第一管制室は騒然としていた。
混乱した状況の中最も避けるべきシナリオは指示系統のマヒであり、三人の地球人(若干一名はウマ娘であるが)の命を文字通り握る謂わば「脳」は如何なる時分にも冷静沈着な対応が求められる。これはオペレートに携わる全ての人間がその卵の時代から口酸っぱく刷り込まれるものだが、いざはい本番です、と言った風に突然
「管制主任及び管制補佐は状況を」
「モニター出来る範囲では…宇宙機は現在増速中です。対地速度は約9.8キロメートル毎秒。予定軌道から大きく外れています」
「軌道傾斜角誤差プラス3度、このまま行けばあと2分半でISS軌道平面を通過しますが…これ、マズイんじゃないですか?最悪他の人工衛星と衝突ですよ」
管制室内に緊張が走る。実際そうともなれば航空宇宙開発史上最悪の惨事である。犠牲者は今、宙空を音速の28倍で航海中の三人どころでは到底済まない。騒めく空気。それを封じたのは、このバイコヌール宇宙基地局長の鶴の一声だった。
「
焦燥ゆえの停滞が解け、各々が職務を全うする為動き始める。皆状況を打破するべく必死なのだ。気力と知力は十二分、ならば判断力の背中を押すのは上に立つ者としての責任だ。
普段仏頂面を絶やさない彼も、こう言う時は心底頼りになる。頼りになるから、せめてその生え散らかした髭をどうにか手入れして欲しい───そんなことを考える男がまた、ここに一人。
先程「飛行責任監督」として指示を受けたその男は、引き続き断絶された宇宙機との交信を試みている。この席を任されて未だ一年と数ヶ月。輪郭を伝う不快な汗を拭う間も無く、彼はただ祈っていた。
繋がれ。応答してくれ。
クソッ、頼む、死ぬな。
私情を持ち込むのは相応しくないと、立場上彼は誰よりも理解している筈だった。しかしそれでも、その願いは、方舟に攫われた三人の、ただ一人に向けて───
『ザザッ、ザーあーあー、エクスペディション45よりバイコヌール
突如復旧した回線が、遥か上空320キロメートルからの声を伝えた。
「…!ゴールドシップ!ゴールドシップか⁉︎」
『おう、ゴルシちゃん号船長のゴルシちゃんだぜ。多分
命の危機に瀕しているというのに、彼女の口ぶりは普段と殆ど変わらない。むしろ冗長な印象すら与える。
『んで、それを感知して勝手に
「CC了解した。機体内で火災の可能性は?」
『ねぇんじゃねーかな。今んとこ目視で煙は確認できねえし、何よりゴルシちゃんセンサーが反応してねえ。こいつは確度高い情報だ』
そう彼女は至って淡々と述べるが。スピーカーの奥からは機体が激しく振動する音と、こちらとはまた別の、より恐怖を掻き立てる音色のアラーム音が鳴り響いて事態の深刻さを叫び伝えている。
──状況分かってるのかコイツ。
平時の荒唐無稽な言動もさることながら、彼女は自らの危機に対してひどく無頓着だ。命が懸かっている時も変わらぬその様子に、苛立ちに似た困惑を覚える。
ごくり。
男は生唾と一緒に喉まで出かけた悪態を呑み込んだ。何たって状況が状況だ。痴話喧嘩に費やす時間はコンマ1秒たりとも、無い。
「…システムの再起動は…試したな。もし失敗したとしても続けて…イヤ…それよりもこちらから遠隔で…」
持ちうる知識を総動員するが、こう言う時に限って頭が回らない。呼吸が浅くなる。視野が狭まる。何か、何か─────
『トレーナー』
優しく鼓舞するような、温かい声色が思考に割り込んだ。
『大丈夫だ、心配ねえ。必ず船長のアタシがこのクソッタレな暴れウマ娘を鎮めてみせる。そんでクルー全員助けて、仲良く地球に戻ってやる。約束すんよ』
「…ゴルシ」
『
「…ああ、寿司でも焼肉でも食わせてやるよ。だから、…絶対生きて戻るぞ!」
『モロチンだ、アタシを誰だと思ってやがんだ』
───不沈艦だぞ。アタシがいる限り、この船は沈まねえ。
目元に滲んだ涙を拭って男は意を決した。必ずコイツと、もう一度生きて会う。その為に全力を尽くすと。
そして、腹の底から管制室を震わす程に声を絞り出した。
「お前…ッ、船長じゃねえけどな…………!!!!!」
この作品はウマ娘プロジェクトを原作とした二次創作です。
作中に登場する機関・現象・理論・用語は作者の偏見や憶測、脳内補完、加えて物語構成上の意図的な虚偽が多分に含まれており、現実との齟齬や矛盾点が多数存在します。それを容認出来る方のみこの先を読み進めてくださると幸いです。