「……いえ、私の身は毒で出来ていますので。無理に触れてしまえば貴女を害してしまいます」
「? いえ大丈夫ですよ。我が子が生きている限り、母が死ぬことなどあり得ませんので」
斯くして、此処にカルデアに所属する英霊の中でも随一のマスター